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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
私がそこにいたから
104/115

消えゆく光と闇! 永遠の誓い!

 ナラカに、してやられた。

 わしは、四天王二体を永久に溶けることのない氷の中に閉じ込めていた。

 イグアスとラゴス。それぞれ離れた場所で、二体は凍っていた。

 魂まで凍てついた魔族は何もできぬはずだった。憑依体とともに千年も万年も凍り続けるだけの存在と化していた。



 けれども、今、わしが築いた氷の中には何もない。

 砕け散ってしまったのだ。



 わしが凍らせた瞬間より、魔族どもの時は止まっている。大魔王が命じようとも、自ら死は選べぬ。



 おそらくナラカは核となっている闇の聖書の断片に、自壊命令を与えたのだ。

 浄化ではなく、自壊だが……

 闇の聖書の断片はこの世から消え失せてしまったのだ。



 ナラカの狙い通りのタイミングで。



『勇者の剣』が大魔王を斬ったその瞬間に。



 大魔王ケルベゾールドは己の憑代に、死と共に発動する邪法を仕込んできた。憑代を斬る勇者に、呪いをかけてきたのだ。

 ランツの時もセレスの時もこの前のアブーサレムを退治する時も、わしは呪いを回避するよう動いた。セレスの時より、呪いを肩代わりする『形代(かたしろ)』の邪法を己にかけてもいる。



 だが、ナラカはラーニャを呪わなかった。

『大魔王の呪い』は、わしに『形代』で邪魔されるやもしれぬ。そうと先刻承知だったあやつは、そんな不確かなもので勇者を狙わなかったのだ。



 七日前、シルクドの砂漠であやつは言うていた。大魔王の死によって発動するものは必ずしも、己を殺す相手への呪いではない、と。



『勝負の勝敗にかかわらず、憑依体となった者の肉体を離れる時に、どんな願いでも一つだけ叶えてやる……それが大魔王が信者に与えたご褒美です。昔は現世的な御利益をもらう神官戦士が多かったんですがね……だんだん、敗北を喫した時には屈辱を払おうという傾向になっていきました……己を殺した者に『呪い』をかけるようになったんですよ……防呪結界で身を守ってやりすごせる場合もありますが、その呪いの邪法自体の発動は防げない。なにせ、その、他にはない起源(オリジナル)な魔法は、魔界の王が神官戦士に与えた褒美なのですから』



