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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
伝説が終わっても
111/115

求められた償い! 私の大切な男!

 体の支配が、シンからタカアキに変わる。

「でな、王子はんら、聞いて聞いて。内緒なんやけど……」

 いかにも話したそうに、タカアキが俺らに小声で言う。

「あと二十三年したらな、ミズハとほんまの夫婦になる事にした」

 ポッと頬を染めて、タカアキが扇子で顔を半分隠す。

「麿は神官長の座を退いて、ミズハは麿から離れてもとの体に戻ってなぁ、お山で夫婦になるんよ。めでたし、めでたしやろ?」

 え?

 ミズハ様の体って、タカアキの母方の神社に封印されてるやつだろ? 巨大だって聞いたけど。噂じゃ、神社の本殿を半分以上を埋め尽くすとか。で、とぐろを巻いて寝てるって。その体に戻る?

「むろん、変化(へんげ)してもらう。大きさ(サイズ)、違うさかいなぁ。とびっきりの別嬪はんになってもらうんや。胸もお尻もぼ〜んと大きい、おなごはんがええなぁ」

を うっとりと、タカアキが宙を見つめる。

「ナラカがご先祖様からの契約をわやにしてくれたからなぁ、今、ミズハを縛るものは何もおへん。麿が許せば、何時でも何なりと好きな事ができるんや。キョウの守護をやめてもええし、お(たあ)様の一族を守る義理ものうなったし。ほんまに自由なんよ。それでな、二十三年したら、好きにしよ思ってな」

「二十三年後に、タカアキ様は神官長を辞めて、ミズハ様はキョウの守護神の役を降りられて神社に封印されているお身体を取り戻し、共に霊山で暮らすという事ですか?」

「そや」

「ミズハ様が離れて、タカアキ様はお一人で生きられるんですか?」

 この男は、食事から体温調節、さまざまな事を白蛇神に頼り切って生きている。

「ニ十三年もあれば昇仙できる気がするし、ミズハが一緒やから何とかなるやろ」

 人間やめる気か。まあ、今でも半分以上仙人みたいなもんだけど。

「でも……何で二十三年後なんです?」と、ガジュルシンが尋ねる。

「麿が五十になるからや。キリがええやろ?」

「はあ」

 いや、そういう事じゃなくって。

「何で、二十三年も待つんです? 今すぐ本当の夫婦になればいいのに」と、俺。

 タカアキは馬鹿でも見るように、冷たい目で俺を見る。

「わかっとらんなあ、第二王子はん。今すぐできる事をやらんのがミソやないのん」

「え?」

「今、ミズハには人間に対し何の義理もない。今すぐ、お山に帰ってもええんよ。そやけど、いきなし神様のうなったら、お母様の一族もミカドも困るやろ? 麿が生きとる間は、キョウの守護をさせるって約束もあるしな。今、麿らが好き勝手をすれば、混乱が起きる。千年の呪縛からようやく解き放たれたミズハを、逆恨みする阿呆も出るやもしれん。再びミズハを捕まえようとか、殺そうとかしてな」

 それは、たしかに……。

「しゃあからな、恩を着せるんや。義務も義理もないのんに、今まで通りのお務めを果たす。しかも、二十三年も。麿ら、感謝されると思わん? ほいだけ時間があれば、ミズハが抜けた後の体制づくりも難しくおへん。で、麿とミズハは周囲から祝われながら勇退し、お山で暮らせるわけや」

「はあ」

「恩を売って、自分のしたい事をする……かけひきの基本や。覚えておくとええよ、王子はん」

 王子はんと言われると、おもはゆい。と、いうか自分の事だと思えないんだよな。

 しかし、二十三年後か……

 気が長い。

 こっちはあと数年でガジュルシンが亡くなるかもって、ピリピリしてんのに。

 白蛇の眼には、今のタカアキの余命は二十三年以上って映ってるんだろうな。羨ましい。



 しばらくして、姉貴がやって来た。

 タカアキは俺らにしたのろけを繰り返した。けど、姉貴は冷たいもんで、

「姫巫女って、あんたが一番、この世で美しいって思ってるんじゃなかった? 胸がある、あんたに変化するんじゃない?」

 と、相手の夢を砕く事を言ってのけてた。

 タカアキは頭を抱え『とびっきりやめて、二番目にしてもらうのがええのんか? せっかく分身から解放されるんや、麿以外の顔のおなごはんがええわ……』と、しばらくブツブツ言っていた。



