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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
私がそこにいたから
106/115

信仰と禁忌! 舞い戻った光、そして……

「霊力強い、精気にあふれとる、男臭くて、逞しくって、ええ男やし。そやけど、何よりもええのはまっさらも同然なところや。どの神様もついてへん。そもじさんを憑依体にすれば、つよぉい力が楽に使えるわ。体、貸して」



 できるか!



 この気色悪い神官が、どういう奴かはナーダが説明し、足りねえところはクソ忍者の息子とシャオロンが補った。

 神官は三大魔法使いタカアキって野郎で、その身に宿っているのは『水と多産と長寿』を司る白蛇神ミズハ。基本的に、神は憑依体を離れられないが短時間なら他の体にも宿れるそうだ。

 タカアキの一族以外が神の憑代となると、肉体への負担は大きい。ジャポネで蛇神に憑依されたアジンエンデは、三週間も昏々と眠り続けたとか。

 俺が意識不明となる間は、責任をもってその身を預かるとナーダは言いやがった。

 が、ご免だ。寝コケた無防備な状態で、女王様御殿なんぞに行けるか。



 いや、そもそも……

 神に体を提供する気はない。

 契約外だ。

 何故、俺が犠牲にならねばならない?



「代われるものなら、私が代わりたい。でも、駄目なの。神様本人があなたがいいって言ってるのだもの」

 セレスはインディラ第一夫人の顔を捨てたようで、昔のように俺に口をきく。

「お願い、私の娘を助けて……あの子はまだ十八なのよ……」

 セレスが、泣きそうな顔で俺を見る……

「何でもええから、はようしてくれません?」

 と、言ったのは、神官の部下だ。こいつも、気色悪い化粧顔だ。

「タカアキ様の肉体は、もってあと数時間。主さんに食べてもらわんと死んでしまうんです。私ら、こないな所にいつまでも居られんのですわ」 

「なら、おまえが憑依体になれ、神官の部下!」

 サムライの方は、死にかけている神官を抱き抱えている。だが、もう一人の化粧男は所在無げにその場に立ってるだけじゃねえか。

「あきまへん。こう見えても、私、忙しいんですわ。阿呆当主が潰れとるさかい、今、キョウと心話で連絡とりまくりで……このまんま、ミカドの神官長の仕事も一族の長の役目も、ぜぇんぶ代行せなあかんやろし……そっちのお(ひぃ)さんの事なんやし、そっちでどないかしてください」

「お願いします、アジャン」

 ナーダが俺に頭を下げる。

「私にできる事ならば、何でもします。あなたの望む通りの報酬も準備します……どうか、私の娘を助けてください」

 違うだろ……おまえの娘ではなかろうに……

 その横のセレスの息子も、必死に頭を下げる。姉を助けて欲しいと懇願する。

 アジンエンデもハリハールブダンも、バンキグ人までも俺に『人助けをしろ』と言う。『形だけならば堕落にならない、構う事はない、やってしまえ』と。

 俺は、サムライに抱えられているジャポネの神官を横目で見た。

 俺の視線に気づき、神官は微笑んできやがった。商売女のような媚を含んだ笑みだ。全身に鳥肌がたった。

「うだうだやかましいわ! はよう、憑代になれ!」

 出てくるな、クソ忍者。

 クソ忍者が睨んできやがったので、こっちも睨み返した。

「きさまが憑依体となれば、丸く収まる。なのに、何故ごねる? 時が経ちすぎれば、全てが台無しになるやもしれぬのだ。ラーニャ様と白蛇神の憑依体を殺す気か? この人殺しがぁ!」

「人事だと思って勝手な事、ほざくな、クソ忍者! きさまが不味いのが悪いんだろうが!」

「接吻して眠りにつくだけだ! 女好きのきさまなら、大喜びの状況であろう! 嫌がる理由がわからん!」

「女じゃねえ!」

 俺は、サムライに抱えられている神官を指さした。

 化粧をして紅を差してるが、その胸! その体! 何処をどう見ても女にゃ見えん!

「ありゃ、男だろうが!」

 俺ぁ、男色は嫌いだって言ってきただろうが!

