得たもの失ったもの! 再会の時!
「旦那様から誘ってくれはるなんて、嬉しいわぁ」
蛇除けのお守りのある宿屋から離れ、山中まで移動魔法で渡り、血の契約を意識し白蛇神を呼び出す。
山中には不似合いな、綺麗な内掛けを羽織ったジャポネ風貴族女性の姿でミズハ神が現れる。月夜でもお困りになられないだろうに、ミズハ神は光球と共に現れた。自分の美しい姿を僕に見せたいのだろう。
僕は身震いした。夜の山中は冷えるが、千里眼除けの結界の内に籠っている。気温など感じない。だが、寒い。ゾッとするような寒さを感じ、全身に鳥肌が立つ。
「タカアキから聞いたよ。ジャポネを離れるんやろ? 寂しくなるわぁ。そやけど、男は戦ってこそやしな……おきばりやっしゃ。麿の力が必要になったら、いつでも呼んでな? 愛しい旦那様の為やったら、タカアキの体が使えん時でも、他の体で駆けつけたげるえ」
「ありがとうございます」
「お別れ前に、こうして呼んでくださったし……ほんま、ええ旦那様や……」
ミズハ神が妖艶に微笑みながら、僕の腕の中に身を預けてくる。おぞけがひどくなる……
「好き」
ミズハ様が僕を見上げる。お望み通りに、その唇に僕の唇を重ねた。
ぬるっと舌が侵入してくる。僕の口の中を喰らうかのように、激しく、ねっとりと舌が蠢き回る。
「……今日こそ、子種をくれるんやろ?」
「ミズハ様がお望みでしたら……」
嫌悪の情をこらえながら、僕は言葉を続けた。
「正直に言うと、うまくできる自信がないんですが……僕は女性との経験はありませんし、そのお体がタカアキ様と共有の男性の体と意識すると、どうも……」
「萎えてしまう?」
ホホホと華やかに女性らしく、ミズハ様が笑う。
「この体が嫌なら、幻術かけてあげよか? 麿がそもじの好きな子に見えるようにしよか? あの金の髪の忍者はん……あの子と寝たいんやろ?」
「それはやめてください。アーメットに対する侮辱にも等しい」
「怖い顔……嫌やわぁ、妬けるわぁ、そない好きなんのん?」
「………」
僕の頬に唇にと軽く接吻し、ミズハ神が微笑む。
「かわええなあ、旦那様。タカアキの次にかわいい……みんな、ミズハに任せて。なぁんもせんでええよ、ミズハがかわいがってあげる」
「ミズハ様……お願いがあるのですが」
「なぁに? なんでも言うて。旦那様の願いならなんでも叶えてあげる」
「神にも制約があるのは心得ています。人に教えられる限りの事で結構ですので、教えてください……僕の弟のことを」
「そもじさんの弟?」
「弟には神の印がついていると、タカアキ様がおっしゃいました」
「付いてるなあ」
と、あっさりと白蛇神が言う。
「どのような神のどのような印なのでしょう? 封印の印だとも、タカアキ様はおっしゃっていました。大きな力を神に捧げているので、それを取り戻そうとしたら弟は亡くなるかもしれないと……弟の印の事で、話せる範囲の事をどうか教えてください、お願いします」
「ふぅん?」
ミズハ様は口の端を歪めて笑われた。
「そうゆうこと? そもじから誘ってくれはるなんておかしいなぁとは思うてたよ。……弟の為か」
艶めいた冷たい笑みを浮かべつつ、ミズハ様が言う。
「教えたってもええけど……わかるよなあ、お願いがあるんなら、それに見合うことしてもらわんとな。麿のご機嫌とらなあかんえ」
「……はい」
「ホホホ。怯えた顔もかわいいなぁ。大丈夫や、初めての子にひどい事はしない。ただただ気持ちよくしてあげるさかい、一緒に楽しも。……さ、体の力をぬいて……ミズハに、ぜぇんぶ任せて……」
* * * * * *
ガジュルシンがおかしい。
