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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
姫勇者と従者達
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ど~んと私に任せなさい! 旅立ちの十八歳!

 天蓋付き玉座へと続く赤い絨毯の道を、私は進む。

 後ろに従者となる二人の男を伴って。

 ずらりと立ち並ぶ大臣や名門貴族達が、みんな私を見ている。

 今日の私は完璧だ。

 お母様から譲っていただいた白銀の神聖鎧をまとい、これも又、お母様から譲っていただいた『虹の小剣』を腰に差し、腰までの黒髪をなびかせ、私は堂々と歩く。

 その洗練された騎士の姿に、お母様譲りの美貌(と、言ってもそっくりじゃないんだけど、髪は黒いし、目は茶色いし、私の鼻や口の形は変態忍者に似ている)。

 私の男装の美しさに溜息をつく者、みとれる者、頬を染める者、続出中。

 ま、当然よね。

 ピチピチの十八歳の美貌の姫君なんだから。

 インディラ王家では、姫は後宮から出て来ない。表には顔を出さぬまま十三〜五才になったら他国に嫁ぐか家臣の貴族に降嫁するのが、普通だ。

 でも、私は違う。

 理由あって、巫女のように清らかな身のまま、後宮でこの年まで過ごしてきたのだ。

 それは……

 今日という日を迎える為だったのだ! と、今、確信している。

 今日の私は主役!

 満座の注目を集めているのは、この私!

 そして、玉座で待つ方も……

 この私を誇らしく思ってくださっているはず!

 私はお母様から教わった所作で、玉座の前に優雅に跪いた。

「ラジャラ王朝、第一王女ラーニャ。これより勇者となるべく、エウロペに向かいます」

 玉座の方が鷹揚に頷かれる。

「あなたの勇者としての働きに期待していますよ、ラーニャ。『勇者の剣』と共に今世をケルベゾールドから守ってください」

 あああああ、よく通る綺麗なお声。男性的なのに甘い響きがあって、ちょっとしっとりとしたような感じで。耳にするだけでぞくぞくしちゃう。

 こういう公式の場で聞くと、その素晴らしさも一層、際立つわ。

「ご期待にそえるよう務めます」

 ご尊顔を拝したいのを必死に我慢し、形式通り頭を下げていた。

「あなたがこの王宮に無事に戻って来るまで、毎日、インディラ神に祈りを捧げましょう。私の心は常にあなたと共にあります」



 お父様〜〜〜〜〜〜〜

 常に共にあるだなんて、そんなぁ……

 夢みたい、もぉ。

 離れて暮らさなきゃいけないのはつらいけれど……

 お父様の為に、ラーニャは旅立ちます!

 この世界を、いいえ、お父様を私が必ず守ってさしあげますわ!



* * * * * *



 おとといの事だった。

 離宮で家庭教師のリオネルと不毛な授業をしていた私は、後宮のお母様に急に呼び出された。勇者の勉強の時間にわざわざ呼び寄せるのだから、何かあったのだろうとはすぐにわかった。

 お母様の部屋には、ナーダお父様とジライも居た。三人が三人とも深刻な顔をしていた。

 何かとてつもない事が起きたのではないかという予感がした。

「落ち着いて聞いてください、ラーニャ」

 お父様は静かにおっしゃった。でも、普段よりオクターブが上がっている。これは内心の動揺を隠している時のお声だ。

「さきほど、インディラ寺院に託宣が下りました。おそらく、他の神殿でも同じお告げがあった事でしょう……」

 お父様のほっそりとした目が私を見つめる。いつ見ても綺麗な青い瞳。

「大魔王ケルベゾールドが十四回度目の降臨をしました……ラーニャ、あなたが勇者として働く時が来たのです」




 初代ケルベゾールドが初代勇者ラグヴェイ様に倒されてから……七百三十、えっと、何年だっけ? まあ、だいたいそれぐらい。

 魔界の王ケルベゾールドは、数十年の時をおいて今世に十三回も現われてきた。憑代の体に宿り今世に現われた魔界の王は、この世の支配者となれぬまま、十三回も勇者(ラグヴェイの子孫。エウロペの侯爵家の者)に討たれて負けている。

 イメージ的には大魔王は、弱っちいやられ役だ。この世に降臨して、たいてい一〜二年で、勇者に葬られてるんだもの、しかも、十三回も。

 でも、実際は、相当、強いらしい。魔界にあれば神様と同じくらい強くて、今世に召喚された場合は憑代の器の大きさによって能力を制限されてしまうものの存在する時が長ければ長いほど魔界での本来の力を取り戻していくのだそう。

