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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
黒くうつろなるもの
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この先にあるもの! 絶対、信じない!

 気がつけば知らない場所に居た。

『アーメット達を助けたい! 力を貸して!』

 と、『勇者の剣』に願ったら、ここまで跳ばされてしまったのだ。

 真っ白な霧? 周囲は霧に包まれている。

 足元さえ見えないような濃霧だ。

 私は進むべき方向に進む。視界が悪いけれど、どちらへ進めばいいのかは剣が教えてくれている。右手には柄を握る確かな感触があった。

 水音がする。

 木々がこすれる音、聞いと事もない鳥の声も遠くから聞こえた。

 靴底の下は軟弱だ。水辺の側の泥地なのか。時々、霧の間から緑のみずみずしい葉が覗くから、木立の中にいるようだけど。

 なだらかな坂道となる。不確かな足元に戸惑いながらも、私は進んだ。

 しばらく進むと、唐突に見えた。

 霧の中から、ソレだけが浮かび上がっていた。

 切断面が生々しい、斬首されたばかりのオジさんの首だ。

 右頬を下にして水辺の泥の上に転がっている。非常に穏やかな顔だ。苦痛も無く死んだって事だろうか?

 私はソレに近づいてゆき……

 違和感を覚えた。

 距離感がつかめぬ白い霧の中にいるとはいえ、近づいても近づいても首には到達しない。どころか首がどんどん大きくなってゆくのだ。

 今居る位置からでも、私より大きい。接近すればもっと大きくなるだろう。

 巨人……

 と、いう単語が頭に浮かんだ。

 インディラの神話にもいるわ。話によって、神族とも魔族とも解釈できるけれど。

 髭をたくわえた壮年の男の顔をしたそれは、ふいに目を開いた。

 ちょっとびっくりした。

 でも、巨人の首なんだ。人間じゃない。生命力が違うんだから、頭だけになっても死なないのかもしれない。

 巨人の青みがかかった眼が、私を見つめる。目つきは厳しいが、知性がうかがえる落ち着きがあった。

 巨人が口を開く。

 異国の言葉だ。

 けれども、不思議なことに何と言っているのか、私にはわかった。

『薬草をお持ちか?』

 と、聞かれたのだ。

 持ってないと、答えた。

 剣が通訳してくれてるのだろう、巨人が質問を変える。

『治癒魔法は使えるか?』

 使えないと答えた。いろんな魔法を使えるけれど、『勇者の剣』は治癒魔法は使えない。勇者を癒すことはできない剣なのだ。

『ならば、私を主人(あるじ)のもとへ運んではくれまいか?』

 移動魔法なら使えると答えると、

『頼む』

 と、首にお願いされた。

 行先はわかんないけど、剣ならわかると思う。跳んでって剣に心の中で言ったら、拒まれた。

 首に対して敵意はない。でも、今は、お願いをきく気は剣には無いようだ。剣が私に何かを伝えようとしている。でも、言葉じゃないから、さっぱりわかんない。

 突然、黒の巨大な生首城のイメージが私の頭の中に広がる。剣から送られてきた映像?

 聞けという事なのかしら?

 私は巨大なお髭のオジさんの首に尋ねた。

「こっちも尋ねたいことがあるの。あなた、巨大な腐った生首の知り合いがいない? バンキグの東北部の平原に現れて、何千の次元扉を開いては瘴気を撒き散らすの。迷惑してるのよ」

 巨人が実在するんなら、アノ巨大生首城も巨人の首かもしれない。

 巨人ならば巨人を知ってるかもしれない……安直だけどね。



* * * * * *



 声が聞こえた。

 僕の内側から声がした。

 軽やかに声が笑う。

 愚かな人だ、と。窮地には何時でも呼んでと伝えてあるのに、何故、呼ばないのか、と。

 思念が通じるなんて思ってもいなかった。外界への魔法は全て遮断されているものとばかり……

 声が僕を嘲笑う。

 血と血で結びついた仲に距離はない。壁などない。望めばいいのだ、と。

 僕は声にすがった。



「ミズハ様、僕等をここから救い出してください」



 僕等の目の前に、ジャポネ風の艶やかな貴婦人姿の女性が現れる。夜の河のように豊かな黒髪を宙に舞わせ、キラキラと光り輝きながら現れた女性の姿のモノ……ミズハ様は、現れるなり僕に抱きついてきた。