心労のあまり、よく眠れなかったのだろう疲れきった顔でボーッとしている。それに何というか……非常に暗い。
昨晩、宿屋で北方へ向かう話をした後、一度、総本山に報告に行くって言って分身を置いて俺達と別れたんだけど……
今朝、戻って来てから、ずっとこんな調子だ。
まあ、わかるけど。
タカアキからあんな話、聞いちゃ……
ガジャクティンは本来、強い力を持っていたけど、昔、どっかの神様に封印されちゃって、今は無い。その能力を無理に取り戻そうとすると死ぬかもしれないだなんて……。
命の危険があるんなら、普通の人間なら失った能力を取り戻そうとはしない。だけど、ガジャクティン、ちっちゃい頃から魔法とか強大な力に憧れてたし、無茶ばっかするしな……
戦いの中、勇者一行が危機に陥ったら……みんなを助けようとして、何をするかわかったもんじゃない。
まあ、そうそう簡単に神様の封印が解けたりしないだろうとは思う。
けど、心配は心配だ。
昨晩は、ガジュルシンがいなくなってから、姉貴がガジャクティンに怒られていた。何か姉貴が先走ってあれこれ構ったみたいなんだけど、『ちょっとほっといてくれない? 僕だって頭の中、まだまとまらないんだから』って、ガジャクティンに怒鳴られ部屋から追い出されていた。
ガジャクティンが死ぬかもしれない……
突然、つきつけられた事実を俺達は受け止めきれずにいるわけだ。
だけど……
俺達は勇者一行だ。とどまっているわけにはいかない。
宿屋の自分用の部屋で畳の上に座って、ボーッと壁を見つめているガジュルシン。
俺は義兄の左肩をつかんだ。
「なあ、ガジュルシン」
びくっ! と、身をすくませ、ガジュルシンが振りかえる。
「アーメット……?」
びっくりしてる。俺が部屋に居るの、忘れてたのか?
「何?」
何って……
「九時まで後三十分ないけど、そろそろ、みんな集めた方がいいんじゃないか?」
「九時……?」
アーモンドのような目が震えながら、俺を見ている。怯えているような?
「シャングハイに移動するんだろ、九時に?」
「あ、ああ……」
そうだったってな表情だ。大丈夫か、ガジュルシン?
「そうだね……そろそろ集まっておいた方がいい。みんなを呼んで来て、アーメット」
「……五分したら行く」
「え?」
そんなつらそうな顔をした奴、ほっとけるか。
俺はガジュルシンの前に回り込み、背は高いけど痩せた体を胸に抱き締めた。
「な?」
ガジュルシンが慌てて、体を硬くする。
俺は、ガジュルシンの背をしっかりと抱いた。
「五分だ」
「え?」
「五分したら俺は行くから……」
「アーメット……」
「落ち着けよ、ガジュルシン……これからが正念場なんだろ?」
「……うん」
「僧侶ナラカを倒すんだろ? 大魔王でも大魔王じゃなくても」
「うん……」
「バンキグに行けるかどうかは、おまえの交渉にかかってるんだぜ。シルクドの国境が使えなきゃ、ひどい遠回りになる。何としてもシルクド国王を説得しなきゃ」
「うん……」
「シャイナに行くにしても、俺達、おまえ頼みなんだ、移動魔法使えるのはおまえだけなんだから。しっかりしてくれよ」
「うん……ごめん……」
「ガジャクティンは大丈夫だよ」
本人がここに居たら『何を根拠にそう言い切れるわけ?』と、又、糸目で睨まれそうだ。今回も根拠はない。でも、絶対だ。
「あいつは、大好きな『兄様』を悲しませるような事はしない。ガジャクティンは死なない。おまえが守るし、俺も守る。姉貴だって文句言いながら守ってくれるさ」
「うん……」
