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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
過去の亡霊
30/115

またいつか! 遺されていた思い!

 シャイナ皇宮は混乱していた。

 大魔王教徒だった摂政・侍従長・大臣達の半数以上は逮捕、内廷勤務の近衛兵も召使も大多数が大魔王教徒、内廷は聖なる守りのない無防備状態、大規模戦闘で内廷の建物の多くが半壊(『勇者の剣』がぶっ壊したんじゃないわ、魔族が暴れたのがいけないのよ!)、あの綺麗だった牡丹園も見るも無残なありさまとなり、国庫は大魔王教団に使いこまれほぼ空っぽ。

 何処からどう手をつけていいかわかんないほどひどかったそうだ。



 そんな中、皇帝が九才の子供とは思えないほど立派に働いているのは知っている。

 お気に入りとなった格闘服に軽い冠という、たいへん簡素な格好で。内廷の修復は今は無理! と、とっとと見切りをつけ、外朝に居を移してもいる。

 残った大臣やら官僚を集めた上で彼は、インディラ国に援助を頼む事を提案したのだそうだ。

 大魔王が復活した今、大魔王教徒の活動が活発化するやら不穏分子が反乱を企てるやら魔族増加の備えをするやらで、どこの国も自国だけで手一杯で、他国を援助する余裕などない。けれども、インディラは皇帝の婚約者姫勇者の生国であり、英雄ナーダ国王の国、シャイナの国情に配慮した人道的な支援を必ずやしてくれるだろう、と。

 皇帝のそばには、常にガジュルシンと英雄シャオロンそれにおまけのようにアーメットがつきそっている。ガジュルシンやシャオロンが皇帝に知恵をつけてるんだろうけど……



 ちょっと、待って!

 誰が誰の婚約者よ!

 皇帝との婚約は偽装でしょうが!



 私がいくら怒鳴ろうが、ガジュルシンは涼しい顔だ。

「でも、ラーニャ、君と皇帝の婚約がなければ、援助は無理だと思うよ。今、インディラだって国庫が豊かというわけではないんだ。正統な理由がなければ大臣達だって猛反対するだろうし、父上も援助に踏み切れないよ」

「もしかして……話したの、お父様に? 私と皇帝の偽装婚約を?」

「最初にドルンに婚約話をもちかける前から、ご相談してるよ。王家の人間の婚約は、僕の一存では決められないから」

 なに、それ! 無神経! 愛するお父様に、偽装婚約の悪だくみの手伝いをさせてたなんて!

「大丈夫だよ、ラーニャ。数年経ったら破談にするから」

「ど〜やって!」

「貸付の条件にするんだ。シャイナが借り入れ金を返済した後にインディラ側から婚約を解消するとの密約も交わしておく。グスタフ様のお子様ヴィクトル様が『勇者の剣』の持ち手と認められるまで、君は勇者のままだろ? 結婚に話が進むまで、後、十年はかかる。それまでにシャイナ国も借金を返せるから、貸し借り無しで婚約も破棄できるよ」

「婚約解消の理由は?」

 ガジュルシンは首をかしげた。

「その時、適当な理由がなければ、神のお告げでいいと思う。君は姫勇者という神秘的な存在だから、神がかり的な行動をとっても変に思われない。こちらからの口上さえきちんとしてれば、皇帝の面子を潰さないで婚約解消もできるよ」

 だけど……

「よろしいではありませんか、ラーニャ様」

 と、妙に上機嫌なジライがガジュルシンの肩を持つ。

「シャイナ国皇帝が婚約相手ならば、まずまず。ラーニャ様のお相手として遜色はございません。しかも、相手はラーニャ様の高貴さにひれ伏しM宣言もしております。東の大国シャイナの皇帝を、その貴き鞭にてご支配なさいませ」

 いや、あんたのSMの薦めはこの際、どーでもいいから。

「実際には(とつ)がないってわかってるから、ジライさん、余裕ですね」

 と、シャオロンがにっこりと笑う。

「大丈夫ですよ、ラーニャ様。ラーニャ様が本当に他国に輿入れなんて事になったら、絶対、ジライさんが全力で妨害しますから。自分の目の届かない外国に、ラーニャ様やセレス様をジライさんが行かせるものですか」

