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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
極光の剣と龍の爪
13/115

北方の上皇様! 父よりは義父の方が……

 正直、ここ何処……? の気分だった。

 ケルティの上皇様に会いに行くっておっしゃってなかった、大魔術師様?

 ここ……どう見ても……



 田舎の村なんですけど……



 エウロペに比べ、陽射しがやわらかい。

 よく澄み切った晴天。



 牛のいななきやら鶏の声が、ちょっと遠くから聞こえる……



 村の規模ってよくわからないけど、あんま大きくないと思う。

 建物は結構、並んでるけど、小さいし飾りっ気持のない実用重視みたいな、言っちゃ悪いけど粗末な造り。

 どれもこれも平屋。遠くに見える二階建ての建物は家畜小屋っぽいし。

 多分、東西南北だと思うけど、四本の道がある。その道の合流する、広場っぽい所に私達は立っていた。

 広場には、この村にしては大きな建物が二つ。教会と、もう一つは集会所だろうか?

 私の側で『勇者の剣』を背負ったガジャクティンもキョロキョロしていた。

 移動魔法で現われた私達を、幼い子供達が遠巻きに見ている。子守をしているのはおじいちゃん・おばあちゃんばっかり。若い人はいないのかしら? と、思ってから昼間だからかと気づく。畑仕事とか猟とかに行ってるのね、きっと。

 目の前に光が広がり、唐突に、人間が現われる。移動魔法ね。

 白髪白髭のハンサムなおじ様だ。皮製の服を着て、腰に片手剣を佩いている。

「××××××××××、カルヴェル×」

 ?

 今、何って言ったの、この方?

 私の背後のジライが、インディラ語でボソッとつぶやく。

「ハリハールブダン上皇にございます。『よくぞおいでくださった、カルヴェル様』とケルティ語で話しかけられたのです」

 上皇?

 この平戦士みたいな格好の方が?

 いや、それよりも……

 ケルティ語ぉ!

 嘘ぉ!

 知らないわよ、そんなの!

 国交のない国の言語まで覚えてないわよ!

 ちょっと素敵なおじ様が笑みを浮かべて、私へと手を差し出してくる。

「××××××××××××××。××××××、××××××××」

「『ハリ族の王ハリハールブダンだ。部族王の代表、上皇も務めている』と挨拶してます。ラーニャ様、シベルア語をお使いください。北方ではシベルア語が共通語として使われています」

 そうなのか!

 そういえば、リオネルが『これだけは、絶対、覚えてください!』と、繰り返し繰り返しシベルア語の授業をした。北方に行く準備だったのね、あの授業。

 私は大きなあたたかな手を握りながら、シベルア語で挨拶した。シベルア語なら話せる(感謝したげるわよ、リオネル)。

「はじめまして、上皇様。今世の勇者となりました、ラーニャです」

「母上と一緒だな。ケルティ語は駄目か」

 上皇様はシベルア語に切り替えてくれた。

「俺はハリ族の王ハリハールブダン、上皇でもある。セレス殿の娘、おまえは顔もセレス殿によく似ている。良い女だな」

 そう言ってニヤリと笑われる。

 あら……

 そういう表情をすると、ちょっと野性的で素敵。

 つづいて他のメンバーが上皇様に挨拶をする。

 まずはインディ国第一王子のガジュルシンが、シベルア語で挨拶。つづいて第三王子のガジャクティンの順番なのだが、糸目の義弟は私の耳元で、

「勇者なら各国の言語ぐらい覚えておきなよ、恥ずかしいなあ」

 と、インディラ語でわざわざつぶやいてから、僕は話せるよと言いたそうな顔でフフンと笑ってから、上皇様の前に進み出てシベルア語で挨拶していた。勇者がシベルア語だったから、自分もそれに倣うって態度だ。

 ムカッ! と、したが……

 ガジャクティンがケルティ語が話せるって事は……

 もしかして……

 話せないのは私だけ?

 忍者の二人は世界中の言語がペラペラだろうし、優秀な跡取りであるガジュルシンが言語教育を施されてないわけがないし……

 やだ、それって……超マズい。

 格好悪すぎるわ!

