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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
全ての終わりが来る前に
62/115

私の知ったこっちゃないわ! 気になる名前!

 姫勇者一行は、しばらくバンキグに滞在する事になった。

 知恵の巨人を腐敗させ、あの広野に出現させた敵の正体も、意図もつかめていないからだ。

 神族にちょっかいを出して堕落させた首謀者は、相当高位の魔族のはず。大魔王か四天王かもしれない。この地から移動した可能性も皆無ではないが、今世に出現した魔族は憑代の精神の影響を受けやすい。バンキグの神を利用しようなんて発想の奴だ、バンキグ人を憑代にしているのだろう。ならば、まだこの国に残っていると考えるのが自然だ。

 そいつを退治するまで……或いは大魔王関連の新情報(大魔王の本拠地がわかった等)が他国からもたらされるまでは、バンキグにとどまる。

 何か事態が動くまでは、サヴォンオラヴィの王宮にお邪魔させてもらうのだ。



 姫勇者一行で忙しそうなのは、ジライぐらいだ。ジライは昨晩から部下達を使い、バンキグ各地の情報を集めている。大物魔族が関わっていそうな事件が起きてないか探っているのだ。



 兄様達の救出に協力してくださったハリハールブダン上皇はルゴラゾグス先王とお酒を飲まれてから、ケルティに帰られた。

 けれども、カルヴェル様はまだ残られている。朝からラーニャと一緒だ。

 兄様が大人しいからこそ、できる事だ。この王宮に帰還後、兄様は熱を出し寝込んだのだとか。『腐った巨人の頭の中で、皆を守ってたんだもん、疲れがたまったのよ。今日一日休ませといたげましょ』と、ラーニャが言ったので、今日は兄様はそっとしておいてあげる事にした。

 僕はラーニャともカルヴェル様とも、それぞれに話したい事があるんだけど、二人はラーニャの部屋にほとんど籠りっぱなしだ。結界を張って、誰も近づけさせない。内緒話をしてるんだろう。

 知恵の巨人の事で不安になっているラーニャを、カルヴェル様が支えてくれているんだ。ラーニャは、きっと、大丈夫だ……

 だけど……

 昨晩のラーニャを思い出すと胸が痛む。『絶対、信じない!』と、言って泣いていたラーニャ。

 助けとなりたい……僕はラーニャの従者なのだ。



 なのに……



「おおおお、さすがナーダ様のご子息! 筋がいいですな! 戦斧の才もおありとは、さすが『心の友』のご子息!」

 僕は、朝からカラドミラヌに捉まっていた。

『戦斧は使った事ない』って断ったのに『それならば、俺がお教えしましょう』と、カラドミラヌは嬉々として僕を戦士達の冬の修行の場の広間に有無を言わさずひっぱって行ったのだ。

 で、基本攻撃・防御の型の指導もそこそこに、いきなり模擬戦。カラドミラヌと刃を潰した戦斧で対戦だ。刃こそ鋭さに欠けるものの、重量はそのままだし、鈍器として充分、凶器だと思う。いくら相手が名人だからって、普通、素人には持たせないだろうこんな危ない武器。持ち手も相手も骨折させかねない。

 普段、マヌケな発言ばかりをしているけれど、『狂戦士の牙』の持ち手に選ばれるだけあって、カラドミラヌの戦斧の扱いは素晴らしい。攻撃自体にスピードがある上に動きが読めない。戦斧を振りまわし、殺傷力のない部分、たとえば、側面や柄や柄の底などを攻撃に組み込み、対戦相手を翻弄する。

 僕は防戦一方だった。

 戦士の広間には、戦士達が集まっていた。

 僕に声援を送ってくれる者もいる。だが、少数。ほとんどの者は足さばきが悪いだの欠点を大声であげつらねてヤジり、後何分もつかを陽気に賭けてる。皆、僕等に構わずやかましい声でしゃべっているから嫌でも耳に入る。

 こんなことしてる暇ないのに、馬鹿にされると、やはり悔しい。僕は英雄ナーダ王の息子だ。僕がみっともない事をしたら、父様の名誉まで傷つけてしまう。

 無様な負け方だけは、するもんか。できるだけ粘ってやる。僕はカラドミラヌの攻撃を受け、流し、かわす事に懸命に集中した。

「目がいいのでしょうなあ」

 楽しそうにカラドミラヌが言う。

「それに勝負勘に優れておられる。いやいや、とても今日初めて戦斧を持ったようには見えません。どうです、俺に弟子入りしませんか? ガジャクティン様ならば三年も修行をつめば『狂戦士の牙』の後継者に選ばれましょう」