 ケルベゾールドが今世に存在するってだけで、魔族が活性化しちゃって、この世に魔族がいっぱい現われるようになるという問題もある。

 大魔王を葬れる唯一の武器『勇者の剣』を持つ勇者は、この世の希望の光なのだ。大魔王ケルベゾールドが今世に現われたら、憑代を倒し、魔界の王をあるべき世界へ帰すのが勇者の義務なのだ。



 私のお母様は十三回目に今世に降臨したケルベゾールドを葬った、十三代目勇者。

 現在は、『勇者の剣』はお母様の甥、私の従兄弟グスタフ兄様に託され、兄様が『今世の勇者』となっているのだけれども……



 先週、エウロペの国王陛下の書状を手に、エウロペからの使者が移動魔法で王宮に現われた。

 勇者が不治の病に伏した事を知らせる急使だった。



 先々代の勇者十二代目ランツ様、つまり、私の曾おじい様なんだけど、曾おじい様のお兄様エミール様がかかられたのと同じ病を発症したのだそうだ。

 昔、お兄様のエミール様がこの病にかかられたから、ランツ曾おじい様はお兄様に代わって『大魔王討伐』の旅に出られたのだ。

 手足の指先から痺れが始まり、やがてその痺れが完全な麻痺と変わり、それと同時に黒い模様が麻痺した箇所に浮かび上がる。指先から手首に足首へ腕に脚へと麻痺が広がり、やがて首すら動かせなくなり、全身に黒い模様が広がってそのまま死に至るのだそうだ。

 治癒方法不明の奇病『エミール病』。発症者はグスタフ兄様が二人目だ。今世の勇者しかかかった者がいないからエウロペでは『勇者病』と言われ始めているとかいないとか……

 呪いの一種と思われるものの、エミール様の時はお祓いができず、発症後、一年と少しでエミール様は他界されている。

 グスタフ兄様はまだ指の半ばまでしか麻痺は進んでいないそうだが、波紋のような黒い模様が指先に浮かんでいるから、間違いなく『エミール病』なのだそうだ。

 エウロペの侯爵家には今、ラグヴェィ様の血を引く男子はグスタフ兄様の他には、グスタフ兄様の子供ヴィクトルしか居ない。ヴィクトルはまだ四才。大剣を振るえる年齢ではない。



 今週末にも私はエウロペへ赴くはずだった。

 グスタフ兄様に代わり『今世の勇者』となる為に。

『勇者の剣』を仮に預かる為に。

『勇者の剣』を扱える適齢の人間はグスタフ兄様を除けば、私しか居ない……と、いう事になっているから。



 その準備として、先週から今週にかけて、お母様やリオネルから『勇者の勉強』の復習をさせられていたのだ。

 エウロペ語もエウロペの貴族の立ち居振る舞いも完璧だと思う。

 でも、私の『勇者』っぷりに、リオネルはかなり不満なようで、興奮のあまり定規を五本も折りながら私にお勉強をつけてくれていた。

 今の私では、国王陛下の前に出すのは恥ずかしいレベルなのだそうだ。

 大剣の扱いだって、弓だって、体術だって、馬術だって、お母様直伝の腕前なのに!

 あんたの心配なんか無用よ! こ〜〜〜んな美しい姫君が『今世の勇者』になりに行けば、エウロペの王宮中の人間が諸手をあげて迎えてくれるわよ!

 リオネルにもムカつきまくりだったけれど、義弟のガジャクティンにはもっとムカついた。

 私とリオネルのお勉強に、いまいましいことに何度も立ち会ってくれちゃって……しかも、勇者おたく同士気があうからってリオネルがガジャクティンをやたら誉めちぎるもんだから、あいつ、()にのって……ああ、もう思い出すだけでムカムカする! まあ、それはともかく……




