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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
伝説が終わっても
109/115

愛しく思うもの! 死が二人を分かつまで!

 僕はソファーに体を預けた。

 めまいが、ひどい。

 こみあがってくる吐き気を堪える僕に、隣に座る兄様が水をすすめてくれた。が、口にする気分ではなかったので、断った。



 シンが一晩かけて丁寧に指導してくれたおかげで、僕は霊力だけで物を見る方法がわかってきた。

 シャンカラ様から霊力を返していただいてから、視覚+霊視でものを見る事ができるようになった。それを、意識して霊視だけでモノを見るのだ。

 霊視は光と闇で世界を見る。神の御力に満ちたものは光に、魔に染まったものは闇に見える。

 この世界の恩恵によって生まれたものは全て光だ、人間も、動物も、木も花も、無機物である土や岩も、人の手が加えられた椅子やテーブルでさえ光。そして、神の御力に満ちた大気ですらも。

 周囲は光の洪水だ。光の強さは、それが現在持っている霊力の強さに左右されるので、僕のそばではシンが一番眩しい。霊力がない(使う事ができない)兄様は、そこに存在している事がわかる程度にしか見えない。

 いっぺんに見える情報量が多すぎて、頭が痛くなる。

 目を用いる視覚ならば可視範囲のものしか見えないし、壁などの障害があればその先は見えない。

 けれども、霊視は現実の物質に遮断されない。三百六十度+上下、全てが見える。制限をもうけない限り何処までも見えてしまう。後宮をつきぬけ、王宮、更にウッダルプルの街から、砂漠へと……途方もない距離まで。

 頭に飛び込んでくる情報が多すぎるわりには、モノがよく見えない。

 モノが正確に捉えられない。

 僕の前にはテーブルがある。水差しとコップが置かれている。しかし、それらは、現実の輪郭通りの姿ではないのだ。さっきからテーブルに手や足をぶつけまくりだ。そこに無いと思った場所に、テーブルがある。

 風の眷属を僕の体に憑依させ、僕の目の向いている方向の情報のみを伝えるように命じる。方向が限定されたので、見え方が少しはマシになる。だが、彼等は人間のようには物を見ない。全てを熱量と神秘的な力で捉えようとする。色もない。色を願うと全てを緑に染めてきた。彼等の見たいように見ていいと、許した。

 水差しの水を見たいと願うと、さまざまな面から精霊は水を見つめ、僕に情報を伝える。天から神の御力と共に降って来た時から始まり、豊かなる女神の河を流れ、人に汲まれ、ろ過され、煮沸され、水瓶にためられ、僕らの前に運ばれる……

 その全てをいっぺんに見せるのだ……水の一滴、一滴で。

 頭がおかしくなりそうだ。



 頭痛が少し楽になった。

 兄様が癒しの魔法をかけてくれたんだ。

「大丈夫……?」

 僕は兄様の座っている方に、笑顔を向けた。

「平気。楽になったよ、ありがとう、兄様」



 僕は本当に運がいい。

 完全に失明しちゃったけど、僕には霊視能力があるし使役できる眷属も居る。完全な闇に閉ざされたわけじゃない。

 力の使い方を教えてくれる、シンも居る。

 心配してくれる兄様とアーメットも居る。

 ラーニャも生きている。

 僕は幸せだ。



「馬鹿め」

 シンがアーメットの口を使って言う。

 シンは僕の魂と今、同期している。その方が指導しやすいからだそうだ。僕の感情はそのまんまシンに伝わている。僕の心を読んで、シンは、ずっと、僕の事を『馬鹿だ、馬鹿だ』とののしっている。それに対し兄様は『いくらでも言ってやってくれ』って、冷たい。

「馬鹿王子、きさまに、私の鱗をやる」

 シンがまばゆい光の塊を、僕の右の掌に握らせた。

「困った時に飲め。飲む前に『××の為に呼び出す。××が終わったら、鱗は吐き出す』と言え。私に支配されるのは、召喚している間だけだ。制約つき支配ならば、きさまの信奉神も大目に見よう」

