届けられた思い! 手を取り合って!
アジンエンデは……何っていうか、女らしくなった。
綺麗で、やわらかい感じになった。
万年子供の姉貴とは大違いだ。一つ違いなのに。
アジンエンデはもと旦那と復縁して、大事にされているようだ。
子供を宿したばかりなので、まだ全然、身体に変化がない。悪阻すら、まだだそうだ。ミズハ様が神の目でバラしてくれなきゃ、まだ妊娠にすら気づかぬ段階。普通に暮らせるのだ。
赤毛の戦士アジャンとは、シルクドの砂漠で別れたきりだそうだ。
「あの男、自分の子らは捨てたくせに、アフリ大陸で孤児を集めて暮らしているそうだ。ふざけた男だ。まあ、私はもう子供ではない、あの男がどう生きようが知った事ではない。子が生まれたら、舅殿と一緒に見せに行ってはやる。アレでも私の子の祖父だからな」
姉貴は、アジンエンデに自分の戸籍の事を嬉々として語った。
「私ね、十二歳になったの!」
ンなアホな事を言っても、アジンエンデはびっくりもしない。落ち着いた顔のまま、事実だけを口にする。
「ずいぶん若くなったな、ガジャクティンより若いではないか」
「私ね、グスタフ兄様の庶子になったの」
「エウロペのいとこの子という事にしたのか。だが、おまえのいとこ、それほどの年ではなかったよな?」
「ええ。二十四、もうすぐ五よ。私、兄様の十二歳の時の子って事にしたのよ。エウロペの貴族社会じゃ、たまにあるのよ。結婚前の少年が結婚の練習をしている時に、子供をつくっちゃう事が」
「おまえのいとこも、エウロペの祖父も納得の上の話なのだろ?」
「ええ」
「なら、問題ないな」
と、あっさりとアジンエンデが言う。常識的なようでいて、アジンエンデも非常識なところがあるよな。いや、逞しいところがあると言うべきかな。
「姫勇者の死と『剣の最期』を報告に言った弟どもが、侯爵家に居た私に出会ったってストーリーなのよ。グスタフ兄様の庶子の私が、あまりにも姫勇者ラーニャに生き映しだったから他人には思えないって泣いて頼んで、私をインディラに連れ帰るのよ。ゆくゆくは、ガジュルシンかガジャクティンのお嫁さんにするって約束で、ね」
「ほほう」
「けど、他国の貴族の庶子じゃ、王族の花嫁としては物足りない。だから、お父様が私をウシャス様の……ああ、ガジャクティン達のお母さんなんだけど、ウシャス様の実家に命じて、私を養女にさせたの。今、私、ウシャス様の姪なのよ」
「ふぅん?」
インディラの婚姻制度を知らなきゃ、どうでもいい話だ。
「ガジャクティンの花嫁にふさわしい戸籍を得たという事だな?」
「そう。しかもね、『姫勇者ラーニャ』を偲んで弟達が改名まで願ったって事で、名前も『ラーニャ』のまんまなの」
アジンエンデは、にっこりと微笑んだ。
「それは、良かったな。あらためて言おう、婚約おめでとう。ガジャクティン、おまえの恋が実って本当に良かった、私も嬉しい」
俺の大きな義弟は、照れて頬を掻いた。
すっげぇ、嬉しそう。にやけてる。
姉貴を選ぶなんて、絶対、不幸になるぞ。けど、本人が幸せそうだし、いいか。
あ……
でも、この先、どうなるんだ?
姉貴の夫って事は……ガジャクティンは俺の義兄になるのか?
いや、だけど、姉貴、十二歳だし、グスタフ兄様の娘でウシャス様ん家の養女だし……立場的には義弟の嫁……俺の義妹になるのか……?
