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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
シャイナに忍び寄る影
20/115

できる事とできない事! 戦う為に!

 穴があったら入りたい……



 馬での移動の間も、ずっと寝込んでいたようなものだった。夜はアーメットに介抱され、日中の移動も彼に支えられてようやくの状態だった……

 彼に抱きかかえられての馬での旅なんて本来は興奮しまくりのシチュエーションのはずなのだけれど、体調が悪すぎて、ただぐったりしてただけだ。

 僕は本当に体力がない。

 けれども……

 ここまで無能な役立たずだったとは……



 シーアーで、今、僕は久しぶりの寝台に横になっている。

 本当はインディラ寺院に行きたかったのに……

 北方三国を除く各国の首都や大都市には、必ずインディラ寺院がある。寛容と慈悲の心をもって和を貴び魔族のみを敵とするインディラ教は、他宗教と摩擦を起こした(ためし)がない。国々は、国内での宗教活動を許可し、寺院の建立を教団に許可している。

 シーアーも街中に巨大なインディラ寺院がある。この付近の宗教活動を統括する、僧正位の上級僧もいらっしゃる。

 お訪ねすれば、インディラ教団の情報網を利用しての情報収集ができるはずなのに……

 僕は絶対安静をラーニャから命じられて、宿屋で寝ている。

 少なくとも、明日までは布団から出るなと言われている。

 皆の前で吐いて、目をまわし、卒倒したのだ……

 病気だと思われても仕方が無い。

 僕が気絶している間に、ガジャクティンが治癒魔法をかけてくれたそうだ。肉体的な不快はおかげでだいぶおさまった。

 しかし……

 僕の体調不良の原因は、肉体にあるわけではないのだ。



 慣れぬ馬の旅でバテててたせいで、ついおろそかな精神障壁を張ってしまったのだ。ほぼ無防備な状態で街に入った僕は、街に充満する人の気にあてられた。幾百、幾千の人間。僕の強すぎる魔力は、敏感に数多くの人間の思考や感情を読み取ってしまい、絶え間ない思念の嵐に翻弄され、自我を支えきれなくなったのだ。激しい自家中毒を起こし、吐いて、昏倒……



 情けない……



 大魔術師級の魔力があったって、これでは駄目だ……

 全く役に立ってない……

 戦力外どころかお荷物だ……



 これではいざという時に働けない……



 じわっとあふれてきた涙を急いでぬぐった。

 泣いてるわけにはいかない。

 何とかしなくては……



 僕が勇者の従者として働く為に、どうすればいいのか考えるのだ。



 扉のノックが響いた。

「ガジュルシン様、起きていらっしゃいますか?」

 東国の格闘家シャオロン様の声だ。

「はい」

 少し間を置いてから廊下から声がかかった。

「失礼します」

 扉が開き、きびきびとした動きでシャオロン様が部屋に入って来られる。体を起こそうとした僕に、どうぞそのままでと体を休めるようにうながし、シャオロン様は僕の前に来ると丁寧にお辞儀をされた。

 格闘家にしては細い体つきだが、その動きに隙はない。年齢不詳の若々しい顔もたいへん知的で、僕を見る目には病人へのいたわりの感情と共に観察者の鋭さを漂わせている。

「お体はいかがですか?」

「おかげさまで……だいぶ楽になりました」

 どうぞ座ってくださいと頼むと、シャオロン様は、では失礼してと、寝台のそばに椅子をひっぱってきて座られた。

「教えていただきたいことがあります、今、お話しても大丈夫でしょうか?」

「はい」

「ラーニャ様から、ガジュルシン様の魔力は大魔術師級でカルヴェル様の後継者たりうる実力と伺ったのですが、本当のところはどうなのでしょうか?」

 そう質問され、僕は胸の痛みを感じた。

 確かに、魔力は強い。

 だが、その魔力に翻弄され、人とまともにつきあえないのだ、僕は……

「魔力に関してはそうだと言ってくれる者もいます……」

「カルヴェル様のご使用になられる魔法が使えるのだと考えて差し支えありませんか?」

「僕の魔法知識など、カルヴェル様の足元にも及びません。僕は書物に書かれている代表的な魔法ぐらいしか知らないのです。カルヴェル様と同列にはどうぞお考えにならないでください」