 冗談。何で僕が戦斧の後継者になんなきゃいけないのさ! そりゃあ、『雷神の槍』は借り物で、僕の武器じゃないけど……

「槍に両手剣に片手剣が印可なのでしたな? さまざまな武に秀でておいでで、バンキグ語も流暢、陛下相手の交渉もお見事で大魔法使い二人を味方に加えてしまうなど……お身体やお顔ばかりではなく何もかもが父君にそっくりだ」

 お見事じゃない。と、いうか『大魔法使い二人を味方に加えた』なんて、僕の交渉術の手柄みたいな言い方やめて。恥ずかしい。流れでそうなっただけだし、僕はキョウで大怪我して、迷惑かけまくりのお荷物だったんだから。

「目の前に『心の友』がいるようです。ほんに、ガジャクティン様は他人のような気がいたしません」

 いや、あなたと父様は他人だから。

「よほど神に愛されておいでなのですなあ、羨ましい。とても十四歳には見えませんぞ。父君のうつし身をそのまま神より賜ったみたいですな」



 え?



 カラドミラヌの戦斧の一撃を受け止めきれず、僕は戦斧を手から落としてしまった。

 けど、もうそんな事はどうでも良かった。

 カラドミラヌの言葉が心にひっかかったのだ。



『よほど神に愛されておいでなのですなあ。父君のうつし身をそのまま神より賜ったみたいですな』



 親子なんだから似ていても、おかしくない。

 今まで何の疑問も抱かなかった。

 でも……そうだ、僕の背はぐんぐん伸びたけれど、父様とほぼ同じ高さで止まった。横幅もそうだし……

 声変わりしてから、声もそっくりになった。

 少し学べば武術が形となるところも似ている。

 いや、だけど……

 僕は父様ほど多彩じゃない。

 芸術方面はさっぱりだ。

 魔法の才だって雲泥の差。魔力が微弱すぎて、魔法を使えないレベルだったんだから。

 何もかもがそっくりなわけじゃない。

 けれども……

 僕は父様に似ている。

 似すぎている。



 思い出した、僕は……



 子供の頃、父様のようになりたかったんだ。

 父様のような大きくて強い大人になりたかった。優しくて、逞しくて、ものしりな父様に僕は憧れていたんだ。

 オマケ扱いされるのが嫌で、たまらなかったんだ。ラーニャや兄様達と同じ事をしたかった。一人前の扱いをしてもらいたかったんだ。



『早く大きくしてください』って、毎日、神様にお祈りをしていた。



 そして、僕は……



 何を代償にした?

 何を捧げたんだ?

 何を失ってしまったんだ……?  

  


* * * * * *



「ここに居たんですか、アーメット」

 顔を上げると、シャオロン様が居た。

 親父の部屋で、親父相手に愚痴をこぼしながら、俺は何時の間にか眠っちまったらしい。

 北国で床の上で寝コケるなんて、どこまで馬鹿なんだ、俺? 親父がいなくなって暖炉の火も消えている。凍死してもおかしくなかったのに、俺はぶ厚い布団にくるまれてぬくぬくとしていた。親父がかけてくれたのか? こんな優しい事してくれるとも思えないけど。

 シャオロン様は床の上にしゃがみ、俺へと笑みをみせた。

「ガジュルシン様のもとへ行かなくていいんですか?」

「……行かない」

『行かない』じゃなくて『行けない』だったが、言い直すのも面倒だった。俺は布団に顔を埋めた。

「ガジュルシン様、昨晩から発熱しました」

 やっぱり、熱が出たのか……

 俺のせいだ……

「魔法での治癒はなさっていません」

 え?

