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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
伝説が終わっても
113/115

穏やかな時を生きる! 長く共に!

 今世の三大魔法使いは、ハリハールブダン、タカアキ殿、そして二百年以上もの間『三大魔法使い』の称号を冠するエルロイ様じゃ。

『緑の手』の異名を持つエルロイ様。若い頃、わしは、二週間ほど、エルロイ様の城にやっかいになった。

 シルクドの中央砂漠に、エルロイ様の城はある。城といっても、建物は城壁と中央の居館のみ。ほとんどが庭園なのだ。

 エルロイ様の魔力に満ちた庭園には、世界中の春夏秋冬の花々が咲き乱れている。

 透明な壁によって庭園は幾つかのエリアに分けられており、温暖な地方から熱帯地方や乾燥帯地方、極寒の地方まで、さまざまな気候が再現されている。

 庭園というよりは植物園だ。

 エルロイ様は、この城で、植物と共に三百年以上の時を過ごされておる。

 若い頃のわしは、その長寿に興味を持ったのだが……

 その長寿の法はわしには実行不能だとわかり、魔法使いとしての生の全てを植物と結びつけているエルロイ様の魔法にも馴染めず、学ぶもの無しと見切り、早々に城を後にしたのだった。



 その不肖の弟子に、エルロイ様の城より招待状が届いた。



 砂漠の真中にある緑の楽園は、高い壁に囲まれておる。

 幻影やら、空間歪曲で、人間の接近を拒んでおる上に、この壁。わしの城の雲の上まで伸びておる壁には劣るものの、見上げておると首が痛くなるほど高い。

 門の前に立つと、門扉が開いた。

 そこから先は……

 むせるほど濃い緑の世界が広がっていた。

 なんとも暑い。

 扉の先は、熱帯植物が生い茂るジャングルじゃ。南国の色鮮やかな美しい花々、さまざまな色形の実をつけた果樹が目につく。花や果実や草木がそれぞれ独特の濃い香りを発し、己が存在をこれでもかと誇示しておる。

「カルヴェル様」

 低木やつるだらけの歩きにくそうな森の奥から、小柄な男がひょいひょいと跳びはね、近づいて来る。

 動きやすいからか、習慣からか、インディラ忍者装束姿じゃ。紺色の兜に口布、チュニックにズボン。じゃが、獲物がおかしい。腰につけておるのは草鎌と剪定鋏じゃ。

「ようおいでくださいました、カルヴェル様」

 インディラ忍者が、わしに対し片膝をついてかしこまる。わしは鷹揚に頷きを返した。

「久しぶりじゃの、ガルバ。庭師に転職したのかの?」

 インディラ忍者の目元に、人懐っこい笑みが浮かぶ。

「居候代がわりに、エルロイ様のお手伝いをしておるだけにございます。各エリアの端々には、魔力が及びづらい場所がありますゆえ、その辺の手入れなどを」

 そう答えてから忍者が、すくっと立ちあがる。

「ご案内します。ここより館まで歩行での移動は困難にございますゆえ」

 忍者の目元の笑みが、変わる。内面の人の良さをうかがえるにこやかな笑みから、微笑んではいてもを何処か人をくったかのような油断のない表情にと。

「館までは私が運びます。いいですね?」

 その問いに対しても、わしは頷きを返した。

「うむ。頼む、ナラカ」



 移動魔法で跳んで行った先は室内だった。

 うだるように暑かった先程までとは違い、暑くも寒くもない。ソファーを勧められたので、魔法使いの杖を体によりかからせ、座る。

「少々、お待ちを」

 と、言って頭を下げたのはガルバの方じゃ。わしはクッションのいいソファーにふんぞりかえって座り、室内を見渡した。白壁の、エウロペ風居間。古臭い調度品ばかりじゃが、埃っぽくはなく、よく掃除されていて部屋には清潔感がある。窓に目を留めた。大きなガラス窓の向こうには、クリームイエローの可憐な野ばらが咲いている。生き生きと春めいた景色じゃ。