 ロマンス・グレーのおじ様が、一同を見渡す。

「まずは宴だ。簡単な食事を用意させた」

 上皇様のご自宅は教会の横みたいだ。他の家よりは大きいけど、それだけ。集会所かと思った地味な建物だ。

「勇者殿のご希望は、『極光の剣』の使い手との対戦で良いのだな?」

 私は頷いた。私が望んだわけではないが、カルヴェル様が両手剣の達人と対戦せよとおっしゃってるのだから、対戦できるのならした方がいい。

「では、すぐに東の畑につかいをやって、対戦の準備をさせよう。二年前より、『極光の剣』は我が息子ハリハラルドの妻アジンエンデが継いでいる。アレがアジ族一の使い手なので、剣が自らの意志で飛んできたのだ」



 族長の館の中は、だだっぴろい一間しかない造りで、間仕切りで幾つかの空間に分けられていた。部屋すらないのか……と、ちょっとびっくりした。それに広いって言っても、王宮の私の部屋よりも狭いと思う。それに換気が悪いのか、ちょっと埃っぽい。壁のタペストリーは綺麗だけど、家具もあんまり置いてない。

 私の内心の戸惑いを感じ取ってるのか、ジライが小声でいろいろと説明してくれる。たぶん、他の人には聞こえない、小さな声で。

「部族王の家は富貴とは無縁です。現在ケルティには十一人の部族王がおり、ハリハールブダンはその内の一人であり上皇です。古来よりケルティには国王を頂く気風はなく、部族ごとにそれぞれ王をたて、多くの部族が集まって国という形をなしていました。セレス様がケルティを訪れた頃、この地はシベルアに支配されており、部族王の権威も地に落ちておりました。が、セレス様のご活躍で部族王を束ねる上皇制度が復活し、ケルティ人はシベルアの支配から抜け出られたのです」

 そういえばそんな歴史、習ったような気もする。

「上皇の左のニの指にあるのが、『知恵の指輪』にございます。魔力を増加させるあの指輪のおかげ、そしてカルヴェル様のご指導の賜物で、ハリハールブダンは世界でも三本の指に入るほどの大魔術師となりました。ハリハールブダンが上皇についている事がシベルアへの牽制となり、この国をシベルアの専横から守っているのです」

 白髭戦士のおじ様の左手の指には、金の指輪があった。綺麗な細工だ。

 地味な格好の女の人が移動式の机と椅子を運んできて、醸造ビールやらパンやらチーズやらを並べてくれた。

 全て村人の手作りなのだそうだ。

 ガジュルシンとガジャクティンは、宗教上の禁忌であるとビールを断った。

 薄荷水を持ってきてもらってたので、私もビールではなくそちらを貰った。

 食事は美味しかった。味付けは単純だけど。素材が良いのだと思う。

 兜と口布を外したアーメトもぱくぱく食べている。

 年配のケルティ人がいれかわりのように顔を出しては、ガジュルシンとガジャクティンに挨拶をしていく。主に声をかけられているのは第三王子のガジャクティンの方だ。何で? って思ったけど、ケルティ語で話してるので何の話をしてるんだかさっぱりわからない。

「ナーダは上皇制度のたちあげ時に、ケルティ人に協力をしました。知恵を与え、金を渡して。それを覚えている年配者が、義理堅く未だに感謝しておるのでしょう」

 と、説明するジライは、ビールを口に運んでいた。家族以外の前で覆面を取るなんて珍しい。お酒を飲んでるのも初めて見る。何か変な感じ。

 給仕の女の人が、ジライの顔をジーッと見ている。白子だし珍しい外見だものね。

 でも、さすがナーダお父様! ここでも人徳を示されていたのね。ガジャクティンの方に注目が集まってるのは、外見のせいなんだろうけど……ううん、違うわ、あの傲慢な義弟がお父様に似ているもんですか!