 ナラカが魔界の王から、どんな褒美を貰ったのかはわからん。



 だが、しかし……

 今となっては、

 ナラカの望みがわかる。



 ナラカの願いは『勇者の剣』と『闇の聖書』を共に葬ること……

 光と闇の消滅。

 それを完璧な形で行う為に、あやつはラーニャという勇者を欲したのだろう。

『勇者の剣』と共鳴できる、共感能力のある勇者を……

 己と共にこの世から消し去りたかったのだ……



* * * * * *



「ラーニャ!」

 悲痛な声をあげ、駆け寄った第三王子が砂地の上に泣き崩れる。

 だが、砂を握り締めてもむなしいだけだろう。そこに人が存在していた痕跡は微塵もない。



 放心状態の実弟が、がっくりとその場に両膝をつく。

 兜と口布で顔を隠しているんで、表情ははっきりとはわからん。が、うつろに開いた目は、何も映していないようだった。



 赤毛の女戦士が……『極光の剣』を背におさめたアジの王たる女が、第三王子の背にそっと手をそえ、慰めとも叱咤ともつかぬ言葉をかけていた。

 気丈な女だ。姫勇者の死に動揺していない。しているのだとしても、その素振りすらみせない。

 顔ばかりか中身まで似ているようだ……伯母にあたる女に。



 シャオロンは拝礼していた。右手に爪があるんで、片手のみだが、最上の敬意を死者に払っていた。



 だが、従者達の多くは、その場に固まっているだけだ。追悼すら忘れている。



 まあ、あんな胸くその悪いものを見せられては、ショックを受けない奴の方が少なかろう。

 クソ坊主も、嫌な幕引きを用意していたものだ。



 勇者と大魔王の最期は、あのクソ坊主が見せてくれた。

 心話によるイメージ映像で、この場にいる全てのものに伝わったのだ。

 あの長い高速呪文の中に、映像の伝達も含まれていたのだろう。



『勇者の剣』が、背後からナラカを斬ったのとほぼ同時だ。

 鞠ぐらいの黒い球状のものが、ナラカと勇者の間に出現したのだ。

 それは浄化の光に包まれつつあるナラカと、斬りつけた勇者、二人だけを瞬時に飲み込み、収縮して消えた。ナラカの正面に居たアジンエンデは、巻き込まれなかった。

 一瞬の出来事だった。

 何が起きたのか理解する前に、全てが終わっちまったんだ。



 心話による映像は事実よりもスローモーだったんで、何がどうなったのかは克明に伝わった。

 黒の光は二人を吸引し、ズタズタにした。

 文字通りだ。

 姫勇者が、持っていた武器も、鎧も、肉体も……

 大魔王となっていたナラカの残っていた肉体も、浄化と共に広がっていく光も……

 千々に砕け、形を失った。

 そして、細かく砕いた肉片や血すらも更に圧縮する事で潰し、塵すら残さぬほど完膚なきまでに二人を消し去り、黒闇はこの世から消え去ったのだ。

 全てを伝え終えてから、心話による映像も途絶えた。



 無限の守護の力は働かなかった。

 剣身を砕いたのは、剣の能力を削ぐ為……?

 最初から相討ちを狙ってたのか?

『勇者の剣』には、あの圧縮魔法を破る力は無く、勇者と共に巻き込まれ、ただ砕かれていた。



 切り刻まれゆく二人の映像は、もしかすると、あの趣味の悪い僧侶の幻影かもしれん。

 しかし、姫勇者が黒闇に飲み込まれたのは現実だ。

『勇者の剣』と共に勇者は消えた。

 それは動かしがたい事実だ。 



「残念ながら、幻影ではない」

 俺の左横から声がする。

「ラーニャ殿は死んだ。『勇者の剣』と共に命を失った。魔法で確認した」

 声の主は、驚いた事にケルティの上皇様だった。こいつは、移動魔法で俺の元へ跳ぶ事ができる。俺が今世にいる限り、どこだろうが来られるのだ。だが、今世では動かないとかたくなに言い続け、助けを求める嫁も見放したのではなかったのか?

 ハリハールブダンは苦々しく笑った。俺の制約は無くなった。俺も大魔術師様も働きどころを失ったのだ、と。今世から『勇者の剣』も勇者も消えてしまったのだ。大魔王の勇者への呪を封じる役など、確かに、もう不要か。



「ラーニャ……」

 セレスの声だ……

 胸が痛んだ。

 もと女勇者は静かに歩んでいた。誰にも支えられる事なく、静かに、上品に。インディラ国第一夫人にふさわしい落ち着いた所作で、背後に東国忍者を従え、娘の最期の地へと向かっている。



 何故、走らない?

 何故、泣きわめかない?

 何故、そんなにも冷静なんだ?



 そんな風に、自分を殺す女ではなかったはずだ……



 俺はセレスの動きを、ただ目で追っていた。



* * * * * *



 喉が熱を帯びる。

 耐えがたいほどの熱さは痛みを伴い、こみあがってくる衝動と共に咳となった。

 それは最初、息を吐くだけのものだったが、やがて音が混じる。声帯が震えているのだ。

 声が戻ったのだ……

 癒しの手が僕へと伸びる。

《おめでとさん》

 思念はタカアキのものだった。が、癒してくれているのは彼の部下のキヨズミだった。

《そもじの呪が解けて良かったわ……一つぐらいええ事がないとやりきれんもんな》

 僕は咳き込みながら、ミカドの神官長を見つめた。

 砂地に座り込んだタカアキは、サムライに背後から支えられていた。その手は、『破魔の強弓』も手放している。

 僕が駆けつけた時には、既に彼は、ほぼ動けなくなっていた。『マサタカ』と『スオウ』の使役権を部下のキヨズミに与え、勇者や従者達への支援を全面的に任せていた。

『トシユキ』の癒しを受け、サムライから渡された御神酒を飲んではいた。が、もはや、さしたる効果はないようだ。弱った肉体を酷使した報いが表れている。この男の最期の時も近い。

