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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
シャイナに忍び寄る影
19/115

世界は広い! くじけそうな心!

「今日はこの辺で休みましょうか」

 間もなく暮れるけど、まだ日も明るい時間。街道ぞいの雑木林のそばのひらけた野原に、シャオロンのさわやかな声が響く。その声を、私は馬のたてがみに顔を埋めながら聞いていた。

「さ、天幕を張りましょう。ラーニャ様、しっかり働いてください」



 馬から降りると、脚ががくがく震える。長時間、馬の鞍に跨って固定されていたから、まだ何か間に挟んでいるみたいで足がうまく閉じない。ずっと体が揺れてたから、地震みたいにまだ周囲がグラグラしてる感じ。全身もしびれていて、手綱を木の幹に繋ぐ指までしびれている。

 それはガジャクティンも同様。『勇者の剣』を背負ったまま、変な歩き方をしていた。が、負けず嫌いの義弟はフードマントから糸目をチラリと覗かせて私を見ると、私にだけは遅れまいと馬を木に急いで繋ぎシャオロンが待つ場所へと足早に進む。

 ああああ、もう本当、ムカつくガキ! 私もガジャクティンにだけは負けまいと、頑張って歩く事にした。

 私の背後ではガジュルシンがアーメットにつきそわれて、馬からおろされ、木陰で休まされている。いつも通り、真っ白な顔でぐったりしているのだろう。これから自分に治癒魔法をかけるんだろうけど。

 彼には、私もガジャクティンも勝てる。でも、勝っても自慢できない。向こうには病弱というちゃんとした理由がある。でも、私とガジャクティンはいたって健康だ。役立たず度最下位争いは、私とガジャクティンの接戦なのだ。くぅぅぅ〜私のが四つお姉さんなのに〜〜〜〜



 この辺に杭をうって天幕を張りましょう、さあ、やってみてください、と、ニコニコ笑いながらシャオロンが指示してくる。

 ガジャクティンが男性用の、私が女性用の天幕を張る。

 杭の位置が悪ければ中で二人が眠るんですからもうちょっと広くないと駄目ですねとか、これぐらい広くしてみましょうとか、バランスが悪いですね天幕が潰れますよとか、いろいろアドバイスをしてくれ、こうしたらいいだろうとは教えてくれるんだけど、基本、シャオロンは手伝ってくれない。

 三十分以上かけてどうにか天幕が張れる。女性用よりも広い天幕を張るガジャクティンの方が五分以上早く終わらせていたが、あっちは体力バカだし、どうせ私達のスピードでは遅すぎるのだ。シャイナにいるうちに五分で張れるようになりましょうねと、にこやかにシャオロンは言う。

 枝を集めてきたアジンエンデ、鳥と兎をつかまえて狩りをしてきたジライ。

 生き物をさばくのはさすがに私達にはまだ無理なので、私は焚き火の準備をまかされ、ガジャクティンは追加の枯れ木拾いに行かされる。

 最近、火打石は使えるようになった。でも、焚き火の為の上手な枝の並べ方がよくわからない。生木だからどうの、この種類の木は脂が多いからどうの、シャオロンもアジンエンデもジライも教えてくれるんだけど、毎回、同じようにやればいいってもんじゃないからうまくできない。

 焚き火を長持ちさせるには、燃やすものがありすぎても、少なすぎても駄目。周囲に火が燃え移らないよう先に注意する。石で周囲を囲むのもいい。少しづつ知識は増えていくが、まだ一人じゃできない。

 ジライは、鳥の首をしめ、羽をさっさとむしり、小刀でと肉をさばき鳥を焼く準備をすぐに整えてしまう。でも、火はまだ安定してない。悔しくってジロッとジライを睨むと、失礼して、と、断ってからジライが枝をくべ直す。だから、それで何で火力が安定するようになるのかがわかんないのよ、馬鹿!