 まあ、そうね……よくわかってるじゃない、うちの変態のことを。

「シャイナ国の為に、しばらくの間でいいです、皇帝陛下とご婚約という形をとっていただけないでしょうか?」

 別に、偽装婚約を続けるのは構わないのよ。でも……

「皇帝と二人っきりで話をしたいんだけど……セッティング頼める?」



 政務を終え、食事も入浴も着替えも終え、後は寝るだけとなった皇帝と一時間ばかり面会する事にした。皇帝の寝室の前の私室で。

 婚約者同士とはいえ道徳的にはどうよという時間であり場所であるが、忙しい皇帝とゆっくり話すのなら寝る前しかない。『勇者の剣』を振るえる限り私の処女性は明らかなわけだから、まあ、いいか。

 召使は全て下がらせた。扉の前やら隣室やらに警備の兵士が残ってるけれど、それは国のトップである以上、仕方のない護衛だ。

 皇帝は私に同じソファーに座るよう命じ、熱っぽい視線で隣の白銀の鎧姿の私を見上げている。今は寝間着だから、頭の重たい冠もない。

「二人っきりであるな、姫勇者ラーニャよ」

 護衛は空気か何かのように無視しての発言だ。

「いや、許せ、ラーニャ女王様であったな……政務が忙しくそなたとの時間がとれなくて寂しかった。顔を見せてくれて嬉しいぞ、ラーニャ女王様。そなたがそばにいてくれると、予は生きる気力に満ちてくる」

「頑張って皇帝のお仕事してるみたいね」

「うむ。予はシャイナ国の頂点にある者だ。国が混乱している今こそ先頭に立って働かなくてはいけない。何ができるか何をせねばいけないのか誰をとりたてればよいのか、まだわからぬことばかりだが、そなたの義弟と我が国の英雄の助けもあり、どうにかこなせている」

 ガジュルシンの命令でムジャ達シャイナ国にいるインディラ忍者は、皇帝の為に働く事となった。人材発掘やら法整備やら税制度の見直しやら緊縮財政やらの為の必要情報を集め、シャイナ国中の現在情報も収集し、ガジュルシンを通じ皇帝に伝えているのだ。

 シャイナ国にもむろん諜報機関はあるんだけど、ドルンの息がかかりすぎてて、そこもすっかり大魔王教団化されちゃってた。だもんで、幹部クラスはみんな牢屋行き。残った下っぱ達をムジャは配下に入れて再教育しつつ働かせている。いずれは、彼らにこの国の諜報機関を任せる為に。

「インディラとの心話での話し合いも来週には終わる。遅くとも来週末にはインディラより執政が来るであろう」

 莫大なお金を貸す分、政治的介入もするわけだ。けど、お父様がなさる事だ。インディラの国益の為じゃない。シャイナ国の立て直しができる優秀な人格者を送ってくるだろう。

「執政が来たら……そなたは旅立つのだな」

 政治的混乱がおさまるまでと、ガジュルシンは皇宮にとどまる期間を決めていた。皇宮が安定したら世直しの旅に戻る。

「そなたが居らぬ皇宮など……太陽の消えた蒼天のごとし、だ」

 うるうると目をうるませて、おチビが私を見つめる。

 まあ、かわいいっちゃかわいいし、けなげないい子よね。でも、言うべきことはきちんと言っとかなきゃ。

「あんただって、神話は知ってるでしょ? 確か、シャイナにもあるわよね。太陽を手に入れようとして燃えちゃった男の話」

「うむ」

「太陽は地上に縛りつけておけない。そうでしょ?」

「……うむ」

「私は姫勇者だもの。この地上の闇を祓う光として戦わなきゃ。私は、あんたのそばにはずっといてあげられない」

「……わかっている」

「それから」

 泣くかなあと思いながら、言葉を続けた。

「大魔王討伐後も、あんたのもとへは帰らない」

「………」

「あんたと私の婚約は形だけのものよ。嫁ぐ気はないわ」

 皇帝の東国人らしい細い眼が、さらにうるうるする。だけど、皇帝は泣きだす事も、癇癪を起す事もしなかった。大きく深呼吸をしてから、私をまっすぐ見つめた。

「この婚約、インディラ側にのみ解消の自由がある。そなたが望む時、望む形で婚約は解消される。予からは不服は申し立てられない。借入金によって変更となった婚約の条件は、インディラ国第一王子よりきつく教えられた」

「うん」

「だが、今は婚約者である。そうだな?」

「うん」

「まだ数年の間は、予はそなたの婚約者だ。そうだな?」

「そうね」

「ならば、予はその猶予の間に、良き皇帝、良き男となろう」

 ん?