* * * * * *



 後宮育ちの子供達が、貧しさへの偏見も悪意もなく、村人の精一杯の歓迎に上機嫌で応えてくれたのは良かった。まあ、あのナーダの子らだ。下々の者を見下げるような阿呆には育っておるはずもないが。

 しかし、ジライ、よう覆面を外したものだ。子供達が酒を断っている状況で従者の自分までもが歓迎の食事を拒否しては、女勇者の立場が悪くなると判断したのだろう。病的に素顔を隠していた頃に比べ、ずいぶん人間が丸くなったものだ。給仕の女奴隷は白い外見の美しい男性に心奪われて惚け、主人のハリハールブダンに叱られていた。

「二年前、アジスタスフニルに何があったのだ?」

 わしのケルティ語での問いに、ビールを口に運びながら、ハリハールブダンは簡潔に答えた。

「左腕を失った」

「……そうか」

 そういう事か……

 わしはビールを喉に流し込んだ。

 ケルティでは、欠けたる者には王の資格はない。『極光の剣』はケルティのアジ族に代々伝わってきた聖なる武器。アジの王のみが持てる武器だ。アジスタスフニルが左腕を失ったのなら、剣にとってそれは主人の死を意味する。

 剣は自分を持つにふさわしい者の元へと、飛んで行ったのだろう。昔、わしが、アジスタスフニルが死んだ時には跡取りの元へ転送するよう魔法をかけておいたゆえ。

 神魔の器となれる優秀なシャーマンであるアジスタスフニルは、よく魔族に狙われた。宿る器が優秀であればあるほど、魔族は魔界での本来の能力を今世で引き出せるようになるからだ。

『極光の剣』が共にあれば先祖の霊の加護を受けられるゆえ、魔を退ける力を身につけられるのだが……

「あやつが左腕を失った事、なにゆえ、わしに黙っていた?」

「あなたには教えるなと言われた」

 ハリハールブダンは女奴隷に次の杯を持ってこさせていた。淡白そうに見える。が、ケルティ人らしくこやつ、のんべじゃ。ほっとくとガブガブ、酒を飲み続ける。

「『極光の剣』の代わりを恩着せがましく押しつけられるのは、御免だと言っていた」

「むぅ」

「借りができると、後で返せと言われる。だから、嫌なのだそうだ」

 わしは、それほどアコギな要求はしてこなかったつもりなんじゃが……

「返せるアテのない借りは作りたくないとも言っていた」

「……失ったのは左腕だけか?」

「そうだ」

「何があった?」

「それは話せない」

 空になった杯を女奴隷に渡し、ハリハールブダンは三杯目に入っていた。昼間っから、よう飲むわ。

「口止めされている。あなたは俺の魔法の師だが、あなたとアジスタスフニル、どちらを取るかといわれれば俺は半身を選ぶ」

「まあ、それはそうじゃろうな」

『極光の剣』の持ち手アジスタスフニルと『知恵の指輪』の所有者ハリハールブダンは、二十年近く前、力を一つに合わせ祖先神を今世に呼び寄せた。その時、二人の魂は一つに溶け合っていた。アジスタスフニルはハリハールブダンであり、ハリハールブダンはアジスタスフニルであった。二人の間には、以後、ずっと、神秘の絆がある。

「二年前、アジスタスフニルには魔除けの魔法道具(マジック・アイテム)を山のように渡し、片手で扱える聖なる武器も譲った。以後、今日まで無事に生きてきたのだから、俺の助力も的ハズレではなかったと思う」

「うむ」

「だが、俺が与えたものなど、しょせんは道具だ。能力は低い。大魔王ならば壊せるはずだ」

「そうじゃな」

「毎日、遠話で、騒動が静まるまでの間だけでいいから俺の元に来いと説得している。だが、あの男、聞かん。強情だ」 

「昔っから頑固な奴じゃったが……そうか、『極光の剣』を持たぬあやつが今世をフラフラしておるのか……」

 危険じゃな。

「居場所はわかるのか?」

「おおまかにだが、わかる」

「保護したい。教えてくれんか?」

「……今宵、もう一度、話す約束になっていたのだが……わかった。連絡をとってみる。俺の元に来ないのなら、大魔術師様に居場所をバラすと脅せば、アジスタスフニルも観念するだろう」

