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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
思い出は美しく
47/115

子供の目! 大人達のイケナイ昼!

 きのうは、おうまに、のった。

 セレスさまの、ぼくじょうには、きれいな、おうまがいっぱい。

 こうま(ポニー)じゃなくって、おおきな、おとなの、おうま。

 みんな、ひとりでのった。にーさまも、ひきうましてもらって、ひとりでのった。

 ぼくは、ちっちゃいから、ひとりじゃ、のっちゃダメって。

 とーさまといっしょに、のった。

 ラーニャがズルイっておこった。ラーニャはすぐおこる。

 とーさまといっしょはうれしいけど、ボクだって、ひとりでおうまにのりたい。

 はやく、おおきくなりたい。

 おおきく、つよくなりたい。

 まいにち、かみさまに、おねがいしている。



 きょうは、ふなあそびにいく。

 みんな、いっしょにのれる、おっきなおふねに、のる。

 たのしみ。

 でも、ぼくはちっちゃいから、きっと、きょうも、できないことがいっぱいだ。

 ちっちゃいのは、つまらない。

 とーさまみたいに、おおきくなりたい。

 いっしょうけんめい、かみさまに、おねがいしている。



 かみさまに、おいのりすれば、なんでもかなう。

 


 やさしい、にーさまに、してくださいって、おねがいしたら、かなった。

 ずっと、にーさまは、こわかった。

 まっくろな、うずが、にーさまのからだに、ついていた。

 よるよりも、ずっと、くらくて、あらしよりも、ゴーゴーしてて、こわかった。

 そばにいるのも、にーさま、みるのも、こわかった。

 なまえをよばれると、こわくて、もらしそうになった。

 かていきょうしは、くちから、へびをはくから、きらいだった。でも、にーさまは、ぜんぶが、こわかった。

 めしつかいたいちは、こわくないけど、くろい。みんな、ぼくの、そばにいるのが、いやだっていってた。こえはださないけど、そういってた。だから、あっちへいけっていったら、ますます、みんな、くろくなった。

 かーさまは、ボクがいると、なく。だから、そばによれなかった。かーさまがなくと、おなかのなかの、おとうとも、くるしそう。かーさまは、なかせちゃ、ダメなんだ。



 でも、にーさまは、いまは、ひかりといっしょ。

 まえのやさしいにーさまにもどった。やみのうずが、きえたから、いつも、わらってる。

 めしつかいたちは、まだ、くろいけど、そうじゃないのもいる。

 かーさまは、わらってる。おとうとも、スースーねてる。



 みえると、きになる。

 だから、かみさまに、おねがいしてる。

 くろいにーさまは、きらい。

 こわいものは、みたくない。 

 にーさまがくろくなっても、そばにいたい。

 だから……



 かみさま、おねがいです。

 みえなくしてください、かわりに、はやくおおきくしてください。

 とーさまみたいに、おおきくて、つよいおとなにしてください。

 ボクは、にーさまも、かーさまも、とーさまも、アーメットも、ラーニャも、セレスさまもまもります。

 ゆーしゃみたいにせかいをすくうから。

 

 

 ぼくは、きょうも、おいのりする。

  


* * * * * *



「代役?」

 国王陛下が眉をしかめ、我とセーネとヤルーを睨む。ヤルーは侍従の変装ではなく、インディラ忍者装束だ。

 ナーダは就寝前に、翌日の予定を侍従に確認する。その役は別荘の城ではヤルーが、後宮やセレス様の別宅ではくノ一が務めている。

 まあ、別宅の男子禁制など有名無実なのだが。我以外にも王子方の護衛の忍者もそちこちに潜んでおる。ナーダの方針で王宮付き忍者の去勢は、一切、禁止となったゆえ、皆、男だ。

 だが、夫人方の周囲は慣習上、男子禁制とせねばならず、侍従が内部に立ち入ることは表向きはできないのだ。

 セーネは後宮におけるナーダの女官役、女嫌いのこの男が比較的まともに相手をできるくノ一だ……昔、部下として使っていたから免疫があるのだろう。昔はエウロペ風にローラと名乗り、髪も金に染めていたが。