えっと……
う〜ん……
う〜ん、う〜ん、う〜ん……
いいや、今まで通り、姉貴と義弟で……
姉貴の戸籍候補は他にもあった。その中から、姉貴はグスタフ兄様の庶子を選んだ。
『もしも』を考えたんだ。
ナーダ父さんが亡くなり、ガジュルシンも短命で逝った場合、目が見えないガジャクティンが即位……って未来もありうるからだ。
そん時は、信教(エウロペ教という事にするらしい)を理由に後宮から出て、表でガジャクティンの政務を助ける。だから、『女勇者セレス』や『姫勇者ラーニャ』にそっくりな外見でもおかしくない、従兄の庶子を自分の戸籍に選んだんだ。
ガジャクティン……愛されてるじゃん。
「放浪の第二王子はいつ旅に出るのだ?」
アジンエンデが、王子の格好の俺に尋ねる。さっきから、何度も、俺に話題を振ってくる。俺に『すまない』と思っているからだろう。
アジンエンデは本当に露骨なんだ。他の者には愛想がいいんだが、俺からは顔を背けがち。座っているところに近づくと、腰を使って逃げたりする。
失礼な態度をとっていたと気づくと、彼女は申し訳なさそうな顔をして、意識して俺に『友』として接しようとする。
無理しなくていいのに。
大嫌いな白蛇が二匹も俺の中に居るんだもん。そりゃあ、無意識に逃げたくなるさ。
「義兄思いの『第二王子アーメット』は、来週には王宮を出るよ。アーメット役は親父の部下がやるんで、俺は特にやる事ないけどね」
俺の身の内には、今、シンと『マサタカ』が居る。
俺はミズハ様の鱗をもらった眷族で、子供を二匹づつ預かる子守なんだ。数日おきにミズハ様が俺のもとへやって来て、俺の身の内の子供を換えてゆく。
子供達は母親が怖いから、眷族の俺の言う事もよく聞いてくれる。
俺の指示通りに、ガジュルシンの身に移っては魔力を食べてくれ、現実を見聞きして欲しくない時には眠りについてくれ、望めば白蛇の眼も貸してくれ、魔力や霊力も貸してくれる。
四匹の小蛇、みんなと親しくなった。
『マサタカ』、『スオウ』、『トシユキ』は牝だから、シンとはだいぶ性格が違う。きゃぴきゃぴしてて、明るい。
んでもって、おしゃべり。白蛇一族の事とか、それに仕える神官一族の事とか、今日の天気とか、人間のお洒落についてとか、とりとめもない事をしゃべり続けるし……
シンが俺の中に居ない時、あれこれと『シンが内緒にしたいだろう』秘密も教えてくれる。
姉貴の国葬の日にタカアキが『報酬と慰謝料』の話を持ち出したのは、シンのせいらしい。シンが『ガジュルシンの身に宿りたい、魔力を食べてあげたい、一刻も早く』と、ミズハ様とタカアキに懇願して、せかしたんだ。
願いを聞き届ける代わりに、タカアキは姉妹との結婚をシンに命じた(白蛇神は兄弟姉妹婚OKなんだそうだ)。
『マサタカ』、『スオウ』、『トシユキ』だけじゃなく、全員が対象。女の子達から求められた場合、シンには拒否権がない。全ての求めに応じないといけなくなった。
今、牡はシンが一匹だけだ。これから、もしも、牡が生まれなかったりしたら、(夫をよそでつくってもらわない限り)百もの妹達の相手をするはめになりかねないわけで。
『ミズハ様や姉妹とは仲良く暮らせている?』ってガジュルシンに聞かれた時、暗かったのはそういう理由かと納得がいった。
実体がつくれるぐらいデカくならなきゃ卵は産めないらしいから、結婚するにしても十年以上先の話だそうだが。
俺が暇な時、白蛇達には体を貸してやる。俺の分身を作らせ、それに宿り行動する事も許したりしている(その場合、俺も一緒に行動するようにしている……)。
子供達は人の身を動かしたがっているんだが、タカアキは基本的に体を貸してくれないらしい。一日おきにミズハ様に貸してるし、ミカドの神官長の仕事もあるから忙しいんだろう。
なので、ここにいる間は、問題ない限りは貸してやろうかと思ったんだが……
監視の目がないと、問題ありありだった。
子供達はミズハ様と一緒で、人間界の常識を知らず……惚れっぽくって、欲望に素直だったんだ。
白蛇のお嬢様方は、俺の体(もしくは俺の姿の分身)で……ガジュルシンや俺、ガジャクティン、ナーダ父さん、親父、護衛の忍者達を誘惑したんだ……卵が欲しいわけじゃなくって(まだ産めないし)、いい男だから寝てみたいって……