 園芸道具を外し、兜と口布もとったガルバが、ティーセットをワゴンで運んできて、わしの前で茶を淹れてくれる。インディラ式じゃ。高い位置からカップに泡がたつように、茶をそそぎ、又、ティーポットに戻して茶をそそぐ。

「どうぞ」

 と、わしの前のテーブルに茶を出してくれたのはガルバじゃった。が、茶をもう一杯準備した後、向かいの席に腰を下した時には、表に出ておるのはガルバではなくなっていた。

 わしに対しにっこりと微笑んでから、男が茶を勧める。

 スパイスと砂糖たっぷりの濃厚な味。

 ガルバの淹れる茶は美味い。昔も何度か馳走になった。

「エルロイ様は、ガルバがお気にいりなんです。料理の腕前は素人離れしてますからね」

「ふむ?」

「エルロイ様、最後の弟子が逃げてから、何十年もまともな食事をなさっていなかったみたいで。まあ、食べなくても死なないんですがね。脳がたまに欲しがるみたいで。でも、外から調達するのも面倒なので、空腹を感じた時は果実でしのいでいたそうで。それが、望めば、東西のフルコースが出るようになったんですから。エルロイ様、今、ご機嫌なんですよ」

 そう言って男が、ふふんと得意そうに笑う。相棒を自慢できるのが嬉しいのだ。あいかわらずな奴め。

「エルロイ様はいずこに?」

 御挨拶をしたく、尋ねたのだが、

「エルロイ様は、おとといから、緑豆の品種改良の研究をなさっています。一度、研究を始めたら、他の事は目に入らない、食事も必要ないとおっしゃっていました。一段落ついたら美味いものを頼むとおっしゃって、奥の研究室に。今は邪魔をしない方がいいかと」

 まあ、そういう事情ならば、たしかに。直接会わんでも、砂漠からこの城に入った時点で、エルロイ様はわしを『ご覧になっておられる』だろうし。わしに何ぞ言いたい事がおありなら、あちらから声をかけてくださるだろう。

 ナラカがカップを置き、わしへと微笑みかける。

「今日はあなたにお願い事がありましてね、ご招待した次第です。その前に、ちゃんと、あなたの愚痴に付き合ってあげますから、お願いを聞いてくださいな」

 愚痴じゃと?

「おぬしには言いたい事が山のようにあるのじゃ」

 わしはフンと鼻を鳴らして、長年の友を睨みつけた。

「ほんに、おぬしは性格が悪い」

 ナラカは面白そうに笑っている。

「おぬしが真には堕ちておらんのはわかっていた。だが、何処まで本気なのか、何をしたいのかはさっぱりわからんかった。その上……」

 わしは杖の頭を、ナラカへと向けた。

「わしからの心話を着信拒否しおってからに」

 わしとナラカには、緊急連絡用の通信手段があった。

 杖じゃ。

 ランツの従者であった頃、わしはナラカに黒のローブとわしの念のこもった魔法使いの杖をプレゼントした。

 常にフードマントを被って正体を隠しておった阿呆さに、呆れたからじゃ(八つの年に出家してから、ずっと切っておらんかったので、普段後ろで三つ編みにしている黒髪は、解くと足首まであった。ちょっと伸びてしまったという言い訳は通じん長さじゃ、不良坊主め)。

 魔法使いの格好の方が行動しやすかろうと思っての贈り物だった。が、ナラカは意外なほどわしからの贈り物を喜んだ。何時も魔術師のローブをまとい杖を持ち、よほどの事がない限り僧衣を着ようともしなくなった。

 ナラカの杖はもとはわしのモノであった故、わしの杖と通じ合っていた。

 杖を通し、わしはナラカに語りかける事ができたし、ナラカもわしへとメッセージを送る事ができた。魔法に長けた我らは、杖を使わんでも直接、心話で話せたゆえ、ほとんど利用する事はなかったが。

 ナラカは常に杖を持っていた。ランツの大魔王戦でも、三十六年ほど魔界に封印されていた間も、総本山を抜けだした時(魔界よりナラカが戻った時、穢れきった杖は処分するはずじゃったが、ナラカが強く望んだので、わしが繰り返し浄化して清めてやったのだ)も、魔族となって放浪している間も。

