表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
北からの誘い
49/115

新たなる旅立ち! 神様のお手つき?

 前話の後書きと食い違ってしまいました。姫勇者一行は、まだ、ジャポネにいます。すみません。

 アジンエンデがいないと、寂しい。

 同室でうっふきゃっきゃっとふざけ合い、ナイスバティを目にして羨ましいなあと思いつつ目の保養をして、女の子同士の気安さから男達には内緒の相談をし、互いの体調の悪い日にはこっそりと庇い合い……と、いう楽しみがなくなった。南の事をよく知らない意外と奥手なアジンエンデは、からかうと反応が面白かったし、私の事を真剣に心配し守ってくれようとした。一緒にいて心地良かった。

 今、思えば、シャイナは賑やかだった。私達ラジャラ王朝関係者の他に、アジンエンデとシャオロンが勇者一行に居たのだもの。

 七人が今では五人だ。

 正しくは四人。病弱なガジュルシンは、移動中は分身を私達に同行させ、本人はインディラ教総本山に籠ってしまう。移動魔法であっという間に、本人と分身が入れ替わるから不自由ないんだけど。

 私達はキョウから南のナガンサに向け、馬の旅をしている。次の目的地が決まらないから、実にゆっくりと。

 三大魔法使い様がいるジャポネに居てもしょうがないと、私は思う。だから、キョウを旅立つ前、移動魔法でどっか余所に行きましょうよって提案したんだけど、ガジュルシン(本人)に却下された。

『大魔王か四天王の情報がない限り、旅を急ぐべきじゃない。移動魔法を多用すると、勇者一行に対し警戒を抱く国もあるだろうしね。国境を魔法で超えるのはできるだけ避けよう』

 何か歯に衣を着せたような言い方するから、つっこんで『どこの国が警戒するのよ?』と聞いたら、

『これから行くかもしれない国だよ』との答えが帰った。

 ジャポネからシャイナに渡れば、次はシルクドへ行くか、インディラからペリシャへ向かう事になる。

 ようするに、アレね……インディラとあまり仲良くない国……ペリシャを気にしてるのね。隣国の癖にペリシャとは、昔っから、国境付近でゴタゴタしている。ジライもしょっちゅう、国境の騒動を鎮めに出かけていた。

 当代勇者一行をペリシャが快く思うわけがない。メンバーのほとんどが、ラジャラ王朝関係者、王子と姫と王宮付き忍者頭だものね。

 そんなわけで、ペリシャを刺激しない為ののんびり旅なわけだけど……  

 私とアーメットとガジャクティンとジライだけの旅だ……

 共通語がろくに通じない田舎をこのメンバーって……

 ムカつく人間しかいない。潤いがない。張り合いがない。面白くない。つまんない。

 私が寂しい! って言ったら、それでは私が常におそばにはべり同室にと、変態が言ってきた。物陰から覗くにあきたらず、堂々とつきまとおうとは図々しい。回し蹴りをお見舞いしておいた。

 アジンエンデが戻るまでセーネが勇者一行に同行してくれる事になったけど……なんか、まだ寂しい。セーネは年上のお姉さんって感じで、お友達じゃないからかな。

 いなくなって、わかった。

 アジンエンデは、初めてできた友達なのだ。馬鹿義弟がそう言った時にはムカついたが、後宮で召使やら忍者達に囲まれて育った私達にしてみれば、確かに初めての友達なのだ。

 まあ、ガジャクティンにしてみれば、初の友人で初恋の相手なんだろうけど……

 アジンエンデ、早く帰って来ないかなあ……



 傷心の美少女は、一人悲しく物思いに耽るはずだった……



 が、しかし……



「一日おきに、姿を見せるんじゃないわよ、このバケ蛇が!」

 隔日で私は怒鳴ってばかりいた。

 キョウにいるはずの白粉女が移動魔法で姿を見せるからだ。

 非常識なほど魔力も霊力もあるこの女は、ガジュルシンの魔力を辿って一瞬でガジュルシンの元へ渡って来られる。ガジュルシンと相互主従関係を結んでいるからだそうだ。互いに主人で、互いに下僕。美学の感じられない主従関係だ。

 この馬鹿女は、フッと現れてガジュルシンの分身を食べてしまう。半霊体で文字通り頭から丸のみする事もあれば、切り刻んで肉体の口から食べる事もあり、魔力だけを吸いとる事もある。