 流れ的に昼食を、部屋に運んでもらう。

 けど、タカアキはあいかわらずで、食事の席につこうともしなかった。ガジュルシンの部屋を珍しそうにうろうろ歩き、扇子を開いては閉じて遊んでいた。



 午後になって、ナーダ父さんとガジャクティンがやって来た。

 杖をつき、目を閉ざし、ガジャクティンは歩く。耳と杖と足裏の感覚、建物の構造の記憶を頼りに動いている(嗅覚があれば匂いでも周囲を探れるんだが、残念ながら鼻は使えない)。霊視はひどく疲れるらしく、位置の確認ぐらいにしか使わないそうだ。精霊の使役の練習は続けてるけど、まだ、視覚を補う使い方は上手にできないって言ってた。

 ナーダ父さんは声はかけるけど、手は貸さない。おしゃべりで軽薄な三大魔法使いも口を閉ざし、ガジャクティンが自分のペースで彼の前に進んで来るのを静かに待っていた。

 ナーダ父さんもガジャクティンもガジュルシンの分身から事情を聞いていたので、二体の白蛇を消滅させた事をまず謝罪し、それから姉貴を再生してくれた事に対し感謝の気持ちを伝えた。

 タカアキと向かい合う形で、ナーダ父さんとガジュルシンとガジャクティンが座る。姉貴は近くの椅子に座り、俺はガジュルシンの後ろに立った。忍者時代についた習慣みたいなもんで、位置的にここが落ち着く。

「先に確認したいんやけど」

 タカアキが閉じた扇子の先端を俺に向け、ナーダ父さんに尋ねる。

「第二王子はんって、これから王宮でどういう扱いになるのん? 又、殺すん?」

 又、殺すって……

「いいえ」

 ナーダ父さんが苦笑を浮かべる。

「それでは、あまりに不自然ですので、『束縛を嫌う、放浪の王子』になってもらいます」

「ほう」

「第二王子は、従者となった褒美として『自由』を私に願うのですよ。忍者の里で自由に育ったので、窮屈な王宮には戻りたくないと、王位継承権を放棄して旅に出るのです。しかし、本当は女勇者セレスの息子で一時とはいえ『勇者の剣』の持ち手となった自分が側にいては、第一王位継承者である義兄の立場を脅かしかねない……政変を恐れ、身を隠すのです。その裏の理由も、噂で流しますよ」

「美談やわ」

「ええ」

「立派な王子はんやねえ、そもじさん」

 と、タカアキが意地の悪い笑みを浮かべて俺に言う。ああ、そうだよ、格好いいだろ、俺……。そういう設定でいくんだよ。

「で、ほんまは放浪の旅には出んのやろ?」

「ええ。アーメット本人とガジュルシンから強い希望がありましたので、今まで通りガジュルシンの『影』として王宮で暮らしてもらいます」

「さよか」

 タカアキが満足そうに笑みを浮かべ、バッと扇子を広げた。

「ほなら、報酬と慰謝料の話に入らせてもらいますわ。こっちからの要求は二つ……一つ目は」

 俺らを見渡し、タカアキはにんまりと笑う。

「金や」

 金……か。

「いかほど用意すれば良いのでしょう?」と、ナーダ父さん。

 タカアキが首をかしげる。

「まだ見積もっとらんから、何とも言えんなあ……住んどる所の、修繕費が欲しい」

 修繕費?