「俺もエーネの時に死にかけて、おまえに助けてもらった。魔と戦ってりゃ、ポロっと死にかける事もあるさ。だからこそさ、俺、信じなきゃいけないと思う。俺達は死なないって。誰一人死なないって。まだ来てない明日に怯えて、足を止めちゃ駄目だ。信じて、それで守り合えばいいと思う」
「ありがとう……」
ガジュルシンが体を小刻みに震わせている。
泣いてるよな、こりゃ……
でっかくなっても、中身は昔のまんまだよな。
「ごめん……アーメット……僕は……」
ガジュルシンが声をつまらせ、つっかえ、つっかえ言う。
「僕は……弱くって……狡い……君に甘える資格なんて……無いのに……」
「何、言ってるんだ? 馬鹿だなあ、ガジュルシン」
俺はふきだし、明るく言った。
「おまえが甘えてるんじゃない。俺がやりたい事をやってるだけだ、気にするな」
「アーメット……」
「おまえは思う通り、やらなきゃいけないと思う事やれよ。俺が支えてやるから。俺はおまえと生きるのが生き甲斐なんだ。俺はず〜っとおまえの『影』だよ」
「本当に……?」
「本当に」
肩を抱いて少し体を離すと、思った通りガジュルシンは泣き濡れていた。あ〜あ、ぐしょぐしょ。眉目秀麗な王子って称えられてるのに、台なしな顔だなあ。
「僕は……穢れている……汚いんだ……それでも……君は……?」
穢れてるって……本当、馬鹿だよなあ。これぐらい気にする事ないのに。
俺は、涙に濡れたガジュルシンの頬をぬぐった。
「おまえがどんなでも、おまえは俺のガジュルシンだ。今までもこれからも、ずっと……」
ガジュルシンがうるうると涙に潤んだ瞳で、俺を見つめる。
よく見ると、本当、ウシャス様に似ている……
優しそうな顔立ちだし、まつげ長いし、ほっそりしてるし……
義兄のはずなのに……
なんか……
女の子みたいだ……
ドキンと心臓が鳴った。
「俺の気……吸う?」
そう尋ねた途端、ガジュルシンが弾かれたように動いた。俺の首筋に両手を回し、すがるように抱きつき、唇を重ねてきた。
俺の全てを求めるかのように……
まるで接吻を欲するみたいに……
全然、男と口を合わせてる気がしない……
ガジュルシンがウシャス様みたいで綺麗すぎるからだ……
ヤバイ……
何かドキドキしてきた……
ガジュルシンの口腔に舌をいれ、練気を送りながら、俺は正直、興奮しすぎて、困っていた。
ガジュルシン相手にときめいているんだ……
異常だ……
すっごい背徳感……
知らなかった……
俺、道ならぬ恋に落ちていたのか……
俺、何時の間に、ウシャス様に恋してたんだろ……?
* * * * * *
昨晩のタカアキ様の衝撃発言から、兄様とアーメットとラーニャがおかしい。
腫れものを扱うように僕に接っしたり、やたらと愛想よくなったり、道徳的なたとえ話を始めたり……態度が前と全く変わらないのはジライだけだ。
信用されてないんだなあって思う。
ちょっと悲しい。
そりゃあ、僕だって力は欲しい。『勇者の剣』と一体となれるラーニャのように、大魔法使い級の実力の兄様のように、英雄であるジライのように……仲間を守れるだけの力は欲しい。
でも、インディラ神(?)に強大な能力を封印されてるんだとしても……
どんな力だかわからないものを取り返す為に命を投げ出すものか。そこまで、僕は愚かじゃない。
勇者一行が大ピンチでその力を使わなきゃ、皆、死んじゃうっていうのなら……それは考えるけど。
とはいえ、嫌だなあ。死んで英雄なんて……僕はまだ十四歳なのに。
せめて、封印されている能力が何かわかれば命の懸けどころも見極められるんだけど。
そうだ!
カルヴェル様!
大魔法使いのあの方ならば、僕の封印がどんなものかわかるかも……?