くぅぅぅぅ……思い出すだけで恥しい。顔から火を噴きそうだぜ……どうにか全員の床入りだけは防げたが……
シンは、姉妹ほどはひどくはなかった。でも、あいつも、おかしい。俺の分身に宿った時、ガジュルシンばかりか俺にまで接吻した。『父上には劣るが、きさまも憎からず思っている』とか言って。とりあえず、俺は男は嫌いだ! と殴っておいた。
あれは駄目、これも駄目と、いちいち禁止して、目を光らせていなきゃいけないが……
まあ、それなりには、白蛇と俺は仲良くやっている。
ガジュルシンは鱗をもらっていない。だから、白蛇達は見えない。俺か俺の分身に白蛇達が宿らない限りは、会話できない。
で、会話する機会ができると、いつも必ず礼を言う。
俺に対しても、しょっちゅう謝る。信教のせいで、君の望む形で生きる努力ができなくて申し訳ないと……
やめろって言ってるのに、謝る。もうどうしようもない。
ガジュルシンは、運命を受け入れている。
魔力によって死ぬのなら、それが自分の運命だと思っている。
延命を願っているのは俺であり、ウシャス様であり、家族なんだ。
望んでもいない延命の為に努力してるくせに、俺に謝るなよ、まったくもう。
ガジュルシンは『従者となった褒美』として聖地で義姉の供養をする事を、ナーダ父さんにねだったって事にした。
半年間、インディラ教総本山で祈りの日々を送るって事にして、表には出ないで内なる魔力をおさえる研究をするんだ。
まずは、分身をあっちこっちに送って、高名な魔法使いに面談を求めたり、魔法書を調べたりしている。
いい方法を見つけてもらいたい……
俺は特に何もできない。
後宮で魔法書を読んだりしてのんびり過ごすガジュルシンを護衛し、俺の身の内のミズハ様の子供達に魔力を食べてもらう以外には何も……
内心の焦りの感情をおさえ、穏やかな気持ちで、ガジュルシンと共にいるだけだ。
「久し振りじゃの、ラーニャに王子達よ。おお、アジンエンデまでおるのか、元気であったか?」
姉貴の部屋に、唐突に、大魔術師様が現れた。
移動魔法だ。
俺達はニコニコ笑う白髪白髭の老人を驚いて見つめた。
* * * * * *
その場にいた全員を、カルヴェル様が移動魔法で運ぶ。僕の部屋へと。
大魔術師様は、いつもと同じだ。説明もせずに、ご自分のペースで行動する。
その場に父上とジライにセレス様までもが現れる。分身達に三人を運ばせて来たのだ。
「これを見てもらいたい」
物質転送魔法で、カルヴェル様はソレを部屋の隅の壁の前に出現させた。
「わしからという事にして、贈ってくれと頼まれての」
カルヴェル様に促され、僕はソレの前に立つ。
透明な魔法箱に覆われた鉢植えだ。中には、僕の胸元までの高さの小低木の鉢植えがある。元気な緑の葉、枝先には間もなく花開きそうな蕾があった。
「それはとある植物学者が研究しておった牡丹の改良種。魔力のみを吸収して花開く。魔法箱に触れてみてくれんかの?」
僕の右の掌がそれに触れると、蕾が花びらをのぞかせ、あっという間に開き、紅色の華麗な大輪の花へと変わる。
幾重にも重なる花びらが美しい。艶やかな生命力に満ちている。
そこから何ともいえぬ上品な香りがした。
心地よい香りだ。
「その牡丹はの、己を咲かせてくれたモノを愛し、以後、その愛だけを糧として生きる。愛が贈られ続ける限り、その花は永久に美しく咲き続ける。ゆえに花は、愛には愛をもって応える。愛しい相手に生命力を……精気を返すのじゃ」
僕は大魔術師様を見つめた。
白髪白髭の老人は、ニコニコと微笑んでいる。
「注がれた分だけ返す。自分を生かしてくれる者を愛するがゆえに、花はおぬしに精気を返す。ソレはもう他の魔力は吸えぬ。おぬしから愛されねば朽ち果てる。インディラ教徒のおぬしが、おぬしを慕うかよわき生命を見捨てるはずはないな?」
大魔術師様が僕へと片目をつぶってみせる。
「その魔法箱に入れたまま、部屋に置いておけ。世話はいたって簡単、日の光も水も養分もいらぬ。一日に一度、おぬしが観賞すればよい。五分といらぬ。それだけで牡丹は生きる。最長一週間は側を離れても良いそうじゃが、その後は一時間ほど花の側にいるようにとの事じゃ」
僕はもう一度、牡丹を見つめた。僕の魔力を吸収し、紅色の花は見事に咲いている。気品あふれる美しい姿で。
「この牡丹を何故、僕に……?」
僕の問いに、大魔術師様がおどけたように答える。