 北方じゃ、同性愛は禁忌だ。国を捨てた俺だが、故国の道徳は根底で生きている。同性に欲情する野郎の頭ん中なんざわからんし、わかりたいとも思わん。野郎に触れる気にもならん。

 憑依体となる事自体はいい。

 人助けだ、我慢する。

 しかし、あの男娼のような男と口を合わすなどゾッとする!

「違います、アジャンさん」

 シャオロンの声だ。

 振り返ると、シャオロンがぐっと左手を握って、オレに挑むように言った。

「ミズハ様()女性です!」



 は?



「とても美しい東国の女神だそうですよ、ミズハ様()!」

 て、おまえ……

『は』のところを、不自然に強調しすぎだ!

 この機を逃すまいと、周りの奴等が俺に群がる。

「そうです! ミズハ様()、お色気たっぷりな女神様です! 姉様を助けてください!」

「良かったわね、アジャン、美人だそうよ! ミズハ様()!」

「あなたは女性の美醜には拘らないと、前におっしゃいましたよね? 肉体だけが全てではありません、大切なのは精神であって」

「どうせ接吻だけじゃ。減るものではなし。さっさとやれ」

 北方の奴等も、同じ調子で説得を続けやがる。

「今までさんざん勝手をやってきたのだ。一つぐらいいい事をしろ。ラーニャは私の友なのだ。助けろ」

「幻術で、あの神官を女に見えるようにしてやろうか?」

「救える者を救わぬのは、戦士の恥だと俺は思うぞ」

 うるせぇぞ、おまえら……



 人の命には代えられん、わかっちゃぁいる……



「やりゃあいいんだろ! やりゃあ!」



 俺が叫ぶと、

「ありがとう! アジャン!」

 馬鹿女が、飛びついて来た。

 どこまで馬鹿なんだ!

 急ぎ、セレスをひきはがした。

 感激のあまりだろうが、そんな真似、軽々しくするな!

 おまえは、今、インディラ国第一夫人なんだぞ。まだ立ち去らずに残っている新従者も居るんだ。ナーダ以外の男性と接触するな。醜聞をたてられかねない。

 目に涙をためながら、セレスが俺を見上げる。セレスはあまり変わっていない。だが、十九年の時が、落ち着きと、えもいわれぬ大人の女の色香を与えていた。

 しかし……

「あなたが根無し草で本当に良かったわ! 再会した時、その年齢になってもフラフラしてるなんてあいかわらず馬鹿ねって呆れたけれど、あなたの馬鹿さ加減にラーニャは救われるんだわ! ありがとう、アジャン! あなたが馬鹿で本当に良かった!」 

……変わったのは雰囲気だけか……中身は昔と一緒かよ……

「……おまえ、俺に喧嘩売ってるのか?」

「とんでもない! 感謝してるわよ! 四十代も後半なのに、まっとうな家庭を持てず、信教も持てない、あなたに!」

「黙れ。それ以上何か言ったら、憑依体になるのやめるぞ、クソ馬鹿女!」

 無神経め!

 俺が突き飛ばしたセレスを、すかさず忍者が背後から支える。その馬鹿女は、おまえがずっと抱えてろ。二度と俺の前に出すな、忌々しい。



 その時、パァンと乾いた音がした。



 ナーダのデカい方の息子を、その兄が平手で叩いたようだ。兄はさっきまで少し離れた位置にいたのだが。



* * * * * *



 僕は、ただ茫然とその場に佇んでいた。

 中途半端な自分を情けなく思いながら。



『死者の復活』を望むのは、インディラ教の最大の禁忌の一つだ。

 奇跡とは神の御心によって生まれるものだ。

 人は偉大なる神の恩恵の下にある。

 生きてゆく上で必要なものは、全ていただいているのだ。それ以上を望むのは強欲であり、人の身で世の(ことわり)を覆す事を望むのは神への冒涜であった。

 僕はそう教えられ、その通りだと理解している。



 ラーニャの生きざまが神の御心にかない、奇跡が生まれるのであればいい。

 だが、人が神に奇跡を願い、ラーニャの復活を望んではいけないのだ。



 信仰に篤い者達は、この場より立ち去って行った。

『従者仲間』として、僕の家族の愚かな執着を許し、糾弾は控えた。しかし、その愚行を目にすれば、神の信徒として教えを守らなければいけなくなる。禁忌を犯す愚者を、信仰をもって止めねばならなくなる。