「旦那様、会いたかったわぁ」

 僕ともども、僕を背から抱いて座っていたアーメットにまで、白蛇神は抱きつく。甘苦しいような疼きと嫌悪感が僕の心を波立たせる。

「やつれたなぁ。可哀そうに。すぐに麿を呼べばよかったのんに」

 妖しい色気を撒き散らしながら、蛇姫は更に僕にすり寄って来る。

 呼び出そうとは考えてもいなかった。

 外界には魔法が通じないと思っていたし……ミズハ様の事はつとめて忘れようとしていたから。

「旦那様が窮地やと、弟はんが教えてくれたんやわ」

 え?

 ガジャクティンが?

 どうやって? あいつの魔力じゃ、バンキグからジャポネまでの心話なんて不可能だし、移動魔法も使えない。

 まさか、又……カルヴェル様を頼って?

 ミズハ様がホホホと笑われる。

「あの子、ナラカ除けの結界あるの忘れて、移動魔法でキョウに跳んでこようとしたんよ。ナラカの血ぃ引くあの子がキョウに入れるわけないのんに」

 ナラカ除けの結界って……キョウ全体を覆う守護結界だ。キョウを荒した魔族を二度と侵入させないよう、かなり強固に作ったもので……攻撃機能もあるから、無理にキョウに侵入しないようタカアキから釘を刺されていたんだが……

「弟は? 無事なんですか?」

「……死んではおらんよ。死んでたら、麿と話せるわけないやろ?」

 だが、無事ではなかったという口ぶりだ。

 動揺する僕を見てミズハ様が微笑む。獲物を弄ぶ猫を思わせる……残忍な笑みだ。

「弟はんが心配? その顔もそそるわぁ。旦那様、願いはかなえてあげる。そのかわり、後でご褒美ちょうだい。麿を楽しませてな」

 先にちょっとだけと言って、化粧に彩られた美しい顔を近づけて来る。白蛇神が顎をとり、僕と唇を重ねる。ねっとりと動く舌に閉口する。ミズハ様の接吻は、いつも僕の口の中を喰らうかのように激しく、そして長い。息苦しくて呼吸が乱れる。

 口づけした後、姫巫女は僕とその背後のアーメットににっこりと微笑みかけ、立ち上がった。ジライには興味が無いのか、視線も向けない。ジライには魔力も霊力もなく、忍者として気(精気)も押さえているからだろう。

 結界外に広がるのは、下から上へと流れ落ちる腐った肉と血の大滝。その空間に果てなく、大滝が広がる悪夢のような景色。ミズハ様は結界外の腐敗しきった世界を見つめ、楽しそうに微笑まれた。

