子供は嫌い! 失ったものの重さ!
私には考えなければいけない事がいっぱいある。
どうやってナラカに勝つか。
どうやって私が実力をつけるか。
どんな方法で、仲間を強くするか。
声を失ったガジュルシンをどうフォローし、慰めてゆくか。
だけど、とりあえず、今は……
身近な問題を、片付けておこうと思った。
食堂に戻ってしばらくしてから、シャオロンとインディラ僧二人が大魔術師様の分身と共にペリシャへと旅立った。後始末に行ってくれたのだ。
これで、外部(インディラ僧侶)の目は、無くなった。
ので、私は行動に移ることにした。
ジライを、義弟にけしかけたのだ。
数十秒後、全身を縄でがんじがらめにされた義弟が床に転がる。
何で縛るんだよ! と、ギャアギャアわめくお子様は、踏んづけてやった。
聞き出したいのは、神様との再契約の事。
さっきガジュルシンに聞かれた時、こいつ、いかにも隠し事してます! って、顔と態度をとった。
何かマズい事してきたでしょ、あんた?
バレバレなんだから。
床に仰向けに転がる義弟を、ぐりぐりと踏みつける。
アジンエンデはちょっとびっくりして、のけぞってる。気にしないで。これがインディラ王家の、由緒正しいお仕置きなのよ。
大魔術師様とタカアキは、テーブルについて杯をぐびぐび空けていた。疲労回復薬って、カルヴェル様が言ってたのを、飲んでる。止める気はゼロっぽい。
引っくり返っている義弟が、その馬鹿力やら、魔法っぽいのやらで抵抗してきた。けど、無駄。『勇者の剣』にお願いして、圧力かけてもらってるんだもん。あんたごときの力や魔法がきくもんですか。
何って名前の神様とどんな契約をしたのか問うと、義弟はしぶしぶと口を開いた。
話す覚悟自体はあったみたい。合流する以上、どうしたって触れないわけにはいかない話題だもんね。
「再契約を結んだのは、シャンカラ様……暴風雨神だよ」
暴風雨?
なに、その危なさそうな神様は?
「あんたの霊力を奪って、成長を促進させたのがその神様?」
「うん」
「いい神様なの?」
「……たいへん力がある神様だよ」
言い直してるし。善神じゃない?
本題。
「何を代償に捧げて、霊力を返してもらったの?」
ガジャクティンが、口をへの字にする。
すっごく言いたくなさそう。
何を神様にあげちゃったのよ……あんた……
「……いらないものだよ」
「具体的に言いなさい」
「……本当にいらないものだし、僕にしか関わりがないものだよ。何でもいいじゃん」
ガジャクティンが、私を糸目でジロリと睨みつけた。
ふぅぅぅん。
かわいくない。
まずは腹部に蹴りをいれ、身を二つに折ったところを、床に倒すように胸を蹴ってやる。
「ッ!」
あ。
やだ……
ちょっとだけ……
ときめいちゃった。
床の上で苦悶の表情を浮かべるガジャクティンが……お父様にそっくりで……
縄で自由を奪われた大柄な体が、又、なんとも……
お父様をいたぶってるみたいで、ちょっとドキドキする……
でも、駄目!
今は、集中!
緊縛されたお父様は、いずれ生で見るからいいもん!
今は、こいつを締めあげなきゃ、
「何を捧げちゃったのよ、あんた?」
ぐりぐりと、義弟の胸を踏んづけてやる。
「さっさと白状しないと、もっと濃くいくわよ」
私の視線を受け、ジライが跪き、手の物を私へと恭しく差し出す。
バラ鞭。
この変態、いつもお仕置き道具持ち歩いているのかしら? と、思いつつも、私は女王様用の武器を受け取った。
「痛い目にあいたくなかったら、おっしゃい。『いらないもの』って何? あんた、そのシャンカラって神様に何を渡して霊力を取り戻したわけ?」
先端がハタキのように別れているバラ鞭で、パサパサと義弟の頬のあたりをこすってやる。
ガジャクティンは、ムスッとした顔で私を睨みつけている。
上等。
ぶっ叩いてやる。
「ガジャクティン、強情をはるだけ無駄だぞ」
アジンエンデ? 赤髪の女戦士は、義弟のそばにしゃがみ、顔をのぞきこんだ。
「明日、おまえは、ガジュルシン王子に事情を話さねばならないのだろう? あの王子相手に、だんまりが通じると思うのか?」
さすがに、義弟の顔色が変わる。
そうよね……
弟を溺愛してるガジュルシンだもんね……
こいつが黙ってたら、私なんかよりもよっぽど過激な方法で真実をひきだそうとするだろう。
「明日話す事なら、今日話しても構わないだろう?」
アジンエンデは優しいから、いたぶられる馬鹿をみかねたんだろうな。
義弟はアジンエンデと私の顔を交互に見てから観念したのか、大きく溜息をついた。
「……みかく」
ん?