「そうなのですか……」

 シャオロン様は思案するように首を傾げた。

「実は提案があるんです。でも、それは非常に魔法に関わりがあることで、魔法知識のほとんどないオレには実行可能かどうかわからないのです。なので、非常識なことを言うかもしれません。しかし、話を最後まで聞いてください。その上で、可能かどうかご自身の魔力と魔法知識に照らし合わせてご判断いただけますか?」

「わかりました」

 シャオロン様はにこやかに微笑んだ。

「ガジュルシン様……これより先、勇者一行の旅から外れていただけませんか?」



* * * * * *



 顔見せだと親父に連れて行かれたのは、ユーラティアス大陸一の情報屋の店だった。

 フードマントを被り、砂漠の民のように口布で顔の半分を隠して変装して向かった先は……魔薬屋だった。

 魔薬屋――麻薬、媚薬、興奮剤、しびれ薬、眠り薬、自白剤、成長抑制剤、何でもござれの怪しいクスリの店だ。常連には毒も売っているって噂。

 ナーダ父さんは魔薬屋撲滅を望んでいるんだが、医療用という用途もある麻薬の販売ルートを全部潰すわけにもいかず、国民の生活に馴染んでいる魔薬屋をなかなか取り締まれないようだ。

 魔薬屋が、情報屋の元締めの表の商売なのだそうだ。シーアーのこの店は支店で、本店はナーダ父さんのお膝元、インディラの首都ウッダルプルにある……

 で、俺らは、シャイナではただの薬屋を装うその店の更に奥の隠し扉を通って、情報屋の店へと入って行った。



 応接室で俺達を迎えてくれたのは、口髭が似合う、嫌んなるぐらい二枚目のインディラ人だった。

「これは、どうも、ジライ様。アルダナの店にようこそ。大魔王教徒の動きから、国々の悪巧み、果ては後宮のおなごのあそこまで、人の領域で探れぬものはありません。何なりとお尋ねください」

 情報屋の元締めは、馬鹿丁寧に親父に頭を下げる。インディラの王宮づき忍者の忍者頭って、最上級な上客だからだけじゃない。親父はアルダナの恩人なのだ。

 先代情報屋の元締めグジャラには、母親違いの息子が八人ほどいたそうだ。

 実力主義の先代は、生まれてすぐ息子達を手元にひきとって同じ環境の下で同じ教育を受けさせて競わせて育て、商才と度胸と処世術の高さからアルダナを後継者と選んだ。

 が、兄弟の中にはそれを快く思わなかった奴らもいて、裏社会の人間同士の争いらしく血で血を洗う闘争になりかけたらしい。

 そこを、うちの親父が解決したそうだ。アルダナと敵対していた兄弟を四人ほど、ちょちょいとぶっ殺して。で、情報屋組織を五分割しての闘争は避けられたらしい。

 親父にしてみれば、先代グジャラからの依頼を果たしただけだし、情報屋組織が内部分裂して情報収集能力を落とされてはかなわん程度の気持ちでやったんだろう。

 けれども、アルダナにしてみりゃ、自分が元締めになれたのは親父のおかげ。親父には、さまざまな便宜をはかってくれてる。もちろん、金はとるけど。

 親父がフードマントと口布を外したので、俺もそれに倣った。

「魔族と大魔王教徒の情報を買いたい。後は顔見せだ。こやつにも店の会員証をくれ」

「ご子息アーメット様ですね。はじめまして、アルダナにございます」

 俺に対し情報屋の元締めが礼儀正しく挨拶したんで、こちらも同じく挨拶を返した。この店に入る前から、アルダナは俺の情報を俺以上に詳しく握ってるだろうから、挨拶なんか必要ないんだがまあ一応。

「ジライ様のご子息でしたら、不足はございません。アーメット様、本日より、どうぞ俺の店をご利用ください」

 俺には親父同様、インディラ王宮という後ろ盾がある。情報料取立て不能になりづらい、上客なわけだ。

 親父は、アルダナが事前に用意していた書類に目を通している。姫勇者の移動ルートからこの街に来る事、一行が着いたら親父が情報を買いに来る事を見越して事前に準備しといたわけだ。

