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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
思い出は美しく
44/115

万能に至高なし! すれ違う心!

 雑然としていたラーニャの部屋に比べると、ガジュルシンの部屋はたいへん大人しい。

 私物をあまり増やさないし、家具も調度品もほぼ備え付けのモノのままだからだ。

 この子が自分の意思で替えたのは寝具のカバーだけだ。全て水色だ。だが、それも、仲の良い義弟が『お揃いの寝具にしよう』ともちかけてくれたからであって、その誘いがなければ他の客間と同じままだったろう。

 そして、勉強机の横にある棚が、必要を感じ彼が増やしたこの部屋の唯一の家具だ。その棚だけが、ガジュルシンの部屋に個性を与えていた。



 王国の世継ぎのガジュルシンには、物欲が無かった。きらびやかな後宮で、望む前からさまざまなモノを周りから与えられてきた為だった。

 セレスが子供達に部屋の模様替えをさせようと考えたのは、多分にガジュルシンのせいであろう。後宮においても、子供達に何か好きなものを与えようとしても、ガジュルシンは無関心そうにアーメットと同じものをいただきますと言うだけだった。

 私の息子は『欲しいものが何もないのです』と、言う。『今のままで生活に支障がないので、このままで問題ないはずです』とも。

 神童と称えられている早熟な世継ぎには、子供らしい夢や憧れもなければ、美に接する喜びもなかった。何事にも無関心だったのだ。



 ガジュルシン四才の夏、共に森を散策し植物を採集させた。

 小さな植物を何種類も根から摘ませ、湖で根を洗わせ、よくふきとらせてから野冊に挟ませた。帳面に日付・採集場所・高さ・花や実の色などをメモらせる。

 セレスの別宅に戻ってから、その日採取したもので、植物標本を作って欲しいと求めた。

 小さなガジュルシンは首を傾げた。

『何の為にそんなものを作るのです?』と。

 別荘にも王宮にも立派な植物図鑑が数十冊に渡ってあるのに、こんな微々たる量の標本を作っても無意味ではないか? と。

『今のこの時期ここでしか出来ない事に、あなたが挑むから意味があるのです』と、答えた。今年の夏は植物標本作りをして、部屋に置きなさい、あなたの知識とセンスで良いものになるよう工夫するのです、とも。

『どういうものが良いものなのでしょう?』と、尋ねてきたので、

『自分で考えなさい』と、笑いかけた。自分にとって美しいと思える作り、或いは利用しやすさ、或いは資料としての充実、或いは他人の目を喜ばす作り、何でもよいのだ。

『あなたが満足ができる作りを目指すのです。標本の作り方や管理の仕方は、書物を調べるなり知識のある大人に尋ねるなりしてやってみなさい』。

『何時までにどれほどの数を作ればよいのでしょうか?』 

 幼児らしくない質問ばかりする私の子供。私もきっとこんな子供だったのだろうと思うと、おかしくてたまらなかった。

『期限も数もあなたが決めなさい。この夏の間、ずっと続けてもその作業に何の愉しみも見いだせないようなら、来年は他の事に挑戦してみましょう』。

 真面目で几帳面な私の息子は、私に命じられたことだからと、書物を調べ、植物の標本作りを始めた。

 夏とはいえ涼しいデカンティナでは『おしば』を作るのに時間がかかる。ガジュルシンは、魔法使いに相談し、魔法授業の時以外は封印している魔力を解放してもらい、魔法使いの指導の下、魔法で植物を乾燥させる努力を始めた。火と風の魔法を操り、熱風を生み出す。二系統の攻撃魔法を同時に操るなど大人の魔法使いでも制御が難しいものなのだが、ほんの数十分でガジュルシンは植物をバラバラにする事なく温風を送れる加減を習得したそうだ。

 更に、乾燥植物の標本の台紙にその植物が生きている時の姿の絵を添付した。原色のままの標本は作れないので、森に行き、採取したものと同じ植物を写生したのだ。

 作りかけの彼の標本に、大人達は注目した。添付されている絵を見て、『上手だわ、さすがナーダの息子ね』とセレスは褒め、『とても綺麗ね』とウシャスは微笑んだ。姉弟達も無邪気にガジュルシンの器用さに賛辞を送った。