「何で代役なんてたてる必要があるのです?」

 明日は休息にあてるよう進言すると、予想通りナーダは不機嫌になった。

「明日は休め。きさまには、休息(オフ)が必要だ。きさまがなすべき義務はヤルーが代行する」

「明日の国王予定は?」

「明日のナーダ様のご予定は、ご家族と共にデカンティナの郷土祭りへの来賓、その後、式典、デカンティナ領主の館での歓迎の宴へのご出席となっております」と、セーネ。

「でしたよね。宴にはデカンティナ滞在中の貴族も数多く出席しますし、庶民との触れ合いの場もある祭りです。国王たる私が率先して参加すべき行事でしょ? なぜ、ヤルーが私の代役を?」

「健康であれば、な」

 そう言うと、ナーダが糸目を細めた。

「早朝とも言えぬ夜中より書類のチェック、子供達の起床に合わせ朝食まで家族サービス、城に移動して昼食まで政務、午後は家族と遊びに興じ、その後はセレス様の別宅で書類チェック、夕食は家族と共に、入浴中すら休まず口頭で報告を聞き、子供達の就寝につきあうぎりぎりまで政務……それを毎日とか……どれだけMなんじゃ、きさま」

「休暇中ぐらい家族の為に時間を使いたいんです……大丈夫ですよ、疲労回復の魔法かけてますし」

「しかし、術のかかりが悪くなっておるぞ」

 我は今、覆面をしていない。額当てで長すぎる前髪を流しているが。

「顔色が悪い。倒れられては困る。明日は休め」

「ですが……」

「おまえの可愛い息子も心配しておる」

「え?」

「明日の式典の王族からの祝いの言葉は、世継ぎの王子様がしてくださるそうじゃ」

「ガジュルシンが?」

「うむ」

 我は頷きを返した。

「影武者に、国王を慕い集まった国民の相手をさせる事をおまえは好まぬ。不誠実とかぬかして、な。世継ぎの王子様はおまえの考えをくみ、世継ぎである自分が王族の役目を果たすと言うておる。ヤルーには必要最低限の仕事しか頼まぬとも言っていたな」

「しかし」

「孝行な息子に従っとけ。子供達は日中、外出して別荘におらぬ。仕事も家族も忘れて眠れ、国王陛下」

「そういうわけにも」

「ごちゃごちゃ言うな。おまえ自身の休暇じゃ」

 我はナーダへと近寄る。こやつの好きな白い顔に笑みを浮かべ、ヤツの頬に両手をそえ我が顔の前にぐいっとひっぱる。背の高いナーダは身をかがめ、接近中の我が顔をどきまぎと見つめている。

「明日の昼間は寝ろ。(われ)が添い寝をしてやるゆえ」

「………」

 何か言いかけた口を閉ざし、ナーダが我が顔をまじまじと見る。

 さすがに、喰いついたな。

「……添い寝?」

「うむ」

 妖しく微笑んでやる。

「良い子に寝ると誓うのなら、寝る前の運動にも付き合ってやるぞ」

「………」

 ナーダの頬が朱に染まる。そらせぬ目が我を見続けている。

「……ですが、私ばかりかあなたまでいなくなってしまうのでは、子供達が」

「我が部下は優秀に育っておる。魔の襲撃を警戒し、移動には常に宮廷魔法使いとインディラ僧侶も同行させておる。(われ)がいなくても護衛に問題ないわ」

 熱っぽく我を見つめながら、うらみがましそうにナーダが聞く。

「……仕事だって言って、私を捨てません?」

 信用がないな。

「明日の日中は体をあけた」

 少しづつ顔を近づけてやる。口づけをするかのように。

「国の大事か、子供達の大事がない限り、そばにいてやる」

「私が寝た後は……?」

「きさまが起きるまで、同じ寝台にとどまり、その身を守ってやろう」

「嘘だったら許しませんよ……」

 ナーダが我をひきよせ、顔を重ねてくる。

 目の端で見れば、ヤルーとセーネはそっぽを向いていた。国王の情事を目にせぬように。

 接吻ぐらいならば許してやるが、寝るのは明日だ。それ以上の事をしようとしたら、罰してやろう。

 いいオヤジになったのに、未だに盛りのついた若者のようだ。許してやれば、すぐにこの体にくらいついてくる。

 こちらももう若くない。房中での価値はかなり下がった。だが、ありがたがってくれるのだから、いいだろう。

 利用するだけだ。

  