「雨漏りやら隙間風やらで、えらい難儀しとりましてなぁ。由緒正しいもんやさかい、建て直すんやなくて、修繕したいんやけど……そっちで、修繕費もってくれまへんやろか?」

 タカアキの家はキョウの都にあったよな、御所の奴専用の小さな離れから、普通の扉のように見えた次元通路で移動して行った。白蛇に仕える一族も一緒に居た、けっこうデカい屋敷だったが。

「わかりました。お払いしましょう」

 ナーダ父さんが、にっこりと微笑む。

「ええのん?」

 タカアキの目がキラッと輝いたような……?

「ええ。何でしたら、今、ここで文書にしてお約束しましょうか?」

「そうしてくれると助かるわ」

 ナーダ父さんがインディラ国王にふさわしい、貫禄のある笑みを浮かべて尋ねる。

「で? 私が修繕費を持つのはキョウの街中にあるタカアキ様の別邸の方ですか? それとも、皇族のタカアキ様がお住まいの場所……御所の方でしょうか? どちらでも構いませんよ? 何でしたら、両方の修繕費を持ちましょうか?」



 御所って……

 ひとつの街ぐらいデカかったのに、廃屋寸前のボロボロの建物ばっかだったよな。

 俺ら姫勇者一行が通された場所ですら、ひどかった。庭は草木ボーボー、廊下に継ぎ板とか当てられてて貧乏くさかった。客人の来ない場所はもっとひどい状態だろうし……御所のほとんどが使い物にならないほど荒れていると思われた。



 タカアキが苦虫を噛みつぶしたような顔で、ナーダ父さんを見ている。

「嫌やわぁ……ほんまの金持ちやわ、この王様……口約束を盾に、少しでも多く金をせしめたろ思っただけやのに……御所の修繕費なんて、恐ろしく金がかかるもん、ポンと出すやなんて……」

 ナーダ父さんには隠し財産がある。国家予算より凄いらしい。

「ラーニャの命はお金では買えません……白蛇神様への感謝の喜捨です」

 何処からか、親父が現れる。ペンと国王専用の書類の用紙を持って。物陰から俺ら、覗いてたのか。

「タカアキ様の別邸の方も修繕しましょうか?」

「あぁ……ええわ、そっちは。それほどボロやないし。御所だけしてもらえれば、充分や」

「では、そのように」

 ナーダ父さんが、さらさらっと文書を書いてタカアキに渡す。

 タカアキは文書に目を通し、頷きを返した。

「確かに」

 その書類をタカアキが、物質転送で何処かへ送る。

「助かりましたわ……これで、ますます麿の未来に光が差しましたわぁ」

 恩を売って独立を周囲から認めさせるって、アレか。御所の修繕費を工面したんだ、ミカドはタカアキに頭があがらなくなるだろう。

「ここまでしてもらうと言いにくいんやけど……『キヨズミ』と『ハガネ』の事もあるし……も一つお願いさせてもらいますわ」

 再び扇子を閉じ、タカアキが先端で俺を指す。

「あの子が欲しい。あの子を、ミズハの眷族にさせてもらえまへんやろか?」



 俺……?



「なに、それ?」

 最初に反応したのは、姉貴だった。

「眷族ってどういう事? うちの弟を召使にする気?」

 おっかない顔になって睨む姉貴。それに対し、タカアキは涼しい顔だ。

「そうや。麿らがええと思うまで働いて欲しい」

「馬鹿言ってるんじゃないわよ! キショい白蛇に、何でうちの弟が仕えなきゃいけないのよ!」

「そんな長い時間やないと思うで、数年から数十年や」

「駄目よ! 絶対、駄目!」

 姉貴がすごい剣幕で怒る。ガジュルシンの未来の事は、家族全員に話してある。このままじゃ、あと数年で亡くなるって事も。

 俺とガジュルシンが一緒にいられる時間は短いって……姉貴も知っているんだ。

 だから、こんなに怒ってくれてるんだ。

「どうしても召使が欲しいって言うんなら、私がなってやる! それでどう?」

「姫勇者はんがミズハの眷族?」

 タカアキはあの嫌ぁな、ホホホ笑いをしやがった。

「それはそれでミズハ、喜ぶ思うけど……あかんなあ、そもじでは役不足や」

「何でよ!」

「麿らが欲しいのはな、『ハガネ』の代わりと、子守なんや」

 白蛇の代わりと子守……?