『問題ない。そもじらにしか麿は見えんよう幻術かけとるもん』

 とか、バケ蛇は言うけど……いきなり血を噴き出してガジュルシンの分身が死んでるわけだし、周囲の目ぐらい気にしろっての。町中だろうが街道だろうが宿屋の中だろうが、周囲に人がいようがいまいが、白蛇はお構いなしだ。来たい時に現れ、食事をする。

 分身が食べられると仕方なく、ガジュルシン本体が総本山から移動魔法で現れ、周囲が殺人目撃で恐慌(パニック)になってるようなら幻術でごまかしたりする。

『旦那様、お会いできて嬉しいわぁ』

 で、その後は姫巫女がガジュルシンにべったりくっついて、もうベタベタの、媚々の、うっと〜しいラブシーンに雪崩込む。

 呼び出す原因つくっといて『お会いできて嬉しい』も何もないだろう、くそ馬鹿女。

「やかましいわ、山猿。麿と旦那様の逢瀬を邪魔するんは許さんよ」

 今日も今日とて宿屋のお部屋で、ガジュルシンにくっつきまくるバケ蛇。もういい加減、うんざりする。キョウを離れたってのに、何で一日おきにこの馬鹿の白粉塗れの顔を見なくっちゃいけないのよ。

 抱きつかれてるガジュルシンはげんなりした顔をしてるし、アーメットも困惑顔だ。何でこいつら馬鹿女に好きにさせてんだろ?