「いやぁ、こら大仕事やわ。代償、高いえ?」

 ミズハ様の体が金色に輝く。

 ミズハ様が憑代にしている肉体から、何か巨大なモノが広がりゆく感覚はあった。透明な目に見えぬ何かが、後から後から、僕等を突きぬけ、結界外へと飛び出してゆく。

 腐敗しきった世界に金色の光が広がってゆき……

 そして、そこは……

 徐々に変わってゆく。

 生まれるのは、鮮やかな血と、赤々と色づいた新しい生肉。

 下から上への大滝の色が変わり、流れの向きが変わる。上から下へと変わってゆく。

 急ぎ探知の魔法を詠唱して見た頃には、周囲は半ば以上生き返っていた。

 ミズハ様の憑依体から伸びる半霊体の金色に輝く巨大なモノが、波打ち、身をくねらせ、周囲に力を放つ。

 癒しの水。

 腐っていた肉は崩れ、そこより新たな肉が生まれる。

 白蛇神であるミズハ様は、水神であり、多産の象徴であり、長寿も司る。

 ミズハ様は、憑代であるタカアキを喰らい、わずかな肉片を残して死んだ肉体を再生して、自身と憑代の霊力と魔力を高めておられた。常に死と再生と共にあるのだ。

 今、ミズハ様は、バンキグの腐った巨大な生首を癒しているのだ。

 首は『不快』を訴えていた。ラーニャはなにげなく『腐って生かされたら、そりゃ誰だって不快なんじゃない?』と、言っていた。が、まさにその通りだったのだ。

 生首は癒される事を望んでいた。

 それで、癒す事ができるであろう者を内に取りこんだのだ。

 正確には……癒す事ができる異国の神を呼び出せる者をだが……

「あ」

 僕はようやく気づいた。

 何故、僕等が取り込まれのかを。

 僕とアーメットとジライは取り込まれ、シャオロン様は弾かれたのだ。その理由は……

「タカアキ様からいただいたお守りって、今?」

 僕はアーメットへと振り返り、びっくりして身を縮まらせた。

 アーメットが、今まで見たこともない恐ろしい形相をしていたからだ。鋭い視線を、姫巫女の背に向けている。今、ミズハ様はその体を起点として、半霊体を四方八方に伸ばしている。異常な姿だ。でも、霊力もなく探知の魔法も使えないアーメットでは見えないはずだ。

「持っていますぞ」

 答えたのはジライだった。

 胸元から取り出したであろう、綺麗な虹色の袋を左手に下げている。

 お守りを持つ者は白蛇神の眷族扱いになるとタカアキは言った。それ自体には何の行使力もないけれど、白蛇神の持ち物だから手を出すなという他神へのアピールになると。

 つまり……

 ミズハ様と契約を結んでいる僕はともかく……ジライとアーメットは、タカアキが余計なモノを与えたせいで、巻き込まれたのだ。ミズハ様を呼び出す力などないのに。

 アーメットの刺すような視線が、僕へと移る。

 眉間に皺を寄せ、アーメットが僕をねめつける。

 間違いなく、アーメットは怒っている……

 深く、激しく、怒っている。



* * * * * *



 僕は茫然と、それがあるはずの方角を見上げた。

 月すらない曇天の夜空は何処までも暗い。

 明るいのは僕等の籠る結界と、カルヴェル様とハリハールブダン上皇様が周囲に放つ浄化魔法の輝きだけ。周囲の瘴気はまだ祓えていない。けれども、大魔法使いのお二人が瘴気を浄化しきったとしても、夜の闇に阻まれ何も見えないだろう。

 暗すぎて、肉眼では、目の前の奇跡が見えないのだ。

 更に身を乗り出そうとした僕は、何かに足をとられ、よろめく。小柄なシャオロン様が、そっと僕を支えてくださる。

「ガジャクティン様、まだ血肉が馴染んだわけではありません。いつもの体と思って動いてはいけません」

 僕は『龍の爪』の使い手に、『ありがとう、すみません』と、伝えた。

 今は外見上、何ともないけれど、僕は危うく死ぬところだったのだ。

 自分の不注意で。

 兄様とジライとアーメットの共通点は『ミズハ様』。タカアキから貰ったアイテムを忍者の二人が持ち歩いているとしたら、三人にはミズハ様の眷族の印がある……

 そう気づいたのはナラカからの発想だった。ナラカの部下ガルバがラーニャの荷物をこっそりと調べていた事を思い出し、ラーニャの持っているモノで特殊なモノなどタカアキから貰ったモノぐらいだと思い至り、それでようやく捕まった三人の共通点に気づいたのだ。

 あの黒の首城に入るにはミズハ様の眷族の印が必要なのだと推測した僕は、ラーニャが預かってたアジンエンデ用のお守りを借り、複製品を作ろうとしたのだが……

 ケルティの上皇様に加えカルヴェル様という味方を得て、つい浮かれてしまったのだ。

 ジャポネのキョウまで送ってもらえるとなって、不用意に移動魔法を頼んでしまったのだ。

 ナラカ侵入防止の強固な結界があるのを忘れて……

 僧侶ナラカの血筋の者、つまり兄様から作った、ナラカよけの結界だ。同じ血をひく者も一緒に弾かれてしまう。

 カルヴェル様の移動魔法で運ばれて、キョウに具現化した途端、僕は……キョウの結界に、ズタズタに体を刻まれて死にかけたらしい。

『らしい』なんだ。つまり、伝聞。攻撃魔法で切り刻まれ意識不明となった僕は、更に次元通路に飛ばされたらしい。徹底的にナラカを追い出そうとするタカアキの執念を感じる結界だ。

 すぐに追いかけてきてくださったカルヴェル様達に拾われ、カルヴェル様よりも治癒魔法が得意な上皇様の魔法で僕はどうにか一命をとりとめた。

 で、その後、カルヴェル様とシャオロン様に伴われて現れたミズハ様が僕を癒してくださったから、今、こうして無傷な体になっているけれども、本当ならば出血多量かショック状態で死んでいた重傷だったそうだ。