 僕の視線に気づき、タカアキが静かに微笑む。重たげな瞼は、今にも閉じそうだ。

《惚れた女が先に逝くのはつらいなあ、ええ女やったなあ、姫勇者はんも》

 まだ声がちゃんと出ないので、僕は頷きを返すことで答えた。

 義姉の死を、僕はまだ受け入れられずにいる。

 今にも、ひょっこり、『姫勇者、ふっかぁ〜つぅ!』と、叫んで何処からともなく現れるような気がするんだ。

 しかし、僕は知っている。探知の魔法で、彼女の命が消える瞬間を……感じ取ってしまったのだ。

 あんな一瞬の出来事では誰も助けられない。カルヴェル様だって無理だ。

 ラーニャは死んでしまったのだ、大魔王と共に。



 皆の嘆きを感じる。

 皆と悲しみを共有したい思いが形となったのか、僕は無意識に千里眼や探知の魔法を発動させ、切り取られた現実を見ていた。

 ガジャクティンは号泣している。まるで子供に戻ったみたいだ。あいつが、人前でこんな大声で泣くなんて、いつ以来だろう。

 ガジャクティンを慰めるアジンエンデとて、悲しかろうに、感情を表に出す事なく、覚悟の足りぬ子供を励まし叱っているのだ。

 茫然自失のアーメットからシンに、体の支配が変わる。シンは立ち上がり、不快そうに顔をしかめた。

 反発の方が強すぎて自覚はなさそうだったが、アーメットは姉を愛し大切にしていた。立ち直るまで、かなりな時が必要だろう。

 そして、セレス様とジライ……

 セレス様はエウロペ式の印を切り、跪き、愛娘の為に黙祷を捧げた。

 セレス様の背後のジライは、片膝をついて座り、深く深く頭を垂れていた。主君に忠節を誓う忍者そのものの姿で。



「ラぁ……ニャ……」



 喉からかすれた声が漏れた。

 いつの間にか泣いていたようで、口元を覆う手が濡れる。



 突然、タカアキがビクッと体を強張らせる。



 彼はサムライに体を支えられながら、天を見ていた。

 先程まで今にも閉じてしまいそうだった目が、大きく開かれている。

 上空を見つめていた彼の視線が、徐々に下方へと動いてゆく。



 空には光り輝く何かがあった。

 ゆっくりと、ゆっくりと、それが地へと向かって来る。



 そして、唐突に彼は消えた。

 移動魔法だ。



「あの阿呆当主!」

 と、叫んだのはタカアキの部下のキヨズミだった。

「『マサタカ』様!」

 と、彼が左手に向かって命じる。そこにタカアキから借りた白蛇がいるのだろう。

 キヨズミとサムライの姿も移動魔法で消えた。

 あの光のもとへ行ったのだろうか。



 タカアキもお伴達も、光が降って来るだろう地の近くに出現した。

 ガジャクティン達からも近い。

 僕の目でもとらえられる距離だ。



 探知の魔法で光の正体をとらえ、僕は愕然とする。

 あの光は……



* * * * * *



 ああ、もう、ほんま阿呆やわ、タカアキ様は。



 走れる体やないのんに。



 空中浮遊で飛べばええのに、それすら忘れて必死に光を追って……

 せやから、転ぶって……

 あぁぁ、もう。



 見かねて飛び出しかけたマサタカの、右腕をつかんで止める。

 ここは邪魔したら、お伴、失格やろ。