「愛する御方とずぅ〜〜〜〜と一緒に居たい乙女心もわからんのん?」

 誰が乙女だ、千歳以上のバケ蛇、亭主持ち、子持ち(卵持ち)のくせに。

「ガジュルシンに会いたいんなら、直接、総本山に行け! いちいち分身を食べに来ないでちょうだい!」

「阿呆。そないな礼義知らずな事できるわけないやろ」

 姫巫女が軽蔑の目で、私を見る。

「麿は、他の神さんの領域を犯すような恥知らずな真似はできひんわ」

 総本山はインディラ教の聖山。ようするに、ガジュルシンが総本山にいる限り近づけないから、分身を殺してジャポネに呼び出しているわけか。

 私は義弟をジロリと睨みつけた。

「迷惑だから、一日おきに恋人の所に通ってくれる?」

 一日おきというのは、むろん姫巫女がその体の主となっている日を指す。

「え?」

 ガジュルシンが、この上ないというほどびっくりしたような顔をした。

「かわいい眷族ちゃんなんでしょ? あんた、一人で面倒みてよ。あんたがこの女の元に通ってくれりゃ、こっちにまで被害がこないんだから」

「それがええわぁ、旦那様。そうして、麿に会いに来て」

 白粉オバケに更に熱烈にスリスリ体をこすりつけられ、ガジュルシンが顔をひきつらせる。

「それは……無理というものだよ、ラーニャ」

「何でよ?」

「キョウには、今、僧侶ナラカ除けの結界が張られているから……大伯父の血を引く者は皆、今はキョウに入れないんだよ」

「あ」

 そうだったという顔をする姫巫女。

 その結界、キョウの守護神であるあんたが張ったんでしょーが。本当、いい加減な神様。(私はともかく)当事者なんだから、覚えときなさいよ、基本的な事は。

「なら、何処ぞで落ち合うて逢瀬(デート)しよ。聖域でない所なら、何処でもええよ。麿、何処へも行けるし」

 そうか、聖域ならこの馬鹿女、入って来ないのか。明日から、神殿とか寺院に泊まれないものかしら。

「無粋な異次元空間でも、布団もないあばら家でも……何処でもええよ。愛しい愛しいお方と愛を確かめあえさえすれば……」

 口づけをねだるように顔を近づけてくる、姫巫女。

 ガジュルシンが真っ青な顔で、のけぞってゆく。嫌なら嫌って言いなさいよ、男らしくない。

「すみません、総本山に戻ります」

 顔をそむけ、ガジュルシンは姫巫女をそっと押し戻した。

「大僧正様との行の途中で抜けて来たんです。早く戻らなければ……」

 姫巫女の顔が恐ろしげになる。般若のような顔だ。

「いっつもいっつも、大僧正様……大僧正様……少しぐらい、麿と遊んでくれてもええのんに」

「すみません。タカアキ様と違って、僕はまだ修行中の未熟な身ですから……一流の方にふさわしい男に早くならなくては……」

 おっかない目でガジュルシンを睨んでから、姫巫女は急に媚々のいつもの顔に戻り、ニィィと妖しく笑った。

「おなかすいたぁ」

 ガジュルシンは小さく溜息をついて、魔力を高めた。

 ボン! と、白い煙があがって、ガジュルシンの周囲に分身が十体ほど現れる。

 ガジュルシンは姫巫女に対し、頭を下げた。

「一体は残してください。後は差し上げます」

「また、分身?」

 白粉女はいかにも悪女ってな顔で微笑み、ガジュルシンから離れた。

「そもじの魔力は美味やけど、そればかしやと飽きるわぁ。あんまし焦らすと、悪戯してまうえ」

 と、言ってバケ蛇はぬるっとした動きで近くに居た男に抱きついた。抱きつかれた方は、どぎまぎしている。

「ミズハ様!」

 声を荒げるガジュルシンに対し、白蛇は粘っこい笑みを浮かべてみせた。

「麿な、ええ卵を産みたいんよ。旦那様が嫌や言うんなら、他の子から子種もらうわ」

 ホホホホと笑いながら姫巫女は移動魔法で、姿を消した。同時にガジュルシンの分身も九人、消えていた。

 怒りのあまりか顔を赤くしてぶるぶる震えているガジュルシンを、私とさっきまで姫巫女に抱きつかれていたアーメットは気づかって見つめるばかりだった。



 で、その翌日……



「何で、あんたがいるわけ?」

 アーメットに呼ばれて、ガジュルシンの宿屋の部屋に行ってみれば、昨日、会ったばっかりの人間がそこに偉そうに座っていた。

 今日は束髪に神官装束。中身がバケ蛇じゃないのはわかるけど、白粉顔のキモい顔である事には変わりない。

 白粉男はいかにも軟派な顔の口の辺りを、扇子で隠していた。

「久し振りやな、姫勇者はん。会えて嬉しいわぁ」

「一日おきに会ってて、何が久しぶりよ」

「ちゃうちゃう。一日おきに、王子はんの所に顔出してたんはミズハの方や。麿が姫勇者はんに会うのは二週間ぶりやわ」

 あんたの事情なんか、知ったことか。私はその顔が、うんざりするほど嫌いなのよ。化粧変えても、姫巫女と同じ顔なんだもん。

 部屋には、ガジュルシンとアーメットの他に、ガジャクティンとジライも居た。アーメットもジライもインディラ忍者装束姿だ。

 何かあったのかしら?  

 私はガジャクティンの隣に座った。正座は痛いから嫌いなんで、あぐらという座り方で。ジャポネではお下品な座り方らしいけど、私、外国人だし、白銀の鎧着てるからどんな座り方でも問題ないはずだ。

「何の用なの?」

 三大魔法使いへ問いかけると、白粉男ではなくガジュルシンが答えた。

「僕がお呼びしたんだよ。出国の手続きをしたかったし、今後のことをご相談したかったんで」

「出国?」

「うん」

 ガジュルシンが、部屋に集まった一同を見渡す。

 何かすごい真面目な顔をしている。

「本日午後、エウロペにバンキグから心話による緊急連絡があったんだ」

 ん?

「発信者は先代国王ルゴラゾグス様、先代勇者セレス様宛の心話だったんだ。むろん、魔法自体は宮廷魔法使いのもので、受信したのもエウロペ王宮の魔法使いだけれども」

 バンキグって……北方だ。国交が断絶している北方三国の一国。

 お母様達先代勇者一行は、バンキグの国王達と力比べをして勝って、バンキグの戦士達の尊敬を得たのよね。『女勇者セレス』に書いてあった。

「バンキグ北東部に、魔力で構築された建造物が出現したのだそうだ。今世の常識からかけ離れた形状の巨大な城で、凄まじい黒の瘴気を撒き散らしているとのことで……大魔王の居城の可能性が高そうなんだ」



 大魔王の居城……?



