ライバル登場! 姫勇者VS姫巫女!
ガルバの視点の『御身様』はナラカを指す時とナーダを指す時があります。どちらの『御身様』のことかは話の流れからご推測ください。お願いいたします。
ジャポネでは東と西で言語が違う。
おおまかに言えば東西で二言語、正確に言うと確認できてるだけで七十八に言語に別れているそうだ。
島国の北と南では、それこそ異国語並に言語が違う。だもんで、島国の北と東はオオエの言語を共通語とし、西と南はキョウの言語を共通語として意志の疎通をはかっているんだとか。
同一民族、同一の島国に暮らしてるくせに、言語が統一化されてないなんて……ジャポネって変。
ショーグンの配下の地方領主達が自分の所領で『お国言葉』という独特な言語を使わせたり、身分によって言語を変えなきゃいけないとかで、少なくとも言語は七十八種類あるのだそうだ。
もう正気とは思えない。ついてけない。
こんな変な国だから共通語も通じないんだ……
キョウはきちんと区画が整理された、綺麗な都市だった。
せかせか歩いている人間が多かったオオエに比べ、何っていうか、のどかな、ぽややんて雰囲気。
背が低くて痩せた人が多いのは一緒だけどね。
都市としての歴史はキョウの方がずっと長いんだって、ガジュルシンの分身が教えてくれた。
オオエは誕生から三百年、キョウは千年。キョウの歴史は大魔王がこの地上に現れる前からってわけだ。それは古い。
今日は、私達はキョウの街のお宿に泊まる。サムライや貴人用のお宿で、普通のお宿よりはちょっぴり豪華な造り。そこでミカドからの使者を待つのだそうだ。
私名義の手紙をガジュルシン(分身)が何度か、ミカドのお城にあたる御所に送ってる。けど、キョウに入っても迎えはなかった。
『宿屋から改めて来訪の意思を伝えれば返事はくると思うけど』と、本人そっくりの分身は、やはり本人のような苦笑の表情を浮かべ『キョウの人はとってもおっとりしているから、返事が明日、明後日にくるとも限らない。のんびり待とう』と言った。
まあ、いいんだけどね、今、急いでどっか行かなきゃいけないってこともないんだし。
早いところ、共通語が通じる国に移動したいってのが本音だけど。
* * * * * *
正直に言うと、俺はガジュルシンの分身が好きじゃない。
姉貴は鈍いから、ガジュルシン本人でも分身でもどっちでも一緒だわ、なんて言う。
だけど、本人と分身では全然違う。一緒にいればすぐにわかる。
分身は、疲労知らずで、飲食睡眠を必要としない。それだけで非人間的なのに、更に、動きがおかしい。周囲に人がいるかいないかで、動きが全く変わる。
人の目のない時、分身は固まる。本を読んでいる態を装っている時なんか、その姿勢のまま何時間も動かなかったりする。
布団に入っている時も、そうだ。目を閉じ、石のように動かない。けど、周囲に探知の魔法を走らせているらしく、誰かが周囲に接近すると、急に寝息をたてはじめたりする。
人形が生きてる振りをしているみたいで、気持ち悪い。
とはいえ、分身は、インディラの総本山にいるガジュルシンと繋がっている。分身と会話中に、突然、本人の意識が憑依してくることがある。前日に分身に尋ねた事を、翌日、分身の口を使って本人が答えてきたりもする。
分身もガジュルシンの一部なんだ。頭ではわかっている。でも、側にいるのが不快なんだ。
ガジュルシンの偽物がガジュルシンの振りをしているみたいで……嫌なんだ。
「ミカドのいとこの姫君?」
ガジュルシンの分身が眉をしかめる。本人そっくりな表情で。
「そんな高貴な方が、お忍びで僕等に会いに来たの?」
俺は分身に頷いてみせた。先ほど、宿の者と共にお伴のサムライと口をきいてきたばかりだ。
「従者はたったの二人、サムライと神官の男だ。姫君本人は笠に薄衣で顔を隠していたので、顔は確認できなかった。着物は豪華なものだったけど」
サムライから渡された手紙を、俺はガジュルシンに手渡した。
分身は中を改めた。
「ミカドの手跡に間違いなさそうだね……」
「何って書いてあるんだ?」
「御所でのミカドとの面会の日取りは、ミズハ姫が決められるそうだ。参内の意思のある者を全て一室に集めて欲しいとある」
「ん?」
「僕等と会ってから、託宣をするのだそうだ。ミズハ姫はタカアキ様の妹君、優秀な巫女なんだ」
「へぇえ、ミカドのいとこの巫女、んでもってその姫のお兄さんのタカアキが三大魔法使いなの」