 今、お父様もお母様もジライも深刻な顔をしている。

 もしもの時を考えて、三人とも準備を進めてくれていたけれど、もしもの時が来て欲しくなかったのだろう、多分。

 私は、みんなの、かわいい姫だから。



 でも、先週からエウロペへ旅立つ覚悟も準備もできていた。

 この王宮を離れなきゃいけないのが、ものすごぉ〜〜〜〜く辛いんだけど、お父様の期待に応える為だもの、仕方ないから我慢して行ってこようとそう覚悟を決めていた。

 その遠出がいきなり、『大魔王ケルベゾールド討伐』という実戦つきになったっだけだ、どうという事はない。



「わかりました、お父様、エウロペに赴き、『勇者の剣』を預かったら、そのまま大魔王討伐の旅に出立します」

「頼もしいですね……」

 お父様がほっそりとした目を更に細められ、微笑を浮かべられる。ああ〜ん、そういう憂いに満ちたお顔も素敵。

「先程、大僧正様と心話でお話をいたしました。インディラ寺院一の実力の者をあなたの従者に、とお願いしておきました」

「ありがとうございます、お父様」

「ラーニャ、勇者となるあなたに渡したいものがいくつかあるわ……まずは鎧から……」

 私の目の前に白銀の鎧が置かれる。お母様の命令でジライが運んで来たのだ。手の指先から足の指先まで全身を覆う、神聖防具だ。エウロペ神の祝福によって、鋼鉄よりも硬く、邪悪を退け魔力を防ぎ、そして絹のように軽く着衣者に暑さ寒さを感じさせない優秀な鎧だと聞いている。

 魔法の呪文によって着脱可能な鎧の扱いについて、簡単な説明を受けた。

「つづいて武器」

 お母様は、手づから、綺麗な鞘におさまった小剣を渡してくださった。空気のように軽く、剣身の清らかな光で邪悪を斬れる、聖なる武器だ。

 鎧も小剣もお母様が、お師匠様の大魔術師カルヴェル様からいただいたモノだ。

 でも、これは……

「これは受け取れないわ」

『虹の小剣』の鞘を持ち、柄をお母様へと向けた。

「お母様は先代勇者ですもの。魔族は未だにお母様のお命を狙っているのでしょ? この聖なる武器は、お母様がお持ちになっているべきだわ」

「ありがとう、ラーニャ。でも、私は大丈夫よ」

 お母様はにっこりと微笑まれた。

「この王宮は、強固な魔封じの結界で何重にも守られているもの。この中にいる限り、私は安全よ。心配なのは、むしろ、あなたよ。あなたは勇者として、魔族や大魔王教徒と戦わなければいけないのですもの」

 お母様は、小剣を持つ私の手をそっと握られた。

「本当はついていってあなたを守ってあげたい。でも、今の私はラジャラ王朝第一夫人。立場上、そういうわけにもいかないもの。これはあなたを守ってあげられない、私の代わりよ。この聖なる武器があなたを魔族から守ってくれるわ、持って行ってちょうだい」

「あら、武器なら『勇者の剣』があるわ。グスタフ兄様からお借りするんだもの。別に、これはいらないんじゃ……」

 と、言うと、お父様とお母様とジライは複雑な表情となって顔を見合わせあった。

 何か……

 三人とも困ったような顔をしている……?

「……ともかく、それをお母様と思って持ってってちょうだい。いいわね?」

 そこまで言われたら持っていかないわけにはいかない。

「はい。お母様、大切にいたします」

「そして、最後の贈り物……」

 コホンと咳払いをしてから、お母様が目で合図を送る。ジライは頷きを返し、少し進み出て私の前に跪いた。

「セレス様と国王陛下の命により、本日より、このジライ、ラーニャ様の従者を務めさせていただきます。ラーニャ様の旅をお助けし、ラーニャ様が本懐を遂げられるその日まで命に代えても女勇者ラーニャ様をお守りいたします所存。どうぞ、私を従者とお認めください」



 えええええ〜〜〜〜〜〜〜っ!



 ジライが私の従者にぃ?



 思わず本音が出てしまった。



「……いらない」



 それから、ちょっとした騒動になった。

「そんなぁ、ラーニャ様」と、泣いて私の足元にすがるジライ。

「お慈悲でございます、どうかどうか私を従者にぃ〜」

 と、うるさく媚びまくる。蹴っ飛ばしてもまとわりついてくるんだから、本当、うっとーしい。

「そう言わず従者として伴ってあげてください。ジライは今も尚、インディラ(いち)の忍者です。あなたの旅の助けになりますよ。聖なる武器『ムラクモ』の使い手ですし」

 と、横からフォローをするナーダお父様。

「普段、ベタベタの甘々の親バカ姿しか見せないから、こうなるのよ。本当、馬鹿よね」

 と、コロコロと笑って、ジライを嘲るお母様。



 結局、お父様とジライに押し切られ、私は嫌々ながらだけれど、ジライを従者と認めた。

 父親同伴の勇者なんて……格好悪いなあ……

 まあ、公式的には私はナーダお父様の娘となっているから、ジライは赤の他人ってことになってるんだけど……



「なんで、あんたまで私の従者なのよ!」

 謁見の間で、諸公に勇者姿をお披露目する当日、つまり、今日、控え室に入った私は意外な事実を知らされ、目の前が怒りの余り真っ赤になった。お父様が決めた私の従者は二人いたのだ。