 俺は出された茶には手をつけず、店の中や店の主人を観察していた。

 主人がちょいと合図を送れば、あっちこっちから護衛が現われそうな造りの部屋だ。仕掛け床やら、隠し扉もある。まあ、親父が本気になったら一瞬で殺せるから、親父相手には意味ない防衛システムだけど。

「こちらの古い銅貨に模したコインがうちの店の会員証です。当店は北方諸国を除くユーラティアス大陸及びジャポネ、アフリ大陸北部に支店を置く情報屋組織です。支店の位置はジライ様が全てご存じですが、地図をご覧ください、この……」

 召使に持ってこさせた銅貨を俺に手渡し、元締め自らが店の説明をしてくれる。

 しかし……

 商売第一(ビジネスライク)の話し方のわりに、所作がいちいち気障ったらしいんだよな。俺に対し浮かべている笑みも、肉食獣のような余裕の笑みだし。顔がいいし、妙に貫禄のある男だ。まだ三十前のはずなんだが……格の違いってやつか。大物組織のボスなだけはある。

 資料を見終えた後、親父はしばらくアルダナと話し、幾つか依頼をしていた。

 で、それで引き上げとなったわけだが……

「お待ちを、アーメット様」

 情報屋組織の元締めが、席を立った俺を引き止める。

「当店の料金システムはさきほどお話しましたが……不測の事態で本国とご連絡がとれぬ場合、或いはインディラ王家と縁が切れあなた様が主人無し(フリー)の忍となった場合でも、何処の支店でも構いませぬゆえ、ご連絡いただければ、俺が部下に移動魔法を使わせ直接面会に参ります。条件次第では、その場で情報をお売りしても構いませんし、当店の会員証を持続して有効とする事も可能にございます」

 はあ、そういうものなのか。

「条件次第とおっしゃいましたが、どのような?」

「それは……あなた様のお心次第です」

「………」

 情報屋の元締めの熱っぽい視線。

 て……

 ヤバ……

 これは獲物を狙う肉食獣の目だ。

 舌なめずりするように、俺を眺めている。

 顔からサーッと血が引いた。

 横で親父が俺をジーッと見ている。

 わかってるよ、相手は情報屋組織の元締めだ、『気色悪い目で見るんじゃねえ、このホモ!』っつうて殴ったりしねえよ。キモいけど……我慢するよ。

「いざという時の、忍としての生きる道が残っているのは心強い限りです……ご好意、感謝します……」

「いつでもおっしゃってください……あなた様なら、代価は無粋な金でなくとも構いません……」

 手ェ握るな、くそ! 鳥肌が立つ!

 わかってる、睨むな、親父、暴れねえよ!



「良いではないか。アルダナは、亡くなった父親とは違って魔薬にはまっておらぬ。いきなり睡眠薬やらしびれ薬やら媚薬やら麻薬を使われる事もない。性癖もいたって正常。楽な相手だぞ」

 いやいやいやいやいや。十六の男に手を出そうとする時点で、正常じゃないし!

 姉貴達の宿屋に帰る前、再び顔を隠した俺ら。街を歩きながら俺はオゾオゾする全身を押さえていた。

「俺を人身御供に出したら、出奔するからな! 元締めにはちゃんと金を払えよ!」

「情報収集にきさまの体などアテにせぬわ。ラーニャ様の為の情報収集は公費でまかなえる。払うのは、ナーダじゃ。ケチケチする理由はない」

 あいかわらずの鬼発言。ナーダ父さんにもラジャラ王朝にも敬意のカケラもない。お母様と姉貴さえ安穏なら、後はどうでもいいのだ、この男は。

「きさまが個人的に何ぞ知りたくなったら、体で払えばいい。良かったな、公費を湯水のように使えぬヒラの忍者のくせに、情報屋の元締めと懇意になれるのだ。未来が開けたぞ」

「ンな未来、開けんでいい! 俺は男は嫌いなんだ! 任務でど〜〜〜〜〜〜しても必要ってんじゃなきゃ、絶対、男とは犯るもんか!」

「………」

 親父が何か言いたそうに俺を見てる。

 何だよ、その眼。

「ンだよ?」

「別に……」

 ふいと親父が眼をそらす。

「……任務ならよいのかと思っただけじゃ」

 待て!