その話は前にしたはずだけど、姉貴はもう忘れてたのか、妙に感心していた。
「そのお姫様って美人?」
廊下を歩きながら、どうでもいいことを聞いてくる。
姉貴の他に、アジンエンデとガジャクティンと親父も拾って、下段の間へと向かう。上段の間で待つミズハ姫と対面する為だ(オオエの城と違ってこの宿屋の貴人と面談用の部屋は、上段・下段の二部屋構成で成り立っている)。
姉貴はいつもの白銀の鎧姿、護衛役のアジンエンデは『極光の剣』を背負っている。が、ガジャクティンは丸腰、くノ一セーネに扮しているインディラ忍者姿の親父も『ムラクモ』を部屋に置いてきている。
「素顔は見えなかった」
「年は幾つ?」
「はっきりしない。タカアキと同じかそれより下」
「え?」
「戸籍上、タカアキに妹はいないんだよ。だけど、タカアキの幼児の頃から、タカアキの側にはミズハ姫がいた」
「……どういうこと?」
「庶出の姫とも、不義の子とも、言われてる。が、真実はわからない。皇族側から何のコメントもないんだ。有力な説は、タカアキとミズハ姫、双子だったんじゃないかっての」
「双子なら何なの?」
「ジャポネじゃ縁起がよくないんで、双子が生まれると片っぽを養子に出しちゃうんだ。で、養子に出したものの、成長したミズハ姫が優秀な巫女だってわかって養子先から連れ戻したんじゃないかって言われている。皇室は神事を司るから、神官の才能のある子供は大事にされるんだよ」
「へぇぇ」
下段の間に近づいた時だった、背後から変な音がしたのは。
振り返ると、アジンエンデが床に尻もちをついていた。真っ青な顔で、下段の間を指さしている。
「そっ……こ、に……入るの……か?」
がくがくぶるぶる震えている。
綺麗な顔が、妙にひきつっていた。
顔も青ざめている。
睨むように、下段の間の入口の襖を見ている。
「どうかしたの?」
と、姉貴が近づくと、アジンエンデは突然、立ち上がった。
「帰る!」
「へ?」
アジンエンデは目に涙を浮かべ、情けない声で叫んだ。
「私は部屋に帰る! 帰らせてもらう!」
長い赤髪を揺らし、アジンエンデは一目散に廊下を駆け戻ろうとした。
したんだが……
「ぐっ」
素早く逃走路に回り込んだ親父に鳩尾を殴られて、アジンエンデの逃走は失敗。
意識を失って気絶した彼女を、親父がひょいと抱えあげる。『極光の剣』ごと大柄な彼女を軽々と抱く。意外と腕力あるなあ、親父。
「さ、参りましょう」
と、親父が姉貴に声をかける。
参内の意思のある者を全員連れて来いってのがお姫様の命令だから、アジンエンデを部屋に帰らせるわけにはいかないわけだが……あいかわらず、親父は無茶をする。
けど、何で急に部屋に帰るって言い出したんだ、アジンエンデ?
俺が首をかしげた時だった。
下段の間から悲鳴が響いた。
ガジュルシンの声だ。
あまり長く姫君をお待たせするのも失礼なので、インディラ第一王子のあいつが先行してご挨拶に伺っていたのだ。
急ぎ、走り、襖を開ける。
俺は信じられぬものを、見た。
俺達の方に背を向けたたずむガジュルシン。苦痛の声をあげ身をよじらせる彼の、その背から指が生えていたのだ……血まみれの細い指が四本、ガジュルシンの身体を貫き通している。
ガジュルシン!
俺は『虹の小剣』を抜き、跳躍しようとした。
が、肩をがっちりとおさえられ止められる。振りかえると、親父がいた。アジンエンデはガジャクティンに向けて放り投げたようだ。
何故、止めるんだ?
ガジュルシンが……
「よう出来てるなぁ」
若い女の声がした。耳に心地よく響くくせに、ひどく冷淡な印象の声だ。
「苦痛に喘ぐ顔も、ええものやわ」
ガジュルシンの体が一瞬でしぼみ、消え失せる。髪の毛も衣服の切れ端すら残さずに、この世から消滅した。
後には……
血まみれの左手を突き出している女が残った。豪奢な模様の着物も肘のあたりまで血まみれ、血の飛沫が衣装を汚していた。
豊かな黒髪の、美しい女性だった。しかし、異常なほど肌が白い。白粉のせいだけじゃない。西国人よりも肌そのものが白い。まるで白子の親父の肌のようだ。血行が悪いのか青白くさえ見える。
ほっそりとした涼しげな眼を更に細め、血のごとく赤い唇に微笑を浮かべて、妖しく微笑んでいる。
「ガジュルシンは……?」
その女が更に口を横に広げる。にぃぃと笑うように。
「食べさてもろうた」
食べた……?