 自分の作ったモノが人を楽しませるなど、思いもしなかったのだろう。褒められると、ガジュルシンははにかんだように微笑んだ。

 その夏の間にも、彼の植物標本は増えてゆき、それを箱に入れて置いておく為の棚を彼は自分の意思で購入した。

 そして、セレスから『部屋に飾りたいから、綺麗な押し花の作品を貰えないかしら?』と、頼まれた事によって彼は新たな喜びを見つけた。

 セレスに渡すのなら、植物標本ではなく、綺麗な絵の方がいい……そう考え、本を参考に、押し花を組み合わせた一枚の貼り絵を作ったのだ。赤味がかった花びらを並べ、薔薇の絵を作ったのだ。それを額縁に入れてセレスに贈り、母親にももっと淡い色合いの花びらを集めて作った同じ絵柄の薔薇を贈った。それらは、四歳児のものとは思えない完成度だった。『作品』といっていいレベルだ。

 喜ぶ二人の母、羨ましがる姉弟が、彼の心にものをうみだす喜びを教えた。

 後宮に帰った後の彼は賢い世継ぎの王子に戻り、決して植物採集も作品づくりもしなかった。

 が、翌年、別荘に来ると、精力的に植物採集や写生を始めた。余暇の間だけの『趣味』とわりきったのだろう。子供らしからぬ判断だったが、別荘での彼が楽しそうだったのでとやかく言うのは止めた。

 昨年は姉弟達に作品を贈っていた。標本作りも続けてはいた。が、どちらかと言うと、写生の方が気にいったようで、植物だけではなく、風景、空、王家の別荘である城、別宅のそれぞれの部屋、家族を描いていた。

『にーさま、じょーず』と、ガジャクティンは絵を描く兄にまとわりついた。それをうるさがりもせず、ガジュルシンは紙と筆やペンを弟に渡し共に写生をしたり、一枚の紙にそれぞれが好きなモノを描き二人で一つの作品を作っていた。体を動かす方が好きな弟が飽きて何処かへ行ってしまっても怒る事なく、弟がそばによって来る度に一緒に描かないか? と、誘っていた。

 そう、昨年はとても仲の良い兄弟だったのだ……



 来室した私に、ガジュルシンはすまなそうに頭を下げた。

「今年はお見せできるようなモノが何もありません……」

 昨年はこの部屋を訪れた私に、私が来るまでに描きためたモノを見せくれ、これからアーメットの部屋を飾る作品を作るのだと嬉々として語ってくれたものだが……

 私はガジュルシンの勧めるままにテーブルの椅子についた。その向かいに息子も座る。

「こちらに来てから、植物採集も絵もまったく?」

「絵は描いていますが……」

 ガジュルシンは眉をしかめた。

「人に見せられるようなモノではありません」

「習作なのですか?」

「そうではなくて……」

 ガジュルシンは言いにくそうに、言葉を濁す。

「気持ちが悪いモノしか描けなくて……」

「気持ち悪い?」

「見てると嫌な気分になるんです……」

「見る者に、不安や不快を与えるような絵という事ですか?」

「……そうです」

 現状に対する不満を絵にぶつけているという事なのだろう。

 


 先月半ば、ガジャクティンの家庭教師達を解雇した。

 彼等が幼い子供にもたらしていた害を知ったからだ。


 

 その数日前、ガジュルシンが私の私室を訪れ、青ざめた顔で言ったのだ。

『このままでは、僕がガジャクティンの周りの者を殺してしまいます。彼等を解雇してください』と。

 殺すとは穏やかではない。

 理由を尋ねると、勉学の時間、ガジャクティンは、毎日、虐待されているのだと言う。

『最近……ガジャクティンが僕を避けるので、何故かと思い、ハンサに探ってもらったんです。ハンサに手伝ってもらって、ガジャクティンの勉強部屋もこっそり覗きました。目の前が真っ赤になりました。あいつら、僕のガジャクティンにあんなひどい事を……』

 ガジュルシンはぶるぶると小刻みに震えていた。彼から荒れ狂う魔力の波動を感じた。日常生活に支障のないよう封印したはずの魔力が異常なほど高まっていた。激しい感情に揺さぶられ、魔力封印が解けかけていたのだ。『殺してしまう』というのは確かに冗談ではないようだ。この子が魔力を解放し、暴発させれば人などやすく殺せるのだ。

