ショーグンとの謁見! 第三王子の逃亡!
正直、疲れた……
ショーグンとの拝謁を終えて、西国風高級旅館に戻って来たところ……
ガジュルシンに結界を張ってもらって、私の部屋で『姫勇者ラーニャ』様ことアーメットと衣装を入れ替えする事になってたんだけど……
気力がない。
昼ご飯を食べる気にもならない。
ベッドに直行。
「俺、着替えるぞ。鎧とかここに置いとくからな。姉貴は寝間着に着替えとけよ」
わかった、わかったと、アーメットにはおざなりに答えておく。お着替えお手伝いしましょうか? と、問うセーネに大丈夫っと答えた。アジンエンデが『おやすみ』と言ったので手だけ振って、寝室の扉を閉めた。
ガジュルシンが、寝室&居間サイズの結界+幻術を張ってくれる。忍者装束はとっとと脱いで、貫頭着に着替えて私はベッドに倒れこんだ。
言葉も通じなきゃ、風習もわかんない。かたっ苦しいしかめっつらのサムライだらけの城。
ンな中に三時間ぐらい居たんだ。
わかんない事だらけなんでセーネに小声であれこれ質問したんだけど……まともに答えてくれる事はほとんどなかった。公式の場での会話はお控くださいと、言葉短く、会話を勝手に打ち切られてしまうことも多々。
私にしか聞こえない小声で、ずっと解説してくれればいいのに〜
こっちから求めなくても、言葉を翻訳してくれ、この人物とこの人物の関係はこうだと説明してくれ、その土地独特の風習や儀礼を必要な点だけ教えてくれる奴がいないのが、こんなに疲れる事だとは思わなかった。
くそぉ……
腹だたしい……
ジライに側にいてもらいたいわけじゃない。
居ないと不便ってだけ!
ショーグンのお城は、でっかいお城だった。
石の階段を昇り、庭をぐるぐる歩かされて、どデカイ城に入って、やっぱり結構歩かされて……
そうして通されたのは、襖をとっぱらわれて一間つづきとなった三部屋の段々部屋だった。
ショーグンとの謁見の間だ。
一番上の段の部屋の御簾の中が、ショーグンの席だった。その中に人影は見えたけど、どんな顔のどれぐらいの年齢の人か最後までわからなかった。本人、一言も私達に声をかけなかったし。御簾の中の侍従とはボソボソ話してたみたいだったけど。椅子もどきの床几ってのに座ってるっぽかった。
二段目、三段目の部屋の左右にはサムライがズラ〜と並んで座っていた。ショーグンの家来達だ。正座って座り方で、ピシッ!とずっと背筋を伸ばしてた。中年からお年寄りまで、みんな、全然、姿勢を崩さなかった。
『姫勇者』アーメット様とインディラの第一王子と第三王子は、ショーグンより一段下の中段の間って所に通された。外国人である姫勇者と王子達の為に折りたたみ式の腰かけが三つ準備されていた。床几ってヤツ。ショーグンが座ってるのと同じヤツ。
『勇者の剣』や『雷神の槍』を床几の前の武器掛けに置いてから、アーメット達は床几に座った。
普通、だいたいどこの国でも謁見の間は、武器携帯禁止だ。その国の異分子に武器を持たせとくなんて危険だ、刺客の可能性もある。警備も気が気じゃないだろう。
けど、ジャポネはちょっと違う。武器礼賛というか、名武器を見ることを眼福とか言って喜ぶんだそうだ。城には武器は是非持って来て欲しい、謁見の間ではショーグンの目によく見えるよう願う、お手並も拝見したいと、事前に連絡があったそうだ。それもあって、今日は『姫勇者』アーメット様に代役を頼んだ。
謁見の後は庭で武芸者との対決だと聞いていたので、私はけっこう気をもんでいた。
両手剣の腕がへっぽこなアーメットでは、武芸者とまともにやったら勝てるはずがないからだ。
姫勇者が負けるなんてありえない事だ。
だけど、人間が相手じゃ、私が持っても『勇者の剣』様はまともな重量になってくれないだろう。勝負をアーメットに任せないといけないのがもどかしくって、私はいらいらしていた。上段の間の下の中段の間、それよりも更に下の下段の間で。