「どうして……僕にこれを?」

「もう時間がないのだ」

 シンの声には残念そうな響きがあった。

「きさまへの指導は、ここまでだ。やりかけの仕事を残すのは気持ち悪い。うまく見えぬようなら、呼べ。指導の続きをしてやる」

「ありがとう……シン」

 僕は、掌に彼が握らせてくれたモノを心で感じた。とても、あたたかかった。

「礼などいらん」

 太陽みたいに眩しいシンが……光の塊の表層が揺れ動く。感情が動いているんだ。

「きさまの為などではない。父上の為に指導しただけだ」

 照れてるんだ、かわいいなあ。

「馬鹿」

 シンの揺れが大きくなる。

 生まれたばっかりだから、シンの魂は綺麗なんだな。親切で優しい。

 ますますイライラした調子で、シンが言う。

「一人で歩いてみろ。自分の部屋まで行くのだ。この建物は広いが、隣なのだろ? たいした距離ではない」

「うん」

「見えすぎて困るようなら、心の目を閉ざし、闇を行け。迷いそうになったら、心の目を開き、自分が何処にいるのか調べればいい」

「うん」

「いいか? 足元は、絶えず眷属に調べさせろ。主人がこのまま進んだら、物質的障害となるモノがあるかどうか報告させるのだ」

「うん」

「それが何かわかるまで、『動かせ』とは命じるなよ? 人間でも精霊は強制排除しかねん。主人の為に攻撃をする事もありうる。それから、」

「大丈夫」

 長くなりそうなので、僕はシンを制した。残り少ないシンの時間を、これ以上、僕の為に使わせては申し訳ない。

「教えてもらった通りにやってみる。ありがとう、シン。感謝している。元気でね」

「行け」

 僕の横の兄様の存在が揺れる。心が動揺しているんだ。視力を失った僕が一人で歩けるのか、心配でたまらないんだろう。

「何でも一人でやれるようにならなきゃね」

 僕は兄様に微笑みかけた。

「僕は平気だから、シンにお礼をしといて。お願い。シンがこっちにいられる貴重な時間、僕が使わせちゃったんだもん」

「わかった。気をつけて……」

 廊下がある方向に体を向けても霊力で調べても、扉を感じとれない。部屋の造りがわかってるからだいたいの位置は察しがつくけど。後、風か。風がわずかに通れる隙間がある箇所を敏感に精霊が感じ取っている。

 僕は、いつもよりもずっと小さな歩幅で歩いている。無意識にそうなっていた。

 一歩、一歩、前に進むのが怖い。

 でも、僕は進まなくては。

 扉に手をかけ、僕は廊下へと出て行った。



* * * * * *



 霊力でモノを見る方法を、ガジャクティンに指導したいとシンが言ってきた時には驚いた。

《目は使えんが、心の目で視覚は補える。私ならば、そのやり方を教える事ができる》

 シンは、ガジュルシンの為に自分は存在している、他の奴はどうでもいいって言っていた。

 なのに、命じられたわけじゃないのに、自分からガジャクティンを助けると言い出すなんて。

《第三王子の失明が、父上のお心を煩わせているからだ。父上のお心をお慰めしたいだけだ》 

 って、シンは言ったけど、その他の理由もある。憑依体となったおかげで、俺はシンがどういう奴かわかった。

 優しい奴だ。

 それでもって、照れ屋だ。優しいとか思うと、《気持ち悪い、黙れ》と、すぐ怒鳴る。

 気にしなくていいんだよ、シン……

 ガジャクティンの失明は、おまえのせいじゃない。

 おまえは聞かれたから、事実を伝えただけだ。ガジャクティンから質問された時、ミズハ様の術は三割は失敗する可能性があった。だから、正直におまえはそう言った。嘘をつく必要は感じなかったろうし、おまえは嘘なんかつかない。