 魔族となってからも数年は不定期にナラカから連絡があったのだが……気づいた時には、ナラカは今世から居なくなっていた。

 光と闇の勢力にナラカが狙われておったのは、知っていた。わしの城で暮らしてはどうかと何度も誘った。だが、ナラカはガルバと共に放浪を続け……

 そして、わしの知らぬ所でガルバを失い、荒れに荒れ、真の魔に堕ちかけていたのだ。ラーニャが居らねば、十年前に十四代目大魔王が降臨していた事だろう。

 再生の術でガルバを復活させてからじきに、ナラカは異空間に籠ってしまった。今世にナラカが居らねば、何処ぞの馬鹿が大魔王の憑依体となるやもしれぬ。そうとわかっていて、今世を捨てたのだ。

 今世の人間どもに付き合いきれなくなったのが理由の半分、もう半分は『誰かが大魔王を降臨させる』事を期待して。

 アブーサレムが大魔王を降臨させたゆえ、ナラカは責任をとるという形で、『勇者の剣』と闇の聖書を葬りに走ったわけじゃ。

「何故、わしに連絡をとらなかった?」

 放浪の旅で困った時でも、ガルバを失った時でも、世に絶望した時でも、勇者と闇の王との戦いを終わらせようと決意した時でも……

 何時でも、わしとは話せたはずじゃ。

 心話でも、杖でも。

 ナラカは肩をすくめた。

「最初は、あなたに迷惑をかけたくなかったからです」

「迷惑?」

「ああ、怒らないでください、カルヴェル。私が馬鹿だったんです。私があなたのもとで暮らしては、あなたまで光と闇の両勢力に狙われる……そう思っちゃったんです」

「そんなモノ、わしには何ほどのこともない。ちょいちょいと蹴散らしてやったわ」

「その通りでしょうね……でも、あなたの評判は堕ちてしまう。大魔王の手下みたいな私を、あなたに守らせたくなかった」

「それは、わしへの侮辱じゃ」

 わしはナラカを睨みつけた。

「友よりも大事なものがあろうか? 世の評判なんぞ、わしゃ、もともと気にもしておらなんだわ。世の者どもがどう思おうが、わしは友の為に生きるわ」

「ええ……あなたならそう言う……そうわかっていたから嫌だったんです……でも、」

 ナラカが苦笑を浮かべた。

「ガルバが浄化された時には、さすがに後悔しましたよ。私がつまらない意地を張ったせいで、殺してしまったのですから……」

 それは自嘲の笑みだった。

「姫勇者様のおかげでガルバを再生してからは、考えが変わりましてね……今世に留まる気が無くなったので、あなたとも大僧正様とも連絡をとらないようにしたんです。約束を破る事になっちゃうんで」

「薄情者め」

 わしは、忍者の身に宿っている友へと怨みごとを言った。

「おぬしが魔に堕ちようが、約束を破ろうが、不義理となろうとも、わしは構わぬ。じゃが、何時の間にか居なくなられるのだけは許せん」

 わしは友を睨んだ。

「二度とするな。次に消える時は、挨拶をしてからにせい」

「はい。すみませんでした、カルヴェル」

 ひねくれものにしては珍しく、素直に頭を下げる。多少、反省はしているのか。

 ならば……

 わしは胸元から長方形の魔法箱を取り出し、テーブルに置いた。

「おぬしにやる」

「これは?」

「失った杖の代わりじゃ」

 探知と千里眼で見ていた。

 シルクドの戦いで、ナラカはわしの贈った杖を失った。アーメットと身の内の白蛇に粉砕されたのだ。

 あの時、ナラカは激怒していた。ミズハ神の力を使って、アーメット達に何度も雷を落としていた。白蛇神は雷に耐性があるし、再生の力がある。死なせても相手が復活するとわかっていたからの攻撃じゃが、怒りのままに雷を直撃させていた姿は実に大人げなかった。