『あいつら、椅子に縛りつけてガジャクティンを勉強させているんです』

 そこまで言うと、ガジュルシンはポロポロと涙をこぼし始めた。

 興奮している王子に代わり、王子の影のハンサに説明させた。

 現在、ガジャクティンの家庭教師を務めている者達は、世継ぎの王子たるガジュルシンの為に招聘した者達だった。王侯子弟の一般教養の為の教師だ。

 聡明なガジュルシンはより専門的な高度な知識を求め、もう彼等からは教わっていないのだが……

 ガジュルシンの教師であった事が、彼等を奢り昂ぶらせたようなのだ。

 彼等は、事あるごとにガジャクティンを兄と比較した。神童と称えられているガジュルシンと比べ、あまりにも出来が悪いとガジャクティンを蔑んだのだ。

 もの覚えが悪い、応用力がない、堪え性がない、本当に出来の悪い子だと、言葉にも態度にも表して。

 そんな環境で学ぶ楽しさなどわかるはずがない。ガジャクティンは、勉強なんかしたくない! と、家庭教師達に逆らい、勉強部屋から逃げようとしたのだが……

 職務に忠実な側仕えの者に阻まれた。

 人の上に立つ者は、施政の為の知識や教養を身につけるのが当然の義務。私は子供達に勉学を義務付け、周囲の者にサボらせぬよう命じていた。

 ガジャクティンの側仕えの忍者達は、勉強が嫌だと暴れる子供を無理やり押さえつけ、時には椅子に縛りつけて強制的に勉強させているのだという。

 すみません、と、ハンサは謝った。『彼等は決して悪意があるわけではないのですが……忍の常識を後宮に持ち込む愚を犯したようです』。非人道的環境で忍者修行をつけられた彼等にしてみれば、その程度の事は虐待でも何でもないのだろうと察せられたが……

 動けぬように縛りつけられた上で、『兄上様はこの年にはコレができた』、『この年にはここまで理解していた』、『せめて、これぐらいができなければ恥ずかしいですよ』、『こんな事すらわからないのですか、本当に先が思いやられますね』などと毒を吐かれてるのだとしたら……

 幼い子供には耐えがたい苦痛だろう。

 ガジャクティンの警護の忍を呼び事実を確認した上で、事実ならば教師達を解雇する。又、そのような教育を施す教師を問題と思っていないようなら、警護の忍者達も他の者に替えさせると言うと、ガジュルシンは安堵の表情を浮かべた。

 


 家庭教師達は首にし、副頭領のムジャに頼みガジャクティンの警護の者も替えさせた。忍としての腕も重要だが、人柄の良い者を担当にしてくれと。

 けれども、深く傷ついたガジャクティンは、周囲の大人とまともに接する事ができなくなっていた。又、縛られるのではないかと絶えず警戒し、相手が意に沿わない行動をすると怖がって暴れるのだ。縛られまいと、暴力で抵抗するようになってしまったのだ。

 そして……『出来の良い兄』を嫌ってしまったのだ。声をかけられても無視し、触られそうになると逃げてしまう。顔を目にするのすら厭うている。母親までも避けるようになったのは、兄と容貌が似ている為かもしれない。

 ガジャクティンに怯えられてガジュルシンは、ひどく落ち込んでいる。自分のせいで母までも弟から避けられているのかと、母の事まで気に病んでいるようだ。

 


 国王の義務で多忙すぎ、家族の為の時間がとれずにいたのが本当にはがゆかった。

 もっとこじれる前に、二人の兄弟と母の仲をとりもちたかったのだが……



「心の中の苦しみや葛藤が描かれた作品には、えてして傑作が多いものです」

 私は穏やかに言った。

「あなたが見せてもいいと思える日が来たら、見せてください」

 ガジュルシンは苦しそうに笑った。

「本当にみっともない絵なんですよ……」

「それが、その時のあなたの気持ちでもあるのです。否定せずに、絵を受け入れてあげなさい」

「………」

「あなたの絵、私は大好きです。昨年の皆の似顔絵は、とても良かった。ラーニャは愛らしく、アーメットは勇ましく、ガジャクティンは可愛く描けていました。あなたは情感あふれる絵が描ける。明らかに、私よりも絵の才があります」

「え?」

「意外そうな顔ですね」

「僕は下手くそです。筆が遅いし、何度も描き直すし……父上とは違います」

「私は総本山で写字も学びましたから、筆が早く、精確に物を写せます」

「はい、その通りだと思います」

「ですが、ガジュルシン……私の絵はその程度のものなのですよ」

「え?」

「精確で写実的なだけ……他人の心を動かす真に美しい作品が創れないのです」

「………」

「絵だけではありません。何事においてもそうなのです。私は少し学べばどんなモノもある程度のところまでは己のものにできます。飲み込みが早く器用な為、非常に多才に見えますが……その実、どれも中途半端なのです」