* * * * * *



 おとーさまと遠出なんて逢瀬(デート)みたい! って思ったから、重たい姫の衣装も着たのに……

 サギだわ……

 お祭りの場所まで馬車で約一時間。

 楽しいはずの一時間が、ムカつくほど退屈な時間になっちまったわ。

 ガジャクティンはなにが楽しいんだか、外を眺めている。変わりばえのしない田舎道なんて、見たってつまらないのに。

 アーメットとガジュルシンはあーでもないこーでもないと式典の挨拶について話してる。

 馬車の中にはいざって時の用心に宮廷魔法使いと僧侶様もいる。

 後、居るのは一人だ……

 私は向かいの席のお父様そっくりの男を見つめた。不機嫌だから、きっと睨んでいると思う。申し訳なそうに微笑を浮かべながら、ヤルーは口を閉ざしている。私が『あんた、お父様じゃないんだから、役目以外の場所で父親ぶらないで』って言ったから沈黙を守っているんだ。

 ヤルーは、顔や背格好はお父様と似ている。でも、お父様の優しさ、上品さ、包容力は再現できてない。雰囲気が違う。似せようと頑張ってるけど、似ていない。

 だから、私やガジャクティンには一発でわかる。馬車に後から『お父様』として乗り込んで来たのが誰か、私達にはバレバレなのだ。

 ヤルーはちょっとショックだったみたいだけど。『一目で見破られるとは……さすが、親子の絆はあなどれませんねえ』って。

 お父様が体調不良なのなら仕方ない。休息も必要よ。というか、式典なんかに行かないでお見舞いに行きたいぐらい。今更、別荘に戻れないけど。

 だけど……

 正直、かなりがっかりしている。

 私はもう九才だ。

 お父様がお許しくださっているから、今までかなり自由に過ごせてこられたけれど……

 そろそろ『王女』にふさわしい振る舞いを求められる年齢だ。王家の姫として……貴き血にふさわしく後宮に籠っていなければいけなくなる。式典に出席なんて、もうすぐ、できなくなる。

 私は『王子』達とは違うのだ。表の舞台でお父様の凛々しいお姿に触れられる機会は、間もなく、終わってしまう。

 だから、今日を楽しみにしてたのに……

 ふぅと溜息が洩れる。

「ラーニャ、あれ、みて、あれ」

 隣の席のガジャクティンが外を指さす。アンニュィな乙女をわざわざ呼びつけて、義弟が私に見せたものは木々の間にある白い大岩だった。大の大人ほどの大きさがありそうだが、ただ大きいだけの岩だった。