 シャンカラ様を頼ったガジャクティンは馬鹿だと思うけど、同じ立場なら俺もそうしたろう。

 でも、それは、自分の意志での行動だ。決めたのは自分だ。

 おまえのせいじゃないんだ……

 おまえは悪くないよ……

 うるさい黙れと、シンが言う。

《私は自分ができる事をやりたいだけだ。無能な忍者は黙ってろ》

 俺は素直に思考を止め、ガジャクティンを指導したいとナーダ父さんやガジュルシンに提案するシンを見つめていた。



 なのに、向こうから、又、話しかけてくる。

《おまえはこれからどうするつもりだ?》

 ガジュルシンの部屋で、ガジャクティンを指導しながらシンが尋ねてくる。

《父上は契約の続行を拒まれた》



 この部屋に来てすぐに、シンは翌日午前十時過ぎにガジュルシンとの主従契約は切れる。可能ならば、今の形のまま続行したいと、願った。

 それを、ガジュルシンは拒絶したんだ。

『おまえには深く感謝しているよ、シン。おまえは僕の代わりに、僕の魔力で戦ってくれた。アーメットやラーニャ達を守ってくれて、ありがとう。その上、弟を助けようと申し出てくれて嬉しかった。本当に、ありがとう……』

『産み直すと言っているわけではありません』

 俺の口を使って言い、シンはガジュルシンの手を握った。

『父上が再生の術に嫌悪を抱かれているのは、理解しました。あなた様を食し、新たな肉体をつくろうなどとは望みません。この男の身に宿って、父上の魔力を食べさせていただくだけです。それすらも望んではいけないのですか?』

 優しく微笑みながらも、ガジュルシンは意志を変えない。そういう奴なんだ。

『駄目だ。僕はインディラ教徒だ。魔との戦いにおいて必要だというのなら、ともかく……理由もなく、ジャポネの神族と契約は結べない。おまえはミズハ様のもとへ帰りなさい。あちらがおまえの世界だ』

『理由はあります……』

 シンがガジュルシンの手を握り締めた。

『私はあなた様の側にいたい……魔力をいただき続けたいのです』

 何故、シンがそんな事を望むのか、俺にはわかっていた。

 思い出したんで。

 ナラカが死んだおかげで、タカアキが俺にほどこした記憶の封印が解けたんだ。

 シンと同化している俺の目には……

 魔力も霊力も精気も見える。内側で猛る魔力に比べ、あまりにも弱々しいガジュルシンの精気。

 ガジュルシンは、あと数年で病になって死ぬんだそうだ。魔力が強すぎるんで、肉体が侵されるんだ。シンが俺にそう教えたんだ、大魔王との決戦の前日にさ。ふざけてるよな。動揺するに決まってるじゃん。人間の心ってものがわかっていなさすぎだよ、生まれたばっかの神様は。

 その時、シンも術をかけられている。人の生死や病に関しての未来は、こいつは、今、口にできない。今のまま魔力を放置していたら危険なのだ、命に関わると、ガジュルシンに教えられないのだ。