「ラーニャ女王様、予はまだ子供だ、これから大きく変わる。数年後には、そなた好みの男性に成長できるかもしれぬ。婚約解消前に、何度か予に男としての機会を与えてはくれまいか? そなたごのみの男となれるよう己を磨いておくゆえ、たまにでよい、予を試しに来てはくれまいか?」

 あら、あら、あら、あら。

 まあ、まあ、まあ、まあ。

……かわいいじゃない!

 ちょっぴりグラっときちゃったわ!

 私のお父様への深〜い愛には及ばないけれど、あんたのはけなげさはかわいいとは思う!

「お友達ってことでよければ、遊びに来てもいいけど」

 皇帝の顔がパッと輝く。

「どのような形の訪問でも構わぬ。そなたと、又、会えるのであれば」

 おおおおおお、かわいい!

「それに、ラーニャ女王様はSで、予はMだ。友としても、深き友情の絆で結ばれている。婚約が解消されたとしても、我らの絆は永遠だ。そうであろう?」

「友達でもいいの?」

「むろん……できれば、そなたの婚約者であり続けたい。その為の努力もする。ラーニャ女王様、教えてはくれまいか、そなた、どのような男を伴侶としたい? そなた好みの男とはどのような(タイプ)だ?」

 どんなって……

 そりゃあ、あんた……



* * * * * *



「わがままを言ってすみません」

 頭を下げられたシャオロン様に、ガジュルシンが慌てて頭を振る。

「とんでもありません。本来のお立場でのお務めを望まれて当然です。今までありがとうございました。シャオロン様のご助力がなければ僕達はここまでこられませんでした。本当にありがとうございます」

 ガジュルシンと一緒に俺も、シャイナの英雄に感謝の意をこめて頭を下げた。

 執政の来朝が本決まりし、俺らも数日後には皇宮から出発できるってなったんだが……

 シャオロン様は勇者一行を離れ、皇帝の私兵として皇宮に留まられる。まあ、シャイナの英雄としちゃ、幼い皇帝をほっぽっておけないよな。あんなにちっちゃいのに、国の責任者としてけなげに頑張ってるんだから。

 ここ二週間近く行動を共にしたんで、皇帝も誠実で控え目でそれでいて鋭い助言をしてくれるシャオロン様を、すっげぇ信頼するようになった。

 ナーダ父さんが選んだ執政が無能なわけないけど、皇帝には信頼のおける自国の家臣も必要だ。シャオロン様が皇帝の支えになるのはいい事だと思う。

 ちょっぴり寂しくて、かなり不安だけど。

 シャオロン様から、俺は平常心を保つよう指導されてきた。

『ガジュルシン様にとってあなたは大切なご友人です。けれども、公式の場においては、あなたはガジュルシン様の影だったのでしょう? 常に貴人につき従う影として、己の感情に溺れず、ガジュルシン様に同調しすぎず、心を穏やかに保つのです』

 シャオロン様がおっしゃるには、魔力の強い人間は周囲の影響を受けやすいんだとか。周囲に悪意をまきちらす人間がいたりすると、精神的なダメージをモロに被り、それが体調の悪化に繋がってゆくのだそうだ。

 インディラでガジュルシンが政務見学の度に倒れまくってたのも、そのせいだろうとシャオロン様は教えてくださった。

 周囲の攻撃的な悪意に負けない、穏やかな精神に満ちた場を提供することこそ、影の役目ではないかとも。

 実際、俺は見学して驚いたんだ。インディラじゃ体調は崩すわ大臣達とまともに話せないわだったガジュルシンが、シャイナじゃ摂政達を手玉にとって交渉してたんだから。シャオロン様がそばにいてくださると落ち着いて話せるんだと、ガジュルシンは言っていた。

 つまり……馬鹿がムカつく発言をしても、俺は怒ってはいけない、不快に思ってもいけない、ガジュルシンの身を思いやって不安になってもいけない、ひたすら穏やかな気分で精神を安定させて聞いていなきゃいけないんだ。