 俺は驚いて顔をあげた。

「インディラ教の戒律だそうです。理由(ゆえ)なく自分を癒してはいけないのだとか。自分を癒しても良いのは、緊急時、務めや使命の妨げとなる場合、生命の危機に関わる場合のみなのだそうです」

「あ」

 そう言えばそんな事を聞いた事があった。『勇者の従者となってからは使命を果たすって理由で治癒できるようになったから、僕は前より健康になったろう?』って。

「これから旅に出るわけでも、魔族退治に行くわけでもないので、治癒魔法をかける必要がないのだそうです」

「顔は?」

「顔?」

「腫れたんだろ? あんだけ俺が叩いたんだから」

 シャオロン様が静かな顔でジーッと俺を見つめられる。

「お顔は普通でした。腫れあがるほどひどい状態だったのなら、治癒したんじゃないんですか? 意志の疎通ができなければ周囲に迷惑をかけますから」

 う。

「熱は……? 高い?」

 俺の喉がごくりと鳴る。

「いいえ、微熱です」

 俺は安堵の息を漏らしたんだけれども。

「でも、何も口にできないのだそうです。食べ物どころか水すら吐いてしまうのだとか」

「え?」

「ストレスで胃が弱っているのでしょうね。夕方までこの状態が続くようでしたら、ガジャクティン様に癒していただこうかと思っています」

 ガジュルシン……

「俺のせいだ……」

 頭がガンガン鳴った。 

「俺が何度も何度もガジュルシンを叩いて……その上、あんなことを……」

 気絶したガジュルシンに何度も噛み付き、細い体を無理やり腕に抱いて……

 俺は何故……

 あんな事をしたんだ……?

「俺のせいだ……」

 目から熱いものが流れ落ちた。

「俺がガジュルシンを傷つけたんだ……」

「何で暴力をふるったんです?」

 俺は頭を横に振った。

「……わからない」

「何が嫌だったんです?」

「嫌……?」

「何かに耐えられなくって、暴れちゃったんでしょ?」

 俺は……

「ガジュルシンが……俺のガジュルシンじゃなくなったから……」

 次から次に頬に涙が伝う。

「生まれた時から俺達一緒だった。一緒に育ったんだ。昔っからあいつは優秀で俺の知らない難しい授業をいっぱい受けてたけど、でも、全部わかったんだ。あいつが何を思ってるのか、何をしたがってるのか、言葉にしなくても、全部、通じてた。だけど、俺は十才で王宮を出て……」

 俺は公式的にはナーダ父さんの子となっていて、王位第二継承者だった。だから、『王子アーメット』は死ななきゃいけなかった。その理屈はわかる。だけど、俺は……ずっと後宮に居たかったんだ。ずっと、みんなと一緒に……

「三年、離れてた。それから三年……忍者の修行をしながらあいつの『影』を務めてきた……だけど、ずっと一緒にはいられなくって……身分が違うし、インディラ寺院じゃ側に付く事すらできなかったし……時々、ハッとするんだ。ガジュルシンが俺の知らない顔を見せるから……」

「……たとえば、どんな?」

「離れてた三年の間の溝はいろいろ調べて埋めたと思ったのに……俺、あいつが寺院魔法以外の魔法を使えるのも知らなかったし……移動魔法なんかできるとも思わなかったし……僧侶ナラカにあんなに拘っていたのも知らなかった。影のくせに知らない事ばかりだ。俺はガジュルシンを知らないんだ……」

「一番、知っていたかったんですね、ガジュルシン様のことを」

「俺は影だから……ガジュルシンの事を全部わかってなきゃいけなかった……だけど、俺に、あいつは何も大事な事は話してくれない……後になってから教えるんだ。魔法の事もナラカのことも女の事も……実はこうだったって……ひでぇよ。俺なんかどうでもいいんだ……もう昔とは違う……忍者になんかなりたくなかったのに……『影』になれば一生一緒にいられるって親父に言われて、俺は……ずっと一緒にいたくて、でも、あいつは違って……」

「アーメット」

 シャオロン様の右手が俺の肩に触れる。

「何もかも話して欲しいって、ガジュルシン様に伝えた事ありますか?」

「え?」

「大事な事を知らずにいたと後で知らされるのは悲しいって、言いました?」

「……言ってない」

「言葉にしなければ、相手には伝わりませんよ」

「そんな……みっともない話、できないよ。『俺を無視するな』だなんて……駄々っ子じゃあるまいし……あいつ、忙しいのに……俺に構ってるどころじゃなくって、やらなきゃいけない事いっぱいあって……」

「ほぉら、アーメットだって」

 トンと額を軽く小突かれた。

「ガジュルシン様に大事な事を話してないじゃないですか」

「………」

「あなたを気づかって話せない事もあったんじゃないんですか?」

「そんな気づかいいらない!」

「なら、そう言わなきゃ」

「………」

「お互い、みっともないところを曝け出して見せあえばいいんです。あなた方なら許し合って認め合えるんじゃないんですか?」

「………」」

 シャオロン様が、にっこりと微笑む。

「このまえの相談のことなんですけど……」

 相談?