 話がさっぱり見えん……

 俺はあっけにとられたまま、東国の神官を見つめた。

「『ハガネ』の父親な、亡くなってるんよ。あの子は、どうあっても産み直せんよって、代わりに、かぁいらしい子が欲しいとミズハが言うとるのや。子種、ちょうだい。第二王子はんやったら、シンもお気に入りやし、ミズハも喜ぶ思うんよ」

 俺がシンのお気に入り……?

「子守っていうのは……もしかして?」

 俺の問いに対し、タカアキが自分の体を見る。

「今な、麿の体にはミズハとシンと『マサタカ』と『トシユキ』と『スオウ』が居る。近いうちに産み直した『キヨズミ』やら第二王子はんの子も加わるんやないかと思うし、ミズハが子供らもっと孵したい思うかもしれんし。とてもやないが、麿、一人では養いきれん」

 そして、俺に対しニヤリと笑いかける。

「そもじに、ミズハの子供らを預かってもらいたいんよ」

 やっぱ、白蛇を預かれっての? この俺に?

「キョウまで来んでええよ。ここに住んでてええ。子供さえ預かってもらえれば」

「けど、俺、霊力ありませんよ?」

「ミズハの鱗をあげる。それで、見えるようになるし、ミズハの眷族のそもじに、子供らは逆らえんようになる。お母様が怖いよって、絶対悪させんよ。ええ子に言う事、聞くはずや」

「しかし」

 ガジュルシンが席を立つ。

「神を養うなんて、普通の人間では無理です。タカアキ様のような霊力・魔力がお強い人間ならばともかく、アーメットは常人です。無理です」

「無理は承知で頼んどるんや。このまんまやと、数が多すぎて、麿かて養いきれん。子供らに喰い尽されてまうわ」

「アーメットだってそうです! アーメットの精気だけでは神は養えません! 一体でも無理です! アーメットは白蛇に何もかも吸収されてしまう!」

「なら、そうならんように、エサいっぱい持っとるもんが協力したら、ええんちゃう?」

 タカアキがニィッと、まるでシンのように笑い、ガジュルシンを扇子で指した。

「腐るほどあるそもじの魔力、ミズハの子を押しつけられる第二王子はんにあげたらどうや? 困っている義弟、インディラ教徒やもん、見捨てんよな? ミズハが契約を結ぶんは第二王子はん、エサをあげるんは第一王子はんって形にしたいんやけど、どやろ?」



 あ……



 俺とガジュルシン、姉貴は顔を合わせた。

 体内の余計な魔力を減らすには、身の内に眷族を飼うのがいい……タカアキは前にそう言っていた。

 けど、インディラ教徒のガジュルシンは『自分の寿命を延ばす』なんて利己的な理由じゃ、シン達と契約を結べない。

 だから、俺と契約を結ばせるのか……

 身の内に蛇を飼っても、劇的に余命が延びるわけじゃない。

 だけど、何もしないより確実に……ガジュルシンの寿命は延びるんだ。

 俺らの視線が、三大魔法使いへと向く。東国の神官は、してやったりって顔で、いかにも悪党っぽい顔で笑っていた。

「かけひきや。かわええ子供らをお腹いっぱいにしたいから、そもじらに恩を売って、要らん魔力をいただくんや。したい事やって感謝されるんやもん。どや、麿、賢いやろ?」



* * * * * *



 庭を歩こうとラーニャが言ったので、後をついて行った。

 ラーニャは、少し歩いては止まる。

 ゆっくりしか歩けない僕を待ちつつ、足元の邪魔な石とかをどけてくれる。



 夕方からの食事の会には、僕は出席しなくて良い事になったので、時間はある。

 せっかちな僕は今の自分の歩みにイライラしてるんだけど、慣れるまでは仕方ない。ラーニャを待たせて悪いなあと思う半面、待っていてくれるのが嬉しくて、僕はゆっくりと歩いた。