 もぉ、恥ずかしい。

 役に立ってないどころか、迷惑かけまくりのお荷物じゃないか……

 僕をもと通りの体にしてくださったミズハ様は、眷族の証のお守りを僕等に渡すのではなく自分が赴く、その方が助けになるとおっしゃり、兄様と血の絆で連絡をとり兄様に召喚してもらって消えていった。

 その後、僕はハリハールブダン上皇が物質転送魔法で出してくださった服を着て(僕の着ていた服もターバンもズタズタのボロボロの血まみれで使いものにならなったんだそうだ。幸いな事に、聖なる武器『雷神の槍』は無傷だったけれども……)、カルヴェル様の移動魔法で巨大生首のあるバンキグ東北部の広野に運んでもらい……

 そして、今、奇跡を目の当たりにしているのだ。

 肉眼では闇しか見えないが。

『滅多に見られぬモノが見える』と、おっしゃって、上皇様が僕等の心に『心の眼』で見えるに映像を送ってくださっているのだ。



 黒く醜くただれた巨大な生首に、金色の蛇が絡みついている。

 蛇が這う度に腐った肉がこそげ落ち、代わりに新しいモノが生み出されてゆく。



 巨大な黒い塊が崩れゆき、残った骨からわき出すように出てきたピンク色の若々しい肉・筋肉・血管・神経・軟骨等がおさまるべき位置におさまり、形をつくってゆく。

 徐々に形づくられてゆく巨大な顔。

 窪んでいた二つの穴から眼球があらわれ、とがった鼻もでき、耳が形づくられ、表皮が顔を覆う。

 巨大な首はミズハ様の魔力に癒され、産み直されているのだ。



 その巨大な首の前の宙に、乙女が現れる。

 巨大な首の、額の辺りだ。

 少し癖のある長い髪を宙に浮かばせる、白銀の鎧の乙女は、右手に彼女の身長程もある巨大な両手剣を握っていた。

 ラーニャだ。

 移動魔法で現れ、空中浮遊の魔法を使っている。剣から御力を借りているのだ。

 ゆっくりと剣を上段に構え、迷いなく彼女が剣を振り下ろすと、剣より光が生まれた。

 剣の切っ先はギリギリ巨人に届かぬところで、紙一重で宙のみを切る。

 剣より生まれた光は巨大な首の内側へと走る。

 反射されない。

 首が光を受け入れているのだ。

 剣より生まれた光が、何かを切った。

 黒く小さいものだ。



 首の再生が早まる。あっという間に、髪が髭が生え、首は壮年の男性の顔となった。

 巨大な両の眼が開き、黒の魔族城と思われたモノが、口元を広げ笑みをつくった。

 それがあまりにも大きく雄々しく輝かしく存在する為か、塩を引くように瘴気が消えゆく。

 何とも凄まじい光の気だ。僕はその圧迫感にめまいすら感じた。光は瞬く間に、広野に充満していた黒の気を消し去った。

《感謝する。東国の女神と西国の神の剣の使い手よ》

 声でない声が僕の頭の中に響く。シャオロン様もびっくりした顔で僕を見る。思念は、この地にいる全員に伝わっているのだろう。

《汚らしき魔に植えられた種が、我が力の流れを逆流させていた。再生は腐敗となり、知恵は狂気となっていた。我が穢れを払った女神よ、肉体より切り離していたわが魂を見つけてくれ更には種まで切ってくれた剣の使い手よ。あなた方の助けに感謝する》

 ラーニャの横の宙に、移動魔法で東国の女神が現れる。姫巫女こと白蛇神。姫巫女の後ろには……兄様とジライとアーメットがいる。皆、無事だったのだ! 良かった! 姫巫女に結界ごと運ばれたのだろう。全員、宙を浮いている。

「旦那様からのお願いを叶えただけやけど、かなりの霊力使ってしもたしなぁ。そもじからも、お礼をもらいたいところやわぁ」

 姫巫女が不敵に笑い、ジャポネ語で言う。

「お礼は子種でええよ。そもじさんの卵が欲しいわ」

 卵って……

 この首と交尾する気?