 余計な魔力を減らすには、身の内に眷族を飼うのがいい……タカアキはそう言っていた。

 シンは、何としても契約を続行したいのだ。愛するものを失いたくないから。

 だけど……

『それは私情だ』

 ガジュルシンはにっこりと微笑み、シンの手を強く握り返した。

『ミズハ様とタカアキ様の下で修行をつみ、神として偉大なる存在に昇華しておくれ。父として、僕はおまえにそれを望む』

 シンの心が深い絶望に包まれるのを、俺は感じ取っていた。



《余命の事、父上に話すのか?》

 口ではガジャクティンに視覚の限定の仕方を教えながら、シンが心話で俺に尋ねてきた。

 話すよ、と俺は答えた。

 そんで、みっともなくすがりついてお願いするよ、インディラ教の教えに抵触しない長寿法を探してくれって。

 自分の為じゃない、俺の為にだって頼む。

 俺の為に、少しでも長生きてくれって。

《そうか……》

 と、だけシンは言った。

 永久にだってガジュルシンを生かす事ができる……その術を持っていながら、シンは何もできないんだ。俺と一緒で、シンも無力感でいっぱいなんだろう。



 たどたどしい足取りでガジャクティンが部屋を出てゆくのを見送ってから、シンはせつなそうにガジュルシンを見つめた。

「おそばに行ってもよろしゅうございますか?」

「うん」

 ソファーに座るガジュルシンのもとへゆき、俺の体がガジュルシンの前で片膝をついてかしこまる。

 シンの熱っぽい思いが、俺にも伝わってくる。

「望みのままに触れても……良いでしょうか?」

「うん」

「お嫌な時はおっしゃってください。やめます」

「わかった」

 立ち上がったシンは、ソファーに右膝をつき、覆いかぶさるように、ガジュルシンの華奢な体を抱き締めた。

 そして、愛しい思いのままに、ガジュルシンの唇に自分のものを重ねた。

 ガジュルシンが目を閉じ、体から力を抜く。

 舌を割り入れ、ガジュルシンの舌に自分のものを絡め、シンが口と口を深く結びつける。

 変な感じだ。

 俺は何もしてないのに、ガジュルシンと接吻している。

 俺の体を使って、他の野郎がガジュルシンに口づけしてるんだが……不思議と嫉妬心はなかった。

 シンが……かわいそうで。

 ガジュルシンの口腔を貪るように愛で、失う事を恐れるかのようにシンがその体をきつく抱きしめる。

 頬が熱い。

 シンが泣いているのだ。

 泣きながら、接吻しているのだ。

 ガジュルシンが喉の奥で苦しそうな声を漏らすと、シンは顔を離した。長すぎる接吻で呼吸が乱れたのだろう、ガジュルシンが呼吸を整える。

「お慕いしています、父上……」

 瞼を開き、ガジュルシンが悪戯っぽく笑う。

「親子でするようなキスじゃないな……父上と呼ぶのはやめて欲しい」

「お名前でお呼びしても……?」

「いい」

 シンがガジュルシンの頬に、唇へと口づける。

「愛しています、ガジュルシン……」

 さっきよりも、深い口づけ。

 シンは、ガジュルシンの舌を強く吸った。

 ガジュルシンは、シンに全てを許していた。

 けれども……

 背を撫でていた左手。肩を抱いていた右手。シンの右の手が襟からボタンの掛け金へと動いた時、ガジュルシンの左手がそっとシンの手に触れた。

「それは、嫌だ」

「ガジュルシン……」

「すまない、シン……でも、嫌なんだ……」

 シンは視線を落とし、静かに微笑んだ。

「わかりました……やめます」

 ガジュルシンの左右の頬に接吻してから、シンが願いごとを口にした。

「父上に宿りたい……この体から、そちらへ移ってもよろしいでしょうか?」

「うん」

 ガジュルシンが、こっくりと頷く。その仕草をかわいいと俺が思う前から、そんな感情が心の内にあふれている。