 だと良いが……

「しかし……遅いな」

 戻って来た女奴隷に二言三言言葉をかけてから、ハリハールブダンは立ち上がり、わしとラーニャの方を見てシベルア語で言った。

「『極光の剣』の使い手が支度に手間取っているようだ。カルヴェル様、ラーニャ殿、共に来て欲しい。ああ、他の者は今しばらく、ここで食事を楽しまれよ」



* * * * * *



 私の抜いた『虹の小剣』は、カルヴェル様の杖によって阻まれた。

「手を出すでない」

 厳しい口調で大魔術師様がおっしゃる。

 でも……

 ハリハールブダン様が案内してくれた建物。

 そこの扉を開けた途端、中の者が斬りかかってきたのだ。

 大きな両手剣をもって。

 賊だ! と、思い私は聖なる武器を抜いたのだが、上皇様に怪我はない。

 刃は上皇様の目の前の宙で止まった。

 物理障壁を張ったのだろうか。

 刃を持つ者がぎりぎりと歯をくいしばり、上皇様を睨みつける。

 赤い髪、緑の瞳の、女性だ。腰までの髪を束ねもせず、背に垂らしている。女性にしては大柄で、私より頭二つ分ぐらい大きそう。

 それはともかく……



 何、この人……?



 変態……って奴?



 あっけにとられる私の横でカルヴェル様がホホホホと笑い、上皇様とレイの意味不明の言語でしゃべり、襲撃者の女性も二人に対し怒鳴っていた。

 でも、何って言ってるのか、さっぱりわからない。

 手を出すなと言われちゃったから、戦う事もできない。

 だから、私は襲撃者の体を見てるしかなかった。



 何っていうか……



 不愉快な体をしていた。



 背が高いから余計、そう見えるんだろう。むろん、その衣装のせいもあるんだけど……



「すげぇ! ボン、キュッ、ボンじゃねえか!」

 と、いきなり背後から不愉快な声がした。

 アーメットだ。

 何であんたがここにいるのよ! と、思って睨みつけてやったんだが、弟は私を完全(ガン)無視で両手剣の女を凝視していた。

「うぉぉ、お母様よりデカいわ、こりゃ」

 へらぁ〜と鼻の下を伸ばしながら。



 右手は『虹の小剣』で塞がっていたので、左手で容赦なく馬鹿弟をこらしめてやった。

 私のパンチをくらい、アーメットが宙を舞う。その両腕は『勇者の剣』を抱えていた。

 それを届けに後を追ってきたのだろうけど……

 どうでもいいわ、そんな事!



 ど〜して、男って、こう……



 巨乳が好きなのよ!



 変態女と私の視線が合う。

 顔を赤く染めて興奮している女が、無遠慮に私を睨みつける。

 私も、むろん、睨み返してやった。

 向こうが何か言ったけど、わかんないわよ、ケルティ語なんて。

 だから、インディラ語で返してやった。

「ジロジロ見てるんじゃないわよ! この変態! あんたには慎みってものがないの?」と。



 この女は……露出狂だ。

 間違いない。

 ストラップレスの赤いブラに、下半身は赤いハイレグの下着。後は、肘から手首までを赤い腕輪で、膝下から足の先までを赤いブーツで覆ってるだけ。

 ほぼ裸じゃない!

 そんな格好で剣を振り回してるんだ。

 変態だ。

 そんなに見せたいわけ?

 乳牛みたいな胸と、男の人を窒息させかねないデカい尻を!



 上皇様に何か言われ、その女は更に私を激しく睨みこう言った。

「私と戦え、女勇者!」

 今度は何って言ってるのかわかった。

 シベルア語に切り替えてきたのだ。

「今すぐにだ! ここで! さっさとやるぞ!」

 上皇様から距離をとるように室内に飛び退り、大剣を構え、女性が私を睨みつける。

 彼女の手にあるのは、身長ほどもある大きな両手剣……『勇者の剣』より大きそうだ。

 これがもしかして……『極光の剣』……?

「早くしろ! 中に入れ!」

 興奮のあまりだろう、顔を赤く染め、女の人が私を怒鳴りつける。

「さっさとしろ! ノロマ!」

 さすがにカチンとくる。

「室内で剣の勝負をする気? 馬鹿じゃないの?」

 私もシベルア語で言い返した。

「あんたの剣も、『勇者の剣』も無駄にデカくて小回りがきかない大剣なのよ。何でわざわざ、室内で勝負しなきゃいけないのよ!」

「馬鹿女! 私に外に出ろと言うのか?」

 顔中を真っ赤に染め、眉をしかめ、大女の露出狂が唇を震わせる。



「こんな格好で人前に出るぐらいなら死んでやる!」



 あら?

 よく見れば……

 目に涙が……?



 あれ?



「その赤い鎧は俺の魔力をこめた魔法鎧だ」と、上皇様。

 魔法鎧……?