インディラ忍者の格好の私とアジンエンデ、それとくノ一セーネの三人は、アーメット達よりさらに下の下段の間に通された。しかも、床几も貰えなかった。畳の部屋に正座なんて無理! と、思ってたらセーネが深々と上段に頭を下げて跪いたので、その格好を真似といた。アジンエンデも倣っていた。彼女も『極光の剣』を持って来てたが、武器掛けがなかったので畳の上に置いていた。
ショーグンはよく見えないし、サムライの偉いさんとガジュルシンの会話はジャポネ語だからちんぷんかんぷんだし、武芸対決は心配でしょうがないし、私はずっとイライラしていた。
何がどう進行して、どうなってるのかよくわかんないってのが、あんなに居心地が悪いものとは知らなかった。
その後、庭で武芸対決となった。
ショーグンは部屋から見学。やっぱり、御簾を下ろしてた。よく見えないだろうに。
私らは庭の床几席に座って観戦した。
『雷神の槍』を持ったガジャクティンが、まず、両手槍の演武をした。
ええ、そりゃあ、もう……腹が立つほど……上手だったわよ。シャイナでやった格闘の演武の百倍は確実に上手、鑑賞に値したわ。
それから、何とか流の槍の高弟との勝負になった。互いに真剣だったんで、相手の武器を落とすか、『参った』を言わせれば勝ちってルールで勝負は始まった。
この勝負は、あっさりガジャクティンの勝ち。馬鹿力で相手の武器を叩き落としたのだ。どこ殴れば効果的か考えた上の打撃だったとは思うけど。
次に、師範との対決となった。白髪のおじいさんで、見るからに名人って人。
だけど、この勝負は……残念なことに、最初から勝者が決まっていた。
最初の数分は、おじいさんも真面目にやっていたと思う。守備に徹していたけど。
果敢に攻めたガジャクティンの槍を、おじいさんは器用に流し、距離をとって避ける。連続攻撃にも姿勢すら崩さない。有効打は絶対にくらわない。
槍の名手だ。
経験に基づく無駄のない動きをしている。
力量差は、ガジャクティンも感じ取ったろう。
攻めあぐね、距離を開いて対峙した。
じりじりと距離を詰め、或いは開き、様子を窺うガジャクティン。
おじいさんは、そこで急に攻めに転じた。
上段、中段、下段と突き分ける素早い連続攻撃を、ガジャクティンはかろうじて避ける。
その美しい攻めが一瞬、乱れた。
姿勢が崩れたのだ。
その乱れをガジャクティンは見逃さず、相手の槍を払い、踏み込んだ。
槍の穂先はぴったりとおじいさんの心臓を狙い、貫く寸前で止まった。
おじいさんは『参った』と言い、槍を引いたガジャクティンに対し礼儀正しく頭を下げた。
ガジャクティンはムスっとした顔をしていた。
おじいさんは、わざと隙をつくった。わざと姿勢を崩したのだ。勝ちを譲られたのだと、気づいていたから、義弟は不機嫌なのだ。
外国の王族とはいえ、王族は王族。だから、勝ちを譲ったんだろうな。見る者が見れば、力量差は歴然だったし。ショーグンの御前試合では、身分の上の者に家臣が勝ちを譲る事がままあるそうだ。ガジュルシンが言っていた。
この調子で、アーメットも勝ちを譲ってもらえるかも……
ああああ、でも、それはある程度打ちあってからだろうし……
立ち合ったら、じきに、素人に毛が生えた程度の実力だって見破られちゃうわ、きっと。
姫勇者が両手剣が下手っぴじゃ話にならない〜〜〜〜
と、頭を抱える私の前で次の勝負が始まる事になった。
『勇者の剣』の振るい手『姫勇者』アーメット様と、ジャポネの武芸者との対決……
と、思いきや……
アーメットではなく、『極光の剣』を手にしたアジンエンデが勝負の場に進み出た。
え?
何で?
どうして?
と、思ったら私のそばのセーネが小声で、
『姫勇者様の剣では相手の武器を一撃で破壊してしまう為、姫勇者様ではなくそのお弟子のアジンエンデ様が代わりに闘う事となりました。先ほどの話し合いで』
と、教えてくれた。
そういえば、さっきガジュルシンがアジンエンデに何か耳打ちしてたなと思いだしたけど……
誰が誰の弟子よ!
ガジュルシンの奴、又、その場に都合のいい、いい加減な事言って〜
シャイナじゃ、あいつのせいで、おチビと婚約させられて……
ジャポネじゃ、私はアジンエンデの剣の師匠となってしまった。武器は同じ両手剣でも、戦法が全然違うわよ!
勝負は、私の弟子が勝ったわよ!