「だからって、無理やりな任務を振るなよ! 男相手なんて、あんなキショいの二度と御免なんだから! 思い出すだけで鳥肌たっちまうんだぞ!」

「嫌だ嫌だ言いながら、楽しんでおったくせに……」

「やかましい! 二度と言うな! 馬鹿親父! 出奔するぞ!」

 親父相手に『ぶっ殺す!』なんて実現不能な脅し文句は意味ない。俺の最高の脅し文句は『出奔する』だ。現実世界にいりゃあ、インディラ(いち)の忍者様から逃げおおせるわけがない。しかし、親父が苦手な魔法方面、つまり魔術師協会やら宗教団体を頼ればうまくすれば逃げおおせる。忍者として修行をつみ、できる事とできぬ事がわかった俺には『有効な脅し』とはどんなものか理解できているのだ。

「出奔か……」

 親父の目がふふんと笑う。できるものかと言っている。

 くそぉ。見透かされてる。今、俺は出奔できない。というか人間として、今、出奔するのはどうかと思う。先日、降ろされたとはいえ俺はガジュルシンの『影』だったんだ。あんな弱ったあいつを見捨てて、勝手するなんて、できるわけがない。



* * * * * *



「それは実現可能です……しかし、それでは……僕は」

 あまりにも身勝手ではないだろうか? 自分一人だけのうのうとするなんて。

 戸惑う僕に対し、シャオロン様は穏やかに言葉を続ける。

「お気が進まないのはわかります。ラーニャ様達と共に旅をなさりたいと思われるのも、従者として当然です。しかし、それでは」

 シャオロン様は遠慮なく言い切った。

「ラーニャ様の大魔王討伐の旅で、あなた様は何の役にも立ちませんよ」

「………」

「よくお考えください。しがみついてでも旅にどうにかついてゆく事だけが、あなた様の望みですか? 移動で体力を使い果たし夜は倒れるように寝る為に、あなた様は王宮を離れたのですか? あなた様の使命はラーニャ様の旅をお助けして、大魔王討伐の旅を無事に終えられる事ではないのですか?」

「……目的の為には恥を捨てろと?」

「そうです。目的を達成できない方が、オレは恥ずかしいと思いますけど?」

 シャオロン様がにっこりと微笑む。

 その通り……だ。

 さすが先代勇者様の従者様だ……正しい助言をしてくださる。

 うつむいた僕に、シャオロン様があたたかな声をかけてくださる。

「この街にニ、三日は逗留する事となります。今すぐ答えを出さなくても大丈夫ですよ。今日一日よく考えて、明日にでも」

「いいえ、シャオロン様……」

 僕はかぶりを振った。

「答えは自明です。僕はご助言に従います……ご助言、ありがとうございました」

 僕は顔をあげ、口元に苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

「今、頭を思い悩ませているのは……何と言って、この事をラーニャ達に話そうか……それだけです」

「オレの口からご説明しましょうか?」

「ありがとうございます。しかし、これは、僕の問題です。僕が皆に話します」

 僕がそう言うと、シャオロン様は心から嬉しそうな笑顔となられた。

「さすが、インディラの第一王子様ですね。お顔はガジャクティン様の方が似ておられますが、ガジュルシン様はナーダ様によく似ておられます」

 え?