「すごいねえ」

 と、義弟がニコニコわらう。

「ランツさまってかっこいいよね」

 脈略もなく話題が変わる。もう、あきれる。こいつの頭の中って、変。真面目に相手するのも面倒なので、そうねと答えておいた。

 ガジャクティンが舌っ足らずな幼い声で、どーでもいい話ばかりをする。

 あんなにお父様にベタベタだったくせに、ヤルーでは嫌なのか、甘えようとしない。隣の席の私にばかり話しかけてくる。うるさくてたまらない。

 なにが見えるの、なにが綺麗だの、そんな事を言ってたかと思うと、勇者と従者の物語中の話題になったり、突然ごっこ遊びを始めて勝手な配役をしてくる。

 ついていけないから、適当に生返事をしていた。

「ラーニャ!」

 見れば、ガジャクティンがプゥと頬をふくらませていた。ちゃんと聞いてなかったと、バレたようだ。これだから嫌なのよ、神経過敏なガキは。

「ラーニャなんか、きらい! もうおもちゃ、かしてあげない!」

「いいわよ、あんたの玩具なんか、興味ないもん」

「おとうととも、あそばせてあげないんだから!」

「弟?」

 ふきだしてしまった。

「まだ産まれてないのよ、ウシャス様の子。弟か妹かわかんないわ」

「おとうとだよ」

「どうして?」

「おとうとだもん」

「あ〜、はい、はい。弟がいいのね、わかったわよ。でも、妹でもガッカリしてイジめちゃダメよ」

「いもうとじゃないよ」

 ガジャクティンが更に頬をふくらます。

「ラーニャの、バカ。おとうとだって、いってるでしょ、おはなし、きいてる?」

「馬鹿ですって?」

 ムッとした。

「馬鹿はあんたでしょ? ごっこ遊びと現実の区別もつかないんだから、本当、おチビすぎて嫌になっちゃうわ」

「おチビじゃないもん!」

「あんたは、チビ助よ。私の左手一本で、あんたなんか転がしてやれるわ」

「おおきくなるもん!」

 ガジャクティンの顔は真っ赤だ。

「ラーニャより、にーさまより、ずっと、ずっと、おおきくなるもん!」

「ふぅぅん? そんな日くるのかしら? おチビちゃん?」

「すぐに、おおきく、なるよ! とーさまみたいに、つよく、おおきくなるんだ、ボクは!」

 興奮のあまり泣き出す寸前になったガジャクティンを、ガジュルシンが慌てて抱き締め自分の横に座らせる。そうよ、最初からそうしてりゃ良かったのよ、ガキの面倒はおにーちゃんがみなさい。

 ガジャクティンに席を譲ったアーメットが、私の横に座って一言、小さくつぶやく。

「鬼」

 むむむ。

 九才のレディーに対して、失礼しちゃうわ。

  


