王様が二人? 抜け忍は大忙し!
ジャポネには王様が二人居る。
西の都キョウのミカドと、東の都オオエのショーグン。
なんで二人いるのか、よくわかんない。
分割統治をしてるわけじゃない。
神の子孫のミカドがジャポネで一番尊い存在で、ショーグンはミカドを守る戦士長なんだそうだ。
だけど、実質、国を支配しているのはショーグンらしい。
じゃ、国王と摂政みたいなものかしらと思ったんだけど、そういうわけでもない。ミカドの仕事は、ショーグンを任命する事とこの国の暦やら神事を司るだけで俗事には関わらないらしい。
それなら、神官長と国王かしら? と、思ったのに、ミカドは聖職者というわけではないってガジュルシンの分身に言われた。
ジャポネっの風習とか身分制度とか、変すぎて理解できない。
昔、この国についてもリオネルから習ったんだけど、もう忘れた。
ようするにあれよね、王様が二人いる、どっちも偉い。だから、両方にご機嫌伺いしとけばいい。そういうことよね。
シャングハイからの船はジャポネの西南の端にあるナガンサに着いた。
そこで入国手続きやら何やらを一日ですませ、そっからジャポネの船でオオエを目指すのだそうだ。
西南にいるんだから、まずは西の都キョウを目指せばいいんじゃないの? と、思ったんだけど、それだと礼儀にかなってないのだそうだ。
先にショーグンに挨拶をしてショーグンの許しをいただいてから、ジャポネで最も高貴なミカドに拝謁する。それが正しい順番なのだそうだ。
めんどうくさい国だなあ、もう。
姫勇者一行は、私、ガジュルシン、ガジャクティン、アジンエンデ、アーメット、それとインディラ忍者のくノ一のセーネの六人。セーネはジライの部下の一人で護衛任務のうまい中年のくノ一。普段は、兜に口布のインディラ忍者スタイルだけど、素顔はなかなかの美人。
ジライはいない。
ジライはシャイナに残り、ジャポネには入国していない……
と、いう事になっている。表向きは。
実は先行して入国しているのだ、副頭領のムジャと一緒に。
抜け忍で『ムラクモ』の振るい手のジライが、普通にジャポネに入国するといろいろとマズい。
まず、東国忍者の里の問題。忍の里は、抜け忍は面子をかけて殺す事にしている。だから、ジライが一緒だと、滞在中ずっと姫勇者一行はジャポネ忍者の襲撃を受ける事になってしまう。
次に『ムラクモ』の所有権の問題。『ムラクモ』は三代目勇者の従者のサムライがミカドから賜った刀。んでもって、代々のその家の家長が『ムラクモ』を管理してきた。
なのに、その刀を、今、何故か忍者のジライが振るっている。
ジライの持ってる奴、どうも盗難品らしい。
ジライの刀こそが本物となったら、インディラ国としては、王宮付き忍者頭であるジライにサムライに返還しろと命じざるをえなくなる。
本物とわかれば、だが。
現在、サムライの家にも『ムラクモ』がある。そちらはすり替えられた偽物なんじゃないかって疑いが、二十年前からあった。
冒険活劇本『女勇者セレス』に、ジライが『ムラクモ』の使い手と描かれているせいだ。
『ムラクモ』は有資格者でなければ、鞘から抜く事すらできない聖なる武器。サムライの家からは五十年以上、有資格者が出ておらず、現当主カズマも『ムラクモ』が抜けない。
抜けない以上、こちらこそ本物! とは言い難いけど、抜けないのは自分達の力量のせいかもしれない。手元の『ムラクモ』が本物で、ジライの刀は『ムラクモ』と性質のよく似た他の聖なる武器の可能性もあった。
なので、サムライの家は、この泥棒め! と、ジライを非難してるわけじゃない。盗難届も出していない。
でも、どちらが本物か真贋を見極めたいと、ず〜〜〜〜と思っているわけだ。ジライがインディラ国の王宮付き忍者頭となってから、毎年、王宮にジライとの面談を求める手紙を送り続けてきている。それをお父様がうまくのらりくらりとかわしてきてくれたんだけど……
ジライがジャポネに入国しちゃったら、逃げようがなくなる。衆目の場でジライの刀こそ本物となったら……インディラ王宮付き忍者って立場上、正当な持主をぶったぎって黙らせて逃走ってわけにもいかないしねえ……
現在、お父様の指示で、ムジャがジライを拉致している。東国忍者の里とカズマと極秘裏に会談し、波風をたてぬよう話をまとめるそうなんだけれど……そんなうまくいくものなのかしら?