 変態忍者を従者にするだけでも、ものすごぉぉぉぉ〜〜く嫌だったのに、その上……

 こんなクソ生意気なガキを伴わなきゃいけないなんて〜〜〜〜〜!

「そんな無礼な口をきくなんて、馬鹿じゃないの? 僕がいないと困るのはラーニャじゃないか」

 軽蔑しきった顔で、私を見下ろしてくる義理の弟。上と横にやたら広がって、すっごく無駄に筋肉をつけてデカくなっている。

 ラジャラ王朝第三王子ガジャクティン。

 糸目の澄ました顔の嫌な奴。その顔も姿もお父様のお若い頃にそっくりだって言う人が多いけど、絶対、違う。お父様はこんな浅薄な顔をしていない。重厚さのかけらもない薄っぺらな若者とお父様を比較するなんて冒涜だわ!

「僕はね、ラーニャが恥をかかないように従者として一緒に行ってあげるんだよ。父様から是非にと頼まれたんだから」

「嘘」

「嘘じゃないよ。僕は優秀だからね、頼りにされてるんだ」

「あんたなんか何の役にもたたないわよ!」

 ガジャクティンは口の端だけ歪めて笑った。

「そうかな? 僕は、とても熱心にこの年まで武術にも勉学にも励んできたからね。勇者の従者になるべく、きちんと準備を進めてきたんだ。『勇者の血』しか長所がないラーニャよりは、よっぽど役に立つと思うよ」

「そうですよ、ラーニャ様」と、横からリオネルが口をそえる。

「ガジャクティン様はわずか十四歳で、大剣、片手剣、槍で、当代名人より印可をいただいている猛者。その上で、歴代勇者の旅の全てを、魔族の知識を、各国の情勢を、そらんじられるほど暗記なさっておいでの聡明さ。それに、ラーニャ様と違って世界各国の言語に堪能で各地の風習についてもたいへんお詳しい。ラーニャ様の旅をきっと助けてくださいますよ」

 おだてられて得意そうにハハハと笑う馬鹿と、鼻眼鏡を直す目の腐った馬鹿。

 ラーニャ様と違ってって……いくら何でもひどくない、リオネル。他の子と比較されて馬鹿にされると、子供ってグレるのよ!

「ガジャクティン様の旅立ちに立ち会えまして、喜ばしく思っております。どうぞ、従者としての使命をまっとうください。あなた様なら、歴代従者の英雄の方々に負けぬご立派な働きをなさるでしょう」

「うん。ありがとう。リオネル。おまえに師事できて本当に良かったと思う。おまえの勇者哲学は本当に素晴らしかった。機会があったら、又、インディラに遊びに来ておくれ」

 W勇者おたくはつるむと、うるさいしうっとーしい。互いに称えあうとか、気色悪すぎ。この馬鹿コンビを見ないですむようになるかと思うと、本当、せーせーする。

 諸公の前でお父様にご挨拶した後、私は、宮廷魔法使いの移動魔法でエウロペへ向かう。従者のジライとガジャクティン、それにリオネルと共に。

 共にエウロペへ向かうけど、リオネルは従者になるわけではない。勇者のスペアである私の教育担当官だった彼は、私が勇者として旅立つにあたり、お役御免となったのだ。

 長年の厚情に感謝したお父様がエウロペの自宅に帰る彼を共に送るように宮廷魔法使いに命じた……と、いう事で一緒にエウロペへ行く事になっている。表向きは。

 けれども、実際はリオネルはオマケだ。もう一人エウロペに送りたい人間がいるから、リオネルの家来に変装させ、私達に同行させているのだ。

 この王宮には遠距離の移動魔法が可能な宮廷魔法使いが五人いる。でも、魔力消耗の激しい移動魔法は、普通、一度、使うと術師の魔力をほぼ奪ってしまう。再び魔法使いとして使い物になるまで魔力が回復するまで数日から一週間近くかかってしまう。ケルベゾールドが復活した今、いつ、移動魔法が必要となるかわからない。分散せず、いっぺんに送りたいってのもわかるけれど……