《父上の魔力を可能な限り食べてゆく》

 俺に向けての心話だ。

 いい奴。

 元気でな、シン、今までありがとう。おまえのおかげで助かった。勇者になれなくてごめんな。

 もうすぐ別れだと思ったから、俺はありったけの思いをシンにぶつけた。

 それに対し、シンから鼻で笑うような感情が伝わる。最後まで素直じゃないなあ、ったく。

 さっきまでとは違う意味で、シンがガジュルシンと口を重ねる。

 半霊体になったシンが、俺の体の奥から出てきたんだ。俺の内を這い、口を通してガジュルシンへと、移ってゆく。

 ぬるっと動いて、すっぽり抜けた! と、思った時にはガジュルシンの綺麗な顔が見る見る白くなっていった。

 俺をつきとばすようにしてガジュルシンが立ちあがり、首を右へ左へと動かし、自分の体を見る。

 そして、姿見の鏡へと向かう。

 そんなモノを使わなくたって、白蛇の眼で見ればどっからでも好きな角度で自分も見られるのに。意外と俗っぽい。おかしくなって俺は吹きだした。

 ガジュルシンが、鏡の前でくるっと回ってる。新しい服に袖を通して喜ぶ子供みたいだ。

 しばらく鏡を見つめてから、ガジュルシンが自分の体を抱きしめる。まるで恋人を抱きしめるかのように。

「忍者」

 呼ばれたから近づくと、ガジュルシンは俺の方に向き直り、右の眉だけをしかめ、目を細め、やや顎をつきだし、見下すように俺を見た。ガジュルシンなら、絶対に浮かべない偉そうな顔、尊大な仕草だ。

 中身が違うって実感できる。俺もこんな表情をしていたのかも。

「小さいな」

 俺を見下ろしながら、シンが言う。

 ムカッ!

「悪かったなあ、俺ぁ、チビなんだよ」

 フンとシンが鼻で笑う。

 うわぁ、ムカつく〜

「少し顔が腫れている。涙の痕を拭かないからだ」

 泣いたの、おまえじゃん。

 ったく、勝手な奴。

 シンの右手が、俺の頬に触れる。ゆっくりと、頬を撫でる。

 今更、拭いても遅いと思うけど、と、思ってたら、シンの顔が近づいて来た。



 え?



 俺の頬をおさえ、シンが口を重ねてきた。

 突然の事に戸惑う俺におかまいなく、シンが舌をいれてくる。



 ちょ、ちょ、ちょ!



 挨拶というのには、濃厚すぎる接吻。



 気持ち悪くて鳥肌がたった。



 突き飛ばしたかったけど、体はガジュルシンだ。中身のシンは、もうすぐ居なくなる。何とか俺は自制した。



 しばらく我慢してたら、シンが少し顔を離した。不満そうに眉をしかめて。

「変な顔だ」

 な!

「おまえが、変な事をするからだろ!」

「変ではない」

 シンが明るく笑う。

「接吻ぐらいで、うろたえるな、ガキめ」

「ガキ? おまえ、生まれてから、ようやく七日だろ! 俺は十六だぞ! ガキ扱いすんな!」

「なら、場面に合わせ、それらしい表情をつくれ。艶っぽい別れが台無しだ」

 シンがニィッと俺に笑いかける。

「父上の事……頼んだぞ」

 返事をする前に、ガジュルシンの肌の色が変わる。

 顔つきも、がらりと変わる。

 俺を見下ろす瞳が、困惑したように、少し悲しそうに俺を見つめる。

「行ったのか……」

 無駄なのに、俺はキョロキョロと辺りを見回した。

 シンが離れてしまった俺には、もう魔力も霊力も精気も見えない。

 霊的な存在など、わからない。

 たとえ、まだ、そこらにシンが居るんだとしても、俺には見えない。声も聞こえない。感じる事などできないんだ。

「ミズハ様達のもとへ帰ったんだね」

「何で……?」

 俺は口元に触れた。

「何で、あんな……」

 何で俺なんかにキスしてったんだ……?

「本当に……君は、恋に鈍いね」

 ガジュルシンが、静かに微笑み、俺を見ている。

 恋?