何にせよ、ストーカーがいないのはいい事だ。
就寝中や着替え中やおトイレ中やお風呂タイムで覗かれる心配がないしね! よくも覗いたなって(私のとばっちりなんだけど)、アジンエンデが怒って剣を振りまわすこともないし。
私もアジンエンデも、ジャポネ語はちんぷんかんぷんだ。
でも、護衛役のくノ一のセーネがいつも一緒に居てくれる。通訳してくれるし、ジャポネの奇怪な風習も解説してくれる。
セーネはやさしくて真面目なおねーさん。美人だし、一緒にいて楽しい。
夜はアジンエンデと三人で同じ畳部屋に寝る。船旅の間も、ずっと一緒に行動するのだそうだ。なんかちょっと楽しみ。
このままジライが帰ってこなくても、私としては、全然、困らない。全然、不自由じゃないもの。
あんな変態忍者どうなろうが知ったこっちゃない。
ただ……
姫勇者の従者としてあるまじきことをしてないか……
姫勇者の従者のくせに、怨みを持った奴にうっかり殺されるなんてみっともない真似してないか……
それだけが心配。
それだけが、ね!
* * * * * *
「ほんにようございましたな。両陣営にとって良きお話をインディラ国からいただけましても、三年前までは無理でした。忍者ジライのジャポネ入国などありえぬ事。頭領の命に服し、我が忍の里は一丸となって抜け忍ジライを討伐したでしょう。どれほどの被害が出ようとも……里の面子は守らねばなりませんからな」
そこまで言ってから、皺の刻まれた柔和な顔で兄弟子は微笑まれた、
「しかし、現頭領シラヌイ様は、無用な争いも、効率の悪い戦闘も好まれぬ理知的なお方にございます。裏の世界で生きる忍者同士、争うことなく、それぞれがそれぞれの領域で、より一層、繁栄していきましょうぞ」
「かたじけのうございます、ヤマセ様」
副頭領ムジャが兄弟子に対し深々と平伏し、我も頭を下げた。
今、我はジャポネのサムライの姿。カツラを被り、染め粉でジャポネ人の色に肌を染めてもいる。
ムジャはインディラからの観光客の姿、下級貴族のような身なりだ。
対する東国忍者側はヤマセとハンシロウ。現頭領の幹部の中でも信任が厚い、上忍二人だ。二人とも大店の主人のような格好じゃ。
今、我らは、オオエの料理茶屋で対面している。十畳ほどのその部屋には、芸者も給仕の者も居ない。インディラ忍者のトップと東国忍者の幹部がおるだけだ。
むろん、部屋の周囲は東国忍者の者が固めておるが。東国忍者との衝突を避け、更に外縁で待機するよう部下達には命じている。
争いとなる事は、まず、ない。
交渉は、もうまとまっている。今日は顔見せ、そして、我が頭を下げ『東国忍者の里に対し、寛容を感謝する』態度を示す為の茶番の会合なのだ。
国家予算的な金額を用意して、インディラ国は抜け忍ジライの命を東国忍者の里から購った。
その金は、ナーダの私的な財産――亡きご老体の一族が受け継いできた古代王朝の遺産の一部から支払われた。現在、その莫大な財宝はムジャが管理している。
追い忍に命を狙われる危険はなくなったのだが、それはあくまで秘密裏の決めごと。
忍者の里としては、表だっては抜け忍は見逃せぬ。一人許せば後に続く者が増え、抜け忍を始末できぬとあっては裏社会への示しにならぬ。
つまりは、現在、忍者ジライはジャポネにはいないと、里は知らぬ振りをする。それ故、我が正体を秘する限りはジャポネにおっても、命は狙わぬ。だが、忍者ジライがジャポネに居ると世に広まれば、話は別。抹消にかかる。殺されたくなくば、その存在を匂わす行動をとるな、とっととジャポネから出て行けという事だ。
