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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
愛と狂気と分身と
40/115

異界の橋! 食欲と怒り!

「僧侶ナラカが十体?」

 サムライのマサタカからかいつまんで事情を聞いたタカアキが、表情をひきしめる。何だ、真面目な顔もできるんじゃない。まあ、姫巫女の顔だけど。

「……とりあえず、送っとくか」

 タカアキの周囲で白い煙がボン! とあがったかと思うと、姫巫女の格好のタカアキがいきなり十人も現れた! 分身魔法だ! 白粉女が十人? 正直、キモすぎ! 鳥肌が立っちゃったじゃない! 分身は現れるなり消えた。移動魔法で姫巫女を追いかけたのだろう。

 マサタカは急ぎ、主人の為に着替えを取りに走った。

「何で、今、みぃんな、出払っとるんや、ハルナ?」

 タカアキに問われ、廊下の巫女が深々と頭を下げる。

「申し訳もおざりませぬ。オオエとナガンサに魔族が出現いたしまして救援要請がござりましたので、ミズハ様が主だった方々をそちらへ……。更に、先ほど、ヒエのお山にも魔族が現れまして、残られていた方々も」

「ミズハが送ってしもうたんか? あ〜ぁ、あの阿呆、御所詰めの神官・巫女切らしてどうするんや、まったく、もう」

「現地にはトシユキ様とナツメが居ります。一族の者はキヨズミ様と合わせて三人におざります」

「それと、麿とミズハか……麿の分身では賑やかしにしかならんしなあ」

「よろしければ、僕等も戦力にお数えください」

 ガジュルシンだ。扇子を弄ぶタカアキに、静かな、しかし、決意のこもった声で義弟が覚悟を伝える。

「魔族の浄化が姫勇者の望みであり、大伯父を今世から消し去るのが僕の望みです」

 タカアキは扇子をパチンと閉じると、フフンと口元に笑みを浮かべた。

「強いで。分身でも、並の魔族とは違う」

「僕等も並の戦士や魔法使いではありません。姫勇者一行ですから」

 タカアキはニッと笑ってから、あの薄ら寒いホホホ笑いを始めた。

「頼もしいわぁ。ほんなら、二人に一体づつお頼みしよか」

「一人一体でもいけるわよ!」

 思わず言ってしまった。私達が姫勇者一行だって、本当にわかってるのかしら? 勇者なのよ、この地上最強の戦士なのよ、私。

 しかし、タカアキはあくまでも考えを変えない。

「二人で一体。倒せたら、次の一体でええ。舐めてかかると痛い目にあうで」

 マサタカが着替えを持ってきた。着替えながらタカアキが尋ねてくる。

「あの赤毛の娘はん、巫女として、どんぐらいの能力あるん?」

 私達は顔を見合わせ、ガジュルシンが答えた。

「アジンエンデ本人の能力はわかりません。が、彼女の父は先代勇者一行の従者、赤毛の戦士アジャンです。神魔をほぼその能力通りに、その身に降ろせたシャーマン戦士といわれています」

「なら、今、ミズハ、相当、強いわけやな……まずいなあ」

 ん?

 強いのが、何でまずいの?

「『主さん』が降りて来ている間のご記憶はないのですか?」

「まったくない」

「タカアキ様と『主さん』が入れ代わりでその肉体を使っているのですか?」

「ああ。一緒に時を過ごすといろいろと難儀やさかい、交替でこの体を使うとる。あっちが半霊体になってくれれば、話しぐらいはできるんやけどな」

 女物の衣装を脱いで(一番下の肌着の着物は着てるんで裸にはならなかった)、タカアキは神官服に袖を通し始めた。

「アレ、何なの?」

 と、私が聞くと、タカアキはふぅと溜息をついた。

「だから、『主さん』や。お(たあ)様の一族が代々奉ってきた神様や。今は、キョウの都の守護神も務めてはる」

「神様……?」

「ジャポネには八百万の神様がおるんよ。そのうちのお一人。古えから生きてあらしゃる尊い神様や」

「アレが?」

 神官衣の上からたすき掛けをしつつ、タカアキは言葉を続ける。

「『主さん』、一族の男ん中から憑代を選ぶんよ。『主さん』に器に選ばれた(もん)が一族の長となり、その者の体ん中に『主さん』の霊体を棲まわす契約を結ぶ。まあ、たまに、今日みたいに魂だけよそに遊びに行かはったりもするけど、長時間は離れられん。『主さん』は契約で縛られとるさかい」