ジャポネ刀の名手との勝負も、おじいさんとは別の槍の名手との勝負も、鎖鎌の使い手との勝負も!
そりゃあ、もう、あっさりと、ね!
武芸勝負が終わった頃には、もう疲れきっちゃった……
ショーグン配下の部下がまとめた『ジャポネの大魔王教団の情報及び魔族被害の報告』は、後日、私達の宿に届くのだとか……
情報屋からの情報も三日後にもらいうける事となっているんだとか……
この後、オオエのインディラ寺院に御挨拶に行って来るだの……
旅館に帰るまでの間、ガジュルシンが説明してくれたけど、もう、どうでもいい。
疲れた……
ようするに、三日はオオエに居るってことだ。
その間に、ジライも帰ってくるだろう。
キョウのミカドと対面する時には、絶対、勝手はさせない。解説者としてそばにいさせてやる〜
ベッドの上で目を閉じた。
けど、窓から入って来る日の光が気になる……
面倒くさかったけど、カーテンを閉じようと思って、窓に近づいたら……
窓の下にガジャクティンが見えた。
『雷神の槍』を背負って、中庭を歩いている。
武術練習……?
今日、勝ちを譲られて腹立ててたものね……
あれ? でも、足を止めない。
外に向かってる。
どこまで行く気?
* * * * * *
「どっか行くの?」
頭上からの声に、肝が冷えた。
え?
嘘!
ラーニャ!
今、『姫勇者』入れ替え中じゃなかったの?
三階の窓にラーニャの顔がある。
ラーニャの部屋から中庭が見えるのは寝室だけだ。もう寝る気だったの?
「どこに行く気?」
あああ、もう! そんな大声で!
兄様にバレちゃうじゃないか!
「ちょっと街まで」
「一人で?」
窓際のラーニャが首を傾げる。
「あんた、仮にも王子様なのよ。一人でフラフラ街に出るなんて、不用心じゃない?」
うるさいなあ……もう……
「ラーニャと違って、僕はジャポネ語ペラペラだからね! 一人でも大丈夫だよ!」
それだけ言って、走り出した。
ラーニャが三階から尚も、叫んでいた。が、無視した。
急いで通りの雑踏の中に埋もれた。
早めに移動しないと、兄様に捕まっちゃう!
* * * * * *
「ガジャクティンが街へ?」
寝室の扉から顔だけ出してるラーニャが頷く。
オオエの街に、あいつが何をしに……?
僕等ラジャラ王朝の子供がジャポネに来るのは初めてだ。知り合いもいない。
外に行く理由なんかない。
アーメットが弟の部屋に走ってくれる。
僕は魔力を高め、探知の魔法でガジャクティンの気を探ってみた。
変だ……
ガジャクティンの気は、旅館の自分の部屋の中だ。
しかも、その気は動いている。
しばらくすると、弟の気配は、アーメットと一緒に僕等の方まで近づいてきた。廊下へ通じる扉が開き、アーメットだけが入って来る。手に一枚の紙を持って。
「置手紙があった。ガジャクティン、槍の修行に行ったみたいだ。オオエにはいっぱい道場があるから、武者修行して来るって書いてある。今日中には帰るって書いてあるけど……どうする?」
御前試合の槍勝負がそんなに悔しかったのかなあと、首をひねらせるアーメット。
槍修行……?
嘘だ、と思う。
僕は、アーメットから弟の置手紙を受け取った。
弟の気が、その手紙から伝わってくる。
魔力を手紙にこめ、それを自身の身代わりに仕立てたのだ。本人は、今、魔力の気配を消す魔法道具を使用しているのだろう。今、探知の魔法ではガジャクティンを追えない。
この紙自体も魔法道具だ。紙から、ガジャクティンの魔力の他に、強い魔力の痕跡を感じる。僕をだしぬけるほどに強いそれが誰のものであるかは……嫌というほどにわかった。
「カルヴェル様……」
何時の間に、弟にこんな魔法道具を与えたんだ?