ヤマセ兄弟子から頂戴した杯を、我は飲み干した。
上忍ヤマセは、初代『白き狂い獅子』の内弟子の一人、我にとっては兄弟子だ。里に居った頃は、ほんに、世話になった。
我が里を抜けてから初めての、実に二十年ぶりの再会じゃ。
兄弟子は年をめされ、体にだいぶ脂肪をたくわえられた。その恰幅の良さといい、人あたりの良さそうなお顔といい、泰然とした物腰といい、変装通りの大店の主人に見える。
忍者らしからぬ外見だが、見かけ通りの人物などではない。
武の腕は正直さほどではないが、情報収集・分析能力の高い、人心を掌握する術に優れた忍者だ。里の影の実力者の一人なのだ。
現頭領のシラヌイも、兄弟子の後押しがあったればこそ頭領となれた。先代頭領には我を含め男児が多かったのだが、我以外、傑出した忍者は居らなんだ。我が里を抜けた後、跡目争いは揉めに揉め、跡目候補どもが長い間、醜い争いをしていたのだ。
兄弟子が我が義弟シラヌイを推した理由はよう知らぬが……無能ではなく、且つ、兄弟子の望む里の改革に協力の意志を示したゆえであろう。
下忍・子供・老人の待遇改善と中忍選抜に規定をもうけること、兄弟子の改革はその二柱だ。
里の者の命を軽く扱わせぬこと、無能を中・上忍とさせぬこと……初代『白き狂い獅子』が望んだことだ。師匠の魂を兄弟子は継いでおられる。
里を捨てた不肖の弟弟子としては、まぶしすぎる兄弟子だ。
「ジライ様、ジャポネにはどれほどご滞在のご予定ですか?」
ニコニコと笑いながら、兄弟子が尋ねてくる。
我の今の身分は、インディラ王宮付き忍者の忍者頭じゃ。
一枚岩の里とは違い、インディラ忍者の頂点は一つではない。王宮付き忍者、寺院付き忍者、インディラ忍者の里、それぞれが別の頭領をたてている。
だが、頭領は頭領。我と対等に口をきけるのは、里では忍者頭シラヌイのみ。兄弟子はシラヌイの配下として、我には敬語を使われる。
「姫勇者様次第じゃな」
再び注がれた酒を飲み干し、我は嘆息した。
「勇者様のお心なぞ、凡人にはわからぬわ」
「さようにございますな」
にこやかな兄弟子に対し、もう一人の上忍ハンシロウの笑顔は実がない。兄弟子に比べ、役者が落ちるようだ。
「なるべく早く去ぬるようにはいたす。又……」
我は視線を刀掛へと向けた。そこに、我が愛刀『小夜時雨』がある。
「可能な限り、『ムラクモ』は封印する。やむをえず抜刀した折は、その場より漏らす口はなきようにいたす」
誰ぞに見られたら、その口は封じる。
忍者ジライがジャポネに居るなどという噂は広めない。
それだけは確約しておかずばなるまい。
「是非、そのように願います」
その後は歓談という形になった。が、ハンシロウはほとんど口をきかず、我もあまり話す方ではない。
兄弟子がその場を仕切り話題を提供し、ムジャが相槌を打つ形で食事と歓談は続いた。
時間の無駄だ……
はようラーニャ様のもとへ戻りたい……
じゃが、今は、ムジャには逆らえぬ。こやつこしゃくにも……我が弱点を押さえおったのだ。
ジャポネ渡航前に、こやつ、懐から出して見せたのだ、我から叛意を奪う指令書を……
『忍の里との交渉と『ムラクモ』の正式な持主との話し合いは、ムジャに一任します。彼が話をまとめてくれるわ。その二つの話し合いが終わるまで、あなたはムジャに絶対服従すること。どんな指示にも従いなさい。 セレス』
その後、正式な命令書ですとムジャは、ナーダ直筆の命令書を見せたが、そのようなものはどうでもいい……
セレス様から直々にご命令いただいては……逆らえぬ。