 追っかける代わりに、千里眼でタカアキ様を追い、捕えた映像をマサタカの頭に送ってやった。



 砂地にコケたタカアキ様が、懐から扇子を取り出し、降りて来る光に向って投げる。

 最後の一投や。

『もしも』の時の為に、タカアキ様は体力を残していた。

 直接、大切なお方を浄化できる機会が訪れるやもしれん……万に一つもない可能性やけどそう思わはって、大魔王が果てるまで、生にしがみついておられたんや。

 それが……

 こないな形で力を使う事になるとは……



 タカアキ様の濃い霊力に満ちた扇が、宙の光り輝く箱を砕く。

 人の掌にのる小さな木箱……神様を封じとった、けしからん箱や。



 白く光り輝く大きなものが、中から現れる。

 澄み切った、清らかな、それは、まさに水。

 まったく闇に穢れとらん……

 神々しい御力がタカアキ様のもとへ降り注ぐ。



 半霊体となられた方が、タカアキ様の右腕に絡みつく。

 タカアキ様はうつぶせに倒れてはったけど、顔をあげ、愛しい方と視線を合わしゃった。

《ひどい顔……》

 白く輝くものが、鎌首をもたげタカアキ様の頬に触れた。癒しの魔法をかけてるんや。

《今にも死にそうやないのん。タカアキ、死んだら嫌や。タカアキがいなくなったら寂しい》

「よう無事で……」

 ほんまひどい顔や。やつれを隠した化粧が、めちゃくちゃやわ。砂まみれの上に、涙なんか浮かべて。白粉が流れてまいますえ。

「もう会えんと思うとった……今世では、二度と、ほんまのそもじには会えんと……」

《麿もや。寂しかった、ずっと、ずっと一人だったんや》

「一人だった?」

《気がついたら、真っ暗でなぁんもない所におった……タカアキに会えるまで、閉じ込められてた箱ん中そっくりやった。誰もおらんし、なぁんも見えん、誰も話しかけてくれん……怖かったわぁ、もうタカアキに会えんかと思った。気が狂いそうやった》

「ずっと閉じ込められとったのか? ナラカはそもじに手を出さんかったんか?」

《ナラカ? 知らんわ。『最初の旦那様』の下に麿は居ったんよ? 時々、あれせいこれせい『旦那様』はご命じにならはったけど、なぁんもご褒美くださらんかったし、可愛がってもくださらんかった》

「ご褒美無しやったんか……」

 タカアキ様が笑う。泣きながら、嬉しそうに声を出して笑う。

「そもじの大好物の、血も肉も魔力も瘴気も穢れも貰えんかったんか。かわいそうになあ、あのクサレ僧侶の下でずぅっとお腹をすかせとったのか……それで、まったく穢れずにすんで……」

《タカアキ、食べてもええ?》

「ええよ」

 タカアキ様が微笑む。ええ顔やわ。遊び好きで、高慢で、身勝手なお方とは思えん、優しい笑みをつくっとる。

「麿の血も肉も霊力も魔力も精気も、みぃんな、そもじのモノや。いくらでもお食べ」

《産み直してあげる、タカアキ。タカアキだけが、麿のほんまの旦那様や。ずぅっと一緒にいて。もう、一人は嫌や》

「ああ。麿もや。一人はもうこりごりや。死ぬまで、一緒に居たい」

《嬉しいわぁ。タカアキ、名前をちょうだい……『最初の旦那様』との契約、旦那様がのうなったせいか、消えてしまったんよ。今、麿は誰のものでもない。タカアキのものになりたい》