こんなめくらましまで弟に使わせて……それで呼び出したに違いない。
僕の身内を魔法で弄ぶようなことは二度としないって言ったのに……
よくも……
僕は掌の中でガジャクティンの手紙を握りつぶした。
* * * * * *
「すみません、カルヴェル様、出がけにラーニャに見つかっちゃって……今頃、兄様に僕の外出、バレてると思います」
「ホホホホ。まあ、バレるのも予想の内よ。外出中に用事を全て済ませてしまえばよい事。気にせずともよい」
黒のローブの大魔術師様が、体を揺らして愉快そうに笑う。
この笑みを見ちゃうと、僕の不安もなくなってゆく。
どうにかなるんじゃないかって気になってくる。
この前から、兄様はカルヴェル様に怒っている。
異次元空間で、僕に魔法修行をさせたからだ。
あの時は何者かに異次元空間の通路を閉鎖され、帰るに帰れず異次元空間で僕は二年以上の時を過ごすはめとなった。
いきなり二歳以上老けた僕を見て、兄様はむちゃくちゃ怒った。
僕に対しても怒ったけど、内心では、僕以上にカルヴェル様を怒っているようだった。子供をいさめる立場の人間が無謀な子供を止めもせず、魔力で命を弄ぶなんてもってのほかだって。
でも、それは違うと思う。
魔法修行をつけて欲しい、しかも性急に成果が欲しいってねだったのは僕だ。
僕はものの道理がわからないほどには子供ではない。十四歳なんだ。異次元に籠ればどうなるか承知の上で行動したんだ。
責められるべきは僕であって、カルヴェル様じゃない。
兄様は僕を子供扱いしすぎる。
子供だって思いこんで……守ろうとしている。
その愛情はありがたいとは思う。僕も兄様は大好きだ。
でも……
僕は子供ではない。
姫勇者の従者なんだ。
僕は姫勇者を守るべき戦士であって、兄様に守られていなければいけないかよわいものじゃない。
本当は兄様を説得して僕の考えを理解してもらうのが一番なんだけど……
頑固で口がたつんだもの、兄様。話してるといつの間にか本筋から違った話に変えられていたり、うやむやにされたり、ごまかされたりなんてのは、しょっちゅう。
だから、カルヴェル様を頼る事にしたんだ。
不測の事態で僕を異次元に二年以上籠らせてしまったお詫びに、カルヴェル様は僕のお願いを何でも三つ叶えてくださる。そういう約束なのだ。願い事がある時に使えと、カルヴェル様召喚の指輪まで渡してくださって。
一個目のお願いを叶えてもらう為に、さっき、僕は指輪を使ってカルヴェル様に連絡をとった。
これから三日は、オオエに留まる。私的な時間もとれそうだから、今のうちに気になっていたアレをどうにかしようと思って。
そしたら、移動魔法で運んでやるから外へ出ろと言われた。旅館の中で強力な魔力を消費する移動魔法を使ったら、さすがに兄様にバレるだろうから、旅館から少し離れろと言われたのだ。
僕の願いは、兄様が決して許さない類のものだ。バレたら、絶対に、止められる。
前にカルヴェル様からいただいた魔法道具の紙を身代わりを置いて、こっそり部屋を後にした。槍修行に行くって嘘を書いておけば、いなくなったのがバレても時間を稼げると思ったんだけど……
まさか、出がけに、ラーニャに見つかるとはね……
カルヴェル様に会いに行ったってバレてるだろうなあ、兄様、勘がいいから……
今、僕とカルヴェル様はオオエからずっと西、西の都キョウに近いある里の近くの森の中にいる。
カルヴェル様といっても本物じゃない。
分身だ。
本物はこの森の側の里の中にいる。
仲介役兼護衛役として、実はジライに付き添っている。
『ムラクモ』の真の所有者カズマとジライの話し合いを、カルヴェル様が仲介してるんだけど……
カズマは同門の剣士やらをいっぱい側に侍らせて、妙にジライを威嚇しているらしい。
ジライがブチ切れないといいけど。
で、いざとなったら、ラジャラ王朝の王子として協力して欲しいとカルヴェル様(分身)に頼まれたのでOKした。僕にできる事なら何でも。
あっちがややこしくなるまでは僕の出番は無い。
僕はカルヴェル様にお願いを伝えた。
それは……
大魔術師カルヴェル様ならばおそらくご存じの魔法……
血族だからこそ使える神聖魔法……
僧侶ナラカの能力の大半を封じられるという高位の神聖魔法……
それの呪文を教えてほしいと、僕はカルヴェル様に頼んだ。
「呪文自体は知っておる」
やっぱり! さすがカルヴェル様!