 それゆえ、皆、立ち去ってくれのだ。



 けれども、僕はこの場に残っている。



 ラーニャの死を僕は受け入れられずにいる。

 彼女が生き返るのであれば、何でもしたい……皆の心情を察する事はできるし……皆の願いは僕の願いでもある。

 それでも、僕は父上とは違う。

 信仰と信念をもって、己が行動を肯定できない。

 罪という意識をぬぐえず、その罪を皆と共に願う自分を『罪人』としか思えずにいる。

 そのくせ、皆のそばへ寄れない。

 堕ちるのなら、皆と共に堕ちれば良いのに……踏み出せずにいる。

 皆から距離をとり、ただなりゆきを、見守っているだけだ。

 目の前の愚行を見逃せば、罪に手を染めたも同じ。僕はインディラ神のご加護を失うだろう。

『罪人』となる未来が同じならば、積極的に『心の願い』を口にすべきだろう。ミズハ様の慈悲にすがる方が、よほど正直だ。

 だが、足が動かないのだ。

 戻ったはずの声も、喉から出てこない。

 卑怯な自分に腹が立ってたまらないのに……

 皆との距離を縮められないのだ……



 違和感を感じたのは、何時からか……

 ミズハ様が赤毛の戦士アジャンを憑依体に選ばれた後……

 しばらくしてから、おかしいと気づいた。

  


 ミズハ様の憑代となる事を拒む男を、父上達が懸命に説得する。アーメットやセレス様やジライ、シャオロン様に、アジンエンデ、ケルティの上皇様。カラドミラヌですら人助けだからか、説得にあたっている。

 けれども、説得に加わっていない者がいる。

 カルヴェル様はいい。大伯父の術の影響を調べるとおっしゃり、先程からさまざまな方法で空間を調べておられる。砂漠の周囲や各国の動向も調べているようだ。分身に、新従者達を国まで送らせ、結界を維持している僧侶達との連絡をさせと、さまざまな仕事をなさっているカルヴェル様はお忙しい。

 だが、ガジャクティンは……

 何故、動かないんだ……?

 ラーニャの死に号泣していた弟が……

 何故、沈黙を守っている……?

 砂地に土下座したまま、うつむいて……

 何故、止まっているんだ?



 根が生えたように動かなかった足が、動く。

 砂地を蹴り、走り、僕は弟の元へと駆け寄った。

 強引に顔をあげさせると、弟はすまなそうに僕を見た。

「ごめんなさい……兄様」

 清々しいとも言える笑みを口元に浮かべながら、弟が僕に謝る。

「約束、破っちゃった……シャンカラ様にお願いした、手に入る限りのラーニャの体の一部をこの場に運んでくださいって。ミズハ様の術が始まる前に、急いでって……」



 弟の左頬をはたいた。



「馬鹿! 守護神にもう何も願うなと、僕は言った! おまえだって誓ったじゃないか! どうして、おまえは、いつもそうなんだ……自分を軽々しく捨てる……僕との約束を守らない……どこまで愚かなんだ」

  


「ごめんね、兄様……」

 ガジャクティンが体を起こし、僕を抱き締める。

「言いつけを守らず、ごめんなさい。僕、心配ばかりかけちゃってるよね」

「……おまえは、馬鹿だ」

「うん、そうだよね、ごめんなさい。兄様、泣かないで、僕が馬鹿なだけなんだから……僕はラーニャが助かるなら、もうそれでいいんだ」

「……おまえの犠牲で甦っても、ラーニャは喜ばない」

「怒られるだろうね。でも、それも承知の上。五、六発殴られるぐらいで、きっと済むよ。ラーニャは優しいから」

「ガジャクティン……」

「神様の交換は等価なものだ。死者の再生を願ったんじゃない、ラーニャの体の一部を望んだだけだ。シャンカラ様は、代償に僕の全てを持ってゆく事はできない。僕は死なないよ」