「王者であられながら、下々の声にも耳を傾けられ、過ちに気づけば自ら正す……そっくりです」

 父上に似ているだなんて……初めて言われかも……

 胸が熱くなる。

 嬉しい……

 僕は不肖の息子である事をずっと恥じていた。

 国を統べる重荷を負いながら、家族を愛する時間をつくり、周囲の者を大切にされる父上……

 非常に安定した精神、強い意志。

 魔力にふりまわされ怯えて小さくなって暮らす僕とは、次元の違う偉大な方だ……

 ずっと、そう思っていたのだ……

「お〜い、ガジュルシン、起きてるか、入るぞ」

 廊下からのノック。アーメットだ。

 僕は目線を扉に向けた。

「手始めに……彼を説得してみます」

「ご健闘をお祈りします」

 うまくいかなかった時はご相談くださいとシャオロン様がおっしゃった時、扉が開いた。

 今日のアーメットは、忍装束ではない。砂漠の民の旅人のような格好だ。口布やフードマントのフードは外しているけれど。

「あれ? シャオロン様、こちらでしたか。姉貴の部屋にご足労願えますか? 親父から話があります」

「わかりました」

「今後のことでちょっと、みんなで話し合いたいんです」

 僕も寝台から起き上がろうとしたのだけれども、すばやく歩み寄って来たアーメットに布団の中に戻されてしまう。

「おまえは寝てろ。まずは体を直せ」

「もう大丈夫だよ」

「ンな言葉に騙されるか! 痩せ我慢は禁止! 親父からみんなに何の話をするのかは俺から話してやる、寝てろ!」

 又、特別待遇か……情けない。

「秘密の話なら結界を張るよ?」

 僕の提案に、アーメットが眉をしかめる。

「千里眼防止の結界、必要じゃない? ここに寝ながら、ラーニャの部屋にも結界が張れるけど?」

「その方が安全ですね、魔族や大魔王教徒が勇者一行の動きを探ってるかもしれませんから」

 そうシャオロン様に言われ、アーメットは『じゃ、頼む』と言った。僕等に挨拶をしてシャオロン様が部屋を出てゆかれる。しかし、アーメットは動かない。

「ジライの所に、戻らないの?」

「結界の件はシャオロン様が話してくださるさ。俺はおまえとここにいる」

 でも……

「結界の術師である僕には、部屋の中の出来事が伝わる。ここで寝ながら、皆の会話を聞けるんだ。戻ってくれていいよ?」

「俺がここに居たいんだよ」

 さきほどまでシャオロン様が座っていた椅子に、どっかりとアーメットが腰を下ろす。

「おまえに、話があるんだ」

「僕も……君に話したいことがある」

「あ、そ。じゃ、おまえからでいいや。話して」

「ちょっと待って」

 心の眼で、シャオロン様がラーニャの部屋に入って行くのを見る。ラーニャ、ジライ、ガジャクティン、アジンエンデ達、全員が中に居る事を確認してから結界を張った。

 これで、もうあの部屋を外部から覗く事は不可能だ。

「もういいよ。ラーニャの部屋に結界を張った」

 ジライの声が聞こえる。あの部屋の会話を頭の片隅で聞きながら、僕は一ヶ月違いの義弟を見つめた。アーメットは少し不機嫌そうな顔をしている。

「んじゃ、話せ。話って何?」

「ん……この一週間の馬での旅、僕はまったくの役立たずで、君にもラーニャ達にも迷惑のかけどおしだった、それで、」

「迷惑じゃない」

 強い口調で否定されて、びっくりする。

「まっとうな旅をできる体力が、おまえにはない事は最初からわかってた。わかってて、勇者一行に加わってもらったんだ。迷惑とは思っていない」

 嬉しいような、嬉しくないような……微妙な発言。

 アーメットは僕が落ち込まないように迷惑をかけられたとは思っていないと言いたいんだろうけれど……

 役立たず前提で話を進められると、さすがに男としての誇りが傷つけられるよ、僕だって……

「アーメット、最後まで口をはさまないで僕の話を聞いてくれないか? 君にとって非常識と思えるような事も言うけれど、話を全て最後まで聞いた上で、僕の考えが正しいか正しくないか判断して欲しい」

 先ほど、シャオロン様が僕に言った言葉をアレンジして伝えてみる。いちいち話の腰を折られてはたまらない。

 アーメットはムスッとした顔のまま、わかったと答えた。

「僕、これから馬の旅はやめようと思うんだ」

 アーメットは何を馬鹿な事を言うと叫びたそうに口を開いた。が、言葉をぐっとのみこみ、僕の次の言葉を待った。

「これからも僕が旅に同行したところで、状況はよくならない。多少は体力がついて、馬に乗っていられる時間が延びるかもしれないけれど、皆についてゆけない。長時間連日の馬の旅なんて僕には不可能だ」