「なぁに、偶然よ。妹を熱愛しておったどこぞの男が、たまたま、面白い植物を見つけてな、植物学の権威に品種改良をしてもらったのよ。上手い具合に完成したゆえ、早世しそうな妹の孫にやりたいと言ってな……。別に、あやつ、おぬしの事を常に気にかけていたわけではないぞ? たまたま、良いものが手に入ったゆえ贈る……それだけの事だそうだ」
僕は牡丹の鉢植えの入った透明な魔法箱に、そっと触れた。
憎み続けていた者からの贈り物は、溜息がでそうなほど美しく……いたわりに満ちていた。
僕は瞼を閉じた。
「……インディラ寺院の奥の院の左翼の三の房に、未完成の石のレリーフが飾られています。インディラ教の始祖バラシンが神の泉の前で神の御心に触れたシーンを描いたものです。とても美しく、静謐で、清らかな作品なのですが……細部は荒削りなまま残されています。信仰心をもって聖なる場面を表そうとなさった方は、作品を完成させる事なく亡くなりました。信仰を捨て魔に堕し殺戮の限りを尽くしていた男を止めようとして、殺されたのです」
「大伯父が聖職者を殺していたのは、一時の事でした。ラーニャの話を聞き、理由もわかりました。愛する者を失ったゆえに自暴自棄となり、狂気に走っていたのだと。しかし、理由は何であれ、大伯父は光の教えの者の命を奪いました。聖職者の未来を……彼等が今世でなせたであろう全てを奪ってしまったのです。大伯父の罪はこの先も決して消える事はない。僕は血族として、大伯父の罪を恥じています」
「しかし……罪は罪として忘れぬ上で……僕は血族として、愚かな大伯父を愛せる……大伯父のまごころは確かに受け取りました……カルヴェル様、どうぞ、大伯父にお伝えください……花をあなたと思い、あなたの罪が許されるよう祈りを捧げ、あなたの代わりに死者を弔い続ける……と」
* * * * * *
ガジャクティンと二人で庭に出た。
毎日、必ず二人っきりの時間をつくっている。たいては庭のお散歩。運動つきのデートだ。
今日はアジンエンデがいるから三人で一緒に庭に出て、庭園を案内しようかと思ったんだけど……
『私は一週間滞在する。習慣は崩さなくていい。おまえの母のところで、子を産む覚悟などを聞いてくる。又、後で、な』
と、アジンエンデはサッサといなくなった。気を利かせてくれたのかな。
ガジャクティンの歩みは遅いけれど、失明したての頃に比べれば速くなった。
精霊に物を代わりに見させたり、指示を出したりできるようになってきたって言ってる。でも、具体的には何をどうしてもらってるんだかは、説明を聞いても、いまいちわかんない。
杖をついて歩く姿は、けっこう、堂々としてきた。あぶなげない……とまでは言えないものの、ハラハラしすぎてこっちが青くなる事はなくなった。転んでも、きっと平気。自分で起き上がれる、そう思う。
いつものベンチに、二人で座る。
ガジャクティンは、ご機嫌だ。
さっきから、ずっとあの牡丹を褒め称え、大伯父を見直したと顔を輝かせている。
大好きな兄が死から遠ざかった事が、嬉しくってたまらないって感じ。
これからはガジュルシンの肉体におさまりきらない魔力を、白蛇が食べ、更にあの牡丹が吸収し精気を返してくれる。
余命は延びる。
でも、どれほど延びるのかはわかんない。
二〜三年が、四〜五年になっただけかも。ガジャクティンやアーメットが望むように、何十年も延びたのであってくれればいいんだけど、私達にはわからない。
白蛇ならわかるだろう。でも、きっと、教えてくれない。
私は、時々、アーメットの内の白蛇達と話をしている。アーメットが彼等に体を譲ってる時間に話すのだ。
あっちの世界にトリップしがちなバカな婚約者の愚痴をこぼしたり、相談にのってもらったりしている。
一番、親身になってくれるのはシンだ。シンは結界を張った上で、本来は話してはいけない事だ、聞き流せと、こう教えてくれた。
『神もさまざまだ。お母様のように『人それぞれの個性』を愛でる方もおられれば、人間の意志などお構いなく己が支配領域にとりこもうとするお方もいらっしゃる。後者は人間の精神など、どうなってもいいと考える。力づくで何でも事を進めようとする。視力を奪われたおまえの婚約者は、現実よりも霊的な世界に目が向くようになっている。それが何故かは……わかるな? 誰が何をしたがっているのかは察せられるな?』