 俺が感情を昂らせてもガジュルシンの不調を煽るだけだ。けど、俺が無心なら、ガジュルシンは落ち着いて話せ体調も悪くならない。

 俺はガジュルシンの為に、余計な感情を持ってはいけないんだ。

 精神操作(マインド・コントロール)は忍者にゃ必須なんで、平常心を保つ修行は俺も積んじゃいる。

 でも、ガジュルシンが侮辱されても怒っちゃ駄目なんだ。その内容を記憶した上で、ひたすら平常心ってのがな……難しい。

 友情と仕事とは別! と、思ってもうっかりすると、俺は感情的になってる。

 何を言われても、何をされても、笑みを絶やさないシャオロン様って……すごいよな……何処でどんな精神修行をつんだんだか……

 こっから先に行く国の王様やらお偉いさん相手にガジュルシンがまともに話せるかどうかは俺にかかってるんだ、しっかりしなきゃな。

 シャオロン様がメンバー落ちする以上、これからは交渉ごとはガジュルシンほぼ一人の仕事になる。

 親父がな……まっとうな交渉も出来る人間なら良かったんだが……脅迫しか出来ないんだよな。『邪魔な奴は暗殺』なんて主義の人間、表に出せん……

 姉貴もガジャクティンも単純馬鹿だし、アジンエンデは南にうとい。そして、俺はヒラのインディラ忍者。

 駄目だ、どう考えても、ガジュルシンしか偉いさんと交渉できる人間がいない。

 でなきゃ、女装した『姫勇者』の俺か。

 何にせよ、平常心修行つまなきゃな。

 平常心を保つ極意、何かないか、後でシャオロン様に聞いてみよう……



* * * * * *



 ムジャからの報告に我は顔をしかめた。

「今度は溺死体か」

 ペクンの街中に突如、死体が現れる。転送魔法で通りのまん真ん中に送りつけてくる、悪趣味な男が居るのだ。

 首と胴の離れた者やら、大岩に潰されたようにひしゃげた者やら、全身から血が無くなった者やら、焼死体やら、腐乱死体やら、さまざまだったが……

 全て、シャイナの大魔王教団の幹部だった。皇宮に潜み、捕縛前に逃走した奴等だ。どいつもこいつも体はひどく破壊されていたが、顔だけはまともに残されていた。わざわざ復元して送ってきたものもあった。殺害した事を我々に親切にも教えてくださっているのだ。

 死体の数は九。

 皇宮にいたシャイナ大魔王教団幹部は、これで全滅した。

 いや、かっさわられてしまったというべきか。

 僧侶ナラカに。

「で、確認はとれたのか?」

 我の問いに、ムジャは渋い顔でかぶりを振る。

「いいえ。わかりませんでした」

 思わず舌打ちが漏れた。



 皇宮をのっとっていた大魔王教団に『闇の聖書』があったか否かはわからずしまいだ。



 初代ケルベゾールドは初代四天王それぞれに、この世界で使える闇の力を記した本を与えた。暗黒魔法のアンチョコ。ケルベゾールドが生み出した暗黒魔法の全てがそれに記されている。

『闇の聖書』と呼ばれる四冊の魔法書を、大魔王教徒どもは仲間を殺し奪い合ってきた。なにせ、大魔王の聖書は人の手では決して写せない魔法の書。文字にした途端、文字が具現化して逃げてしまうやっかいなシロモノ。暗黒魔法の秘儀を手に入れたい者は、四冊しかない貴重な本を命がけで手に入れねばならぬのだ。

 聖書の中身は皆、同じだが、最初の所有者の四天王の格づけから、一の配下グラウスの本が一の書、二の配下ディウスのが二の書、三の配下ゼグスのが三の書、四の配下ウインゼのが四の書と呼ばれてきた。

 そのうちの三の書は、三百年以上前に消滅している。三の書を使って邪龍を操っていた神官ごと、七代目勇者ロイドが『勇者の剣』で分断したのだ。三の書は現存していない。

 二の書は、五十五年ほど前、先々代勇者ランツがシャイナの大魔王教団から奪った。おそらく、それは、現在、僧侶ナラカが所持しておる。

 残るは一の書と四の書。

 大魔王降臨の儀式は、闇の聖書を読み解いた者が行ってきた。当代に、大魔王を降ろした者の所にも聖書はあるだろう。



 闇の聖書を、何ゆえ、僧侶ナラカは追っているのか……



 シャオロンから聞いた話から推測するに、ゼーヴェと対戦中だったシャオロンの口を使ったのは僧侶ナラカであろう。

 大魔王教団幹部を拷問して在り処を吐かせ、奴は聖書を手に入れたのか?