「それって……」

 私は両手を握り締めた。

「ラスボスの居場所がわかったってわけ?」

「まだわからないよ、その可能性が高いってだけで。でも、高位魔族が関わっているのは確かだろうね」

 ガジュルシンは静かに微笑んだ。

「ルゴラゾグス先王が、勇者一行に入国許可書を発行してくださる。北方諸国を自由に行き来できる通行許可書ではなく、バンキグ国限定の入国許可書だけれども。新愛なる女勇者セレス様への友情の証として、勇者とその従者全員の入国を認めてくださるのだそうだ」



 北方か……



 大魔王か大物魔族がいるのなら討伐に行くべきだ。

 だけど、何か突然すぎてイメージがわかない。

 バンキグってどんな国だっけ?

 もう百年以上、南(北方諸国以外の国々)とは国交がなくて、南に通じる国境を閉鎖してるのよね。お母様達先代勇者一行を含め、国交断絶後、数えるほどの人間しか南側からバンキグへ行ってないはずだ。

 戦士が最も貴い職業とされる国ってぐらいしか知らない。

 雪国よね。

 もうすぐ十二月だから、めちゃくちゃ寒いんじゃないかしら。



「バンキグ語か……」

 嫌味な義弟(ガジャクティン)の、私に聞かせる為の独り言が耳に入る。

 ムカつく。ええ、そーよ、話せないわよバンキグ語なんて。

「どういったルートでバンキグに向かうのです?」と、尋ねたのは変態忍者だった。

「まだ未定。心話を通じてあちらと話し合って決めるけれども、多分、シルクド経由になると思う。なので、今後の移動を考え、ジャポネは出国しようと思うんだ」

 ガジュルシンはタカアキへと顔を向けた。

「タカアキ様から出国の許可はいただいた。手続きも代行してくださるそうなので、もう何時でもジャポネを離れられる。魔族討伐の為、姫勇者一行はまず隣国シャイナに向かう。そこでバンキグ及びシルクド国と交渉し、可能ならばシルクドの北部から国境を越え、バンキグに入国する」

 大魔王の居城かもしれない城があるってのに、速攻で、直接行けないのか……

「移動ルートが定まるまで、シャイナ皇宮にお世話になろうと思うんだ」

 あら?

「シャイナの宮廷魔法使いにシルクド国境まで送ってもらい、そこでシルクドへ入国。シルクド国の役人と魔法使いと共にバンキグ国境へ移動して国境を超えるのが、無難だと思うんだ。今日中にシルクド国に対して国境を利用できないか、エウロペ国王に願い打診していただこうかと思う」

 なに、それ?

 きちんとジャポネ→シャイナ→シルクドって移動した記録を残さないといけないわけ?

 馬鹿馬鹿しいなあ。私が行くのが遅れれば遅れるほど被害が広がるだろうに。

 勇者が勇者の仕事(大魔王か大物魔族を退治)しに行くんだから、移動魔法でパパーッと跳ばせてよ。

 私の考えを察したのか、ガジュルシンが苦笑を見せた。

「僕等の到着まで、北東部の妖しい城の周囲には結界を張り、魔族の侵攻はバンキグ国が防ぐそうだ。でも、そこが本当に大魔王の城ならば、今世に形をもって出現している時間が長くなればなるほど魔界本来の能力に近づき、人の手には負えなくなるはず。僕等が目的地へ行けるようになるまで、さほど時間はかからないよ」

 そう願いたいものだわ。

「今から支度して、兄様の移動魔法でシャイナに行くの?」

 と、ガジャクティンが尋ねた。それに対し、ガジュルシンが静かにかぶりを振る。

「明日の朝九時にシャングハイの港に、僕の移動魔法で渡る。そこで入国手続きをしてから、あちらの宮廷魔法使いに皇宮まで送ってもらう事になった。シャイナ皇帝のご許可はいただいたよ」

「直接、皇宮に跳ばないの?」と、私。

 ガジュルシンが肩をすくめる。

「跳ぼうと思えば皇宮まで跳べるけどね……事態が急を要していない限り、正式な手続き無しに他国の人間が皇宮に跳ぶのは非礼にあたるし、武力的脅威と判断されかねない。その……シャイナ国ではなく、他国にね。バンキグへの移動ルートが決まっていない今、礼を失してまで先を急ぐ必要はない」