「馬鹿……」

「本当にごめんね、兄様……声が戻ったんだね……良かった、兄様の声が、又、聞けて嬉しいよ」



 神よ……

 どうぞ、この愚かで純真な魂に、ご加護を……

 人の分をわきまえず、他人の為に罪を犯し続ける、憐れなものに、光を……



 救いをお与えください……



* * * * * *



 ラーニャが逝った地にまで移動し、アジャンから神官に口を合わせた。身をかがめ、目を閉じ、嫌々そうに。

 しかし、サムライの手の中の神官は……いや、神官の身に宿った女神はご機嫌だった。アジャンの両頬に手をそえ、積極的に繋がりを深くしている。うっとりと微笑んですらいる。



 ズブ、ズブ、ズルリ……と、音がした。

 東国の神官の口から、アジャンの口へと、半霊体の蛇身が移動しているのだ。



 目を閉じ、眉をしかめていたアジャンから、やがて嫌悪の表情が消える。

 その肌が不自然なほど青白くなっている。ジライの肌のように、白い。

 逆に、東国の神官の肌が普通の色となる。顔から艶っぽさも消え、瞼を閉ざし、ぐったりと部下のサムライに体を預ける。眠ったようだ。

 東国の女神は憑依体をアジャンに変えたのだ。

 嬉しそうに緑の目を細め、にぃぃと妖しく笑うアジャン。何ともなまめかしい笑みだ。

 神が憑依した為、シャーマンであるアジャンは、体を明け渡し、眠りに就いたようだ。



 私は二人の息子の肩を抱き、共に白蛇神を見つめていた。

 東国の女神の前の宙には、ラーニャの髪の毛とガルバが渡してくれたハンカチ、そして、ガジャクティンの守護神が集めたもの――髪、血、皮膚や肉片、涙、唾液等が、球形の小さな結界の中におさまって浮かんでいた。

 アジャンの口が、不思議な音をつむぐ。聞き覚えのない魔法だ。言語は古代ジャポネ語だが、聞こえ方がおかしい。アジャン一人しか口を開いていないのに、複数の声が聞こえる。それぞれ、音の高さが異なる。和音(ハーモニー)となっているのだ。