 違う……

 シンはガジュルシンが好きなんだ……

 ずっとそう言ってたし、さっきだって泣きながらガジュルシンに接吻してた……

「シンは君に憑依していたんだ。何事にも一生懸命で、やさしくて、あたたかい君と一緒に居たんだ。惹かれるのも、わかるよ」

「違うよ……あいつは、おまえが好きだったんだ」

 俺は口を押さえたまま、うつむいた。戦場で危機を共にした『友』との別れを惜しみつつ。



 ガジュルシンが部屋を出て行こうとするので、慌てて止めた。

「徹夜した後だろ? 少し、寝ろよ」

「今?」

 ガジュルシンが、おかしそうに笑う。

「もうすぐ昼だよ?」

「全然、休んでないじゃん。ナラカと戦った後だってのに」

「時間が無かったからね。シンが戻る時間も迫っていたし……大丈夫だよ、疲労回復の魔法をかけたから。今、忙しいのは、皆、一緒だ。父上達のお話を伺いたい。第二王子に復帰した君の今後を含め、この先のこと、あとラーニャにも」

「そんなの、今すぐでなくていいじゃないか!」

 情けない声で怒鳴ってから、俺はガジュルシンを抱き締めた。

「ナラカは死んだ! もう戦わなくていいんだ! もう全部終わったんだ! だから……もう無茶はやめてくれ……」

「アーメット……?」

「おまえに話したい事がいっぱいある。相談したい事も。だけど、後だ。今、無茶したら、後で、絶対、おまえは倒れる。だから、休んでくれ……頼むから……」

「………」

「俺達は生き延びたんだ。これから、ずっと、一緒なんだ……その時をすこやかに過ごせるようにしようぜ」

 少しでも長く、二人の時が続くように……

「わかったよ」

 ガジュルシンから俺に接吻してくれる。

「必要な時に倒れていたら困るものね。今は休むよ。でも、何かあったら起して」



 寝かせたものの、ガジュルシンはなかなか眠ってくれない。

 戦いの後の興奮状態が続いているんだろうか。

 寝台に仰向けに寝たまま、両の掌を見つめている。

 いつまでも掌を見てるんで、さすがに言ってやった。

「せめて、目を閉じろよ」

「ごめん」

「手が変なのか? 痛い?」

「そうじゃないんだ……不思議だと思って」

「不思議?」

「僕はラーニャの再生に立ち合った……なのに、何も変わっていない」

 ガジュルシンが静かに瞼を閉じる。

「神の御力を感じる……回復魔法も使える。神聖魔法も、多分、使えると思うよ……禁忌を破ったのに、何故、僕は罰を受けていないんだろう?」

「罰なんか受けるわけないよ」

 俺は溜息をついた。

「おまえの心、ガジャクティンを助けたくって必死だったじゃん。全然、利己的じゃなかった。弱者を慈しむおまえを……神様が嫌うわけないさ」

「そうなのかな?」

 ずっと前にナーダ父さんが言っていた。信仰とは神といかに誠実にあるか、なんだと。信仰心に欠ける俺にはよく理解できなかったけど、戒律を遵守する事が信仰なのではないと教えてもらった事は覚えている。

「嬉しい? インディラ教の加護がなくならなくって?」

「うん」

 ガジュルシンが幸せそうに微笑む。

「神のご加護が消えたとしても、僕の信仰に変わりはない。でも、これからも、僕は、神と共に光の下にあれる……言葉で言い尽くせないほど、嬉しいよ」



 インディラ教の教えなんか、捨てちまえ。

 生きる為に、何でもやりゃあいいじゃん。

 シンに喰われて、病なんかにならない体になってくれ。

 俺は神様より何よりも、おまえが大切なんだ。

 おまえが生き続けられるんなら……俺は、それで満足なのに。



 思いは言葉にしない。

 心も乱さない。

 俺は自分に精神操作(マインド・コントロール)をかけ、平常心を保ち、穏やかな心でガジュルシンの手を握った。



 ガジュルシンが目覚めたら、俺は話す。

 おまえは内なる魔力に侵され、後、数年で病になる。体中に腫瘍ができて死ぬ。

 その日がくるのを……少しでも遅らせたい。

 長寿の法を探してくれ。

 インディラ教の教義に触れないものでいいから……

 俺の為に、生きる努力をしてくれ……って、俺は頼むんだ。

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