ガジュルシンをこの女が……?
全身を怒りが駆け抜けた。
食べただと!
俺のガジュルシンを!
斬リかかろうとした時、突然、横から声がした。
「美味でしたか?」
よく知った声だった……
俺は茫然と視線を向け……
不快そうに眉をしかめて佇むガジュルシンを目にした。
え……?
「そもじの魔力は純度が高い。上物やわ。分身やなくて、直接そもじさんからもらいたいものやわ」
女が楽しそうに笑う。
そうか……
分身だったんだっけ……
この部屋に向かったのは、ガジュルシンの分身だ。
俺の横のガジュルシンが本物だ。分身をこの女に喰われたから、ガジュルシン本人が総本山から移動魔法でここまでやって来たんだろう。
この女に喰われたのは、分身だったんだ……
良かった……
深く安堵の息をついた俺の耳元で、親父がつぶやく。
「未熟者」
くっ……
この部屋にいたのが分身だっての忘れてたのは確かにミスだけど……
俺、ガジュルシンの影だったんだ……いや、役職ははずされたけど、今でも影のつもりだ。
主君を殺される姿をみせつけられて、冷静でいられるものか……
「ふぅん」
女は不躾に俺達をジロジロと見渡した。
「もう分身はおらんのかぁ。つまらんわぁ。いたら食べたったのに」
なに?
と、いうか魔力を喰うって、この姫、何者?
て?
あれ?
血が消えた。
袖が真っ赤に汚れていたのに……血が跡形もない。
魔力で消したのか?
「はよう部屋に入れ、下郎ども。このミズハをいつまで待たせる気や?」
下郎って……
インディラの王族の方々が三人もいるんだけど……
しかも、そんなセリフ、わざわざ共通語でおっしゃってくださって……
背後から凄まじい怒気を感じる。
ガジャクティンも、ものすご〜く怒ってるようだが……
それよりも、姉貴が……
これはかなりヤバイことになる……
* * * * * *
「ミズハや。以後見知りおけ、下郎ども」
誰が下郎よ!
この女、何サマ!
上座にデンと座っちゃってさ! お伴のサムライと神官を背後に侍らせて!
私らは下段の間でこいつに対し正座(っぽい格好。あんな座り方、私はできないわ、今、白銀の鎧つけてるし)をさせられた。失神中のアジンエンデは部屋の端に寝かされているけど。
何でこいつに頭下げなきゃいけないのよ!
しょせん、ミカドのいとこでしょ! しかも、出生がはっきりしてない、あやしい姫なんでしょ!
こちとら、インディラ国王の息子と娘よ! 次期国王の第一王子だっているのよ! 明らかにこっちのが身分が上でしょうが!
優秀な巫女だか何だか知らないけど、ガジュルシンの分身を勝手に始末して、涼しい顔!
信じられない、なに、その厚かましさ! ボージャクブジンさ! ふてぶてしさ!
「さて……参内やったな……」
ジーッと私達を見回し、女はフンと笑う。
「いつでも好きな時に御所に参ればええ。ミズハが許すわ」
はぁ……?
託宣するんじゃなかったの、このクソ女!
お伴のサムライが、高ビー女にボソボソと何かを言う。
女は大げさに溜息をついた。
「明日の午後にするか? 昼過ぎに御所においで。明日があかんのやったら明後日でもええわ」
サムライに日時を決めておけとでも意見されたのだろう、女は話すのも面倒だが、仕方なく口をきいてやるという態度だ。
「それでは明日の午後、御所に伺います」と、ガジュルシン。
「さよか」
女は偉そうに頷いた。
「分身も、身代わりも許さんよ。偽りは、麿にはわかる。弟を身代わりにたてたらあかんよ、醜女」
醜女……
誰が醜女よ!
全身がカッカッする〜〜〜〜〜
この女、すっごくムカつく。
言動も、顔も、雰囲気も、何もかもが嫌い。
ぶん殴りたい……
「なんやのん、そのタコみたいな赤い顔は。……醜い顔がより醜くなってるわ、『勇者の剣』に嫌われた、穢れ女が」
なっ!