「だが、おぬしの兄上の言う通りじゃ、おぬしには操れぬ魔法じゃぞ」
「その魔法を御すには、僕では魔力も信仰心も足りないんでしょ?」
「うむ」
「でも、世の中、何があるかわかりません。魔力が足りなさすぎて何十年修行してもろくな魔法が使えないだろうって言われてた僕が、今では、中級の攻撃・神聖魔法、初級の回復・補助魔法が使えるようになってるんです」
「努力や根性でどうにかなるレベルの魔法ではないのだ」
大魔術師様は渋い顔をなさる。
「ナラカ封呪であの魔法を用いた場合、制御するとなると、ガジュルシンとて己が魔力の四分の一から半分を失う事となる。並の魔術師五百人分から千人分の魔力があって初めてなる封印なのじゃ。おぬし一人では無理じゃよ」
ちょ……
えぇ〜〜〜〜
兄様の魔力の総量って、並の魔法使いの二千人分ってこと?
嘘!
移動魔法をバンバン使えるから、凄いだろうなあとは思ってたけど……
ちょっとそれって桁が半端なくない?
「大魔法使い専用の魔法なんですか……?」
「そうではない。封じる相手がナラカである為、封呪をかける側にも膨大な魔力が求められるのじゃ。同じ魔法をおぬしにかけるのなら、ガジュルシンは己の魔力の二千分の一か二の損失ですむ」
く……
「あの呪が使えるのは、ガジュルシンとおぬしの父親だけじゃ。ナーダでは正直、魔力は足りぬ。だが、あの男にはそれを補って余りある信仰心がある。神のおぼえめでたいあの男が正しい心をもってナラカ封印を願えば、神のご助力を得て奇跡を起こせるじゃろう。じゃが、おぬしの求めでは神は動かれぬ」
くぅ……
僕だって、朝な夕なインディラ神に祈りを捧げているんだ。決して、不信心ってわけじゃない。だけど、父様や兄様の信仰心と、僕のそれでは、天と地ほどの開きがある。
一体、何が違うのか?
神への祝詞を唱えて、神を敬うだけじゃ駄目なんだろう……だが、いったい、どうすれば信仰心ってアップするんだ? さっぱりわからない。
「その呪文が僕には使えない理由は、よくわかりました。でも、呪文を覚えておきたいんです。教えてください」
「ふむ……まあ、それが希望とあらば教えよう」
「それと、後もう一つご相談がありまして、僕の目的にそう魔法があるかどうか知りたいんです。いえ、あるのなら呪文を教えてほしいんです。使えるようになりたいんです……それを二番目のお願いとしたいんですが」
* * * * * *
なるほど……
子供は、やはり、面白い。
思いもよらぬ発想をする。
「どうでしょう?」
ナーダそっくりの糸目で、ガジャクティンが不安そうに尋ねてくる。
「その魔法はある」
わしがそう言うと、まじめそうな顔が少し綻ぶ。
「素のおぬしには制御不可能じゃが、魔法道具を駆使すれば一時間ぐらいならば使用できよう」
そう言うと、更に顔がパーッと明るくなる。
わかりやすい反応じゃ。
ほんに、素直で愛らしい。
デカくてごついが、根はほんに愛くるしい子供じゃ。
ガジュルシンが猫っ可愛がりするのも無理からぬ。
「僕、その魔法が使えるようになりたいんです。制御用の魔法道具もください。それを三つ目のお願いにしますから」
「三つのお願いをいきなり三つとも使うのか! 豪快じゃのう」
「だって、僕、どうしても覚えたいんです。兄様の為にも、ラーニャの為にも……」
「先に言うておく。一時間が限度。それ以上、おぬしの目的の為に魔法道具を使うな。無茶をすれば、臓器に負担がかかり、血流は悪くなり、身体機能が停止してゆく。それでも、尚、使用し続ければ……当然の報いをその体に受ける」
「わかりました、一時間以内しか使いません」
と、ガジャクティンは元気よく答えた。
だが、さて、どうかのう。
こやつ、無茶なところはナーダに似ておるしのう。
死ぬと承知の上で魔法を使いかねんな……兄と義姉の為ならば……。
この魔法をわしが教えたと知ったら、ガジュルシン怒るであろうなあ……
その時がくるまで呪文を思い出せぬよう、記憶を封じておくか。
今日のわしとの会話ともども、な。
ガジャクティンに二つの魔法の呪文を教え、魔法制御の為の魔法道具を準備したところで、ジライの方の話がややこしくこじれた。
インディラ第三王子様に登場していただく頃合いじゃな。わしが伝えようと思っていた事じゃが、インディラ王家の者に登場してもろうた方が、うまく話はまとまるはず。
わしは手短に策を伝え、ガジャクティンを本体のもとへと送った。