「そんな事はありません。父上は、すぐれた施政者で、あらゆる学問の才も武闘の才も魔法の才もあり、絵画・音楽・書・舞踏・分筆にも才があって……父上ほど優秀な方を、僕は他には知りません」

「ありがとう、ガジュルシン」

 私はにっこりと微笑んだ。

「でも、どれも一番ではないのですよ。その道一筋に精進している方に、浮気者の私が及ぶわけありませんから」

「………」

「格闘だけは……真にインディラ(いち)となりたかったので、昔、本気で精進しました。それ以外はどれもこれも一流半の実力しかありません」

「ですが……」

「何事にも優秀な完璧な人間などいないのです。けれども、誤解はある。あなたが私を超優秀な人間(スーパー・ヒーロー)と思いこんだように、ガジャクティンもあなたを超優秀な人間(スーパー・ヒーロー)だと思いこんでいて自分では足元にも及ばない巨大な存在と怖がっているだけなのです」

「………」

「あなたのいろんな面を見せてあげなさい。あなたの駄目な点、悪い点も、ね。あなたが超優秀な人間(スーパー・ヒーロー)でない事がわかれば、あの子もあなたが大好きな兄なのだと思い出してくれますよ」




 雑然としていても、全く違う。ラーニャの部屋が統一感のない無国籍な空間ならば、ガジャクティンの部屋は男の子らしい玩具部屋だ。床やテーブルに玩具が散乱している。

 セレスの方針はなかなかに豪快で、自分の部屋の中ならばいくら散らけても良いと子供達に許可していた。勉強机と寝台の上を使用しないこと、そこまで大人がいきつける道を確保する事、その二点さえ守ればいいのだ。

『小さい頃、お部屋に玩具をいっぱい広げてお人形のお家をつくったりがんばって街をつくったら、そこで片付けなさいって言われた事があるの。何度もよ。残しておければ、明日、遊べるのにと、その度に悲しく思ったわ』

 と、セレスは笑って言った。

『ここは日常の生活の場じゃなくて、日常の疲れをとる別荘でしょ? お片づけは最終日前日にきちんとさせるわ。それまでは、後宮じゃできなかった楽しみを満喫させてあげたいの』

 ガジャクティンの部屋は所々に座る為の空間はあったが、床は玩具だらけだ。

 兵隊の人形、木馬、剣や盾や槍などの玩具。昨年より玩具が増えただけで他のモノは変わっていないようだが……玩具の中に、セレスの実家からアーメットが貰った『歴代勇者』の木彫りの人形が混じっていた。

 アーメットがくれたのと、ガジャクティンは嬉しそうだった。次から次に人形を私に見せ、これは誰それ、こっちは誰と教えてくれる。

「アーメットは優しいですね。どうして、ガジャクティンに譲ってくれたのです?」

 先祖の人形をアーメットも気に入っていたはずだ。三歳の誕生祝いにもらったそれらで、よく遊んでいるのを見た。

「おにーちゃんだから、もういらないんだって」

 ガジャクティンがあっけらかんと答える。

「でも、ときどき、あそばせてって」

 気風のいいアーメットのことだ、ガジャクティンが前から『歴代勇者』人形を羨ましがっていたので、譲ってあげたのだろう。家庭教師の騒動があってから、王宮でも義弟の面倒をよくみてくれていた。大切な玩具だったろうに。