ムジャがシャイナでの仕事をクルグにおしつけて皇宮を離れたことも、『姫勇者ラーニャ』の執筆をサボっていることも、勝手に交渉のお膳立てをしおったことも、全て腹立たしい。が、今は文句は言わぬ。
まずはジャポネで自由に動ける身とならねば。
「しかし、おまえは変わらないねえ」
ハンシロウが中座した折、兄弟子は楽しそうに小声でおっしゃった。昔と変わらぬ口調で。
「サムライに変装しているせいもあるが、二十代でも通るぞ」
それは言いすぎであったが、とりあえずは礼の言葉を伝えておいた。
「滞在中、姫勇者一行をこっそり覗かせてもらうよ。おまえの娘と息子が見たい。さぞ綺麗だろうねえ」
ラーニャ様とアーメットが我の子である事はインディラでは後宮の者しか知らぬ事だが……まあ、東国忍者の里の情報収集能力からすればバレていて当然だ。
「里でのおまえへの風当たり、今はさほどでもないんだよ。先代が亡くなったおかげだけれど……昔から、内心、おまえに喝采を送っている者も少なくないんだ」
「む?」
「だって、痛快じゃないか。東国忍者が、インディラ忍者組織をのっとって頂点に立つなんて。しかも、インディラ王家に東国忍者の血まで入れてしまったんだ、インディラへの最高の侮辱だ」
ムジャはそっぽをむいている。私はこの話は聞いていません、どうぞお好きにお話くださいという態度だ。
「基本、おまえは国の防衛しかしないから、こちらから絡んでいかない限り、忍の里の商売の邪魔もしないしね。その上、今回、莫大な身代金をインディラ王宮からぶんどってくれたわけだし、里での心証はますます良くなるだろう」
「ありがたいことですな」
「里とおまえの配下と、今後は良好な関係を築いていけると思う。まあ、里の者もいろいろだから、すぐにもというわけにはいかないけれど、ね」
そう言ってから兄弟子は胸元から、木の細長い小箱を取り出された。
「今日、こういう形で、おまえと会えて良かった」
兄弟子が膳をよけられ、我が前へと進み、我に差し出すように、木の小箱をそっと畳の上に置かれる。
「ここならば部下達が覗きまくっている。私があやしげなモノを渡したんじゃないって、皆の目が保障してくれる。今なら渡せる」
兄弟子が、我の前で蓋を開けた。髪の毛の束が入っている。細く黒い髪の束。カモジのようだが。
「おまえの妹の遺髪だ」
兄弟子が静かに微笑まれる。
「おまえの手に収めてはくれまいか?」
アスカは八年前には亡くなっていた。
その数年前より消息は知れなかった。忍の里に籠っている人間の情報では、情報屋に頼んでも満足に買えん。だが、亡くなったのはわかっていた。八年前の盆に、顔を見せたゆえ。
セレス様以外のおなごを抱いて欲しいとアレの魂が願ったので、その通りにしてやった。
心残りは無くしてやった。
もはや輪廻の輪に入っておるはずじゃ。
「彼女は私が看取った」
意外なことを聞き、眉をしかめた。
「先代頭に願って、十年前に妻としてもらいうけたんだよ」
「は?」
さすがに聞き返してしまった。
「兄弟子が? 妻? しかもアスカをですか?」
兄弟子は稚児趣味を公言なさっていた方で、里中の美童・美少年と懇ろになっておられたはずだが……
「おまえの大切な妹だったしね」
照れたように、兄弟子が笑われる。
「頭の家から払い下げられると聞いたのでね……放っておけなかった」
「………」
そういうことか。忍としてもおなごとしても働けなくなったゆえ、頭から捨てられたわけか。買取先次第ではアスカは十年前に無残に亡くなっていたということだ。
「ありがとうございます……兄弟子に救っていただけたのなら、アレも穏やかな晩年を過ごせたことでしょう。兄として心よりお礼申し上げます」