「麿の目ぇには真実が見えるんや。勇者とは名ばかりやん。そもじは、勇者の証に嫌われとる。そやろ?」
「ンなことは、どーでもいい!」
私は声を荒げた。
「偉そうにしてるんじゃないわよ! この白粉お化け! あんたの不健康そうなその面、ムカつくのよ!」
女がジロリと私を睨む。
「化粧も知らんのか? 南国のイナカ猿が、面白い口をきくなあ」
「イナカぁ? 馬鹿言ってるんじゃないわよ、東の外れの島国の方がよっぽどド田舎じゃない! あんたの方が、お山の大将だわ!」
「下品な口を使うんやない、姫勇者とやら」
「下品な顔を見せるんじゃないわよ、姫巫女とやら!」
上座の女がすっくと立ち上がる。
私も負けじと立ち上がる。
「姫巫女たるこのミズハを愚弄して、ただですむと思うてか、山猿」
「姫巫女? おあいにくさま、こっちは姫勇者よ! 姫が付けばありがたがって、誰もがかしこまると思ったら、大間違いよ! このブス!」
「ブスぅ? そもじ、美醜の見分けもつかぬのかえ?」
「ブス、ブス、ブス、ブス」
「しょうもない山だし娘が!」
「ブス、ブス、ブス、ブス」
「その言葉しか知らぬのかえ! この低能! 名ばかり勇者!」
ミズハにはサムライと神官が、私にはガジュルシンとガジャクティンが、気を静めろととりすがる。
でも、もう止まらない。
「姫巫女たる麿は全てを見通すんや。そもじなんぞ、『勇者の剣』に嫌われた無能勇者やないか!」
「ブス、ブス、ブス、ブス」
「えぇ〜い、黙りゃ! そもじが姫勇者なんて滑稽やわ。その自称、犬にでもやった方がよろし」
「自称じゃないわ、『姫勇者』は、エウロペの国王陛下からいただいた尊称よ。あんたみたいな、自称姫巫女と一緒にしないでちょうだい、真似っこ〜」
女はカッと目をむいた。
「真似はそもじや! 麿は前から姫巫女と呼ばれておるわ!」
「あ〜〜ら、そぅお? そうだったの、ジャポネのド田舎女のあだ名なんて聞いたこともなかったわ。今日が初耳。大陸中でも、きっとそう。み〜んな、あんたが私を真似て『姫巫女』なんて恥ずかしい呼称を始めたんだと思うでしょうよ」
「なんやて!」
「私、超有名な姫勇者だもの。島国の無名なイナカ巫女とじゃ、知名度が違いすぎて勝負にならないわよね、ごめんなさい。私のせいでパチモノだと思われちゃうわよね、ヒ・メ・ミ・コ様」
* * * * * *
異次元の暗闇の中に浮かぶ現実。
現実を切り取った映像をご覧になって、声をたてて御身様が笑われる。
黒の直毛で気味が悪いほど肌が白い妖艶な美女と、ゆるやかなウェーブの入った黒髪の健康そうな美貌のラーニャ殿が、向かい合って唾を飛ばし合っている。
今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気だ。
御身様が現実から拾ってきた映像に、時々、雷が走る。
御身様がおっしゃるには、姫巫女の怒りが魔力と結びついてラーニャ殿を攻撃しているのだそうだが、ラーニャ殿は無意識にその全てを防御なさっているのだとか。『勇者の剣』から守護の力を引き出して。
二人を止めようとしているサムライと神官、そしてガジュルシン様(ああああ、理知的なお顔だ)とガジャクティン様(ああああ、凛々しいお姿だ)は、防御結界を張っている。結界無しで触れれば、落雷で丸こげ状態になるとか。
感情がたかぶれば周囲に雷を走らせるという姫巫女の噂、嘘ではなかったのだな。
水を統べる姫巫女。
三大魔法使いタカアキの妹とされているモノ。
やはり、バケモノであったか。
「残念」
御身様がパチンと指を鳴らされる。
「美形二人の殴り合いデスマッチが見られるかと思ったのに、お伴と従者達にひきはがされちゃいましたねえ。残念、残念」
ニコニコ笑いながら、御身様が映像を眺められる。
お伴と従者達が主人を無視して話を進め、先程の決めごと通り明日の昼過ぎに姫勇者一行は御所に伺うという事でまとめた。
姫巫女はお伴に連れられ、御所へと戻って行く。
映像はまだ宿屋の上段・下段の間を映している。
「さて」
姫巫女の無礼な態度にお腹立ちであろうに、従者としてラーニャ殿の気持ちを鎮めようと頑張るガジャクティン様。お役目を忘れぬけなげさ。さすがは御身様のお子様!