 ナラカが魔法箱を開ける。中には 銀細工のペンダントが入っておる。

「おそろいじゃ」

 わしはニッと笑って、わしの胸元のペンダントを指さした。

「新しい杖をやろうかとも思ったのじゃが、ガルバに杖は似合わんしのう。身につけられるものの方が良かろうと思って準備した」

「男と揃いの首飾りですか、ぞっとしますね」

 ナラカが嬉しそうに笑って、ペンダントを手に取った。

「この首飾り、どんな効果があるんです?」

 わしの装飾品は、全て魔法道具(マジック・アイテム)だ。霊力増強用、苦手な回復魔法補助用、精霊召喚用、古代魔法の術を宿したもの、身代わり用と、さまざまじゃが。

「能力代行じゃ。複数の魔法を使用する時に便利じゃぞ、結界維持、光球、反撃、浄化、疲労回復ぐらいなら、同時に、この首飾りに任せられる」

「ほう」

「そして、何より、これが重要なのじゃが」

 わしはニヤリと笑った。

「これにはわしの念が籠っておるゆえ、わしに通じておる。首飾りを通し、いつでも互いにメッセージを送り合う事ができる。何処に居ても、の。離れていても、わしらは常に一緒なのじゃ、義弟よ」

 わしとナラカとランツは、義兄弟の契りを交わした仲、ナラカはわしの義弟でもある。

 ナラカは『せっかく杖が無くなったのに、又、あなたと一緒なんですか? うんざりですね』と快活な声で笑い、ペンダントを首にかけた。ニコニコと笑いながら。



 茶を飲み終え、わしらはナラカの案内でナラカ(いや、ガルバか?)がエルロイ様からもらったという庭園に向かった。

「おぬしがエルロイ様と知り合いだったとは知らんかったわい」

「親しくなったのは、ごく最近です。牡丹が縁で、ね」

「牡丹?」

「先代シャイナ皇帝は、とても優秀な植物学者だったのです。ご存じでした?」

「いや」

「私、偶然、彼の生前の研究を知ったんです。たいへん素晴らしかったので、植物学の権威に彼の残留思念と研究過程をこっそりお渡ししたんです。ガルバにお使いさせて、ね。そしたら、」

 ナラカがクスクスと笑う。

「ガルバが今世で森を走っている時に、エルロイ様からご連絡がありまして。『先日、いただいた牡丹が完成した、ご鑑賞に来られたし』とね。ガルバも私も、びっくりしましたよ。こちらの正体は知られぬよう、こっそり死者の記憶と研究途中だった牡丹の苗を置いて来ただけだったのに、誰の仕業かバレてるなんて」

「エルロイ様は植物の記憶が読めるからの」

 わしはかつて師事した偉大な魔法使いの事を思い出した。

『緑の手』と呼ばれるエルロイ様は、既に人の形をしておらぬ。

 三百年前に、人の器を捨て、魂をこの城に移してしまわれたのだ。植物を永久に愛する為だ。城より植物が無くならぬ限り、エルロイ様は永久に生きるのだそうだ。

 庭園の植物を通し、世界中の植物と同化し、植物の見聞を共有なさっている。この城に居りながら、エルロイ様は植物となり、世界中に存在しておるのだ。

 もとの肉体も植物に奉仕させるのに便利じゃて、複製(クローン)を作り使用なさっている。じゃが、それ自体に個の魂はなく、城となったエルロイ様が動かしている道具にすぎぬ。年老いたら廃棄し、又、作り直す、その程度の存在でしかない。

 先程、ナラカが『エルロイ様』と呼んでいたのは、その複製の方。エルロイ様にとって、手であり、足、人であった記憶が恋しくなった時に食事をさせる器官でしかない。

 かつてのわしは、城に引き籠り、狭い世界の中で不老不死として存在するエルロイ様が愚かに思えた。

 だが、年老い、考えが変わった。

 それも魔道の形の一つだ。

 なによりエルロイ様がその生にご満足なさっておるのだ。外からとやかく言うものではないし、わしなんぞにその資格はない。

「ええ。植物を通じて、エルロイ様は植物の見聞した世界もご覧になれるのだそうですね。皇宮の内廷の牡丹園から苗を盗んだ男も、それをエルロイ様のお城の門の前に運んだのが誰だかも、ご存じでした。まあ、そういうわけで牡丹がきっかけでこちらにお邪魔するようになりましてね、ガルバがエルロイ様に気に入られたというわけです」