兄弟子は静かに頭を振られた。
「アスカは最期までおまえに会いたがっていた。おまえに送ってもらいたい」
ハンシロウが戻るまで、木箱は受け取らなかった。予想通り、中を改めたいとハンシロウは願った。ハンシロウが箱を不作法に触り、束ねられたアスカの遺髪の間に指を入れる。
弟弟子に対し兄弟子が何ぞあやしげなものを渡しはしないか、疑っておるわけだ。
我でも兄弟子でもなく、ムジャがハンシロウを睨んでいるのがおかしかった。ご老体に似てムジャは人がいい。遺品を手荒く扱うハンシロウに不快を覚えているのだ。
ハンシロウから渡された木箱を手に取って、中のものを見つめ、そっと手に取る。
アスカとの対面も、ほぼ二十年ぶり。
ずいぶん小さく、軽くなったものだ。
* * * * * *
オオエの唯一の西国風の高級旅館に、私達は泊まる事となった。
そこからショーグンのお城の門まで、徒歩十分ぐらい。畳のお部屋は外国人には不評なので、外国からの高貴なお客はこの旅館に泊まるのが慣例なのだそうだ。
国賓級のお客様用の豪奢な三間続きのお部屋に通される。が、ベッドのある部屋よりも何よりも、共通語が従業員に通じる事のが私は嬉しかった。
アジンエンデと、くノ一のセーネが召使って事で同じ部屋に泊まる。アジンエンデ用に別にお部屋を取ろうと思ったんだけど、同室の方が護衛しやすいし、南の習慣はよくわかんないから一人部屋じゃない方がいいと断られた。
明日の朝、お城まで行く。ショーグンに御挨拶をして、今後の事をちょっと相談するだけの登城だ。『姫勇者』役はアーメットにやってもらう事になっている。私は忍に変装して気楽な立場で城を見る。
分身と入れ替わったガジュルシンは、さっそくあれこれ仕事を始めるようだ。アーメットと今、部屋で何か話し合っている。
武術バカの義弟は、中庭で武術鍛練を始めた。そうと知っているのに、アジンエンデは私と居る。武術鍛練に付き合わないの? って聞いたら、行かないと言われた。
「あの馬鹿と喧嘩でもしたの?」
シャイナでは、よくガジャテクィンの鍛練に付き合っていたのに。
「そういうわけではない。が、今はおまえと居る」
変なの、と、思ったけど、ちょっと考えて、ああそうかと気づいた。
ジライが居ないからだ。
普段は、私にべったりとあの変態が付きまとっている。護衛はジライに任せておけば大丈夫と思って、アジンエンデは別行動をしたりしてたんだろう。
「私にあんま気をつかわなくても大丈夫よ。危機になれば、『勇者の剣』が飛んでくるし」
「だが、あの剣も万能ではない」と、アジンエンデ。
「エーネの初撃では、剣は動かなかった。あの忍者が身を持って防がなければ、おまえの体中に穴が開いていたろう」
それは……そうかもしれない。
あの時は、私も白銀の神聖鎧を着ていた。でも、アレはアジンエンデの赤い魔法鎧に比べるとお粗末な性能なのだ。
アジンエンデの鎧は物理攻撃も魔法攻撃も、不浄なる魔族の攻撃も防ぐ。
だけど、私の神聖鎧って物理ダメージを多少やわらげてくれるだけ。すっごく軽くて着てても全然蒸れないのは有難いんだけどね。
神聖防具ってのは、鋼よりも硬く、絹よりも軽く、熱や冷気から装備者を守り、邪を退け、魔力を防ぐスグレモノのなんだけど……どれほどの守護力を見せるかは装備者次第なのだ。
信仰心、精神、肉体、その全てがすこやかでなければ、鎧は真の性能を発揮しない。今、あんまたいした防御力が無いのは、多分、私に信仰心が欠けてるせい。精神と肉体のすこやかさには自信あるもの!