* * * * * *
「お久しぶりです、ラーニャ様、みな様」
シャングハイの入国管理室に入って来たのは、柔和な笑みを顔に浮かべた風のように爽やかな方だった。
「シャオロン!」
「シャオロン様!」
姉貴も俺達も、一直線に『龍の爪』の使い手のもとへ走った。
黒の束髪で年齢不詳というと、ジャポネの三大魔法使い様もそうだ。でも、あっちは何か妖しくて、シャオロン様はひたすら親しみやすい。
シャオロン様は仕立てのいい、上等な拳法着を着ていた。ド派手な龍模様だ。シャオロン様の好みじゃない。多分、亡くなった弟子のリューハンの服を、又、着てるんだろう。
「シャイナ皇宮からお迎えにあがりました。入国手続きが終了次第、皇宮に参りましょう。ラーニャ様のご到着を、皇帝陛下は首を長くしてお待ちですよ」
俺達を見渡し、シャオロン様がにっこりと微笑む。シャオロン様の後ろにはシャイナ皇宮の宮廷魔法使いが二人居た。行き用、帰り用だ。
ガジュルシンやカルヴェル様や姫巫女がバンバン移動魔法を使うから、ともすると感覚が変になっちまうけど、移動魔法は本来、魔力消費が激しい魔法だ。一回、跳んだ人間は魔力が枯渇しちまって、しばらく跳べなくなる。それが普通なんだ。宮廷魔法使いAは、シャイナ皇宮からシャオロン様と宮廷魔法使いBを運んで来たから現在、魔力切れ中。なので、魔法使いBが、俺達姫勇者一行とシャオロン様をシャイナ皇宮まで運んで跳ぶというわけだ。
親父に対し丁寧に会釈をしたシャオロン様が、静かに尋ねる。
「アジンエンデさんはどうされたのです?」
とても穏やかな顔だが、何を聞いても揺るぎなさそうな感じ。たとえば『魔族との戦いの中で命を落とした』と聞いても、その死を悼みこそすれ動揺はしない。そんな方なんだ。
「今、インディラの後宮にいるわ」
姉貴が大きく溜息をつく。
「マヌケな蛇神に無理やり器にされたせいで、目覚めなくなっちゃったの。後宮で、お父様に治療していただいてるのよ」
「……それはたいへんでしたね」
気づかわしげな瞳でそう言ってから、少し首を傾げられる。
「バンキグ入国前に合流できそうなのですか?」
姉貴は肩をすくめ、ガジュルシンを見た。ガジュルシンは静かにかぶりを振った。
「難しいかと思います。彼女が目覚めれば心話で連絡をもらえる事になっているのですが、あいにく、まだ。今日明日に目覚めたとしても、体調を復調させる期間も必要ですし……」
「そうですね」
シャオロン様は親父へと視線を向けた。
「後でご相談したい事があるのですが、よろしいですか?」
「承知」
まだインディラ忍者装束のままの親父が答える。
入国審査自体は略式なモノだけど、皇宮に上がるから、健康診断は受ける必要があった。皇宮に妖しげな病を持ち込まれちゃ困るってな理由で。
秘密保持という事で個室での健康診断だ。男女に別れ、時間にして一人五〜六分程度のものだけど。
インディラ国忍者頭の親父は忍者である身分を盾に、問診と健康調査の探知魔法以外は拒否だそうだ。
俺はまあ普通に受ける。
ガジャクティンの受診中、控え室で俺はガジュルシンと同じ長椅子に座っていた。親父は一人、壁に背もたれて立っている。
ガジュルシンと同じ椅子に並んで座っていると……
何か……
ダメだ。
妙にドキドキする。
常に冷静でいなきゃいけない影だってのに。心が乱れる。
しかし、俺……
年増好みだったのか……ウシャス様ってお母様と同い年だっけ? いっこ下だっけ? そんなもんだよな……。
「アーメット?」
俺の心の乱れを敏感に察したのか、ガジュルシンが俺をジッと見つめる。
ガジュルシンが少し元気になってくれたのはいいんだけど、俺の方がこんなんじゃ駄目だ。シャイナにいるうちに、時間みつけてシャオロン様に相談してみようかな……恋の悩みの時って、どうすれば平常心を保てるのか……
「あのさ……」
何か言わなきゃと思い、思いついた事を口にした。
「アジンエンデ、早く良くなるといいよな」
今、言おうと思っていたことじゃないけど、いつも気にかかっていたのは本当。真面目でカラっとした性格の彼女、俺、好きだし。
「そうだね」
と、ガジュルシンが少し寂しそうに微笑む。治ってもすぐに合流できないだろう彼女の事を気づかってるんだろう。
ああ……でも……そういう顔すると、本当にかわいいなあ。
控え目な感じで、ウシャス様に、よく似てる……
「ガジャクティンもアジンエンデがそばに居れば、馬鹿な事しないよな」
俺は、ガジュルシンから視線をそらした。
「好きな子と一緒なら、人生、楽しむだろうし」
「好きな子?」
不思議そうにガジュルシンが尋ねる。
「誰が誰を好きなの?」
心底、不思議そうに聞いてくるんで、俺はガジュルシンを見つめた。きょとんとした顔が……ああああああ、いかん、何でも可愛く見えてきた。
「ガジャクティンがアジンエンデを、だよ。アジンエンデはガジャクティンの初恋の相手なんだから」
ガジュルシンはアーモンドのような目を丸め……
それから、声をあげて愉快そうに笑いだした。
「アジンエンデがガジャクティンの初恋の相手? 嫌だなあ、アーメット、そんな事、考えてたの?」
え?