 時々、精霊が僕に何かを囁きかける。

 大気には風や水の精霊がいるし、樹木や草木にも精霊が宿っているし、地面にすらシャンカラ様の眷属がいる。霊力のおこぼれが欲しくって、皆、群がってくるから、僕の周囲はいつも賑やかだ。

 体調が悪くない時は、食べたがるものには僕の霊力をわけてあげている。もちつもたれつ、だ。彼等は僕が望めば、僕の為に働いてくれるんだもん。返せる時は、返さなきゃ。

 それに、彼等はかわいい。悪心などなく、本能に従って生きている。水なら水、風なら風として生きている。余計なものを持っていない。一緒にいて楽しい。以前より、精霊達を身近に感じている。

「よそ見」

 ラーニャに指摘され、僕は注意が精霊達に向いていたんだと気づく。

 見えなくなってから、注意力が散漫になっているような。

 物質と霊力と魔力の境界がはっきりしなくて、働きかけてくれるものばかりを、つい『見てしまう』。

 ラーニャが待ってくれているのに。

「さっきさ、タカアキ様、格好よかったよね」

 ラーニャが居る事を強く意識できるよう、話しかけた。

 僕の振った話題に対し、ラーニャは面白くなさそうに、

「そぉ? タカアキを黙らせた、お父様の方が何百倍も格好良かったと思うけど?」

 とか言う。又、『お父様』か……ラーニャの馬鹿。

「もうちょっとよ。ベンチまで行きましょう」

 庭園にあった白いベンチを思い出す。ラーニャの目的地はそこか。目が見えている時にはすぐに行けた場所が、やけに遠く感じる。

 杖がぶつかるモノの形を探りながら進み、ベンチだとわかるものに行き着く。霊視しても形はよくわからないので、杖で物質の形を確認し、座れる位置を探し、腰を下ろした。

「もっと右につめてよ」

 ラーニャが不満そうに言う。

「あんた、無駄にデカいんだから。私の座る場所を空けて」

「ごめん」

 腰を使って動くと、それぐらいでいいと言ってラーニャが僕の横に腰かけた。左腕のすぐそばに、ラーニャを感じる。あたたかい。

 頬を、風が撫でてゆく。

 顔をあげると、あたたかかった。

「晴れてるの?」

「うん」

 葬式びよりだねって言ったら、馬鹿って言われた。

 陽射しと風が心地いい。精霊が僕にまとわりつく。

 耳から感じる感覚では、静かだ。草木がざわめく音しかしない。後宮の庭園までは、表の葬儀の音は聞こえない。護衛の忍者は潜んでいるだろうけど、広い庭園で、僕とラーニャは二人っきりみたいだ。

 周囲が静かだと、精霊達が騒ぎ出す。僕の気をひこうと、踊ったりする。鼻の上で、くるくる回らなくてもいいのに。気になるじゃないか。

「ガジャクティン」

 左頬をパシッと軽くはたかれた。

「にやけてる」

「え、そう?」

「そうよ」

 ラーニャは不機嫌そうな声だ。

「今、あんたの隣には大好きな義姉がいるのよ。私が側にいる間は、私の事を考えなさい」

「ごめん」

「なんか小さい頃に戻っちゃったみたいねえ。あんた、居もしない友達を遊びに入れてくれって言ったり、宙に話しかけたり、一人遊びしてるはずなのにブツブツブツブツうるさかったり、いきなりわんわん泣き出したりしてさ……頭がおかしいのかと思ってたわ」

「ああ……うん、そうだね、挙動不審っぽいね」

「だけど、あんたがおかしかったわけじゃない……あんたが見えるものが、私にも他の誰にも見えなかっただけ。昔、『嘘つき』とか『ごっこ遊び』とか『馬鹿』とか言って悪かったわ。ごめん」

「え、いいよ、別に」

 今更。

「ガジャクティン、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「あんたの世界は私やみんなが居るこっち側と、守護神や眷属がいっぱい居るあっち側がある。どっちも大事にしていいから、私が側に居る時は、あっちに行かないで。心で私を見て、私を感じて」

「うん」

「他の誰よりも、よ?」

「うん」

「私が一番よ?」

「一番だよ、ラーニャは」

 僕は笑った。

「今まで、そうだったもの。これからだって、そうだよ」

「その言葉、絶対、守りなさいよ」

 ラーニャが笑う。とても明るい声で。



「私もあんたを一番にしてあげるから」



 ラーニャが動く。

 頬に触れ、そして、顔を近づけてきて……



 やわらかな唇を左頬に感じた……



「大魔王戦が終わったから返事してあげる。OKよ。妻になって、一生、そばにいてあげるわ」



 え?