 詳しい話は帰ってからなと言うタカアキに、一つだけと断ってガジュルシンが尋ねる。

「『主さん』が離れても、タカアキ様は三大魔法使いとして働けるのですか?」

 髪の毛をうなじで一つに束ねながら、タカアキがフンと息を吐く。

「いらん心配や。『主さん』の器となった男は、『主さん』の御力のおこぼれを頂戴できる。麿は長く器やっとる。『主さん』がのうなっても、三年は三大魔法使い張れると思うえ。『主さん』無しでもナラカ封印できるわ」

 ああ、だから、タカアキから離れてアジンエンデに憑依したわけね。戦力を増やす為に。

 私はちょっと気になったので聞いてみた。

「女に手を出すと、今、体に残ってる、貰った魔力とかはどうなるの?」

 タカアキは苦笑した。

「わやになる。ちゅうか、『主さん』からのお仕置きくらうわ。ま、『主さん』以外のおなごはんに心奪われた者への当然の罰や」

 あのバケモノ、牝なのか……まあ、性格も口調も女よね……だから、タカアキ、憑依されるとオカマになっちゃうのか……

 マサタカから手渡された、大弓を手に腰に矢筒をつけてもらいながらタカアキが私達を見渡す。『虹の小剣』を持った弟につきそわれるガジュルシン、『勇者の剣』を背負い『雷神の槍』を持ったガジャクティン、それと私。

「ほな、行こうか」

 化粧を落とす暇はないので、姫巫女のメイクのまま行く気のようだ。顔がそれで、声が男はちょっと嫌かも。

「ちょっとだけ待って」

 私は息を吸いこみ、天井を睨み、思いっきり大声で叫んだ。

「ジライ!」

 一呼吸後……

「お呼びでございますか、ラーニャ様」

 どこからともなく現れた忍者が、私の前に跪く。インディラ忍者の格好だが、背には忍刀、腰には『ムラクモ』がある。

 私はもう一度、大きく息を吸いこんでから、

「やっぱりついて来てたわね! 留守番してろと言ったでしょうが! このストーカー!」

 馬鹿忍者にかかと落としをくれてやってから、タカアキへと顎をしゃくった。

「アレも連れてってくれる? 聖なる武器を持ってるから」

「……むちゃくちゃしはるなあ」

 タカアキは変な顔をしていた。

「……そそるわぁ」

「ん?」

「ええなあ、そもじさん、お姫様らしゅうなくて奔放で……惚れてしまいそうやわ」

 オカマでホモでMかよ!

 どんだけマニアックなのよ!

「ほな、行くで」

 三大魔法使い様は、姫勇者一行とサムライのマサタカを移動魔法で運んでいった。



* * * * * *



 ええわ、ええわ、最高やわ、この()

 止まらんわぁ。

 行使しよ思わんでも力が使える。

 大橋をうろついていた魔族どもは、麿の一睨みで逃げ去った。小物ばっかやない、中級のモノもおったけど、力量差は明らかやさかい、みぃんな逃げてった。

 手近にいた僧侶ナラカの結界は、一噛みで砕け散った。

 嘘みたいや。この前、結界に穴開けるんが、あないたいへんだったのに。

 器がええし……この子の体やと、うるさい制限(ストッパー)がかからん。好きな事ができる。

 僧侶ナラカも、一撃で沈められた。

 ほんまは丸のみしたかったんやけど、したらタカアキに怒られるから、牙で砕いといた。

 薄氷を砕く感じや。弱いなぁ。

 麿の敵やない。

 塵や塵。

 本体出て来い。

 分身じゃ、麿に勝てへんで。



 快感……



 二人目のナラカは絞め殺した。

 美味そうや……

 食べたいなあ……

 タカアキは、ほんまイケズや。



 何で魔族を食べたらあかんのん?