 ああああああ、お尻が痛い、背中が痛い、頭が痛い、体中が痛い、掌がすりむけてる、疲れた、だるい、眠い、おなかがすいた……



「四日前に出発したランケイがここで、オレ達は今、ランケイからシーアーの間、だいたいこの辺りにいます。中間地点よりややシーアーよりです」

 食事の後、地図を広げ、シャオロンが説明する。

「次の街のシーアーまで、通常、馬の旅で五日の距離ですが、明日までには絶対に着きません。到着まで後、三日はかかると思ってください」

 そうよね……よく休憩とってるし、馬車の旅の頃からのことなんだけど早めに野宿の準備に入ってるものね、寝る支度が終わるまでに時間がかかりすぎるから……

 ああああああ、でも、後、三日以上、野宿なわけェ?

 水場がなければ水もろくに飲めないしお風呂なんか入れないし、乾燥食は美味しいものじゃないし、天幕に寝袋じゃ背中がゴツゴツして熟睡できないし……

 お外でトイレの恥ずかしさにはだいぶ慣れたけど……

 体が正直、もう駄目……

 体力のないガジュルシンを考慮しての、非常にソフトな馬の旅のはずなんだけど……

 自分が世に言う箱入り娘なのだと実感……



 馬の旅がこんなにハードだったとは思わなかったのよ、私!



 馬術には自信があったのに……

 考えてみれば、連日、八時間とか乗るんだものね、狩りや遠乗りだと長くても四時間ぐらいだったし、休憩をけっこうまじえてた。

 連続騎乗時間も、連続騎乗日数も、毎日、新記録(レコード)を伸ばしている最中。

 変わりばえのしない田舎道、変わりばえのしない並足、代わりばえのしない熱い陽射し……

 頭はフードマントのフードで覆ってるし、全身は熱さ寒さを感じない神聖鎧を着てるからマシなはずなんだけど……日中は暑くってたまらない。

 馬の背にゆられすぎて平衡感覚もおかしくなる。

 それに……

 鞍に毛布を敷かせてもらってるんだけど……

 それでも……

 お尻が痛いのよ!

 赤くなってると思う!

 触ったら、ちょっと擦り切れてる感じ!

 昨晩、大事なところの状態を触って確認してたら、変態が勝手に天幕に入って来て『お薬を塗ってさしあげましょうか?』と覆面から笑顔を覗かせた。むろん、叩き出してやったけれど……

 もう体力的に限界って感じ……

「すまない、ラーニャ……僕のせいで旅を遅らせてしまって……」

 いかにも落ち込んでますって顔でガジュルシンが言う。

「回復魔法の頻度をあげるから……僕にかまわず、もう少し速く」

「いいのよ。回復魔法ってかけすぎると、効果が悪くなってくんでしょ? 急ぐ旅じゃないんだし、あんたも徐々に旅慣れして体力つけてって」

 と、いうか、ガジュルシンのおかげで、案内人のシャオロンも今のペースで旅を進めてるわけだし。これ以上、ハイペースになられたら、私だってやってけないわよ!

「今日の火の番は休みはアジンエンデさん、ガジャクティン様、アーメット、オレ、ジライさん、ラーニャ様の順にしましょう」

 焚き火の番というのは、一晩中、焚き火を欠かさないように交替で起きて周囲を警戒することだ。

 はっきりいって、治安がそれほど悪くない街道ぞいではやる必要はないことなのだそうだ。盗賊警戒のトラップならジライが張れるし。

 けれども、充分な焚き火が手に入る時には火の番の練習をしましょうと、シャオロンは言うのだ。

「全員の命にかかわることですから、危険な地域では、交替で見張りが立つのは大事な事なのです。何事も経験です。シャイナにいるうちに練習しましょう。睡眠時間を削って役目を果たすのはつらいことですが、頑張ってなしとげましょう」