 え……?



 えぇ〜〜〜〜?



 嘘ぉ!



 僕は隣に座るラーニャの肩をつかんだ。

「それ、本気?」

「本気」

「冗談じゃなくて?」

「冗談じゃない」

「だけど……」

 信じられない。ラーニャは僕が好きなわけじゃない。心を捧げているのは……

「父様の事はどうなったのさ?……思いはふっきれたの?」

 ドキドキしながら聞いてみたんだけど。

「ふっきれてない」

 と、ラーニャはきっぱりと答え、

「今でも、この世で一番、愛しているのはナーダお父様よ。これからも、きっとそう」

 と、無情な真実をつきつけてくれる。

 くぅぅぅぅ……

 て、事は……

「妻になるって言ったのは……僕を哀れんで?」

 て、聞いたら、

「うん」

 とか、あっさり言うし!

 ひどいよ、ラーニャ!

「同情なんかいらないよ! 僕が失明したのはラーニャのせいじゃない! 責任感からの結婚なんて、ラーニャが不幸になるだけじゃん! やめてよ!」

 怒鳴ったら、何だか悲しくなってきた。

「それに……僕だって、みじめだよ。この世で一番好きな人が、妻なのに、すぐそばにいるのに……僕を愛していないだなんて……悲しいよ」

「馬鹿ねえ」

 ラーニャがクスクス笑う。

「私、心優しいけど、慈善家じゃないもん。同情だけで結婚するわけないじゃない」

「だけど……」

「ナーダお父様は一番、愛している方だけど……あんたも一番よ」

「え? 一番……?」

「そ。あんたは、一番、気になる男なの」

 ラーニャの拳が、僕の頬をぐりぐりする。

「味覚と嗅覚の次は視覚とか、どこまで馬鹿なのよ。その上、あっちの世界ばっか見てぼんやりしちゃってさ。私がしっかり捉まえててあげなきゃ、あんたみたいな馬鹿、すぐに死んじゃうわよ」

「ラーニャ……」

「あんたが居なくなったら、嫌だもん。そのくそ生意気な性格も、私を追っかけて来る犬みたいなところも、ぎゃあぎゃあうるさいところも、大嫌いで大好きよ。私、あんたが気に入ってるの。あんたを側に置いておきたいと思ってるわ。命令よ、ガジャクティン、一生、私の側にいなさい。私が飼ってあげるから」



「なに、それ……プロポーズ?」

「女王様と奴隷の契約をもちかけてるのよ。嫌?」

「僕……痛いの、嫌いだよ。縛られるのも、嫌だ」

「あんたが喜ぶ事しかしないわよ」

 頬に、又、やわらかな感触。ラーニャが口づけをしてくれたんだ。

「かわいい専属奴隷を、私がイジめるわけないじゃない」

「僕のこと……好き?」

「あたりまえでしょ、馬鹿。好きだから、側に置くのよ」



 僕はラーニャを抱き締めた。

 ラーニャは、とても小さくて、やわらかい……

 僕の腕の中にすっぽりおさまるんだ……



「お父様には、もうおねだりしてあるの。あんたのOKが貰えたから、本決まりだわ。あんたの第一夫人になれる戸籍を貰うの。義姉と弟としてではなく、妻と夫として暮らすのよ。で、本当のところは女王様と奴隷。素敵でしょ?」



 最後が余計だよって笑ったら『本当、あんたって女王様の美学がわかってないのよねえ。時間をかけて調教してあげるわ』って、僕の頬をつねりながらラーニャが言う。

「やさしくしてね」と、僕はまぬけな事を言っておいた。

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