口元をおさえながら、ガジュルシンが体を揺らす。笑い転げている……
「ありえないよ。ガジャクティンがアジンエンデに対し抱いている感情は、友情だよ。そんなの見ていればわかるじゃないか」
(…………………………)
ええええ〜〜〜?
嘘!
あんなあからさまなのに、ガジュルシン、気づいてないのか?
親父にキスされて倒れたアジンエンデを介抱していた時、ガジャクティン、どー見ても恋する少年だったじゃないか!
あれが友情だってんなら、この世の中から『愛』や『恋』は消え失せちまうぞ!
「仕方ないか。アーメットは恋には鈍いからなあ」
尚も低く笑い続けるガジュルシン。
鈍いのは、おまえだろ?
けど……うぅ〜〜〜〜ん。
弟を溺愛しているこいつ、弟の封印がどうの命がどうので悩んでるところだしなあ……
可愛い弟が初恋中なんてわかったら、やっぱショックかな? それとも喜ぶ?
どっちにしろ動揺するだろうし……
今はいいか。
真実をわからせなくても。
親父が何か言いたげにこっちに視線を向けている。が、とりあえず無視しとこう。
* * * * * *
時間より早くに起こされると、すぐわかる。
魂に体がなかなか馴染まん。体が、ぶつくさ文句を言う。
《タカアキ》
目を開けると、ミズハが見えた。自室で壁に背もたれ座ってたようや。左手から腹にかけて、半霊体のミズハが絡みついてとる。麿の手首のあたりから、鎌首もたげてミズハがご機嫌な顔を見せる。
《ようやっと、うまくいったわ。ええ卵を産めた》
「そら、良かったな」
欠伸を噛み殺し、右手を懐に入れる。ミズハは姫巫女の格好の時も、麿の為に扇子は常時持ち歩いてくれとる。いつ入れ替わってもええように。扇子を広げ、眠そうな顔を半分隠した。
《もう、むっちゃくっちゃかわいかったんよ。××が××してて、ちょっと息かけただけで××してまって、背中、弱いみたいでな、×××したげると、もう元気に××が》
「やめて」
溜息混じりに、文句を言うてやる。
「いつも言うてるやろ。男はんとのアレの話はせんといてって。男が喘ぐ話を聞いても、ちぃ〜とも面白くないし、気色悪いだけなんや」
《そやけど、かわいかったんやもん》
情事を麿に聞かせたくってしょうがないって顔しとる。まったく、もう困った神様や。
《楽しみや、かわいい子が生まれるで、絶対♪》
「良かったな……ミズハが楽しそうで、麿も嬉しい」
《ありがとな、タカアキ。旦那様をその気にしてくれて……ほんま、タカアキが一番や。一番、好き》
「ホホホ。当たり前や。あないな若造、麿にかかれば赤子も同然。動かすのは易いわ」
第三王子はんが、神さんのお手つきっちゅうんはほんまの事や。
むかし何を捧げ何を貰うたのか、麿には視えるし。
捧げた力の返還を願えば、ろくでもない事になるのもわかってる。神さんから貰うた物、第三王子はん、もはや返せんし。代わりに他の何かを差し出すとしても……どう見ても、あん神さん、ささいな捧げ物で満足してくれはるタイプやないし。……血ぃ見るんやないかな。
まぁ、それでも。
命まで奪られることは、そうそうない。第三王子はんが、『命捧げますから、返してください』とかアホなこと言わん限り、死ぬ事はないやろ。