 シャオロンはやわらかな物腰に似合わぬ、鬼教師だった……

 けど、火の番の中の番には自分かジライを入れるし、自分とジライ以外の誰か一人を休みにするし、ガジュルシンは休息こそ仕事と火の番にはわりふらない。ちゃんと考えた上で鬼教師やってる人には、逆らえない。



「ラーニャ!」

 さっさと天幕に入って少しでも寝ようと思ってたら、ガジャクティンに呼び止められた。

 何の用よと睨もうとすると、バカでかい義弟はキョロキョロと周囲に視線を走らせた。

「あのさ……話があるんだけど……ちょっと向こうで」

 と、雑木林の方を顎でしゃくる。

 私は動くのが嫌だったので、ムッとして聞いた。

「ここじゃ話せないことなの?」

「いや、そういうわけでもないんだけど……」

 困ったような顔で、ターバンをつけた頭を掻くように右手を動かす。

 う〜〜〜〜〜む。

 そのためらう顔がなんとも……似てる……くそぉ……中身がガジャクティンなくせに、お父様に似てるなんて生意気だわ。

「その……僕や兄様は回復魔法を使えるけど、ラーニャは駄目だろ?」

「ええ、使えないわよ」

「だから……気になって」

「何が?」

 ジロリと睨んでやると、義弟はデカい体をかがめ私へと顔を近づけてきた。

 ちょっ!

 やめてよ! 近づかないで!

 その糸目! ごっつい体のわりに端正な顔!

 あんた無駄にお父様にそっくりなんだから!

 か……かお……

 顔はやめて!

「大丈夫、ラーニャ……?」

 顔を近づけて、囁いてきた。

 大丈夫って……

 な、な、な、に、が!

 息が!

 息がかかる!

 近いわ、あんた!

「……お尻、真っ赤にずる剥けてない? 回復魔法かけたげようか?」



 無神経なバカ義弟をぶん殴ってやったのは、言うまでもない。



「おまえを心配して治してやろうとしたんだろ? やさしい義弟だと思うが」

 問題の箇所は、天幕の中で、アジンエンデに薬を塗ってもらった。

「乙女のお尻をどうこうしようなんて、十年早いわよ、あのエロガキ!」

「十年たったらいいのか?」

「……もののたとえよ」

「終わったぞ」

 アジンエンデはやる事を終えると、荷物から本を出した。箱入り王族の私達と違って、体力あまりまくりなのだ。昼間も馬の背に揺られながら共通語の単語帳を見てるし、夜も火の番の最初と最後の相手に共通語の会話練習をしてたりする。

 教師役をやりたがってたガジュルシンが沈没しているので、勉強道具だけもらって彼女なりに頑張っているようだ。

「寝て、休んどけよ」

 アジンエンデが手を振って、天幕を出て行く。

『虹の小剣』はすぐそばにあるし、変態忍者がどうせ『護衛』って名目で私を覗いてる。

 火の番はガジャクティン。

 眠っても平気。

 大魔王教徒や盗賊が来ても大丈夫……

 眠りに落ちる前にふと思った。

 今、ガジャクティンとアジンエンデが共通語の会話練習をしてるのか、と。アジンエンデは妙にガジャクティンを気に入ってる。あの二人は、最近、仲がいい。私にぶん殴られた義弟を、アジンエンデは慰めてるのだろう。

 何か、ちょっとだけ……

 おもしろくないような気がした。



「ラーニャ様♪」

 声をかけられた瞬間、右手が動いていた。

 ズボッ! と、私の拳が相手の頬を殴り飛ばす。

 私の横のアジンエンデが騒動に気づき、ムクッと体を起こした。が、私が殴った相手が誰か気づくと、さっさと横になった。変態には極力関わらないようにしているのだ、彼女。

「お疲れかと思いましたが……お目覚めはよろしゅうございますなあ」

 左頬をおさえながらジライが残念そうにチッ! と、舌打ちをする。

 当たり前だ。

 まず声をかけろと命じてある、次に体を揺さぶれ、と。

 それでも起きなければ……『いた仕方ございませぬな♪』と、嬉しそうに変態が何をしてくるやら。『起こす』という大義名分をもってセクハラされちゃたまらない。起きてやるわよ! 眠いけど!