 私はリオネルの家来の変装をしている者を、横目でジロリと睨みつけ、小声で話しかけた。エウロペ人の中年の執事……の外見だ。

「あんたも、私の従者になる気?」

 その者は大袈裟に肩をすくめてみせ、小声で答えた。

「な、わけねえだろ。俺が表に出るもんか。俺は完全な影役だよ。ナーダ父さんと忍者頭様の命令で、陰ながらラーニャ様をお守りするのさ」

 と、答えた声は間違いなく弟のアーメットのものだった。ジライもそうだけど、本当、忍者ってうまくバケるわよね。エウロペ人の中年のおっさんにしか見えないわ。

「いいの? あんた、ガジュルシンの影のくせに、私についてきて」

「第一王子ガジュルシン様の影役は、おととい正式に降ろされたよ」

「え?」

 中年執事は溜息をついた。

「ケルベゾールドが復活した以上、女勇者様の為に働く事を優先せよ、とさ」

 おもしろくなさそうにアーメットが言う。望んで影を退いたのではないようだ。でも、

「ガジュルシン……納得した?」

 気の弱いガジュルシンは、一人では表の王宮へ行けない。臣下の貴族達に話しかけられるのが怖いのだそうだ。最近は、影からアーメットが守護してくれている事を心の支えに、大臣達に返事をする事ぐらいはできるようになったそうだけれども……

 影のアーメットがいなくなったら、又、後宮にお籠もりに逆戻りではないかしら。

「それがさ……おとといから、部屋から出てこないんだよ、あいつ」

 あらま。後宮どころか、自室に籠もってるの? 完全なひきこもり?

「ずっと、食事にも水にもまったく手をつけてないんだ。影に復帰したハンサさんに部屋の中の様子を聞いたんだけど……あいつ、寝台でめそめそしてるらしい……本当に、いつまでもガキで困るよな」

 アーメットの口調には苛立ちがこめられていた。ガジュルシンをこの国の国王にふさわしい男にしたいと思っているアーメットには、内気で闘争心のないガジュルシンは歯がゆくてたまらないのだろう。

「しばらく会えなくなるんだから、別れの挨拶ぐらい来いっての。ったく」

 しばらく会えなくなる……その言葉に胸がズキンと痛む。

 私がインディラに戻れるのは、いつだろう。

 数ヶ月でケルベゾールドを倒した勇者様も居たはずだ。でも、たしか討伐までの平均年数は二年ぐらい。お母様の時も、二年かかった。

 少しでも早く……インディラに帰りたい。その為には、多少、無茶したっていい。さっさとケルベゾールドを倒して、愛する方の元へ戻ろう!

 私はそう思って……いた。



* * * * * *



「ラーニャ、久しぶりだね」

 そう言って笑いかけてくれたのは、金の巻き毛のハンサムな男性だった。綺麗にカールがかかったお髭も素敵。

 肘掛け椅子に身を預けるように座っておられるけれども、お体は騎士にふさわしい逞しさで、腕も脚も太い。

 この方が……グスタフ兄様?

 びっくりした。前にお会いした時は、ほっそりとした優しそうなお兄さんだったのに……

「お久しぶりです、グスタフ兄様」

 グスタフ兄様は十三歳で、私は七つだった。十年以上前だものね。あの時、『勇者の剣』を継いだばかりだった兄様も、今じゃ爵位も継いだし、一児のパパ。昔通りの姿なわけないわ。

 私とガジャクティンとジライ、それにリオネルとアーメトは宮廷魔法使いの移動魔法で西国エウロペの首都クリサニアの勇者の家に着いていた。馬で移動したら三ヶ月ぐらいかかる距離を一瞬で移動できるんだから、魔法って便利よね。跳んでった先は侯爵家の玄関ホールで、すぐに召使がグスタフ兄様の所に案内してくれた。

 グスタフ兄様はサンルームで日にあたっていらっしゃった。

 一見、とても健康そうでお元気そうなのだけれども、両手の指先には黒い模様があった。麻痺しているのはまだ両手両足の指先だけなのだそうだけれども、全身がひどくだるいのだそうだ。

 王族に対し座ったままの非礼をお許しくださいとグスタフ兄様がおっしゃると、ガジャクティンはとんでもないと恐縮し、ご本復をお祈りしますとか何とか妙〜〜〜〜〜にかしこまっていた。