『みかく』?
「『みかく』? 何それ?」
ガジャクティンがチッ! と、舌うちをする。
何よ、その態度! お義姉様に対して!
「だから、味覚だよ! 味覚! 甘い、辛い、苦い、酸っぱいとか、わかる舌の感覚! それをあげて霊力を返してもらったんだよ!」
開き直って叫ぶ馬鹿。
六回、手の武器を振りまわしてやったわ!
「正直に言ったのに! 何で叩くんだよ! ラーニャの馬鹿!」
痛いのが嫌いな義弟が、涙声で叫ぶ。
私も、思いっきり大声で叫び返してやった。
「馬鹿はあんたでしょうが! この考えなし!」
外見上、何も変わってないから油断した。
味覚を神様にあげたってことは……
まだ十四歳のくせに、こいつ、食事の愉しみを放棄したって事だ。これから何十年も続くだろう人生で、一日三度の食事が何の愉しみもない作業になるって事だ。
無茶はしないって言ったくせに……
「『考えなし』じゃないよ! よく考えたよ! 視覚も聴覚も触覚も痛覚も避けたし、体のどっかをあげるのもやめたんだから! 左手を丸ごととか目玉とか、大きいとこ欲しがるんだもん! 眉毛とか、歯を一本とか、足の指を一本とかじゃ嫌だって言うからさ!」
いやいやいやいや!
「そんな物騒な神様となら、再契約しなきゃ良かったのよ」
「僕は、霊力を取り戻したかったんだよ! 味覚より霊力のが大事だから、再契約を結んだだけだ!」
「強くなんかならなくても良かった!」
私を助けたいって……
他の誰にも死んでもらいたくないって……
そう言って旅立ったんだ、こいつ……
無謀なことしないか、ずっと心配だった……
魔法が使えるようになりたくて、異次元に籠るような奴だもん。あの時はアクシデントで二年半ぐらい、ガジャクティンは時の流れが違う所に行って老けちゃって……
なのに、ガジャクティン、失った二年半を惜しいとも思ってなくって……
今回もそう。味覚を失ったのに、平然としてやがる。
お子様なんか嫌い! 後先考えないんだから!
「姫勇者はん、頭ごなしに怒らんで話ぐらい聞いてあげてや」
テーブルのタカアキが、杯を手にのんびりと言う。ガジャクティンのシャーマン修行の師匠だったから、契約の内容を知ってるんだ。
「あん神様を相手に、再契約を味覚ですませたんは上出来やと思うわ。すぅぐ暴れ回る、おっかない神様やし」
危険な神様だったら、逃げ帰って来るんじゃなかったっけか?
ガジャクティンの馬鹿!
「インディラの古えの神様の中でも、一、二を争う実力者や。いろんなもんの守護者やし、あん神様を守護神にしたさかい、付随して他の神様にも命令できるようになった。味覚と嗅覚で自分のもんにできたんや、そもじさんの義弟、たいしたもんやわ」
ん?
味覚と……嗅覚?