 火の側でつい、うとうととしちゃいそうになるんだけど、すぐにセクハラされそうな殺気(?)を感じて目を覚ます。私を寝かさないようにという親心なんだろうけど、もっと他の方法で起こしといてくれればいいのに、まったく、もう変態は……

 あくびを殺しながら、空を見上げる。

 空の色はまだ暗いけど、だいぶ明るくなってきた。

 間もなく夜が明けるのだ。

 焚き火の側に座る私のそばにジライが控えている。

 日中覆面つけっぱなしのせいか、今は取って素顔を風に晒している。白子で肌の弱いジライは直射日光を浴びられない。長時間、浴びてると、肌が真っ赤になって火ぶくれができてしまうのだそうだ。

 今は、伸びすぎの前髪は額当てで後ろに流しているので、両目を見せている。私と視線が合うと、にっこり笑う。いつも通りの、むかつく変な顔。全然、眠そうな感じじゃない。

 アーメットは『俺には無理。真似できない』って言ってたけど、ジライはほとんど寝ない。一晩中、私の護衛をしてて、昼間も普通に動いていたりする。

 本人曰く、動く必要がない時には半睡しているだそうで、周囲の気配を読みながら、私の天幕のそばで半分寝てて、昼間は馬に乗りながら半分寝てるらしい。で、会話はしっかり聞いてたりするんだから、器用だ。

 そんなんで疲れがちゃんととれるのかしら? とれるんだったら……その特異体質ちょっと羨ましい。

 私は眠くて眠くてしょうがない。

 眠い目をこすりながら、私は忍者に尋ねた。

「お母様も、昔、こうやって火の番をしたの?」

 先代勇者であったお母様。侯爵家令嬢だったお母様も、きっと、旅には苦労なさったはずだわ。

 しかし……

「いいえ」

 忍者がけろりと答えた。

「セレス様は火の番などいたしませんでした」

 え?

「旅の間、寝ずの番が必要となることなど滅多にありませんでしたし、さような時は南の頃は私かアジャンめかナーダが、北に行ってからはナーダの忍が務めました。勇者であるセレス様には有事に働いていただけるよう、夜は休んでいただいておりました。『勇者の剣』の阿呆めが重うございましたから、セレス様は連日お疲れでございましたゆえ」

 じゃ……じゃあ……

「じゃあ、火の番の練習なんて必要ない?」

 ジライがポリポリと頭を掻いた。

「かもしれませんなあ」

「じゃ、どうして、練習させるのよ!」

 眠いの我慢して無理やり起きてるのよ〜〜〜

 一時間でも二時間でも余計に寝たいのにぃ〜〜〜

 Sなの?

 もしかして、あのMっぽい物腰やわらかな東国の格闘家は、本当はS?

 疲れてへばる、温室育ちの勇者達を見てあざ笑ってるわけ?

「シャオロンの考えてることは私にはわかりませんが……おそらくは、シャイナより離れて後の、勇者一行を思ってでしょうな」

「え?」

「シャイナにおる間は、シャオロンがあれこれ勇者一行の世話をするでしょう。が、あれはシャイナを離れられません。他国へ行った後は、王家のお子様と忍と北の女だけとなります」

「………」

「私とアーメットは、常に勇者一行と行動を共にするわけではありませぬ。また、アジンエンデは旅慣れているとはいえこちらの文化に疎い。周囲の者らが必ずしもラーニャ様達をお守りできるわけではありません。もしもの時に、ご自分らで考え、ご自分らで行動できねば、ラーニャ様達がお困りになられると思い、一人であれこれできるようにさせようとさまざまな体験をさせているのでしょう」