 何、それ? って感じ。何しゃちほこばってるのよ! 頬を赤く染めちゃって、不気味! 現勇者に会って感激ぃ? なら、これから勇者になる私もちょっとは尊敬したらどうなのよ! と、ムッときた。

 リオネルは涙ぐんでいた。グスタフ兄様も、昔、リオネルの教え子だった。私と違って優秀な生徒だったらしい。リオネルは奇病に倒れたグスタフ兄様を慰め励ます言葉をかけ、奇病の治療法を研究すると言った。

 ジライは現勇者に対し礼儀他正しく挨拶した。が、それだけ。グスタフ兄様に関心がないのだ。

 しばらくしたら、ヤンセンおじい様とアリシア伯母様がいらっしゃった。現在二人目を妊娠中のグスタフ兄様の妻アンヌ様とお子様のヴィクトルは、今、王宮にいるそうだ。

 と、いうか王宮で暮らしているそうだ。大魔王復活のお告げがあったと同時にヴィクトルは王宮にひきとられ、魔術師協会の精鋭達が張る完璧な防御魔法陣の中で育てられる事になったのだ、お母さんのアンヌ様と共に。私が大魔王を倒すまで。

 グスタフ兄様は呪われた身なので、王宮で共に暮らせないのだそうだ。その呪いが憑依型の魔族の仕業ならば、魔そのものを王宮の結界の内に招き入れてしまう事になるからという理由らしい。

 ムッとした。グスタフ兄様の余命は一年と少ししかないかもしれないのに、その最後の一年を家族と過ごさせないってどういう事?

 勇者の血筋が大切なのはわかるけど、妻と子を王宮に軟禁しちゃうなんて、変よ。その保護の仕方って人格を無視してないかしら? 

『勇者の剣』の使い手がいなくなったらこの世は滅びるったって、人があってこそでしょ。使い手が人間として幸福に暮らせない世界って間違ってると思う。



 召使の担ぐ輿にのってグスタフ兄様は自室へと戻る。私達はその後をついて行った。

 兄様の寝台のそばには……

 長い長いテーブルがあり……

 その上には、柄頭をベッドに向ける形で、人の身長ほどもある巨大な両手剣が横たわっていた。

 エウロペ神から初代勇者ラグヴェイ様が賜った、聖なる武器。

『勇者の剣』。

 華美な装飾など一切ない、実用的な鞘。両手で握りやすい長さの柄。

 寝台に仰向けになった兄様が、私に対し頷いてみせる。

 この剣を私に託すと……

 今世の勇者の任を任せると、おっしゃっているのだ。

 私は兄様に対し一礼してから、向き直り、『勇者の剣』へと手を伸ばした。

 この剣を手にした時から誕生するのだ、十四代目勇者となる者が。

 女勇者……ううん、姫なんだから姫勇者ね、姫勇者ラーニャの伝説がここから!

 私は柄を握り締めた。

 お父様、見ていて。

 ラーニャはやるわ。

 必ず、あなたのいるこの世界を守り通してみせるわ!



 と、意気揚々と『勇者の剣』を手に持とうとしたんだけれど……



 突然、脚が四本とも折れ、テーブルは床に沈んだ。

『勇者の剣』を握っていた私も、巻き込まれ、そのまんま床に倒れこむ。



「痛っ……」

 私は剣を手に立ち上がろうとして……愕然とした。



「何、これ?」



『勇者の剣』はテーブルを突き破り……床にめりこんでいた。

 その柄を握って持ちあげようとしたのだが、ぴくりも動かない。その重さったら、半端じゃない。根の生えた太い大木を相手にしてる気分。まったく微動だにしない。

 茫然と私は周囲を見渡す。

 グスタフ兄様とヤンセンおじい様は困惑した顔で視線をかわしあい、アリシア伯母様はいかにも同情してますって顔で私を見つめていた。ガジャクティンとリオネルは『あ〜あ、やっぱり』と言いたそうな呆れ顔で、アーメットは因縁つけられてはたまらんって顔でそっぽを向いていた。

 で、ジライは……

「しょせんは剣……ラーニャ様の高潔さがわからない阿呆でも仕方ありませぬ」

 と、言って慰めるように肩を抱いた。とりあえず右拳でジライを殴り飛ばしておいたけど……



 これって……どういうこと?



 何でこんなに『勇者の剣』が重たいわけ?

 私の頭の中は真っ白になった。

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