現実に執着を持たせろと、シンは言った。
『我々の世界に来るよりもおまえと共に居る方が楽しいと、あの馬鹿王子が思えば誰も手が出せなくなる。我等の存在は、そういうものだ』
ガジュルシンにメロメロの馬鹿と思ってたけど、シンは親切だ。
だから、姫巫女みたいに多情でも許してやる。ガジュルシンどころか私の弟にも気があり、『私の自由にできそうな憑依体はないか? 見た目が美しく、父上とあまり体格差がなく、指が細く、毛深くなく、体臭も薄い体がいいんだが』だの、『(ガジュルシンと弟の両方と)手を握りたい、接吻したい、×××したい』と、あれこれいやらしい相談をしてくるけど、殴らないで聞いてやっている。
ガジャクティンがベンチによっかかって、顔を上に向け、ニコニコ笑っている。
「あのさ、ラーニャ、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「僕、だいぶ、一人で歩けるようになったろ?」
「そうね」
「明日から、片手剣の稽古を始めようと思うんだ。付き合ってくれない?」
「片手剣の稽古?」
私は、目が見えなくなった義弟を見上げた。糸目は、閉じられたままだ。めったに開けない。
「距離感がつかみづらいから、槍と両手剣は諦める。でも、片手剣ならば、鍛え直せば、どうにかなるんじゃないかと思うんだ。印可の腕を腐らせちゃ、もったいないし」
「だけど……」
「平気だよ」
義弟が明るく言う。
「目が見えない分、勘と霊力があるもの。それにさ」
義弟で婚約者の男が、お父様そっくりな顔を私にむけてくる。お父様みたいに自信にあふれた落ち着いた顔で、私に微笑みかける。
「盲目の剣士ってカッコいいと思わない?」
「馬鹿」
私はおバカな男の額を、指で弾いてやった。
ガジャクティンは、十四歳の子供らしい顔で、ガキっぽく笑った。
「だってさ、僕だって男だもん。いざって時に、ラーニャを守りたい。剣の腕を失いたくないよ」
霊力で精霊を使役した方が強いんじゃない? って聞いたら、
「僕が自分の手でラーニャを守りたいんだよ」
と、頬をふくらませる。
筋肉を衰えさせないよう、毎日、自室で自重を利用した運動(ウェイトトレーニング)をしていたんだと、ガジャクティンは言った。さすが体力バカだっただけの事はある。
「後宮には大芝生広場もあるし、屋根付きの武闘場もある。稽古場に困らないよ」とも。
だからさ、とガジャクティンが無邪気に笑う。
「ラーニャ、召使達に、掃除と手入れを頼んでおいて。補修も必要なら早目に。僕は眼が見えないから、代わりに、しっかり監督してね」
と、図々しく私に命令してくる。
「ラーニャは僕の女主人なんだろ? かわいいM奴隷のお願いだもん、聞いてくれるよね?」
女王様に命令するMなんていないわよ。
本当、美学がわかってないんだから。
おチビの爪の垢でも煎じて飲んどけ。
バンキグで、私は、知恵の巨人に幾つか質問をしたんだけど……
真面目な質問をする前に、欲望まみれの問いを心に浮かべてしまった。
『私の恋って実るの?』って思っちゃったのよ。
それに対してのあいつの答えは、
《そなたの願いは叶う》だった。
あの時、私の恋しい方は『お父様』だった。
でも……
巨人は嘘は言っていない。
今の私は、『恋しい方』と一緒にいる。
私は、おバカな義弟の左頬に接吻を贈ってやった。
「姫勇者ラーニャ 完」
●本編最終章で描けなかった方
セレス
ラーニャとガジャクティンの婚約を喜び、ラーニャに奴隷の操縦法などを伝授中。ガジュルシンの余命が短いと知って嘆くウシャスを、励まし支えている。
カラドミラヌ
バンキグに英雄として帰国。ナーダと戦斧勝負ができなかった事を残念に思いながらも、友情の証として装飾品を交換し合えたので満足。ナーダからもらった腕輪を家宝とする。
リオネル
ラーニャの国葬に出席。ジライによって後宮まで案内され、洗脳の件で怒っていたラーニャにぶん殴られる。ラーニャの生存を喜び、失明したガジャクティンを慰める。
グスタフ
ナラカが死亡した為、エミール病より完治。妻アンヌと息子ヴィクトルと共に暮らす。
ご愛読ありがとうございました。つづけておまけをアップします。が、小説ではなく、没設定や私のたわごとなどをダラダラ書いたものです。