「阿呆」

 タカアキ様が、半霊体の方を抱き締める。

「ミズハや。そもじの名は、ミズハしかあらへん」



* * * * * *



 まばゆいばかりの光は消え、ご当主様のお肌の色が変わる。

 ミズハ様がご当主様のお体に宿られたのだ。

 ご当主様の流された涙の痕を消し、ミズハ様は愛しいご当主様のお顔をお美しくする。

 つづいて、癒しの魔法をお使いになられた。が、通常の魔法では効果は望めない。

 新しい体をつくっていただかねば、ご当主様は明日までもつまい。お亡くなりになられるだろう。

「失礼いたします」

 ミズハ様のお身体を腕に抱えた。もともと華奢なお方ではあったが、痩せ衰えたそのお身体はこわいほどに軽い。

「マサタカ」

 ミズハ様が華やいだ笑みを浮かべ、拙者の首筋に両手を回される。

「又、会えて嬉しいわぁ」

「拙者も嬉しゅうございます。お慕いしているミズハ様に、今世で再びお会いできるなど、望外の喜び」

 ミズハ様はホホホと明るく笑われて、拙者の頬に唇をあて精気をお食べになる。

「ほんま、無骨で、かわええ男やわ、マサタカ。タカアキの次に好き」

 ミズハ様の視線が、拙者の横の男へと動く。

「キヨズミ、嬉しいわぁ……そもじさんも、麿を助けに来てくれたんか?」

「ちゃいます。ミズハ様がのうなって、みっともなく取り乱しとる阿呆当主の後始末に来ただけですわ」

 ミズハ様が、又も、楽しそうにホホホと笑われる。

「ほんま、ひねくれててかわええわぁ、キヨズミ。タカアキの次に好き」

 キヨズミが品悪く、舌うちをする。

「これやから、『主さん』は……。二番目の男が、何人、いや、何十人居るんですか?」

「しゃあないわ。みぃんな、かわええんやもん。みんなが居る世界に戻れて、ほんま良かったわぁ」

 ミズハ様が拙者に、ぎゅっと抱きつかれる。

 お寂しかったのだろう。

 千年もの間、ほぼ、暗闇の中に閉じ込められ、ご当主様の一族の方々に使役されてきたお方だ。封印箱の中になど、二度と、戻りたくはなかったであろうに。

「タカアキ様は?」と、キヨズミ。

「眠ったわ」

 ミズハ様が静かに微笑まれる。

「麿の為に無理したんやな、タカアキ……ひどい体やし、魂も疲れきっとる」

「はい。なれど、こうしてミズハ様を取り戻せたのにござります。ご当主様のご苦労は報われました」

 ミズハ様は頭の上の『トシユキ』様、キヨズミにまとわりついている『マサタカ』様、『スオウ』様をご覧になる。

「『トシユキ』と『マサタカ』に『スオウ』か。いやぁ、かわええなあ。大きゅうなって」

 キヨズミについていた二匹もミズハ様のもとへと飛び移り、三匹のお嬢様方がミズハ様にお甘えになる。

 このような時に申し訳ないものの、お子様や卵に関してはミズハ様は敏感だ。尋ねられる前にお伝えした方がよかろう。

「『キヨズミ』様と『ハガネ』様は、お散りになられました」

 ミズハ様が大きく目を見開かれる。魂のない幼蛇だった『キヨズミ』様、卵だった『ハガネ』様。ご自分より先に、お二方の存在が散じてしまうなど信じがたいことであろう。

「あらぁ……そうかぁ……かわいそうになぁ」

 クッスンと鼻を鳴らしてから、ミズハ様が白蛇神のご魅力を用い、キヨズミに流し目を使われる。

「タカアキを産み直したら、次は『キヨズミ』にする。子種をちょうだい。『キヨズミ』も産み直させて」

 ミズハ様の微笑みは、たいへん魅惑的だ。

 しかし、キヨズミは不敬にも、ミズハ様から顔をそむけおった。

「やめてください。前にも言うたでしょ。タカアキ様のお姿のまんまで、白蛇の魅了を使わんでくださいって。気色悪いですわ」

 気色悪いだと? ミズハ様に対し、無礼な。

「それに、今、ややこしい事になっとります。あまり幸せいっぱいの姿、みせびらかさん方がええですよ」

 そこでキヨズミは周囲に視線を走らせてから、小声で言った。今更、謹慎を装ったところで遅いとは思うが。

「姫勇者はんが大魔王と相討ちで亡くなったばかしなんですわ」

「山猿が?」

 ミズハ様の視線が、インディラの第三王子の居る場所へと向く。王子の泣き声も、こちらに充分に届く距離だ。

「あそこかぁ。それで泣いとるのか、あの子……」

 ミズハ様が、姫勇者の終焉の地をご覧になる。そこに消えた命を感じとっておられるのだろう。



* * * * * *



 最初、シンが何を言っているのかわからなかった。

 シンがイライラしながらも、繰り返し同じ事を俺に言う。



 何回か聞いて、ようやく理解できた。

《お(たあ)様のもとへ行くぞ》

 と、言っていたんだ。

 そうだよな……

 ミズハ様が無事に戻って来たんだ、会いに行きたいよな。

 おまえの白蛇の眼で、俺も見たよ。

 タカアキが泣きながら喜んで、ミズハ様を抱きしめていたよな。ナラカに囚われていたのに、まったく魔の穢れがなかったなんて、嘘みたいだ。

 奇跡?

 あのナラカを相手に、奇跡なんてありえないと思うけど……

 まあ、いいや……何でも……

 母親に会うの、初めてだもんな、おまえ。ご挨拶に行って、甘えて来いよ。俺の事は気にせず、さ。



《馬鹿か、きさまは!》



 シンの思念が俺の内を揺さぶる。

《女子供ではあるまいし! 己が悲しみに耽り、耳目をふさぐな、みっともない!》

 シンの激しい怒りが理解できない。

 戸惑う俺に、シンが信じられない事を言う。



《姉を取り戻したくば、きさまからお母様に願え》



 え?



《お母様は千年の(よわい)を重ねた、強大な白蛇だ。何事においても、私よりも秀でておられる。死と再生を司る力とて、何百倍もお強い。私では、おまえの姉を甦らせる事はかなわん。だが、お母様ならば、おそらくできる。きさまの姉を再生する事も可能なのだ》

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