 中身が知りたければ、手持ちの聖書を読めばいいこと。

 欲しいのは情報ではなく、本そのものなのだろう。

 闇の聖書を集めて何をする気なのだ、あの僧侶。



 我は四の書を利用したことがある。

 獣の毛皮のようなもので覆われた表装の、黒い瘴気を吐き続ける禍々しき本。触れるだけで手が腐ってゆくように思えた。

 あんなものを集めてどうする気なのか……



 皇宮に乗り込んだ狙いが、闇の聖書であるのなら……



 三冊、集めた時、あれは動くだろう。

 まだ手元に揃っておらぬのを祈るばかりだ。



* * * * * *



 別れの場所は、外朝の正殿前の広場。

 皇帝は最近の服よりちょっぴり豪華だけど、首も手足も動かせる立派な衣装で私達を見送ってくれた。

 その左後方に控えているシャオロンも、にっこりと笑みを浮かべ私達に手を振ってくれた。彼にしては豪華な衣装のそれは、亡くなった弟子の遺品だそうだ。あのおヒゲのリューハンって人の礼服だ。つまり、大魔王四天王が着てた服なんだけど、シャオロンはまったく気にしていない。公式の場で着られる服は持ってないんで形見分けにもらっときましたと、爽やかに笑っていた。

 あのリューハンって人のこと、普通に話すのが不思議。魔族に堕ちてたのに。しかも、四天王に。何故、軽蔑しないんだろう? 四天王が着てた服なんか、私だったら燃やしてるわ。まあ……四天王の力の大半を封印して格闘で勝負をつけようなんてバカな真似をしたのは、人間っぽかったとは思う。シャオロン相手には人の情が残っていたのかもしれない。

 でも! 悪は悪! 魔族は魔族よ! 魔族に堕ちた人を友人扱いするなんて、おかしいと思う。

 皇帝の右後方にはインディラから来た執政、その他の新大臣達も、私達の旅立ちを見送ってくれている。

 私、ガジュルシン、ガジャクティン、アジンエンデは、それぞれ一頭に、ジライとアーメットは同じ馬に騎乗している。皇宮を離れたらガジュルシンはインディラ総本山に戻ってしまうので、彼の乗馬はアーメットに譲る事になっている。

 ペクンの街中を姫勇者一行が行進したら大衆(ファン)が詰めかけて大混乱になるんで、宮廷魔法使いに騎乗のままペクンよりやや南の街道に送ってもらう。

 宮廷魔法使いが呪文を詠唱する。移動魔法の光が私達を包む。

「勇者一行の無事と武勇を祈る」

 涙を必死にこらえているおチビに、私は手を振った。又ね、と。

 


 街道は大きな川沿いの針葉樹の森のそばにあった。背後を振りかえって見たけど、ペクンの街も皇宮も見えない。

 宮廷魔法使いが去り、ガジュルシンも自分の分身を置いて移動魔法で消えてしまった。

 アーメットはガジュルシンの分身が乗っている馬の背に乗り、手綱をとった。分身と二人乗りだ。

 勇者一行は南東へと進む。

 シャイナで大魔王教徒討伐を続けながら、ジャポネに渡る船が出るシャングハイを目指すのだ。

「ラーニャ、振り返るの七度目だぞ」

 え?

 私、振り返ってた?

 アジンエンデがちょっぴり下品に笑いながら、馬を寄せて来る。

「そんなに婚約者との別れがつらいのか?」

「ンなんじゃないわよ」

 でも、何か気になるのよね……

 何かし忘れてきたような……

「早めに次の街へ行きましょう」と、ジライ。

「ラーニャ様の旅立ちが知れ渡りましたら、追っかけも増えましょう。移動できるうちに、少しでも前へ」

「そうね」

 覆面から覗くジライの目はニコニコしてる。

「なにせ、旅立って一月半で四天王を二人までも倒した神速の勇者様にございますからなあ。シャイナでのラーニャ様人気は止まることを知りません」

 追っかけなんかいらないのに。うんざりした気分でいたら、『勇者の剣』を背負った無駄に大きい義弟があっけらかんとこう言いやがった。

「でもさ、エーネを斬ったのはアジンエンデだし、ゼーヴェを倒したのはシャオロン様だよ。ラーニャ、勇者のくせに、まだ大物魔族を一匹も倒してないよね」



(………………)



「……ジライ」

「は」

「……そのクソ生意気な義弟に口のききかたというものを教えてやって」

「承知!」

 忍の体術で、ガジャクティンの馬の首と鞍の間に一瞬のうちに移動すると、そこに立ったままジライは、勇者をおとしめる発言を従者が口にするのはいかがなものかの説教を始めた。

 突然、重量が増した馬は驚き暴れだし、視界を塞がれたガジャクティンはさすがに焦っていた。ふ〜んだ、殴られないだけありがたいと思いなさい!