 こない、美味しそうなのに。



 血も肉も魔力も瘴気も穢れも……

 みぃんな……

 麿の好物やのに……



* * * * * *



 東の大橋の前の大通りに、僕等は転移した。

 アーメットや弟は武器を構えていた。ジライも多分、『ムラクモ』をすぐに抜ける体勢だったと思う。

 しかし、人通りの多い通りはのどかなもので、大川の上にかかる大橋の上にも人の往来があり、荷車が通っていた。僧侶ナラカの分身が十人も出現したと聞いていたから、激戦中かと思ったのだが。

「こっちや」

 と、進むタカアキの後について数歩歩くと、ふいに視界が変わった。

 空気が変わったというべきか。

 周囲に魔力の気が満ちる。

 突然、前方から紅蓮の壁が迫る。炎の魔法だ! と、構える間もなく、それは消滅する。

 タカアキが左手の大弓を水平に突き出し、結界を張ったのだ。

 聖なる武器を媒介にしているとはいえ、無詠唱で結界を張るなんて……

 さすが三大魔法使い。

 雷、氷、水。襲い来る魔法の全てが、彼が大弓を媒介に発生させた結界に阻まれる。

 橋もその周囲も、異空間となってしまっていた。

 異次元と現実が混じっているのだ。

 建造物も人も木々も全てが消えている。

 あるのは僕等が立つ道と、その先の橋だけだ。

 だが、その橋に欄干は見当たらない。橋の幅は果てなく広く、どこまでもどこまでも横に続いている。

 橋の長さもそうだ。大川にかかっているはずの橋に終わりはなく渡るべき先が見えない。

「何これ、幻術?」

 魔力のないラーニャが、当然の疑問を抱く。

「異界化だよ。現実に異次元空間が接続しているんだ」

「幻じゃないのね? ぶった斬れるわけね?」

 僕の説明を自分なりに解釈してラーニャが聞く。

「破壊できる」

 その橋の上に、複数の『僧侶ナラカ』と、アジンエンデ、姫巫女姿のタカアキの分身が数体いた。

 それに、タカアキの部下と思われる神官も二人、遠くで戦っているようだ。一人は鞭のような木の枝を用い、もう一人は全身に水と雷をまとわりつかせ、それぞれナラカの分身と戦っていた。タカアキの分身が、彼等について援護しているようだ。が、ニ対一でもナラカを追い込めない。

 アジンエンデは橋の上を歩いていた。ジャポネ風の巫女装束で。優雅な所作でゆっくり、と。橋中に散らばっているナラカ達の間をただ歩いているだけのように見えるが。

 魔法使いの杖を持った黒のローブの男――僧侶ナラカは、それぞれが独立した意志を持って動いているようだ。挑み来るタカアキの分身を軽くあしらっているようだが。

 ラーニャが右手をあげる。弟の背にあったものが空間を渡り彼女の元へ現れる。

『勇者の剣』。

 魔族ナラカを前にして、聖なる武器は闘志と共に義姉の手の内に素直におさまる。

 全てが分身だろうが、本体がいようがいまいが、『勇者の剣』にとっては同じなのだ。

 穢れたものは今世から消し去る。

 剣の望みはそれだけなのだ。

「お待ち」

 橋に向かって走ろうとした義姉を、タカアキが止める。

「橋ごと壊す気か? 正しく壊さんと、そもじの仲間もうちの(もん)も、異空に飲まれてしまうよ」

『勇者の剣』と義姉との共鳴の高さを感じ取ったのだろう、タカアキが義姉に軽挙を慎むよう忠告する。『勇者の剣』を持った義姉がブチ切れれば、この空間自体を破壊しかねない。『勇者の剣』の破壊力は凄まじいのだ。

「それに、いま異界化を解けば、往来の激しい現実の橋にあのバケモノ僧侶を八体連れてく事になる。阿鼻叫喚の地獄になるで」

「八体?」と、ラーニャ。

「監視役のナツメが教えてくれた。二体、ミズハが倒した。この空間の異界化も広がらんよう、今、ナツメが術で押さえとるさかい、今のうちに、橋の上の者だけを掃除してしまおう。麿の分身は……五体になったそうや。あかんわ。麿の分身、あんま役たたんよって、急ご」

 おそらく、タカアキは分身魔法は苦手なのだろう。いきなり十体も出現させたものの、その能力はかなり低いに違いない。たとえば、本体の百分の一とか千分の一といった程度の、戦力として使い物にならないレベルではないかと。本人も『分身は賑やかしにしかならない』と言っていたし。

 更に数歩進むと……

 前方の橋の上のナラカの一体が、血飛沫をあげ、ひしゃげた。

「え?」

 目を疑った。

 何が起きたのか、さっぱりわからなかった。

 ジャポネの巫女の衣装をつけたアジンエンデが、そばを通っただけなのだが……

 僧侶ナラカの体がいきなりぐしゃりと潰れ、肉片となってしまったのだ。

 激しく飛び散る血や肉。だが、アジンエンデは清浄そのもので、全く血がかかっていない。橋も汚れていない。宙で切り刻まれた血肉は消えてしまった。僧侶ナラカがただそこから消えただけのように見える。