「忍者が帰ってくるまで、おまえは私が護衛する。この地上の救い手を守るのが従者の役目だ」
アジンエンデは真面目だ。北方ケルティ人で南の言語も風習も全然知らないのに、私達についてきて、従者の務めを果たそうとがんばっている。『極光の剣』の使い手として。行方不明の父親、赤毛の戦士アジャンを探す娘として。
「ラーニャ様」
声と共にインディラ忍者が、ふっと部屋の中に現れる。
もう!
移動魔法並に唐突!
アジンエンデもびっくりして両手剣に手をかけてるじゃない、斬られても知らないわよ、あんた。
私は慣れてるからいいけど。
「何の用?」
私は床の上にかしこまる忍者に尋ねた。インディラ忍者装束なんで、素顔が隠れてて誰だかわかんない。
「実は少々、お願いが……」
そう言って顔をあげた。声と兜と口布の間から見える目から判断するに、たぶん、ムジャ。……あれ? ムジャが何でここに?
目的地には、すぐに着いた。
私が泊ってる西国風高級旅館から、歩いて五分ぐらい。
ジャポネ風の宿屋。
一般庶民や下級武士が泊まるような感じ。清潔に掃除されてるけど、あまり宿泊料は高そうじゃない。
宿屋の前に立ってこんな所に泊ってるのかと思ってたら、突然、背後に知った気配が現れた。
頭巾で顔を隠した、着流し姿のサムライ。腰の大小は見慣れたヤツ。『ムラクモ』と小刀。
私の気配を察して、宿屋の中から出て来たのだ。
私に対し軽く会釈してから、ジライは容赦のない目を頭巾から覗かせジロリとムジャを睨んだ。
ムジャはインディラ風行商人の格好で、私は西国人の商人の娘風だ。二人ともどうあがいてもジャポネ人にバケられないから、旅の商人風の格好をしている。けど、護身用に『虹の小剣』は持ってたりする。
「きさま、かような場所に何故、ご案内した?」
見るからに不機嫌そうだ。声も冷たい。
「いいじゃない、私があんたに会いたかったのよ」
私の声に、ジライが意外そうに目を細める。
「私に会いにいらしたのですか?」
「そうよ。話があるの。あんたの部屋でもいいし、どっか外でもいいから二人っきりで話せるところに案内して」
私とサムライ姿のジライが並んで歩く。そのだいぶ後ろを、ムジャとアジンエンデがついて来る。護衛の為に。
小柄だけど働き者のオオエの人々が行きかう通りを、私達は縫うように歩く。
ジライは無言だ。
何か変。
いつもは私をやたら褒めちぎったり、私の目に入るモノを尋ねる前からアレは何だソレは何だと解説したり、いかに私を愛しているかを滔々と語ったりするのに。
東国忍者の幹部との面談の後からジライが変なのだと、ムジャは言っていた。正しくは叔母さんの遺髪を貰ってからだそうだが。
『脱走しようとしません! ラーニャ様命の頭領です、姫勇者一行がオオエに近づけば、私の監視の目をかいくぐり、ラーニャ様のもとへ走られるはずなのに! セレス様の書きつけがあっても、今までの頭領なら私にバレなきゃいいって、絶対、脱走してます! 罠を多数配置し、手だれの部下達に監視させ警戒していたのですが……頭領は五日もの間、ずっと宿に大人しくしているのです! おかしいです!』
いや、まあ、待機命令中に動かないのは普通なんだけどね、本来は。