 なにさ!

 シャイナじゃ、ちょっとだけ、巡り合わせが悪かっただけよ!

 次の四天王は私がぶった斬ってやるわ!



* * * * * *



『緑の手』の異名を持つ大魔法使いエルロイ。

 彼の魔力に満ちた庭園には、一年中、世界中の春夏秋冬の花々が咲き乱れている。



 シルクドの中央砂漠にある彼の城を訪れる者は、滅多にいない。

 砂漠の真中に緑の楽園が存在している事を知る者は、ほんの一握りだ。魔法使い仲間のごく一部と、三百年前よりそこにあると言われている伝説の緑の楽園に憧れる植物学者達。この地上の全ての植物が揃っていると噂されるその城を目指し、目的地にたどり着けず砂漠に果てた者も少くない。



 ある日、エルロイの城の門の前に、苗が置かれていた。魔力で文字がしたためられた羊皮紙の手紙の束と共に。

 手紙は死者の念を記した代筆である事を断った上で、とりとめもない死者の思考を綴っていた。

 死者は植物学者のようだった。異常成長をする植物を発見しそれが土地と水に起因するものだと気づいた彼は、魔法の基礎知識すらないのに、それが魔力の流出によるものだという真実に辿り着いた。

 彼は理想の植物を作る為に、計算に計算を重ね、魔力が集積する場所を絞ってゆき、植物の栽培を続けた。

 けれども、それは後一歩というところで理想に届かなかった。植物学者は畑違いの魔法関係の本を読み続け、流れ込む魔力量を増やす方法を探した。しかし、何所にも彼の求める知識は載っていなかった。

 何事も一人で研究をするという信念を曲げ、彼は身近にいた魔法使いに相談した。

 庭にある多くの魔法道具、結界の配置、その全てを記した図画を見せ、何処からどれほどの魔力が漏れ、何処へ流れていっているのかを彼は説明した。

 理想の植物を作る為には、魔力の奔流が三〜五倍必要だ。現在、流れている魔力量を増幅する術はないものか、魔術師協会の大魔法使いを内廷に招き尋ねたい、仲介を頼めるか? と、魔法使いに相談した。

 その翌日、植物学者は死者となった。

 突然の死。

 何故、警護の者に殺されるのかわからないまま、彼は命を失った。

 しかし、彼は己の死にはあまり頓着しなかった。

 それよりも、気になることがあったのだ。

 己の理論が正しかったのか否か?

 血を流し切り刻まれ果てる瞬間にふと意識にのぼったせいだ、計算が間違っていたかもしれないと。

 最後の思念が死後も頭から離れず、彼は命を無くした場所で同じことを何度も繰り返し続けた。

 魔力流動計算だ。

 エルロイは植物学者の執念に感心した。

 正確な魔力分析は、魔法素人とは思えない。常人には感知できぬ『魔力』の流れを、植物の成長状況、土地の扶養分の減衰から、正確に読み切っているのだ。

 植物学者の模写から、破壊されていた魔法道具や結界の種類は知れた。

 そこより流出する魔力量、四散する量、逆に自然界から吸収する量を計算し、エルロイは死者を褒め称えた。



 あなたは正しかった、と。



 後、三倍の魔力があれば一年中、枯れぬ花が咲き、

 後、五倍の魔力があれば永久に咲く花が生まれただろう。

 大魔法使いエルロイとは全く違った方法で、あなたは永久の花を生み出す方法を見出した。



 あなたは天才だ。

 志半ばで今世を去られたことを残念に思う、と。



 あなたの研究を私が受け継ごうとエルロイが告げると、羊皮紙に書かれた文字が少しづつ消えてゆき、全ての文字が消えた後に羊皮紙自体も千切れ崩れ去った。



 後には、牡丹の苗だけが残った。

 吸収した魔力によって半年の間花を咲かせ続ける低木の苗だけが、エルロイのもとに残された。






 次回からは新章『サムライと忍者と巫女の国』に入ります。

 姫勇者一行、東の島国ジャポネに入国。

 抜け忍のくせにジャポネに戻ったジライ、何やらたくらむガジャクティン、悩み事のあるアジンエンデ。そして、巫女さんです! 巫女さん登場w ナラカも出ます。


* * * * * *


 明日からムーンライトノベルズに『女勇者セレス―――ジライ十八番勝負』をアップします。六・七番勝負をアップしたらラーニャちゃんに戻る予定ですが、両話とも長い話なので、次の更新、間があきます。すみません。

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