「ここが、おぬしとガルバの(つい)の住処か?」

 そう尋ねると、友は肩をすくめた。

「どうでしょうね。先の事はわかりません。まあ、しばらくはご厄介になります。ここ、滅多に外の人間が来ないみたいですし、エルロイ様は私達が何者でも気になさらない。エルロイ様のご興味はもっぱら植物で、食事を望んだ時に美味しいものが食べられる現状がご満足みたいです」

 人からうとまれずにそこに居られるっていいですね、とナラカが笑う。

「気が向いたら、わしの所へ来い」

 と、言うても、

「気が向いたらね」

 と、義弟は笑うばかり。

「いつでも来て良いのだからな」と、念を押すと、ナラカが首をかしげた。

「相談の上で決めますよ」

「ガルバは反対などせんだろう」

「ガルバだけじゃなくて」

 ナラカがニヤニヤ笑っている。実に意地の悪い顔じゃ。

「内に、あなたみたいな無神経な男は大嫌いだって言う者も居ましてね……せっかくだから、少し話してみます?」

 それは、もしや……

 ナラカの顔の印象が変わる。

 唇をとがらせ、鋭く睨みながらも、どこかけだるそうな緩みのある……そんな顔になったのだ。

 ナラカでもガルバでもない……と、思うた時には相手がものうげに口を開き……



 鼓膜が破れそうなほどの大声で、怒鳴り始めたのだった……



 案内されたナラカの庭園は、牡丹園だった。

 通路に迫るように低木が並んでおる。人間の腰から背丈ほどの高さのある低木は、ほうき状に枝分かれし、枝先に紅、紫、白の大型花を咲かせている。

 牡丹園への到着と共に体の支配がナラカへと変わったので、落ち着いて牡丹を観賞できる。うるさい男は、又、後で出て来ると捨て台詞を残してからひっこんだが。

 ナラカはしばらく牡丹園を進み、左側を指差した。

「この辺が、エルロイ様が亡き植物学者の遺志を継ぎ完成させたものです。永遠に枯れぬ牡丹。苗自体に魔法の品種改良を施すのではなく、ただの花に魔力を注ぎこみ、永久に咲かせ続けるのです」

「ほほう」

 わしは牡丹をまじまじと見つめた。花の作りは他のものと差はない。女性のフリルドレスのような、妖艶な花びらが魅惑的じゃ。

「そして、こちら……私がエルロイ様におねだりをして作っていただいた、その牡丹の改良種です。ああ、触らないでくださいね、あなたが箱に触れたら台無しですから」

 通路に、透明な魔法箱があった。中に、緑の低木の鉢植えがある。元気な葉はあるが、花はまだ蕾。茎の細さに合わぬ大輪の花が咲くゆえか、鉢の周りに細い三本の枝の支柱が立てられ、縄で茎に結びつけられている。

「これを、あなたからの贈物として届けてくれませんか?」

「何処に?」

「インディラの後宮に」

 そう言ってナラカは笑う。悪戯をたくらむ子供のような笑みじゃ。



* * * * * *



 エウロペ国王への従者報告の旅を終えから、半月が経った。



 報告の旅に行く従者は、第一、第二王子、カルヴェル様、シャオロン、大僧正候補、ペリシャの聖戦士長の予定であった。

 が、予想外の同行希望者がいた。第三王子がどうあっても行きたいと、だだをこねたのだ。

『エウロペ国王への御前報告は、勇者の旅のしめくくり。華々しいフィナーレにあたるんだよ。特に、今回は、最後の勇者であり、大魔王と相討ちになった姫勇者の旅の報告なんだ。絶対、すっごく盛り上がるよ。人々の感動と涙を誘い、そこから多くの詩歌が生まれ、『姫勇者伝説』が花開くんだ。その歴史的瞬間に、僕だって立ち会いたいよ』