* * * * * *



「ジライ……」

 離れようとする白い体を抱き寄せ、寝台に押し倒し、口づけを贈った。

「逃げるなんて約束違反ですよ」

「きさまこそ、眠らねば約束違反だ、とっとと寝ろ」

 腕の中でジライが暴れる。といっても本気ではない。身じろぎし、私の胸を軽くおしとどめただけだ。

「二回もやれば、寝る前の運動は充分であろうが」

「眠りますよ、もちろん」

 ジライの頬に耳にと口づけし、その体を愛でる。

「かなうことなら、このままあなたとずっと睦み合っていたいのですけれどもね……」

「警告する」

 ジライが溜息をつき、ギン! と、私を睨んでくる。その瞳に見つめられると、ぞくぞくする……

「後、五分で動きを止め、寝台に睡眠の為に転がり、目を閉じろ。従わねば『眠り』の忍法を使う」

 そんなもので眠りについては、面白くも何ともない。

「眠ればいいんでしょ……」

 最後に、濃厚な接吻を贈ってから、指示通り横になり、瞼を閉じた。

「眠るから……いいでしょ?」

 離す気はない。

 腕に愛しい者を抱いて眠りたい……

 ジライと向かい合い、抱き合う形で体を横にした。

「眠るまで……このままでいさせてください」

「眠ったら、離れてもいいのか?」

「……あなたに騙されるのは慣れてます。他に気にかかる事があれば、あなたは、私を見捨てる……そういう方だって、よく知っています。でも……」

 ジライの背をそっと撫でた。

「私が眠るまでは、嘘はつき通してください……添い寝をしてくれるって言ったじゃないですか。私が起きるまで、同じ寝台で過ごしてくれ、私を守ってくださるんでしょ?」

「言ったな」

「……一人にしないでくださいよ」

「うむ」

「目覚めた時、あなたがいなかったら……泣きますからね」

「気色悪いぞ、ナーダ」

 ジライが小さく笑う。

「そんなデカい図体で甘えるな、四十親父が」

「愛しています、ジライ」

 ジライは息を吐き、私の唇を指で触れる。もう黙れと言うように。

「阿呆め」

 それから、私の胸に顔を預けてくれる。

「おまえは嫌いではない」

 それは……

「おまえも守ってやるゆえ……今は眠れ」



『おまえも』か……

 セレスとラーニャとアーメットの次ぐらいだろう、守ってくれるのは……



 だが、嬉しい言葉は貰えた。

『嫌いではない』と。

 房中術の演技ならばもっと直接的に、『愛している』だの『好き』だのの言葉を返してくれただろう。

 本音を言ってくれたのだ、そう思う事にする。



 ジライを信じ、心を寄せても、たいてい、ひどい目に合う。なので、夢はあまり見ないように、その場その場の小さな幸福に酔う事にしている。

 自虐的な恋愛だが、仕方ない。

 惚れた相手が、ひとでなしなのだから。  



* * * * * *



 今年の夏は楽しかった。

 ガジュルシンとガジャクティンが仲直りをしてからは、みんなで、いろんな事をした。

 ナーダ父さんは、こっちに三週間もいてくれたし、いつもよりいっぱい遊んでくれた。

 三週間はあっという間に過ぎ、ナーダ父さんはウッダルプルに帰った。

 オレ達はそっから更に二週間滞在したけど、そろそろ休暇も終わりだ。明後日にはオレ達も後宮に帰る。



 ガジュルシンは最後の作品制作中だ。仲直りの印にガジャクティンに、愛をこめてウシャス様に、敬意をこめてナーダ父さんに、お礼だってオレに、それぞれ似顔絵をプレゼントしてから、おしばの貼り絵の大作を作り始めたのだ。

 来年の夏にはここにいる弟か妹への贈物らしい。その子の為の部屋ができたら、壁に飾ってあげるんだと笑っている。 



「ちょっとそれって卑怯じゃない?」

 姉様はガジャクティンと遊んであげている……と、いうか、オレとガジャクティンが遊んでいるのを横で座って見てて、オレのあまりの情けなさに『よこしなさい、代わりに私がやるわ!』と、対戦人形遊びの選手となったのだ。

 場所はガジャクティンの玩具だらけの部屋。明日には一日かけて(ガジュルシンと召使に手伝ってもらって)部屋を片付けねばいけないから、最後の遊びおさめに勇者PT対勇者PTの戦いをしているのだ。

 今、対戦しているのは、初代勇者ラグヴェイ様PT(姉様)VSひいおじい様のランツ様PT(ガジャクティン)だ。当代随一の大魔術師と結界魔法の達人が従者にいる上に、本人の攻撃力も半端ないランツ様は、ガジャクティンの一番好きな勇者だ。

 姉様が初代勇者ラグヴェイ人形を手に、ガジャクティンに文句を言う。

「こっちはマジャロ様の究極魔法『闇路』を使ったのよ、魔法無効の封呪空間を生み出し、周囲の全てを次元の彼方に飛ばす吸引魔法よ。結界魔法だって無効化されるんだから、ランツ様が無傷なんて変だわ」

 ランツ人形を持ったガジャクティンは、けろっとした顔で姉様の兵隊人形をひとつ奪う。

「マジャロさまは、『ヤミジ』をつかえないよ」

「何でよ?」

「『ヤミジ』は、えいしょうに、じゅうごふんかかるまほうだよ? はつどうするまえに、ランツさまがきれる」

「むぅ」

 姉様が眉をしかめ、それからガジャクティンの手から兵隊人形を奪い返す。

「じゃ、『幻影』よ。魔法使いの祖のマジャロ様ですもの。敵との戦闘前に、自らに防御魔法をかけてないはずないわ」

「いいよ。じゃ、いま、きられたのは『げんえい』ね。『げんえい』つかっちゃったから、にどめは、ないよ」

 ガジャクティンはそれぞれの勇者や従者の特徴をよく覚えている。従者の魔法使いが本で使った魔法の名も全部暗記しており、従者達の持つ聖なる武器の名もその性能も全部頭の中だ。

 勇者の子供として『勇者の歴史』やらの授業も受けてるけど……勇者は十三人、従者なんて多い代には十人以上居るのにそれが十三回分だ、細かい事なんか覚えてるもんか。

 そんなオレが対戦して勝てるわけもなく……

 勇者の娘としての自負から、姉様が参戦したのだ。

『お子様の遊びなんて、馬鹿らしくってやってらんないわ。私、もう九才のレディーなのよ』と、言うわりに、負けず嫌いの姉様は真剣に勝負するし、ガジャクティンのマニアックな知識についていけるのも姉様(と、ナーダ父さん)だけだ。



 王宮中の人間を嫌い、ガジュルシンやウシャス様からすら逃げていた時期も、ガジャクティンはナーダ父さんとオレと姉様にはよく懐いていた。

 姉様なんて、短気だし、乱暴だし、意地悪ばっか言うし、真先に嫌われそうなもんだけど……

『ラーニャは黒くないから、へーき。アーメットも』 

 と、ガジャクティンは言った。ガジャクティンは嫌いな奴を黒いと言う。

 姉様の何処がいいんだろ?