「道ならぬ恋をしているって、言ってましたが」

 道ならぬ恋……

 そういえば、俺……

 ウシャス様に恋してたんだっけか……

 忘れてた……

「その方が他の方と結ばれたら、アーメットはどう思います?」

「どうって……別に……」

 ていうか、ウシャス様はナーダ父さんの本当の奥さんだし。ガジュルシン達のお母さんだし。

「何とも思わないでしょ?」

 シャオロン様が小さく笑う。

「でも、ガジュルシン様が東国の女神と結ばれ、子まで成したのは許せなかった」

「………」

「好きだから許せなかったんですよ」



 好き……?



「義兄としてとか、主人として、じゃないですよ。一人の人間として好きなんです。恋です」



 恋……?

 俺はガジュルシンに恋しているのか……?

 男に俺が……?



 首を傾げる俺。元気づけるように、シャオロン様が俺の肩を叩く。



「お見舞いに行ってらっしゃい。え? 具合? そうですね、アーメットの顔を見たら、一時的に悪くなるかもしれませんね。でも、アーメットと仲直りできない限り、どんどん悪化していくに決まっています。罪悪感があるのなら、男として責任を取ってください。きっちり謝ってらっしゃい。暴力をふるった事を謝った上で、不平不満をガジュルシン様にぶつけてらっしゃい。逆にガジュルシン様の不満も聞くんですよ、そうすれば平等です」



 顔を拭かれ、布団を剥がされ、親父の部屋から追い出された。

 しばらく、そのまま廊下に立っていた。

 けど、扉は二度と開きそうもなかったし、立っていてもしょうがないんで、俺は歩き出した。ガジュルシンの部屋に向かって。その足取りは牛のように遅かったけれども。



 半ばまで歩いてから、あれ? って思った。

 何でシャオロン様が知ってるんだ? ガジュルシンがミズハ様と子作りをしたって。

 ガジュルシンから聞いたんだろうか?

 俺は首をひねりながら、廊下を歩いて行った。

  


* * * * * *



「すまんな」

 忍の体術で天井より現れたジライさんが、オレに頭を下げる。

「助かった。アレは我の言葉は素直に聞かぬゆえ」

「お気になさらず。オレにとっても、従者仲間二人のことですから」

 今朝、ジライさんから息子さんの事で相談された時には、びっくりした。二人の関係は精神的(プラトニック)なものだったのに。急展開に驚いたのだ。

 アーメットを説得しガジュルシン様のもとへ向かわせてくれと頼まれたので、了承した。

 アーメットが不満を吐き出せれば、多分、大丈夫だ。二人とも明日には気力を取り戻せるだろう。



「今のところとりたてて情報はない」

 唐突に話題を変えてから、ジライさんが溜息をつく。

「しばらく、この王宮に滞在だな」



 アーメットの事もそうなのだが、ジライさんにはもう一つ悩みがあった。

 ラーニャ様だ。

 知恵の巨人騒動の後、ラーニャ様がジライさんの接近を禁じたのだ。あれこれと世話をやきたがるジライさんを、ラーニャ様はもともと煙たがってはいた。

 けれども、昨晩は突然だったのだ。ジライさんが何かをする前に『当分、私のそばに来ないで。あんたの顔なんか見たくない』と、おっしゃって……

 ジライさんは、オレの目から見てもわかるほど、派手に落ち込んでいた。『アレか? アレがマズかったのか……いや、しかし、バレるはずがない。それとも、アッチの件か、それともこの前の』とかブツブツ言っていたから、心当たりは山のようにあるんだろう。

 しかし、原因は知恵の巨人だろう。巨人絡みで何かあったのだと思う。

 今、カルヴェル様がラーニャ様のお部屋におられる。あの方がラーニャ様の心をほぐし、胸の内を聞き出してくださっていればいいのだが……

  