 あっそ……私達が今まで通って来た先にほいほい跳んでくようだと武力的脅威とみなすわけね、ペリシャが。ヘソ曲げられて、勇者一行のペリシャ入国を拒否にされるようになっちゃ困るから、ちんたらやるわけか。バンキグの妖しい城が外れだったらペリシャに行く事になるかもしれないから、心証を悪くないようにしとくわけね。

「なので、明日の朝九時ちょうどにシャングハイの港に渡ろうと思う。皆、移動の支度を整えておいてくれ」

 私達は頷きを返した。

 そこで、それまで沈黙を守っていた白粉男が、扇子をパチンと閉じて私に対し笑みをみせた。

「武勇をお祈りしますわ、姫勇者はん」

「それは、どうも」

「そっけないなあ」

 と、笑いながら、三大魔法使いであるタカアキは何もない宙から三つの小袋を取り出した。

「餞別や」

 小袋は、一つはアーメットに 一つはジライに、もう一つは私の手元に飛んできた。

「姫勇者はんに渡したんは、赤毛の娘はんのや。預かっといて」

 綺麗な虹色の袋。袋自体は綺麗なんだけど……なんかちょっと嫌な感じがして、私は目の前の小袋を睨みつけた。

「なに、これ?」

「お守りや」

 タカアキが声をあげ、あのいや〜な笑いをする。笑わないでよ、鳥肌立っちゃうじゃない!

「それ持ってれば、そもじらミズハの眷族扱いになる」

 へ?

「と言っても、それ自体に何の行使力もない。単に『持ち主がおるさかい、手ぇ出さんといて』ちゅうアピールをするだけのモノや。それ持ってれば、よその神さんからちょっかい出されんですむし。赤毛の娘はんみたいに、体を勝手にのっとられて器とされる事もない」

 むぅ。

「これ、持ってても実害はないわけ?」

「無い」

 きっぱりとタカアキが言い切る、

「神にかけて誓うよ、そのお守りは安全や。他の神様除けでしかない。ミズハにどうこうされる事は、決して決してないよ」

 神って……あんたの神様って、あの白粉オバケでしょうが。いまいち信用できないわ。

「綺麗な顔そないしかめて~ ほんまに、ただのお詫びの品なんよ。赤毛の娘はんに悪いことしてまったさかい、同じようなことが二度と起きんようにしてあげたいんやわ」

 まあいいか。一応、受け取っておいた。ジライもアーメットも手に取ったようだ。

「あの……」

 ガジュルシンが首を傾げ、タカアキに尋ねる。

「その魔法道具の効果は理解しましたが……アーメットとジライとアジンエンデへの贈物なんですか?」

「ああ」

「『勇者の剣』と共にあるラーニャや、ミズハ様の印のある僕はともかく……弟の、あ、ガジャクティンにはその魔法道具は無いのですか?」

「必要ないやろ」

 何をくだらない事を言うって顔をして、タカアキは扇子を開いては閉じ閉じては開きで遊び始める。

「そもじの弟、お手つきなんやから」

 え?