 この下着が……?

 よく見れば確かに布じゃないわね……でも、皮でも鉄でもない。奇妙な光沢のある金属のような、骨のような……?

「二年前、我が息子の嫁が『極光の剣』の振るい手に選ばれた記念に造ったものだ。持ち手の成長にあわせ成長する魔法鎧だ。防御力に欠ける見た目だが、四部位を揃えて装着すれば、全身に物理・魔法障壁が張り巡らされる優れもの。並みの刃ならば、我が惣領の嫁が傷つく事はない」

 と、上皇様。

「なんでこんなイカれたデザインなんだ!」

 大女がブラのところから取り出した紙切れを、上皇様へとつきつける。

「剣の勝負前にこの呪文を唱えろとの、あなたからの命令に従ったらこの始末だ! どっかから飛んで来た赤いものが、私の体にはりついた! しかも、外れない! 上に何もまとえない! どうなっているんだ!」

「わからんのか、アジンエンデ」

 心外そうにケルティの上皇様は言う。

「今日はおまえの晴れ舞台なのだ」

「は?」

「おまえが『極光の剣』を継いだ姿を、いずれ、おまえの父や俺の魔法の師カルヴェル様が見に来る日もあろう。そう思い、おまえの美貌が栄える装備を準備しておいてやったのだ。感謝しろ」

「このデザインの、これが、か!」

「デザインは……」

 上皇様はそこでいったん言葉を区切ってから、きっぱりと言い切った。

「おまえの父とカルヴェル様が喜ぶであろうものを、敢えて選んでみた」



「ホホホホ、眼福、眼福」

 と、笑う大魔術師様の前で、裸みたいな格好の女の人がケルティの上皇様にやけになって斬りかかっていた。物理障壁に阻まれるので、その刃はどう頑張っても、上皇様に届かないんだけど……



 えっと……



 この二人って、舅と、息子の嫁って関係なのよね……



 まあ……



 どこの家庭にもいるわよね、変態って……

 それが義理の父親じゃあねえ……

 本当の父親よりはマシだけど……



 初対面の印象は最悪だった大女に、今では私は同情していた。



「その鎧は『極光の剣』を見事に操らねば、外れん。そういう仕組みになっている」

 と、追い討ちをかけるかのように、上皇様。



 ひとしきり舅の周囲で剣を振りまくってから、女の人は斬るのをあきらめ、キッ! と、私を睨むように見つめた。



「すまん! そういうわけだ! 私と戦ってくれ! 女勇者!」



 涙目の理由がようやくわかったわ。

 その格好で外に出るのも嫌だろうし、上に何もまとえないんじゃ隠しようがないし、脱げないんじゃトイレにも行けないだろうし……



 だから、私と戦いたがっていたのね。



 ふ〜ん。



 かわいそうって思う気持ちも、かなりあるんだけど……



 勝気そうな赤毛の美人が、裸同然の姿で屈辱に身を震わせながら、部族一の戦士という矜持をもって私を倒そうとしている……



 これって……結構……



 好みのシチュエーションかも……



 私って、ギャップ萌えなのよね……

 お父様が素敵なのも……まったくそんなケがなさそうな聖人風で、誰にもおやさしくって、抱擁力のあるオ・ト・ナで、筋肉質でたいへん逞しいのに……お母様の奴隷の一人なんだって知ったから……。お父様のあの涼しげな美貌が、お母様の愛のプレイでどう変わっているの? ご抵抗なさってるのかしら? それとも絶対服従? 苦痛と快楽で、うっとりとなさっているそのお顔を見たい! 見たい! 見たい! ってずっと思ってきたんだけど……

 ハッ!

 いけない、つい、お父様のこと、考えちゃった!

 私は勇者……私は勇者……私は勇者…… 

 見るからに軟弱そうな、いぢめて〜と全身で訴えるようなMは、まったくもって好みじゃないけど……

 鼻っぱしらが強そうで潔癖そうな赤毛美人が、すっごい似合ってるけど本人は嫌で嫌でたまらないいやらしい格好で私に挑んでくる……私を倒すことで、誇りを守る為に……。

 かなり萌えツボだわ!

 これは何としても、たたきのめして、私に屈服させなくっちゃ!