* * * * * *



 誰に相談すべきかといえば、やっぱりカルヴェル様だろう。

 でも、今、カルヴェル様はラーニャの部屋に結界を張って籠られている。誰も中には入れないんだ。



 足は兄様の部屋へと向いた。僕の封印の事で神経過敏になっている兄様に相談なんかできないけど、何となく。



 小さい頃の記憶って、本当、曖昧だ。

 泣いてばっかだったような。主にラーニャに泣かされてた。

 兄様は昔っから優しくって、僕といっぱい遊んでくれた。

 けど、僕はアーメットと泥だらけになって遊ぶ方が好きだった。子供の頃は、アーメットが大きくって、物知りで逞しく見えたんだよな。小さい時の二歳差は大きい。

 父様は大きくって格好良かった。僕は父様のようになりたかった。

 母様はいつも綺麗で優しくって……でも、ガジュルヤーマがお腹にいる頃からあんま甘えなくなったんだよな。

『にーさまと、おなかのこがいるから、できのわるいこは、いらないんだ』

 って、×××に言われた事を気にしてたから……

「………」

 て、あれ?

 ×××?

 誰、それ?

 記憶にない。

 けど、響きに覚えが……

 昔、僕は何度も×××の名前を呼んだ……

 ×××……

 誰だっけ……?

 何かもやもやする。

 喉まで出かかっているモノが出ない感じ。う〜〜すっきりしない。



「あれ?」

 兄様の部屋の前にはアーメットが居た。召使の姿だ。扉を叩こうとしているのか右手をあげているのに、そのままの姿勢で止まっている。変な顔で扉を見つめて固まってる。

「何してるの?」

 アーメットが僕を見る。唇をみっともないほど歪め、顔中をしかめて、僕を見つめる。泣き笑いみたいな顔。

「ガジャクティン……ごめん、俺……わけわかんなくなっちまって……」

 ん?

「俺、謝らなきゃいけないんだけど、何って言えばいい? もう二度と迷惑をかけないって言えばいいのかな……?」

 喧嘩したのかな?

「『ごめん』で良いんじゃない?」

 アーメットが頭を横に振る。

「本当にひどい事しちゃったんだ……俺、おかしいんだ。カッとなると、又、何かしちまう……『影』はやめる、もう側に近づかないって、言えば許してもらえるかな……?」

 な!

「何、言ってるの、馬鹿じゃないの、アーメット」

「馬鹿……?」

「お詫びしたいんなら、ずっと側にいるから許してくれって言うべき」

「え? でも、俺、あいつに」

「アーメットが側にいない方が嫌なんだよ、兄様は。早くそばに行ってあげて」

「だけど……」

「ごちゃごちゃうるさいなあ、もう。僕、兄様の事ではいつも正しい助言をしてると思うけど?」

「あ」

 アーメットがうつむく。

「……そうだよな。うん、エウロペでもジャポネでもお前の言う通りだった」

「僕の方が、人間観察眼に優れてるんだよ」

「うん……そうだ」

「僕はアーメットと違って優秀なんだ。僕を信じて」

「うん」

 アーメットが口に微かに笑みを浮かべる。

「ごめん、ガジャクティン……ありがとう」

「いいよ、気にしないで」

 僕は肩をすくめた。

「年上だから賢いとは限らないもの。ラーニャもアーメットも嫌になるくらい馬鹿だから、僕が面倒をみてあげなきゃね」

 ひでぇなあと、アーメットが小さく笑う。

 うん。ちょっとだけ、いつものアーメットに戻った感じ。

 アーメットは知らないからなあ、アーメットが王宮にいなかった三年間の兄様を。皆の期待のままに如才なく世継ぎの王子の役を演じてはいたけれど、兄様はいつもぼんやりしていた。遠くばかり見ていた。僕に対しては無理に明るくふるまっていた。でも、アーメットと一緒の時に見せる幸福そうな満ち足りた笑みなんか一回も浮かべなかったんだぞ。

 昔っからアーメットが、兄様の特別だったんだ。

「どうすればいいかわかったね?」

「ああ。側にいさせてくれって頼む」

「そうだよ、兄様が出てけって言っても離れちゃ駄目。兄様、本心ではずっと一緒に居たいって思ってるんだから」

「わかった」

「そうだ、アーメット」

 僕はついでに、気になっている事を聞いてみた。

「×××って知ってる?」

「×××?」

 いぶかしそうにアーメットが眉をしかめる。知ってるわけないか。

「何でもない、忘れて。じゃ、僕、部屋に戻るから」



 僕が距離をとってから、ようやくアーメットは兄様の部屋の扉を叩いた。

 それからだいぶしてから扉を開けて、中に入ったようだった。

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