 アジンエンデの内に宿るモノがどんな攻撃を仕掛けたのか、僕には見えなかった。

「あと七体か……ご機嫌やな、ミズハ」

 タカアキは、ふぅと溜息をつき、僕等を見渡した。

「神通力ある者と無い者で組んで。魔法障壁を張れんと、死ぬで」

 それだけ行って走り出した彼の後を、僕等も駆ける。

 橋の手前でタカアキが立ち止まり、矢を抜き、つがえ、大弓を引き絞る。『破魔の強弓』だ。僕と変わらぬ細身なのに、よくこんな腕力が必要な武器を使えるものだ。

 ラーニャは構わず橋へと走り、ジライとガジャクティンがその後を追いかける。

 タカアキが放った矢は、どこまでも、どこまでも真っすぐに橋の上を飛んでゆく。

 ただ真っすぐ飛ぶだけだ。矢は何も貫かない。ラーニャ達の横を走り、橋の上のナラカの分身・アジンエンデ・タカアキの部下のそばをただ通り過ぎるだけだ。

 飛距離が異常だ。

 何をしたんだ? いや、何の為の矢なんだ?

 何の説明もせず、三大魔法使いが再び走り出し、サムライのマサタカが主人の後を追う。

 僕も続き、その後をアーメットが僕を守るようについてくる。

 橋を踏んだ途端、違和感を感じた。

 泥を踏んだような、靴裏のねっとりとした感触。

 濁った空気。

 周囲に満ちる敵意。

 なるほど、異界だと思った。

 横から氷の魔法が飛来したので、口の中で準備していた結界魔法を発動させる。

 僕等を貫く前に、氷の魔法が四散する。

 タカアキがいない。姿が見当たらない。遠くへ走り去ったのか? 黒い靄のようなものが満ち、周囲がよく見えない。周囲が瘴気に包まれている。

 だが、背後には僕の大事な義弟がいる。目に見えなくとも、気配でわかる。

「僕から離れないで、アーメット」

「わかった」

 返事が、やけに遠くから聞こえる。距離が開いている? いや、違う。アーメットはそばにいる。狂っているのは感覚の方だ。惑わされぬな。

 黒い靄の中で、ゆらりと何かが動く。

 視界がきかないのに、それだけがよく見える。妖しく微笑む男の顔だけが、闇から浮かび上がっている。

 大伯父だ。

 魔力すら高めず、大伯父は静かに微笑んでいるばかりだったが……

 まずは、圧縮。頭上からかかる凄まじい圧力がかかってくる。

 続いて、幾筋もの雷が天から轟き落ちる。

 更には腐敗。全てのものを朽ちさせる、汚らわしい魔の力が襲い来る。

 全て結界ではじけた。が、しかし……

 同時に幾つの魔法を操れるんだ? 僧侶ナラカは、自らの前に結界すら張っている。『聖なる力をはじく、えらい変わった結界』だろうか? 結界こじあけねば、こちらから何もできないとタカアキは言っていた。

 雨のように降り注ぐ攻撃を避けつつ、相手が結界を張る為に用いている力を凌駕する魔力で攻撃をしかけろと?

 しかも、敵はまだ本気ではない。魔力を高めていない。軽く遊んでやろうって態度だ。それで複数の魔法を同時に発生させている。

 なるほど……これはバケモノだ……

 だが、目の前の敵は……分身だ。

 本体ではない。

 僕は、分身ごときに負けるわけにはいかないのだ。

「アーメット」

 僕等の声は敵に丸聞こえだろう。だが、構わない、どうせ、その手しかないんだ。

「合図を送ったら、『虹の小剣』を構えて走って、僧侶ナラカを斬って」

「承知」

 アーメットからもナラカは見えているようだ。

 落ち着け……

 焦るな……

 冷静にゆく。

 機会は見逃さない。



* * * * * *



 前々から思っていたけれども、ジライは異常に勘が鋭い。

 五感が通常の人間よりも発達している。常人の目には止まらぬものが見え、聞こえぬものが聞こえる。気配を読むのもうまく、視界を封じられても普通に動ける。

 一流の忍者だからか……

 悔しい。僕には闇しか見えない。敵がどこにいるのかも、何をしようとしているのかもさっぱりわからない。それどころか味方のジライすら見えない。

 ジライに左腕を掴まれ、僕は進んでいる。結界を張れと命じられたので、自分を中心に周囲を包みこむ形で結界を張っている。

 カルヴェル様から魔力増強の腕輪・足輪をもらっていなければ、結界魔法なんて張れなかった。違う目的の為に貰ったモノだけれども、貰っておいて良かった。僕が結界を張れなきゃ、僕もジライも多分死んでいた。僕が結界を張るまでの間、ジライが『ムラクモ』で僕を守ってくれたから、結界が張れたわけだけど。