『余計な事、言ってくれちゃって……』って顔でタカアキを睨んでから、ガジャクティンが私に対し叫ぶ。
「味覚と嗅覚、両方とも捧げた! 霊力を取り戻すのに味覚、シャンカラ様と改めて契約を結ぶのに嗅覚を捧げて来たって事だよ!」
殴るのなら、好きにしろよ! って、顔をしやがったんで……
思いっきりぶん殴ってやったのは、言うまでもない。
* * * * * *
多少、殴られるのは覚悟してたけどさ……
僕は勇者の従者として、最善をつくしたんだ。
後悔はしてない。
シャンカラ様は……タカアキ様には申し訳ないけど、はっきり言ってミズハ様よりも高位の神様だ。
破壊の力のみ見れば、全盛期のシャンカラ様が万ならミズハ様は一、現在だって百対一ぐらいの差があるんだ。その分、ミズハ様は『死と再生』や『多産』なんかも司っているけどさ。
古えの時代、シャンカラ様は、インディラの地の主神のお一人だったんだ。
だけど、インディラ教誕生以後、古代信仰は衰え、或いはインディラ教に取り入れられもとの形からかなり変質してしまった。
シャンカラ様は別の御名で、インディラ教においても信仰されてはいる。が、古代に比べ、信者の数は少なく、捧げられる信仰心も満足のゆくものじゃなかったんだ。
脆弱となった自分に、シャンカラ様は不満を抱いていた。
神様が今世に対しどれほどの影響力を持てるかは、人間の信仰心に左右する。
誰からも信心されない神は、ただ存在しているだけのものとなり、ただ世界を眺めるだけのものとなり、そのうち今世から消えてしまうらしい。
シャンカラ様は在りし日の自分を取り戻そうと、人界を見渡し……
それで、僕に目をつけ、常に僕のそばにいるようにしたんだ。ほとんど、分身を送ってただけだけどね。
僕の霊力というのは、かなり凄まじいものらしい。
霊能者であるタカアキ様は初めて出会った時から、僕の本来の力が見えていたそうだ。神様のお手がついて、その能力を僕は自分では行使できない状態だったけど。
僕の霊力は、兄様の魔力並だそうで……兄様の魔力の総量って、並の魔法使いの二千人分だそうだから……僕の霊力は、通常の霊能者の二千人分になるんだろうか? ともかく、半端ない膨大な量だ。
その上、質もいいみたいだ。神霊には、ご馳走になるのだとか。
カルヴェル様の過去見の魔法+魔法道具の補助による霊視で、僕は過去の自分を見た。
ものごころつく前から、僕の周囲は神魔や精霊、幽霊だらけだった。
幼い僕は周囲の賑やかさを単純に喜んでいたけど、彼等は食事に集まっていたんだ。
僕の体からは霊力がだだ漏れていて、つきまとうだけで霊力のおこぼれが貰えたからだ。
すぐにも消えそうな儚いヤツは僕の霊力を吸収する事で四散を免れ、成仏できてなかった霊は現世に干渉する力を得て心残りを無くせたりした。
たいていの奴は、僕の側に群がるだけで満足した。
中には、名前を欲しがるモノ、息をふきかけて欲しいって望むモノ、髪の毛や爪や僕の一部であった物を欲しがるモノもいたけどね。
僕を自分のモノにしたがってたのは、五人……五神? まあ、五体。
古代宗教の実力者ばっかだった。と、いうか、その五体が、僕を欲しがる他の小物を追い払ってた感じだったから、五神の争いですんでたんだと思う。
シャンカラ様は、五体のうちのお一人だった。
わがままで、乱暴で、気分屋で、意地悪で、怒りっぽい方だった。けど、僕と戯れる時は、いつも楽しそうで、いっぱい遊んでくれたし、神秘の力もあれこれ見せてくれた。
神様にこういうのも何だけど……純粋で子供みたいな方だった。
他の神様のが優しかったけど、僕はシャンカラ様が一番好きだったんだ。
過去見でわかったんだけど……
五才の頃、僕は……
霊視の力を、わずらわしく思ってたんだ。
人間のね、悪意とか、敵意とか、憎悪とか、怒りとか……そういうものが見えちゃってね……
人間が怖くってしょうがなかったんだよ。
覚えてるかな? 僕が家庭教師から逃げ回ってた頃。あの頃は、僕を『愚かな王子』と見下しながら表面だけ愛想いい大人達が嫌でしょうがなかったし……僕の為に怒ってくれた兄様が怖く見えてしょうがなかったんだ。
だから、もう余計なモノを見たくなくなっちゃったんだ。
『見えなくしてほしい。代わりに早く大きくして』と、僕の方からシャンカラ様にお願いしたんだよね。
シャンカラ様は、その交換では等価ではないっておっしゃってたんだ……過去見で見た世界で。
そこを、良いからやってと押し切ったのは、五才の頃の僕なわけで……
最初の契約で、シャンカラ様には非はなかったんだよ。
そんなわけで、再契約には、何か捧げないわけにはいかなかったんだ。
あっちが悪ければ、ブーブー文句を言って、無理矢理返してもらうって手もあったんだけど。
『成長』を返せれば問題なかったんだけど、今更、育った体を返せないし……
他のものを捧げるしかなかったんだ。
昨晩、インディラで、シャンカラ様に会ったんだ。
カルヴェル様に召喚を手伝ってもらったんだ。結界も張ってもらった。
で、霊力を失ってる僕の代わりに、タカアキ様(分身)に交渉役をやってもらったんだ。
霊力を返してもらうのに、味覚ですんだのは安いと僕は思うよ。
シャンカラ様の信者となることを誓った上で他のものを差し出すのなら、守護神となってやろうとまで話は進んだんだしね。
そりゃね……
味覚はともかく……
嗅覚は、本当は嫌だった。
毒を撒かれても気づけないし、血の匂いすらわからなくなったら、危ないじゃん? 周囲が危険な状態だってわかんなくなっちゃうわけだし。
でも、僕は……
強くなる為に、シャンカラ様に会いに行ったんだもん。
死ぬわけでも、戦力ダウンになるわけでも、ないんだ。
嫌なことでも、やるしかないでしょ?