 遊ぶとなると真剣に遊ぶのがいいのかな? それともガジャクティンが一人っきりだと放っておけず、『面倒くさいけど、おねえさんだから相手してあげるわ』ってかまってやるところか? 

 なんて考えてたらいきなり姉様にぶん殴られた。

 なにするんだよ! って睨んだら、

「あんたがおバカだったから、負けちゃったじゃない!」

 と、姉様がオレを睨み返す。

「ああ……そう、負けたの。五歳児に、九才のレディーが……」

「あんたの勝負の続きなんか、引き受けるんじゃなかったわ! 下手っぴ!」

 むか!

 勝手に、オレから勝負も人形も奪ったくせに〜〜〜〜〜

「ガジャクティン、勝負よ! 今度は六人PTの対決にしましょ!」

「いいよ」

 余裕の笑みでガジャクティンが応じる。

「ラーニャ、すきな、ゆうしゃ、えらんで。ボク、あとで、いいから」

「五歳児に譲られてる……」

 と、つぶやいたら、姉様に、又、殴られた。

 くそぉ〜〜〜〜バカ、ランボーもん! レディーなんて、口先だけじゃん!



 ガジャクティンは勇者人形を、後宮に持って帰ると言っている。毎日のように、勇者人形で遊んでいるようだ。そこまで気にいってくれたんなら、譲った甲斐もある。

 ガジャクティンはほんとう、かわいい。義理だけど、ほんとの弟のように思える。

 オレ達が勉強していると、そばに来てガジャクティンは一緒に絵や字を書いたりする。オレ達と同じことをやりたがるんだけど……あいかわらず、家庭教師が現れると部屋から出て行ってしまう。ガジャクティン用の新しい家庭教師も、オレらの先生も、みんな怖いみたいだ。

 なにもかもが元通りってわけじゃない。

 ナーダ父さんは、焦らずにガジャクティンを見守ると言っていた。学ぶ楽しさを本人が見つけられるよう助けていくと。

 姉様相手に得意そうに知識をひけらかしてる今の姿を見た限りじゃ、もう大丈夫そうなのに……うまくいかないものだ。



 オレはガジャクティンとの勝負を姉様に預け、自室に戻った。



 オレの部屋。

 壁紙も家具も寝具もみな水色の、オレの城。

 海の中みたいだねとガジュルシンは言い、御伽の世界みたいだとも言って、オレの部屋を気にいってくれている。

 水色の世界に浮かぶガジュルシンの作品群は鮮やかだ。そこだけ生きて活動しているようにも見える。

 オレは寝台に座って、部屋を見渡し、あれこれ考えるのが大好きだ。

 たいてい、くだらないことだけど……

 なんもしないで、ここにいるだけで幸せだった……



 この幸せが後二年で終わるなんて、嫌だ。

 事あるごとに、お母様もジライ父さんも言う。十才になったら王子をやめてもらう、と。



 毎日、ジライ父さん達に忍術修行をつけられ、王宮じゃない所で暮らす……

 そんな生活が楽しいとは思えない。ガジュルシンともガジャクティンともお別れなんて。

 十才の夏にはオレはここには居ないのかもしれない……

 そう思ったら、何だかむしょうに悲しくなってきた。

 オレは、水色の布団を被って寝台に丸まった。



 十才になんかならなければいいと、思いながら 

 ガジャクティンの体が大きい理由。父親がずっと己に無い事を残念に思っていた神の祝福―――真実を見抜く目を持って生まれてきたのに、それを手放してしまっていたガジャクティン。彼がその過ちの意味を知るのは、もうちょっと先の事です。


 インディラ王家の大人の方々を描けて楽しかったです。ヤルーもローラ(セーネ)も出せましたし。

 

* * * * * *


 次回はラーニャの家庭教師リオネルの話です。

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