 周囲から何度となく魔法攻撃がある。だが、何処に敵が居るのか、僕には見当もつかない。

「居られぬなあ……」

 ジライが、残念そうにボソリとつぶやく。

 周囲の気配を探っても、ラーニャが見つけられないということだ。

 ほぼ同時に橋に着いたはずなのに、僕等はラーニャからはぐれてしまった。

 迷いなくまっすぐ走れる彼女に対し、僕は完全に闇に視界を奪われて動けなくなった。

 驚いたのは、その時、ジライがラーニャの後を追わず、僕の元へ帰って来た事だ。半ばまでラーニャについて行っていたようなのに。

 セレス様とラーニャ至上主義で、他の者は歯牙にもかけないジライが……

 何で僕を助けてくれたんだろう?

 来てくれなきゃ、間違いなく、死んでいた。何処から攻撃されてるのか、わかんないんだもの。

「すまない……」

 アジンエンデとの絡みで僕はジライに腹を立てていて、昨日からずっと態度が悪かったのに……

 何かちょっと鼻の奥がツンとした。

「ありがとう……」

 それに対しジライはフンと荒い息を吐いた。

「やくたいも無い礼なぞいらぬ」

 ああああ、そういう言い方、ジライっぽい……というか周囲に他人の目がないから、敬語やめてるし。

「それより、きさま、役に立つ魔法を使えぬのか? 千里眼とか、探知の魔法とか」

「千里眼は駄目だった。使ってみたけど、無効化されてしまう。探知もここじゃ意味がない。辺りの瘴気はナラカが生み出したモノだもの。どこもかしこもナラカの気だらけで、周囲の状況が読めない」

 バチバチバチと周囲で、何か音がした。攻撃を結界がはじいたんだ。

「ならば、感覚を鋭敏にする魔法は? 魔の気の察知でもいい。一人で動いてもらえねば困る」

 う〜ん? 妥当な魔法あったかなあ。

 試しに光球をつくってみたけど、球が生み出す光は闇に吸収されてしまう。まったく周囲を照らせない。

「いた仕方ない。亀のように結界に籠っておれ。何があってもそこから出るな。迎えが来るまでそうしておれば、きさまは死なぬ」

 左腕を握っていたジライの指の感触が無くなる。

「ジライ?」

 剣戟のような音がする……

 吹雪のような音……

 大波のような音も……

「ジライ!」

 僕の結界外に出てジライが戦っている。

 ラーニャのもとへ行こうとして?

 いや、それなら僕も連れて行くだろう。

 外に出て戦わないとマズかったんだ……

 僧侶ナラカが僕の結界を壊そうとしたとか……?

 僕を守る為に結界外で戦っている……?

 魔力のない彼には結界は張れないのに。

 僧侶ナラカの魔法攻撃を全て、勘だけで避けきる気なのか?

 無茶だ。

 死んでしまう。

 相手は僧侶ナラカなんだ。

 本体は魔法使い五百人分から千人分の魔力があるって、カルヴェル様は言っていた。

 相手をしているのが分身だとしても、何十分の一かの魔力+魔族の力があるんだ。何種類もの魔法を同時に使えるはずだ。

 どうしよう……

 体ががくがくと震えた。

 僕が役立たずのせいで、このままじゃジライが……

 怖くて叫び出しそうだったけれども……必死に声は飲み込んだ。

 僕は『雷神の槍』を握り締めた。

 泣くものか……

 僕は役立たずじゃない……

 守られているだけの子供でもない……

 勇者の従者なんだ……

 仲間の危機に、結界に籠ってるだけなんて、絶対に、嫌だ。

 何かないだろうか……?