兄様から魔力をもらって、ナラカの能力封印をするだけじゃない。
僕は戦う事もできるんだよ、ラーニャ。
シャンカラ様を召喚して、ナラカにぶつけられる。
あの方の眷属にあたる他の神様も呼び出せる。
霊力の守護結界も張れるから守りもできる。
大魔王戦で僕は力になれると思うんだ。
えっと……
今は、まだ無理だけど……
だから、昨晩からお会いしてね、再契約、再々契約は今朝なんだよ。
御し方とか事前にタカアキ様から習ってるけど、まだ実践してない。
正直、できるか自信がない。
ナラカ戦までには、できるように練習しとく。
ラーニャにも兄様にも父様にも、『馬鹿』と怒られるのは承知の上。
でも、もう契約しちゃったんだもん。
今更、味覚・嗅覚を返せなんて言えないし。
シャンカラ様の御力を戦いにとりいれる方法を考えとくべきだと思うな、僕は。
* * * * * *
ガジャクティンの話を聞きながら、やっぱ、そうだったのかと思った。
今朝、再契約、再々契約をしたってことは……
ガジュルシンが『ナラカ戦』が近そうだってカルヴェル様に連絡を入れたのが、原因。
私達のもとへ早く合流したくって、この馬鹿は、シャンカラって神様との契約に踏み切ったわけだ。
焦らずに粘って交渉すれば、もうちょっと違う形で契約できたかもしれないし……
私やガジュルシンが事情を知る事ができたら、絶対ダメ! って反対する事もできたのに……
私達、ううん、私の為に、こいつは……
味覚と嗅覚を捨てたんだ……
っとに、馬鹿!
私の為に、大切なものをあっさり捨てて、その重みをまったく考えない奴なんて……大嫌い。許せない。顔も見たくない。
「ラーニャ?」
顔をのぞいてきた義弟を、私はジロリと睨んでやった。
「あんたの無謀なんて、もう御免! もうつきあいたくない! これ以上、何かしたら姉弟の絆をぶち切ってやる。いい? これから、絶対無茶はしないこと! ここで誓いなさい!」
ガジャクティンは、驚いたように糸目を丸め、それから小さく笑った。
「うん、もうしない。これからは、ちゃんとラーニャや兄様の言う事をきく。大好きなラーニャを心配させるような事は、二度としないよ」
何、さりげなく口説いてるのよ、馬鹿。
あんたなんか心配しない!
頭にきたので、踏んづけて、バラ鞭を少々、与えてやった。
私、忙しいんだから、これ以上、あんたに関わらないわ。
守護神との絆の深め合いは、タカアキにでもアドバイスをもらって、勝手にやって。
『死なないように』しっかり、私の為に働いてちょうだい!
もう失ったものは取り戻せないんだから……
私が考えなければいけないのは……
どうやってナラカに勝つか。
どうやって私が実力をつけるか。
どんな方法で、仲間を強くするか。
声を失ったガジュルシンをどうフォローし、慰めてゆくかよ。
ガジャクティンなんか、もう知るもんですか……
次章はタイトル未定。大魔王戦までの日々を、いかに過ごすか。ナラカと戦う術を探すガジュルシンに、タカアキがある提案をします。
明日から、ムーンライトノベルズで新連載を開始します。
タイトルは『二人の十八番』、『姫勇者ラーニャ』の影×病弱な王子様の話です……『ジライ十八番勝負』のパロディでもあります。明るくライトにいきたいところなのですが、最初は人外の姫巫女との話で、次は『もつれちゃった糸! 危なかった!』の書かなかった部分の話なのでアレなわけで……
その先でイチャイチャのバカップル話となる予定ですので、十八歳以上の方はよろしかったらご覧ください。
『二人の十八番』の後、ラーニャちゃんに戻って来る予定です。