 だからって逃げるのか? と、言いたそうな顔。まっすぐな気性のアーメットは、考えが顔に出やすい。わかりやすい。

「僕は……旅について行きたいんじゃない。勇者の従者として魔に連なるものと戦いたいんだ。移動で体力を使いたくない……というか、移動で体力を使い果たしたくない。疲れきっていざという時に倒れているようでは、王宮を離れ勇者の従者となった意味がない」

「……で?」

「総本山の大僧正様のもとへ、僕は帰ろうと思う」

「なっ!」

 ガタンと席を立つ、アーメット。その反応は予想通り。思わず笑みが漏れた。

「肉体鍛錬を積んだりして、ひよわな体を総本山で少しでも鍛えておくよ」

 僕が安全に暮らせる場所なら何処でもいい。

 しかし、王宮に戻ればいらぬ騒動を招くし、異次元に籠もるのはガジャティンが二年半も閉じ込められた事を考えるに避けた方がいい。

 と、なると総本山しかない。奥の院の最奥ならば、立ち入れる僧侶様も限られる。僕がそこにいる事を内緒にしてもらった上で、大僧正様の下で修行して暮らせるだろう。

「けど……」

「それで……勇者一行には僕の分身を同行させようと思う」



「分身……?」



 僕はアーメットに頷きを返した。

「分身魔法だ。見た目は僕にそっくりにするけれど、体力バカに作るよ。疲れも暑さも寒さも感じず、飲食睡眠の必要もない体にね」

「けど、それじゃ……」

「分身は僕と精神が通じている。僕と同じような思考をするし、君達との会話内容も僕に伝わる。時には分身の口を使って直接、会話もできるよ」

「だけど……分身だろ……」

 アーメットが顔をくしゃりと歪める。

「おまえじゃない……」

「そう分身は僕じゃない。微弱な魔力しかない。まあ、ガジャクティンのよりは強いけれど……一流半の魔法使いって程度かな。だから……必要になったら、僕本体が分身と入れ代わる」

「え?」

「戦闘とか王宮へのご挨拶とか皆と直接話をした方がいい時とか……そういう時は移動魔法で戻って来て、僕が君達と行動を共にする。分身を通して常に君達を見ているから、必要な時はすぐにわかるから大丈夫だし、話が合わなくなる事もない」

「………」

「ちゃんと旅をせず、美味しい所だけをさらう卑怯な方法だけれども……僕が勇者の従者として働くにはこの方法しかないと思うんだ。賛成してもらえないだろうか?」

「………」

 アーメットがジロリと僕を睨む。

「はっきり言う! 俺的には嫌だ!」

「アーメット……」

「俺はおまえの『影』だったんだ! おまえを守りたい! 分身なんか相手にしたくない!」

「分身は守る必要なんかないよ? 僕と違って役立たずじゃないし」

「おまえは役立たずなんかじゃない!」

 声を荒げてから、アーメットは泣きそうな顔をつくり僕を見つめる。

「わかってるよ、わがままだって。ずっと一緒にいたいなんてのは、ガキっぽい俺の感情だ。冷静に考えれば、おまえが正しい。ピンチの時、動けるように体力を温存しとくべきだ。おまえ、体力ないから! けど、俺は気に食わないんだ! おまえが一人だけになるなんて! 俺達から離れて一人寂しくインディラにいるなんて! だから、」

 キッ! と、アーメットが僕を睨む。

「体を鍛えて、とっとと体力つけてこい! 俺達とずっと一緒にいられるように早くなれ、馬鹿!」

「アーメット……」

 僕は義弟に微笑みかけた。反対するのも僕の孤独を思いやってだなんて……ますます彼が愛しく思える。

「すぐには無理だと思うけれど、頑張るよ」

「おう、頑張れ」

「それで、アーメット……君の方からの僕への話というのは……今、ジライが話してること?」

「ああ」

 アーメットはため息をついた。

「今夜、おまえが動けるかどうか聞いて来いって親父に言われた。襲撃となれば、魔法の使い手が欲しいからな。無茶させたくないけど……声もかけずに俺らだけで乗り込んだらおまえ落ち込むだろし……痩せ我慢なしで冷静に判断してくれ。今夜、戦えるか?」

アルダナの父親、先代情報屋の元締めグジャラは亡くなっています。刹那的快楽主義者で、魔薬を愛用した末の死でした。

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