 両手を合わせ、セレスが祈るようにアジャンを見つめている。彼女の左隣にはアーメットが居り、背後にはジライが控えていた。

 ラーニャの体の一部であったものが、溶けて、混ざり、光となる。

 アジンエンデも食い入るように、東国の女神を宿す父親を見つめていた。

 女神の前の光の球形が徐々に大きくなり、形も楕円と変わっている。

 今は赤子ぐらいの大きさだろうか。中はまばゆい光に満ちている。

 東国の女神のつむぐ音に重なる声が、どんどん増えてゆく。

 半霊体の分身を次々に産み出し、違う音階で呪文を詠唱させているのだろう。

 人ならざる者だけが使える魔法……と、いう事だ。

 光の塊はもはや球形ではない、人を思わせる形だ。頭と胴、手足が判別する程度だが。出来の悪い木偶人形のようだ。大きさは幼児ほどになった。

 それが、徐々に大きく、形もはっきりしてくる。直立している。左右の手足に指ができ、頭と胴のくびれに首ができる。手首、足首、腕、太腿。部位の形が細分化してくる。

 すらりと体が伸び、体の曲線が女性らしい丸みを帯びる。

 年頃となったラーニャとは、あまり肉体的な接触をしないよう心がけてきた。スレンダーな体だと思っていた。が、体の線は、やはり男性とは違う。女性的だ。

 鼻ができ、耳もでき、眼窩ができる。

 やがて頭部が波打つ。それが髪の毛だと気づいた時には腰をすぎる長さとなっていた。

 そこには……

 光り輝くラーニャがいた。

 瞼を閉じ、微かに口を開いている。その表情は、まるで微笑んでいるようだった。

 私の息子が慌てて上着を脱ぐ。ラーニャに被せる為だろう。生まれたままの姿で義姉が再生されると気づき、年頃の少年らしく狼狽している。

 アジャンが、にぃぃと笑う。満足そうに光を見つめての、会心の笑みだ。

 ひときわまばゆく、ラーニャの体が輝く。

 その輝きが消えた時には……

 宙にラーニャが居た。

 一糸まとわぬ姿で、私達と対面している。

 喜びの声が、皆から漏れた。

「触ったら、あかん」

 アジャンの内の東国の女神の警告。古代ジャポネ語だ。が、同時に心話も使っている。彼女の言葉は、全員に伝わっている。

「今、触ったら崩れる。後ほんのちょっとや。目ぇ覚ましたら、触れてもええよ」

 ガジャクティンが突然、動きだす。

 触れるなと言われていた義姉のすぐ前までゆき、彼女の体を隠すように宙に自分の上着を広げた。

 ガジャクティンは顔をやや斜めに傾けていた。照れて、真っ赤になっているのだろう。だが、その顔には幸福な笑みが浮かんでいるだろう。泣きそうな顔で笑い、義姉を見つめているに違いない。

「姉様……」

 アーメットもガジャクティンの横に並び、ラーニャを見つめる。姿形は完璧だ。中身もそうであって欲しい……

 ラーニャの瞼がぴくりと動き、鼻と口から呼気が漏れた。



* * * * * *



 ラーニャが瞼を開く。

 綺麗な茶の瞳。

 ただ開かれていただけの瞳が、やがて……

 僕を見つめる。

 形のいい眉をしかめ、ラーニャは少しだけ目を細め、唇をわずかに歪める。

「なに……ないて……るのよ……ばか……」



 ラーニャ……



 ラーニャ! ラーニャ! ラーニャ!



 僕はラーニャを抱き締めた。

 ラーニャは小さい。僕の腕の中にすっぽりおさまってしまう。

 アーメットも、横からラーニャに抱きつく。

 僕等は、ラーニャを抱き締めた。  

 


「いたい……わよ」

 慌てて少し腕を緩めると、ラーニャが顔をあげた。笑っていた。

「あんたたちの、呼び声、聞こえ、た……うるさかったわ……もどらなきゃ、って、思った」

 ラーニャだ。

 間違いない。

 気が強くって、わがままで、乱暴で、意地悪で、優しい……

 僕の大好きなラーニャだ。

 ラーニャが微笑む。

 まだ力が入らないのだろう、その表情も弱々しい。けれども、目尻を少し下げ、かわいらしい唇ににっこりと笑みをたたえるその顔は……とても愛らしかった。

「ラーニャ様にお召物を」

 と、僕等の横からジライが声をかけてくる。セレス様もすぐ傍まで来ている。

 うっかりしてた。

 嬉しくって、つい。

 ラーニャはまだ頭がはっきりしてないんだろう。全裸のラーニャを、肌着姿の僕が抱き締めてしまったのだ。普段のラーニャなら『何すんのよH!』と僕をぶん殴るだろうに。

 ラーニャに僕の胴衣を被せてあげた。僕は大きいから、ラーニャにはダボダボの膝下までの服になった。肩のところが余りすぎてるけど。

 ラーニャを独占しちゃいけない。

 セレス様もジライもアジンエンデも皆、目をうるませてラーニャを見ている。父様もシャオロン様もそれに兄様だって……

「ありがとうございます、白蛇神様」

 父様がミズハ様にお礼を言っている。僕はラーニャをアーメットに預け、ミズハ様にお辞儀をした。

「ありがとうございます、ミズハ様!」

 ミズハ様は鷹揚に頷き、色っぽく微笑まれた。赤毛の戦士の顔で、それをやられると、かなり気色悪いけど。

「ご褒美たぁんと貰うえ。なんにするか、タカアキと相談しておくわ」

「よかったですな、インディラの王子はん」

「おめでとうござります」

 ジャポネでのシャーマン修行中に親しくなったお伴の二人が、僕に祝福の言葉を送ってくれる。

「ありがとう、キヨズミさん、マサタカさん」

 僕はラーニャを見つめた。

 ラーニャはセレス様に抱き締められていた。セレス様は泣いているみたいだ。すぐ側のジライは普段通りだけど、きっと感激の涙を流したい気分なんだろうな。

 僕の視線に気づき、ラーニャは照れたように笑った。ちょっと恥ずかしそうに、戸惑うように……でも、幸せそうに。

 綺麗だと思う。

 僕の心は喜びに満たされ……



 そして、全てが闇に閉ざされた。

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