 彼女の絶望と屈辱の涙は、きっと美しいわ。



 だから、言ってやったの。

「悪いけど、その挑戦は受けられないわ」って。



 赤毛の女戦士は眉をつりあげ、緑の瞳で刺すように私を睨みつけた。

「何故、拒む? きさま、剣の勝負をしにきたのだろう?」

 激する相手に対し、私は落ち着いた声で答えてやった。

「ええ、私は両手剣の達人との勝負にきたのよ」

 私は彼女の背後の室内を見渡した。

 建物自体が狭いし、テーブルはあるし、椅子はあるし、炉はあるし、入口から向かって右の壁には食器棚やら衣装ケースやら大箱やらが並んでいる、一間の生活空間。部屋の奥には間仕切りの衝立があった。あの向こうにベッドがあるのだろうか。

「ここじゃ剣は満足にふるえないもの。あなたと戦ったところで、ろくな勝負にならないわ」

「し、しかし!」

 女戦士は必死だった。ストラップレスの赤いブラ、下半身は赤いハイレグの下着……にしか見えない魔法鎧は、上皇様いわく、

「『極光の剣』を見事に操らねば、外れん。そういう仕組みになっている」

 だそうなので、私と戦って勝ち、早くこの鎧を脱ぎたいのだ。

「剣の勝負は必ず広い場所でやるものではない! 寝込みを襲われることもある! いかなる時、いかなる場所、いかなる状態であろうが、戦えねば戦士ではない!」

 あ、もう、墓穴を掘ってくれた。

 やっぱ、見た目通り、直情的な人だわ、この人。

「そう、いかなる時、いかなる場所、いかなる状態であろうと、戦えなきゃ戦士ではないわ」

「その通りだ! わかっているのなら、私と」

「だから、外で戦いましょ」

「は?」

「あなた、今、言ったじゃない。『いかなる時、いかなる場所、いかなる状態であろうが、戦えねば戦士ではない』って。どんな格好であろうが……それこそすっぱだかだろうが、戦となったら戦うそれが戦士じゃなくって?」

「………」

「私も、狭い場所で戦えないわけじゃないわ。お母様から室内戦を想定した訓練を受けてきたもの。でも、広い場所の方が互いの持てる技術をぶつけあえると思うの。両手剣の達人の本当の腕前を拝見したいわ」

「………」

 目に涙をためたまま、女戦士が私を睨みつける。

 いい顔。

 私の言葉が正論だから言い返せないのよね。悔しくって、たまらないって感じ。でも、下着みたいな格好で外にも出たくない。

 後、もう一歩ね。

「わかったわ。残念だけど、勝負はあきらめる。今、あなたは戦えない状態なのよね。恥ずかしいんでしょ? 勝負よりも、裸を隠す事の方がず〜とず〜と大事なんでしょ? よぉ〜く、わかったわ。仕方ないわよね、あなた、女ですもの。戦士じゃなくって、ただの女よね」



「受けて立ってやる! 外に出ろ! 女勇者!」



 うぅ〜ん、単純。

 かわいいかも。



「鬼」

『勇者の剣』を抱え戸口に戻っていたアーメットが、私の耳元でボソリとつぶやく。

 鬼じゃないわよ、女王様よ。獲物自らの意志で逃げ場を無くさせ、網の中にからめとってあげる。お母様の話術を見てるから、これぐらい軽いものよ。



 けど、女王様としては……

 ここで負けるわけにはいかない。

 剣の腕前に自負を持っている相手を負かし、屈辱に酔わせてやらなきゃ話にならない。

 むろん、『勇者の剣』に認められる為でもあるんだけど。

 アーメットから剣を受け取る。

 持てるには持てた。

 しかし、剣がずっしりと腕にのしかかる。

 なに、これ?

 両手剣の重さじゃないわよ、これ。

 男の人を抱えてるみたい。腕があがらない……



 これで両手剣の名手と闘えっての?



 無茶言ってくれるわ、聖なる武器様は。



 戦えって言うんならやるけど……

『力を示して欲しい。持ち手にふさわしい剣の才を見せて欲しい』ってのなら、対等の条件で戦わせてほしかった。

『勇者の剣』的には不利な条件をものともせず、私が好勝負すれば満足なのかもしれない。

 でも、戦うからには勝たなきゃ意味がない。

 私はアーメットを招きよせ、その耳元に囁いた。

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