 ジャポネ語でも通じるみたいで、首が答える。

《我は知恵を司る巨人……返礼は知識に限られる》

 知恵を司る巨人って……

 僕はハリハールブダン上皇を見つめた。僕等に人の目には映らない奇跡の映像を送ってくださっている上皇は、巨大な首に対し恭しく頭を下げていた。

 目の前にいるモノは魔法生物なんかじゃない……

 この地に古くから存在する尊いもののお一人なのだ。

「知識なあ……」

 ジャポネの白蛇神は不満そうに、巨大な首を睨む。

《女神よ、剣の使い手よ。それぞれに答えを与えよう。心の中に疑問を浮かべよ。その全てに答える》

 ラーニャは困惑した顔だ。何を聞くべきか迷っているんだろう。

《我が知識は無限。世界に通じる扉より我に知識が流れくる。全ての疑問に答えよう。女神よ、剣の使い手よ。それが返礼だ》

「ラーニャ大伯父のことをお尋ねして!」

 兄様が叫ぶ。

「何が狙いで、何をなそうとしているのか? どう倒せばいいのか? 頼む!」

《そなたの願いは叶う》

 どちらの何の問いに対してかは言わずに、知恵を司る巨人が答える。

《その願いは叶わぬ》

 たった今、心に思い浮かべた人間にはわかるかもしれないけれど、周りの人間には何を尋ねて得た答えなのかわからない! 意外とサービス悪いです、知恵の巨人様!

《伝授する》

《既に叶った願いだ》

《肯定》

《死》

《今世の浄化》

「ラーニャ、大伯父の事を!」

 兄様の声はラーニャに届いているのか? 二人とも宙のわりと近いところに浮かんではいるけれど、ラーニャは生首しか見ていない。あんなに心配していた兄様達の方を一回も見ないのだ。感知できていないのかも?

《正しくあり正しくない》

《その願いは叶う》

《肯定》

《その問いには答えた》

《代償を伴う》

《不可能》

《心のままに》

《正解などない》

《否定》

《疑ってはならぬ》

《その通りである》

《ありのままに受け入れよ》

「ラーニャ!」

 兄様の声はラーニャには届いていないようだ。

 ラーニャは茶の瞳を凝らし、巨人を見つめていた。わなわなと震える閉ざされた唇が彼女の感情を表していた。

《その問いには答えた》

 ラーニャがキッ! と、巨人を睨む。

《その問いには答えた》  

 ラーニャは肩を怒らせ、怒気のままに両手剣を下段に振るう。

「馬鹿じゃないの、あんた!」

 知恵の巨人を斬る為ではない。

 目に涙をためながら、彼女は宙を切る。

 治まらぬ怒りを、剣を振るう事で払おうとするように。

「あんたの言葉なんか信じない!」

《信じずともよい。未来ならば変える術はある。望まぬ未来を拒むのであれば、変わる運命を選べ。未来は一つではない》

 巨人の姿がぼやけてゆく。

 夜の闇の中に紛れてゆく。

 今世から消えゆく……



 心の中からラーニャ達の姿が消える。

 古えからこの地におわすものは、あるべき場所に帰られた。もはや僕等に映像を伝える必要が無くなった為、そして、ラーニャの為、上皇様は現実を切り取って僕等に見せるのをやめられたのだ。



 ラーニャは泣いていた。



 何を尋ねたのだろう?



 父様との恋が叶うかとか? 

 叶うわけない。父様がラーニャを相手にするはずがない。ラーニャは振られる。絶対、振られる。

 ラーニャは馬鹿だ。何で振られるってわかってる相手が好きなんだよ。

 何で父様しか見ないのさ。

 失恋するって言われて、それでヒステリーを起こしたのならいい。

 そんなくだらない理由なら、ラーニャってやっぱり馬鹿じゃんって笑ってやれる。



 でも、きっと違う。

 ああ見えて、ラーニャは真面目だ。

 勇者として振る舞うべき時には、きちんと振る舞う。



 勇者一行の未来に、ラーニャを納得させられない何かがあるんだ……



 教えてくれるだろうか? 

 からかわずにちゃんと聞けば、年下の義弟だって馬鹿にしないで胸の内を話してくれるだろうか?

 


 闇夜の中でラーニャが一人で泣いている……



 だけど、僕は何もできない。

 ただ闇を見つめるだけだ。

 この闇の何処かにラーニャが居るのだと思いながら。 

明日より、次章『全ての終わりが来る前に』を更新します。

最初の話は『もつれちゃった糸! 危なかった!』で。いろんな意味で急展開です。

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