 光を失った第三王子の護衛として我も同行する事になり、更には大僧正候補の護衛じゃと言うて、あの大砲のようなインディラ(いち)の武闘僧まで勝手について来おった。

 第三王子と大僧正候補と武闘僧は、勇者おたく同士で気が合い、わきあいあいとしておった。

 エウロペ貴族どもの前では、悲劇の王子と粛然たる従者を装っておったが。

 杖をつかねば歩けない第三王子は、エウロペ中の同情を買い、本人も声をかけられる度に義姉との思い出を口にして涙をこらえる振りなんぞをしておった。

 きっとあいつ好みの『悲劇の王子』の伝説も生まれ、『姫勇者』の伝説にくっつくのであろう。



『姫勇者 追悼本』は飛ぶように売れ、『姫勇者ラーニャ』の次の巻の為にムジャには執筆業に専念させている。



 だが……

 大魔王戦を思い出すのは不快だ。

 あの戦いには、悔いが残っておる。

 傀儡の術下にあったアーメットがラーニャ様のお側にいたゆえ、いつでも護衛できると油断し、ラーニャ様のもとを離れセレス様を護衛していた。

 ラーニャ様が僧侶ナラカと相討ちとなった時、己の愚を悟った。が、全てが遅すぎた。

 生き返られたラーニャ様のお話によれば、大魔王と共に姫勇者が果てた事で万事がうまくいったそうじゃが……

 失態は失態。

 我はラーニャ様の『影』として、あるまじき不始末を犯したのだ。

 己がいたらなさを噛み締め、二度と繰り返さぬよう、胆に銘じる。

 アーメットの傀儡は解いた。動かせる身は一つだが、セレス様とラーニャ様を二度と危うい目に合わすまい。お守り通してみせよう。

 我が命続く限り、永久に……



 なにせ、ラーニャ様の嫁ぎ先はこの後宮となった。

 ずっと我と共に居られるのだ。

 これからも、二人の女王様が我が側に……

 そして、いずれは、この後宮に、セレス様とラーニャ様のお血を引く、新たな女王様が……

 あああああ、想像するだけで、うっとりする……

 めでたい。



 第三王子は、我に対して妙に構えている。

『花嫁の父』が娘婿を敵視する例が多いゆえか、我にイビられるかと恐れているようだ。

 阿呆め。

 ラーニャ様が選ばれた相手に不満なぞ、持つわけなかろうに。いたらぬところは躾けてやるが、アレはM気質ゆえ悪くはない奴隷となろう。

 又……ナーダ亡き後、第一王子が早世すれば、アレは国王じゃ。

 国王ならば不足はない、ラーニャ様の高貴さに花を添える夫となるであろう。

 王位継承権はガジュルヤーマにもあるが、光を失っても第三王子は英雄じゃ、その時には(われ)が必ず国王にしてやる。

 実に楽しみじゃ。

 それまでは、生きていたいものだ。



 今日は、ラーニャ様に来客があった。

 アジンエンデだ、ケルティの上皇と共に移動魔法で現れた。

 ラーニャ様は大喜びじゃ。妊娠した為、赤毛の女は男の装いをやめたようだ。農家の女のような格好をしていた。

『しばらく滞在してもいいか?』と、いう女に、ラーニャ様は二つ返事でOKした。

 アジンエンデを部屋に連れゆき、第三王子と第一王子にアーメット(まだ王子の格好をしておる)を呼び寄せ、共に騒いでおられる。



 アジンエンデは付添の為にここに来ただけで、王宮の本当の客は上皇の方であった(アジンエンデの記憶から後宮の位置を知り、跳んできたのだ)。

 だが、その上皇とて使いでしかない。

 上皇は手紙を我に渡すと『一週間後に、又、来る。嫁を頼むぞ』と言うてケルティに帰って行った。

 我は、上皇から預かった手紙をナーダのもとへと届けた。

 中身は、おいぼれ傭兵からの請求書と短い手紙。ナーダは楽しそうに笑い、手紙を我にも見せた。

『インディラには未来永劫、絶対、足を踏み入れんと書いてあります……顔を見せてくれればいいのに』

 請求書の額面は、あの男らしく、多少、ふっかけてはいた。が、度を超すほどでもない。

 次に上皇が訪ねて来るまでに、全額、ムジャに用意させておかねばな。

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