 ガジャクティンは勇者人形の中からランツ様の人形をぬきとり、部屋の壁際の木馬の前に置いた。急いで兵隊人形を二つ持って来て、ランツ様人形の後ろに置く。

「これ(と言って木馬を指差し)、ヘスケト。火をふくおうま」

 にこにこ笑ってガジャクティンが説明する。ヘスケトはランツ様の代の四天王で、火を噴く馬に騎乗していた。

 絵本で読んだ通りに物語を再現しているのだ。ランツ様の従者の数も、ちゃんと二人だし。

 ガジャクティンは普通の子供だ、知能の発育に何の問題もない。神童と呼ばれている兄が側にいるせいで、不当に未成熟と思われているだけだ。

 同じ床に座ってしばらく勇者遊びにつきあってから、私は尋ねた。

「今夜、私の部屋で一緒に寝てくれます?」

「うん!」

 と、すぐさまガジャクティンは勢いよく答える。

 例年、夜は子供達と同じベッドで眠る。その為に、この別宅の私の部屋のベッドは特注の巨大サイズとなっている。

「みんな一緒ですよ? 全員、一緒に同じベッドで眠るんですよ?」

 とたんに、ガジャクティンの顔から明るさがなくなる。

 私の顔をチラチラ見る。

 ガジュルシンと一緒は嫌なのだろう。

 だが、ここは一歩も引く気はない。

「今夜は私の左腕をガジャクティンにあげます」

「とーさまの、ひだりうで?」

 私は武闘僧時代に築いた逞しい筋肉のついた左腕を息子に見せた。今でも左腕一本で大の大人の体重を支えられる。子供の太腿よりも私の腕は逞しい。

「こっちの手じゃ、他の子は抱えません。頭上より高く持ち上げてあげましょうか? それとも、振りまわしてベッドの上に飛ばす方がいいです? 抱きマクラみたいに私の左腕に抱きついて寝てもいいですし、手をつなぐ方がいいのなら一晩中、握っていてあげますよ」

「ぜんぶ!」

 ガジャクティンが目をキラキラと輝かせる。

「ぜんぶして!」

 たちまち嫌な事は忘れてしまったようだ。

 力持ちで物知りな私を、この子は無邪気に尊敬してくれている。

 全部は無理だが、できるだけ希望をかなえてあげよう。

 まずは兄と同じ場所にいさせる事から始めるのだ。焦ってはいけない。ゆっくりとこの子の心の傷を癒していこう。




 アーメットは水色が好きだ。

 五才になった途端、部屋の中を水色に統一した。壁紙も家具も寝具も水色だ。

 何故、好きなのか? と、聞くと、首をひねり、しばらく頭を悩ませてから『何となく』という答えが返った。

 好きなものに理由はないのだろう。

 水色の壁紙の中には、ガジュルシンの作品が数多く並んでいる。普通の押し花から、枯葉・押し花を使って描かれた貼り絵の作品まで。

 何かをガジュルシンが作り上げる度に、アーメットは義兄を褒める。贈られれば喜んで部屋に飾る。自分の作品が大切にされていると知って、更にガジュルシンは喜んでいる事だろう。

 本当に、優しい子供だ。

 アーメットに勇者人形の事で礼を述べると、

「オレ、もう大きいから、いいんだ」

 と、照れたように頭を掻いた。ほほえましい。まだ七つだというのに。

 部屋の隅には玩具箱や模型の武器が並んでいる。が、姉と異なり、アーメットはあまりモノを増やさない。部屋を水色にした事で、ほぼ満足してしまったようだ。

 アーメットは私に長椅子を勧め、共に並んで腰かけた。

「あのさ、オレさ、このところ、ガジャクティンの味方してるんだ」

 ちょっとムスっとしたような顔で、ジライとセレスの子供は言葉を続ける。

「本当は二人を仲直りさせたかったんだけど、ダメだった」

 ふぅと溜息をついて、アーメットは金の短髪を掻いた。

「オレとガジャクティンが遊んでる所に、ガジュルシンをいれてあげようとかしたんだけど……ガジュルシンを入れるとあいつ逃げるんだ。ボクなんかほっといて、にーさまと遊んで、なぁんて拗ねちゃってさ……」

 やれやれといった風に、頭を振る。

「ガジュルシンがさ……ガジャクティンの味方をしてあげてって言うんだよ……オレまでガジャクティンの敵側に回ったなんて思われちゃいけないって。アーメットまで信じられなくなったら、ガジャクティンがかわいそうだって」

「……そうですか」

「あんなに嫌われてるのに……本当、弟思いだよな、ガジュルシン」

「ええ」

「あの二人……仲直りさせられない?」

 すがるようにアーメットが、私を見上げる。

 私は静かに答えを返した。

「残念ですが、今のところ良い方法が思いつきません。仲直りさせる方法を探しているところです」

「そっか……」

「ですが、ガジャクティンとは、今夜、一緒に寝る約束をしました。アーメット、あなたやラーニャ、ガジュルシンも一緒だという事は承知させています」

「ほんと? そりゃすごいや。同じ部屋に居るのも嫌がってるのに、同じベッドに入るなんて」

「焦るとろくな結果にならないと思うのです」

 アーメットに対し、私は頭を下げた。

「時間をかけて二人の距離を縮めていこうかと思っているのです。ご協力をお願いできますか?」

「うん、もちろん」

 アーメットは元気よく答えた。

「寝台の二人の間にオレや姉様が入るよ」

「ありがとう、アーメット」

「いいって、お礼なんかやめてよ、ナーダ父さん」

 アーメットが笑う。はにかむような笑みで。

「オレもあの二人を仲直りさせたいんだから。共同戦線でいこうよ」

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