あああああ、なぜ、ガジャクティン様を殴るのだラーニャ殿!
ガジャクティン様とて姫巫女にはお怒りであったのだぞ。しかし、あの場で喧嘩をしかけても姫勇者一行に理なしと必死に怒りをのみこまれたというのに!
「さて……」
あああああ、蹴りまで! やつあたりならば、そこの東国忍者にしてくだされ! なにゆえガジャクティン様に!
「さて!」
プッツン!と……
現実を切り取った映像が消える。
異次元空間は元通りの闇へと戻った。
「………」
たいへんご機嫌がよろしくない御身様が、わしをご覧になっておられる。
しまった……夢中になって食い入るように映像を見つめてしまっていた……御身様そっくりなガジャクティン様が無体に扱われていたので、つい。
「申し訳ございません、御身様」
わしはすぐさま平身低頭した。
が、頭上からかかってくる声は、御身様の麗しくないご気分そのものの冷たい声であった。
「いっそ、あっちに行って第三王子をストーキングしてきてはどうです? いいですよ、二晩でも三晩でも好きなだけあっちに滞在してらっしゃい」
「いいえ! 今はそのような遊びに興じている時ではございませぬ! ジャポネでの作戦にこのガルバめをどうぞお好きにお使いください!」
「………」
お声すらかけてくださらぬ。
あああああ、この沈黙が怖い……
たっぷり五分ぐらい黙られてから、ようやく御身様はお口を開いてくださった。
「あぶり出しをしようと思うのです。が、さすがに御所はマズい。あそこは魔封じやら聖なる結界が山のようにありますからね。そこで……」
暗闇に地図と現実の映像、二つが浮かび上がる。
「姫勇者一行とタカアキを、ここにおびきよせます」
わしは土下座をしたまま、上目づかいに地図と映像を見つめた。
「適当な魔をここで暴れさせ、頃合いをみて私の分身を出現させます。キョウの守護に命をかけているタカアキはもちろん、姫勇者様達も必ず罠にかかってくれます」
ここ一か月ほど、御身様はキョウの街に分身を出現させ、わざと人目に触れるような場所で騒動を起こしたりしている。
情報屋組織が、僧侶ナラカの出没情報を、姫勇者一行に渡している事だろう。
御身様抹殺を望まれているガジュルシン様への挑発……姫勇者一行をジャポネに来させ、駒として使用する為の策じゃ。
ガジュルシン様は御身様に似た賢い御子じゃが、御身様に比べまだまだひよっこ。
御身様が姫勇者一行をジャポネに呼びこんだ理由など、まったく推測できておらぬじゃろう。
「ガルバ、あなたに頼みたいのは、大魔王教団への情報漏洩です。もったいぶって情報を売って来てください。二の書の持主である男がここに現れるだろうとね」
「承知」
「さてさて、うまく踊ってくれますかね、ジャポネの方々と姫勇者一行は」
臈たけたお美しいお顔に、月のように清かな笑みを刻まれる。何度、目にしても、溜息が漏れてしまう。御身様ほどの美貌の持ち主は、この世に二人と居らぬ。
御身様の前では、あの気色の悪い姫巫女も、姫勇者殿も、ガジュルシン様も霞んで見える。御身様が一番じゃ。
「この地でラーニャ様は、更にすごい勇者となりますかねえ、楽しみです」
少しご機嫌が直ったのか、御身様の笑みが少し楽しげなものに変わる。
「まことに。申し分のない敵となっていただければ、ありがたいですなあ」
わしの言葉がお気に召したのか、御身様の笑顔が一層、明るいものとなる。
姫勇者一行に、タカアキに姫巫女……御身様の為、働いてもらう。わしの口にも笑みが浮かんだ。
次回からは新章に入りますが、今のところ章名は未定。
最初の話は『初恋の味? 触れ合う心!』。ちょっぴり百合っぽいようなBLっぽいような展開もあります。
エセ宮中京言葉えらそうバージョン楽しかったけれども、嘘まんさいです。次章も嘘っこ口調続きますが、関西の方、どうぞ、あたたかい目でお見逃しください。
* * * * * *
明日からムーンライトノベルズに『女勇者セレス―――ジライ十八番勝負』をアップします。八・九番勝負をアップしたらラーニャちゃんに戻る予定です。