心ここにあらずって感じでボーッとしている。明日はカズマとの面談なので、頭領に活をいれてはもらえませんか? と、ムジャに頼まれたわけだ、私は。
ジライは私を橋のたもとの河原へと連れて行った。
大きな川だ。遠くに荷を積んだ舟が見えたが、河原の近くには船着場が無いんで人影もなく静かなものだ。
「で、お話とは?」
むぅ。そんなものはない。
面倒くさいから単刀直入に言おう。
「明日、カズマってのと会うんでしょ?」
「はい」
「なら、命令よ。みっともない真似すんじゃないわよ」
「む?」
「昔はどうあれ、今、『ムラクモ』はあんたの剣よ。この世界の決めごととか、その武器の歴史とか、どーでもいいわ。その武器が気に入ってるのは、あんただもん。誰が何と言おうが、その武器の振るい手はあんたなのよ。歴史にあぐらをかいてるサムライなんぞに渡すんじゃないわよ」
「ラーニャ様……」
「あんた、私の従者なんだから、聖なる武器、ずっと持ってなさい。あんたが戦力ダウンしたら、私が迷惑なのよ」
むぅ? 私が命令している間に、頭巾から覗く目が変わってゆく。いつもと同じ感じになる。ニコニコ笑っているような、そんな目。
「承知」
声まで何か嬉しそう。怒鳴って命令してやると、喜ぶんだから、本当、駄目な変態だわ。
「じゃ、私、帰るから。その前に叔母さんの遺髪を見せて。ジャポネ式に手ぐらい合わせてあげるから」
「叔母さん……」
「叔母さんでしょ? あんたの妹なら、私にだって血縁よ。叔母さんだわ」
「なるほど……」
フッと目を細め、ジライが笑う。
「確かに、さようにございますな」
「叔母さんって、前、あんたが言ってた人? 胸が、その、着物向けだって言ってた?」
胸が小さいとは言いたくない……私の胸、こいつの家系からの遺伝じゃないかって思うのよね。
「さようにございます」
懐から髪の束をジライは取り出した。直接、胸元に入れていたのか。
「ラーニャ様、よろしければ、もう少し、ご一緒していただけませぬか? 今日、送ってやろうと思っておったのです。少々、臭いがよくないのですが、灰となり消えるまで共に立ち会っていただければ嬉しゅうございます」
遺髪持って帰らないのか? と、聞くと、何故、インディラなぞに持って帰るのです? と、逆に聞かれた。
何で灰にするのか? と、問うと、魔族に利用されたくありませぬと言われた。
せめて灰ぐらい拾えばいいのにと言ったら、拾っても使い道がありませんとの答え。
やっぱり、ジライは変だ。
「この五日、共にいてやりました。浮気はせず、アスカの事だけを考えてやったのです。だから、もう良いのです」
亡くなったのって、妹よね? 恋人じゃなくって……
やっぱ、変。ジライは変だ。
忍の里では中・上忍のみが家を持て、女性を家に置けます。部下と自分の性欲処理の為と家事をさせる為に端女を複数置くのが普通ですが、家主専用の女性――妻を抱える場合もあります。家主の継嗣は妻から生まれた子供がなりますが、端女の子供でも家主が認めれば継嗣となれます。妻の待遇は家主次第、その寵愛が無くなれば、端女に落とされたり、他家に売りに出されます。
ジライの兄弟子のヤマセは、ヤシロの妻の長男。父より中忍の位を継ぎ、一族の直接の上司である上忍ミカサにとりいり彼の死後にその役を継いでいます。