願いを叶える代償は、それに見合ったものでなければならん。命まで奪ったら、さすがに取りすぎや。
あん神さんといえども、そこまでの勝手はできん。神と人との契約はそーゆうもんやもん。
つまり……第一王子はんには、ちょいと真実を大げさに伝えた。
煽ったんや。
麿が『弟は危険な状態にある』とほのめかしさかい、第一王子はん、真実が知りたくて知りたくて自らミズハを呼び出し、情報を得る為にミズハの望みに応えてしもた。
ここぞとばかり、ミズハ、苛めて、啼かして、可愛がったんやろなあ……半月以上焦らされまくった怒りをこめて、強烈に愛でたはずや。
そもじが悪いんえ、第一王子はん。残忍な神さんを欲求不満にするなんてなぁ。キョウの結界張る時、素直にミズハと懇ろになってれば楽やったのに。麿が罠を張る必要もなかったのんに。
まさか、蛇除けの護符を渡したった麿に踊らされたとは、夢にも思うとらんやろな。
まだまだ青い。
《旦那様には、タカアキが話してええ言うたとこまで話したよ》
「ごくろうさん」
《タカアキは、第三王子はんに力を取り戻してもらいたいんやろ?》
「ああ。第三王子はんの能力は、隠し玉になる。是非とも力を取り戻してもらいたい」
キョウの街を荒した、魔族の姿が心に甦る。
あのバケモノ僧侶……
麿が自ら浄化してやりたいが……ミカドの神官長ちゅう立場では勝手はできん。
直接戦えん代わりに、せめて助力を……。第三王子はんが強うなれば、あのクサレ僧侶を追い込めるかもしれん。
《なら、旦那様に、あんま教えん方が良かったんやないのん?》
「ん?」
《旦那様、弟を可愛がっとるもん、封印解くの邪魔すると思うわ》
麿は扇子を閉じた。
「……人間っちゅうのはな、ミズハ、神様のそもじにはわからん複雑な生き物なんや。真実に辿り着ける道は多いに越した事はないんよ。真実を知った兄からの妨害が逆に第三王子はんの意気を揚げる……麿はそう思うえ」
《ようわからんわ》
わからん事には興味がないとばかりに、ミズハが話を打ち切る。
半霊体のミズハが、シュルシュルと麿の体の上を蠢き回る。
ミズハの通った後の光が心地ええ……
《タカアキ、麿な、この卵、早く孵したい》
う。
《食べてもええ?》
うぅぅぅぅ……来たか。
第一王子はんが出国したら言い出すやろと思うてたけど……早かったな。
魔力の分身喰らうとか性交で吸うだけやと、失った能力取り戻すのに時間かかるしなあ……
約束やし、な。
大魔王との決戦も近いし、仕方無い。
卵の父になってもろた以上、第一王子はんは身内のようなもんや。助けてやらなあかん。
それに、あのおもろい姫勇者はん、あの娘は死なせたくないしな。
いつ呼び出されるかわからんのや。
いつ、あのバケモノ僧侶と戦うのかわからんし。
ミズハには、本来の力をはよう取り戻してもらうか。
「食べてもええよ」
半霊体の蛇身のミズハが嬉しそうに、体の上を這い回る。
《タカアキ、大好き》
「ぜぇんぶは食べんといてや……」
《ちゃぁんと残す。残して蘇生して治す。タカアキいなくなったら寂しいもん……》
「麿をあげるから、力つけてや。召喚された先で命落としたらあかんえ。ミズハがのうなったら、麿も寂しいよって……」
蛇夫婦、これからしばらくお休みです。