 親切心なわけ……か。

「先代勇者一行の旅に私が仲間に加わった時、シャオロンは十三で、アジャンめにあれせいこれせいと命じられて働く半人前でした。人につれられての旅での身の置き所のなさは、あれはよう知っております。ラーニャ様がシャイナご滞在中に、旅のイロハを教えてさしあげたいのでしょう」

 わかったわよ、私達のことを思って、あれこれやらせてるわけね。召使がいない生活なんて、初めてだもの。できない事だらけだわ。何もかもできるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだけど……一人で迷子になっても夜をきちんとしのげるぐらいには確かになっときたいわ。

「夜が明けてきましたな」

 見上げれば東の空が少し白い。

 雑木林の向こうの空から白く輝くものが姿を見せ始めている。

 暗い夜を照らしゆく光。

 闇を払う太陽……

 黄色みがかかった土やまばらに生える雑木林の木、草むらに明るい朝の光がかかってゆく。

 夜の闇が払われ光が満ちてゆく光景……

 ああ、綺麗だ……

 と、思えればいいんだけど……

 あ〜あ、朝が来ちゃった、又、馬の旅が始まるのか……とかしか思えない。

 お尻が痛い……

「まだいたのか……」

 背後からのあからさまに不機嫌そうな声。

 赤い鎧の上にチュニックをまとったアジンエンデが、ぶすっとした顔をしてたたずんでいた。『極光の剣』を背負った彼女は、ジト目で変態忍者を睨んでいる。

「勇者殿の護衛は私がする。水くみでも狩りでも周囲の探索でも、働いてこられたらどうだ?」

「フン」

 ジライは口元を歪め、妙な雰囲気を漂わせて、横目でアジンエンデを見つめた。ちょっと眠たそうな眼。あれ? これって『房中術初級所作』のアレじゃなかったかしら?

 アジンエンデがカッと頬を赤く染め、ジライから眼をそむける。

 あれ?

 何で頬を赤く染めるわけ?

「我がそばに居ると、心が落ち着かぬようだな?」

「変態が嫌いなだけだ。早く何処かへ行ってしまえ」

「ふふふ」

 その場から跳躍すると、ふわりと体重を感じさせぬ動きで、ジライがアジンエンデのすぐそばに降り立つ。女性にしては大柄な彼女の方が、長身とはいえ東国人のジライよりやや背が高い。

 ぎょっとして体を強張らせるアジンエンデ。その顎をとり、まるで口づけをするかのようにジライが顔を近づける。 

「してほしいのならそう言え。願いをかなえてやらんこともないぞ」

「なっ!」

 アジンエンデが顔を真っ赤に染める。

「な……に……を」

「さてな」

 にぃぃぃと薄く笑って、ジライが姿を消す。

 忍の体術で姿を消してしまったのだ。

 にしても……

「アジンエンデ、ジライが好きなの?」

 私の問いに、彼女がギクッと体を硬くする。

「やめといた方がいいわよ。あれは変態よ。お母様と私にはドMで、それ以外の人間にはドSでボージャクブジンだもの。あんなのに惚れると苦労するわよ」

「そんなわけあるか!」

 アジンエンデが声を荒げる。

 うん、そうよね、あんなの好きになるわけないわよね。

「ラーニャ! もう一回、聞く、アレはおまえの父親なのだな?」

「そうよ。そうだけど、あんま大きな声で言わないでね、一応、内緒のことなんだから。ジライが実の父って事は、私、ラジャラ王朝の血を一滴も継いでないってことなのよ」

「あ……そうだったな、すまん」

 と、謝ってから、アジンエンデは声を潜めて聞いてきた。

「アイツ、おかしくないか?」

「ええ、おかしいわよ、変態だもの」

「いや、そうじゃなくって……」

 アジンエンデが視線を彷徨わせる。

「……若すぎないか?」

 若い?