 今の僕にできる事……

 懸命に思いだそうとした、今までの出来事や会話、カルヴェル様の分身に習った魔法の授業、独学で学んだ書物から得た魔法の知識、大好きな勇者の冒険譚、武芸の達人達の極意……

 何かこの場で役に立ちそうな知識や情報はないか?

 何か……



* * * * * *



 周囲は真っ黒。ナラカから生まれた瘴気に満ちている。

 でも、私には、求める者がどこにいるかわかった。瘴気なんかじゃ私の目から隠れられないわ。



 目についた所に、僧侶ナラカがいた! あのムカつく顔で笑ってた! だから、ぶった斬った! 結界があるって聞いてたけど、ンなの、私の知ったこっちゃない! 斬りたいと思ったら、ナラカまで刃が届いた! だから、斬った! それだけだ!

 残り六!

 水と雷を使う神官がひぃひぃ青い顔で、ナラカと戦ってた。姫巫女の格好のタカアキの分身は倒されたみたいで、側にいなかった。

 ので、横から加勢して、ナラカをちょいと斬り捨ててやった。

 残り五!

 神官が奇妙な顔で私を見た。キヨズミって名前の奴だ、たしか。肌が真っ白だ。よく見れば、そいつの体の中にあの白粉お化けと同じ気配がある。口移しでさっき何か入れられたのだ。姫巫女の分身だ。そっから力を引き出して戦ってたのか。

 あの女の一部を助けてしまったのかと思うと、ムカついた。気に入らないと思った途端、はっきり見えていた神官が闇の中に埋もれて消える。

 今の私は見たいものしか見えないらしい。

 僧侶ナラカを、もっと斬りたい。

『勇者の剣』も、そう望んでいる。

 もう一人危なそうだった神官のもとへは、サムライが援護に駆け付けたようだ。さっき助けた神官も向かうだろう。姫巫女もどきのタカアキの分身もまだ残ってるみたいだし、彼等がナラカにすぐに殺られちゃう事もなさそうだ。

 僧侶ナラカも倒したいけど……

 私の心の半分は他の事を気にかけていた。

 あの馬鹿女に体をのっとられたアジンエンデは無事かしら?

 そう思ったら、アジンエンデが見えた。

 巫女さんの服を着て、ゆっくりと橋を歩いている。

 綺麗な赤い髪を揺らし、醜いほど顔を歪めて笑って。

 気に喰わない顔だ。アジンエンデは、無骨で真面目でとっても奥手で照れ屋で……絶対、そんな風に、笑わない。

 彼女の体の中から現れている半透明のものが、彼女の体に巻きつき、彼女の左肩の上から鎌首をもたげていた。

 ああ、あれが、姫巫女か……

 あれは現実には血肉のない、霊体だ。

 霊力の無い人間には見えない精神的な存在のくせに、現実に干渉できるみたい。その牙と体で僧侶ナラカと戦っているのだ。

 その姿には……

 すっごく納得がいった。

 ねちっこくって媚びっぽくっていやらしくって虫唾が走る……私にとって、そんな存在。

 姫巫女は、デッカイ白蛇だったのだ。



 チロチロと口から舌を出して姫巫女は、僧侶ナラカの分身を見つめていた。

 高位魔族を三体も倒し、その血と肉を霊体の牙や体で感じてしまった彼女は興奮状態にあった。

 その眼がらんらんと輝いている。

 殺意にではなく、食欲に。



 僧侶ナラカの分身を丸飲みし、その血肉も魔力も瘴気も穢れも全て吸収したがっている。

 


 姫巫女が魔を食して穢れようが何だろうが、私の知ったこっちゃない。

 神から邪神に、堕ちたかったら堕ちればいい。

 だけど、アジンエンデの肉体を使っての食事は許さない。

 彼女の体が魔で穢れてしまう。姫巫女が離れても、彼女の体が無事ですむはずがない。



 そんなの許さない。

 私の友達を汚すものは、私の敵だ。



 絶対、許さない!



「待った!」

 私の前方にタカアキが現れる。移動魔法だろうか? 唐突な現れ方だ。

「まだや。まだミズハは穢れとらん」

 穢れてからでは遅いのだ。私の友達まで穢れてしまう。

「うん。わかっとる。麿が止める、でな、姫勇者はん」

 タカアキは目を細めて笑みを浮かべた。化粧を落としてないのでタカアキは、私が大嫌いな姫巫女の顔のままだ。

「ごめんな」

 タカアキの足がタンと橋を蹴った時……

 私はもう闇の中にはいなかった……

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