 私もガジュルシンもガジャクティンも、驚きに目を丸めた。

「お手つき?」

 タカアキは頷いた。

「他の神様の匂いのついたのは、器むけやないし、できん事はないけど契約を結ぶのが面倒なんや。よっぽど惚れん限り、どの神様も相手にせえへんよ」

「他の神様って……」

 ガジャクティンが茫然と尋ねる。

「僕にどんな神様の印がついているんですか?」

 と、尋ねた義弟に、タカアキは『そんなん知るか』という顔で答えた。

「そもじが信心する神様なんやないの?」

「インディラ神が僕に印を?」

 信じられないって顔でガジャクティンが、タカアキを、私達を見つめる。

「いつ、どうして……? 僕、信仰心があまり高くないから僧侶魔法は覚えられないって、昔から僧侶様から言われていたのに……」

「封印系の印やもんな。何かと引き換えに、神様から何ぞもろうて、そん時、信仰心も捧げてしもか封じられたんとちゃう?」

「そんな……」

 ショックを受けて黙ったガジャクティンに代わり、ガジュルシンが身を乗り出して尋ねる。

「他には? 弟の封印について何か、他にわかる事ありませんか?」

 タカアキはあからさまに嫌な顔をして、扇子を広げ顔の下半分を隠した。

「他の神様の印、じろじろ見るのは失礼なんやで」

「すみません。でも、思いがけない事を聞いたもので……弟に封印系の神の印があるなんて……。悪いものではないですか?」

「良いか悪いかは、そもじの弟と神様次第やろ。外からとやかく言う事やない」

「害があるわけではないのですね?」

 ジロリと、普段の軟派顔とは結びつかぬ凄みのある顔で三大魔法使いが睨む。

「ミズハのせいで、人の目には本来映らんもんまで見えるさかい、余計な事ゆうてしもたな。麿も口がすぎた。もうよう言わんわ」

「そんな……」

「インディラの王子はん」

 と、言ってタカアキはガジャクティンの方を向いた。

「そもじさんが頂いたモノもその他のモノも全て捨てる覚悟で心から願えば、神意に通じ、無くしたモノを取り戻せるやろ」

「無くしたモノ……?」

 タカアキは頷いた。

「強い力や……そやけど」

 タカアキは扇子を閉じた。

「それを取り戻したら、そもじ、死ぬかもしれんな」



 部屋に沈黙が訪れた。

 何、それ……?

 ガジャクティンに神の印? 強い力? 封印が解けたら死ぬかもしれない?

 こいつが赤ちゃんの頃から、一緒に後宮に暮らしてるけど、そんなの知らない。

 ガジャクティンは生意気で、強情で、年上の私を全然尊敬しないダメな義弟で、どうしようもない勇者おたくの馬鹿で……



 ガジャクティンが死ぬ……?



「ほいでな、餞別なんやけどな、まだあるんよ」

 周囲の空気をぶち壊すような、のどかな声でタカアキが言う。もう神の印の話をする気はないって気持ちを表す声だ。

 タカアキはさっきの袋よりも大きな小袋を、物質転送魔法で私の前に出現させた。

「真実を映す鏡……それも赤毛の娘はんへのお詫びの品や、預かっといて」

「真実を映す鏡?」

 タカアキは頷いた。

「心の底から知りたいと思ったモノの、本当の姿が見える鏡や。満月の夜にしか使えん(もん)やけど……赤毛の娘はん、お父はんが魔族に堕ちるんやないか、ずぅっと気にかけてるんやろ? それあれば、お父はんの今の姿が見えるし、うまくすれば考えてる事もわかるかもしれん」

 それは……アジンエンデにとってありがたいアイテムだ。

 でも、駄目だ。

 今、頭が働かない。

 ガジャクティンの事で頭がいっぱい……

「それでな、最後の餞別……」

 タカアキが扇子で顔を全部隠し、私達からそっぽを向く。

 けど、それだけ。

 何もない。

 部屋に何も現れない。

 変だな? と、思ってみたら、タカアキがぶるぶると震えていた。

「こっから……二つ向こうの部屋……第三王子はんのお部屋に……小袋を出現させた。ソレがある限り、明日の朝シャイナに渡るまでそもじら静かぁに暮らせるやろ」

「小袋……?」

 心ここにあらずって顔で、ガジュルシンが尋ねる。

「何の小袋です?」

「蛇除けの護符や……アレあれば召喚されん限り、ミズハはこの建物に近づけん」

 あかんと言って、タカアキは彼らしくない性急な動きで立ち上がった。

「我慢できひん、おぞけがする……帰るわ。三日もあれば効果が消えるもんやけど、シャイナに渡ったら捨てといて」

「バケ蛇が来なくなる護符? そんならずっと持っていたいわ」と、私。

 そんな便利なアイテムがあるんなら最終日前日じゃなくって、もっと前にくれれば良かったのに。

「そないなもん無くても、シャイナに行けば平気や。ミズハ、こん国の神様やから召喚されん限り、そもじらの元へは行けんようになる」

 へええ。

「蛇除けは、シャイナに渡るまで静かぁに過ごさせてあげたいっちゅう、麿のやさしいやさし〜い気遣いや。日付変わると、この体、ミズハのモノになるしな。持ってた方がええやろ? ほな、帰るわ。姫勇者はん、王子はんら、元気でな」

 逃げるように、三大魔法使いは移動魔法で消えた。

 残った私達は……

 皆、ガジャクティンを見つめた。

 無駄にでっかい義弟の顔は、真っ白になっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