「そんなことないわ、もう四十五……ぐらいだもの」

「え?」

 信じられないという顔をするアジンエンデ。うん、でも、だいたい、それぐらいのはず。

「髭と皺がないから若く見えるのよ。東国人って皺ができにくいんですって」

「いや……だが……」

 納得がいかないといった顔のアジンエンデ。何を気にしてるんだか、さっぱりわからない。

「あいつが先代勇者の従者とは信じられない……いや、たしかに強いが……私よりも明らかに強いが……しかし、」

 ?

「あいつがケルティを救った英雄の一人とは……とうてい思えない」

 ああ……

 ようやく何が言いたいのかわかってきた。

『極光の剣』の使い手の彼女は、困窮にあえいでいたケルティを救った父親と舅の上皇様を尊敬していた。きっと、女勇者のお母様も尊敬している。先代勇者一行全員を尊敬してるんじゃないかな。そのうちの一人が、あの変態じゃ、嫌よね、確かに。

「アレは気にしなくてもいいわよ、アジンエンデ」

「え?」

「勇者の従者ったってピンキリよ。あれはキリなの、無視していいのよ」

「はあ」

「いくら強くてもね、あれは忍者だもの、政治的思想とかそういうのはないの。あれはお母様が戦ったから、一緒に戦っただけ。あなたの国を救おうなんて意志はなかったわよ、絶対」

「はあ」

「でもね、勇者の従者があんなのばかりだとは思わないでね。世界は広いわ! キリもいればピンもいるの! 強く逞しく人徳にあふれ正義に燃える従者だっているわ! 下ばっかり見ないで上も見てちょうだい!」

 そう! お父様がいらっしゃるもの!

「世界は広い……強く逞しく人徳にあふれ正義に燃える従者もいる……」

 アジンエンデが私の言葉を繰り返し、何かを思案するように両腕を組んだ。

「そうだな……世界は広いのだ……ハリの村のような狭い世界とは違う。強い男ならばまだ数多くいるよな……」

「強く人徳にあふれる好人物だっているのよ!」

「そうだな……」

 アジンエンデが弱々しく笑う。そこで赤毛の女戦士はシベルア語で話すのをやめ、共通語での会話に切り替えてこう言った。『ありがとう、ラーニャ』と。



 この時、彼女が何に拘っていたのか、私は後になってから知るんだけど……この時は知らなかった。

 知ってたら……アジンエンデの為に、ジライをぶん殴ってでもいうことをきかせたと思うんだけど……

 知らなかったんだ、しょうがない。



 波乱に気づかぬまま、私の旅は続いた。



 と〜〜〜〜ても、順調に。



 雨にたたられて二日も足止めをくらうわ、ガジュルシンが日射病で倒れるわ(ガジャクティンが治癒魔法をかけて癒してた)、村があったのに宿泊断られるわ(収穫前で、皆、忙しいのですよとシャオロンは笑ってた。けど、世直し勇者の宿泊を断るなんて勇者の大切さがわかってないんじゃない? 魔族に殺されてもいいわけ、あんたら?)で、さんざんの旅……

 あっちこっち虫にさされるし、お尻は痛いし、汗まみれの体はべとべとして気持ち悪い。髪を洗いたい。

 街までシャオロン推定あと二日……

 街から街まで、十日近くかかるなんて……

 カメの足勇者……

 と、いうか……


 

 世界は広大だわ!



 行けども行けども、森と林と畑と小さな村しかない

 すれ違う旅人もまれ。

 都会はどこ〜〜〜〜



 移動魔法と縁のない庶民はみ~んな、歩いたり馬で移動するのよね。



 移動魔法で世界を飛び回ってたら、この広さは実感できなかったわ。

 人が住んでいない場所にも世界は広がっている。

 無人の森、無人の山、無人の野原、無人の荒野、無人の街道……



 世界はとっても広い。

 人は分散して暮らしている。

 どっか一箇所を守ればいいってわけじゃない。



 勇者である私は、世界を魔族から守るわけだけど……



 こんな広い世界、私、一人で守れるのかしら……? 



 ああああああ、ベッドで寝たい……

 街は遠い……

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