意地と意地のぶつかり合い! 絶対、負けない!
姉貴がゆっくりと歩き出す。
お母様とアジンエンデが、その後に続く。
その進路上にいた者達は脇によけ、姫勇者達の為に道をあける。
従者達は、皆、剣身のない『勇者の剣』を握り進む姫勇者を見つめていた。
まっすぐと進み来る姉貴を、大魔王は立ち止まり笑顔と共に迎える。攻撃もしない。
姫勇者との対峙を希望しているようだ。
姉貴の周囲以外、時が止まったようだ。
俺は『虹の小剣』を手に、勇者と大魔王の対決の時を待っていた。
《十五代目勇者になりそこねたな……まあ、きさまには勇者の格などないがな》
シンの思考は、俺をあざけり笑っているようでいて、残念そうな響きがあった。
ごめんなと、俺は一応、謝っておいた。
『俺が十五代目勇者になる為に、力を貸してくれ』って頼んだってのに、結局、成し遂げられなくて、悪かった。でも、いいんだ、柄じゃないから。さっきは自分も奮い立たせたくって、ああ言ったけど、『勇者』になりたかったわけじゃない。俺は『影』のが向いている。光の下にいる人間を支える、裏方の忍者の方が落ち着く。
小物め、とシンが俺を揶揄する。でも、本当の事だから腹は立たないし……
美しく、堂々と歩く、勇者らしい姉貴を見ていると、胸がいっぱいになる。
本物の勇者みたいだ。
生きて動いている姉貴とは、もう二度と会えないかもしれない……そう思ってただけに、不覚にも涙が出そうになった。
さっさと殺ってくれ、姉貴。
精神を砕かれても這い上がって来る、その図太さで……大魔王をぶっ倒してくれ。
俺は口を使わずに相棒に、聞いてみた。
今の『勇者の剣』に『無限の守護の力』は期待できない。姉貴の周囲に結界を張ったり、瞬間移動でナラカの後を追わせるのは、できれば代わりにやってもらいたい。できるか? って。
《おまえが姉の側にいるのなら可能だ》
死んだも同然の姿だった姉貴が復活した事に、シンも驚いているようだ。姉貴の動きに注目している。
《おまえを核として、その周囲のおまえに連なるものに力を及ぼすのなら易い》
了解。しばらく姉貴のストーキングをすると、俺は答えた。
俺と血の縁のないアジンエンデは移動魔法じゃ運べないだろうけど、防御結界は彼女も含めて張れる? って確認をとると、シンはうるさそうに、
《あの女は姫勇者のそばにいるのだろ? なら、問題ない。おまえに連なるものに力を及ぼすと言った。可能な限り、おまえが守護を望む者は、守ってやる》
と、答えた。俺は素直に、白蛇神に礼を述べた。
* * * * * *
「必ず戻ってらっしゃると思ってましたよ」
ナラカは右腕を失っていた。
ひとまわり気が小さくなったようにも見えた。
彼の体から漏れる瘴気も、勢いが無くなったような。
けれども、まだまだ強敵である事に変わりはない。
「あんたを倒さない限り、安眠できないもの」
私は『勇者の剣』の切っ先を、ナラカへと向けた。剣身は砕けちゃったけれども、どこに剣の何があるのかは私は知っている。覚えている。
「決着をつけましょう」
私がそう言うと、ナラカは嬉しそうに頷いた。
「ええ……全てを終わりにしましょう」
* * * * * *
ラーニャは無事だった……
それだけでも嬉しいのに、ラーニャはまるで伝説の勇者達のように威風堂々と大魔王と対峙している。
その戦いを、あまさず見たかった。
魔力が枯渇した僕では千里眼も探知の魔法も使えないから、視覚でとらえるものが全てだ。でも、僕がいる場所からでは、残念なことに、見えるのは背ばかりだ。
誰かがクスリと笑ったような気がした。
《眷族に命じればいいのですよ》
思念はからかうように笑っている。
《好きなものを好きな角度から、見つめられますよ。前後左右からでも砂の中からでも、俯瞰視点でも、ね。むろん、どんな眷族にどんな形で命じるかで見え方は変わります。人ではありえない視覚世界が頭に飛び込んでくるかもしれません。が、情報的には変わりはありません》
この丁寧だけど、もったいつけたような思念……
誰のものかは察しがいった。が……
僕は眉をしかめた。
姫勇者と対決が迫ってるのに、たかが一従者に、何故、大魔王が話しかけてきたんだ? おそらくこの心話は二人限定だ。他の者には伝わっていないだろう。
《今は余裕がありますので》
思念は笑っている。
《ナーダの息子……失った五感は補えます。自分の代わりに、支配する眷族に感じてもらえばいいのです。眷族の感覚をあなたが共有すればいい。嗅覚も味覚も、神魔の感じ方ではありますが、あなたは取り戻す事ができます》
僕が味覚と嗅覚を捧げてシャンカラ様と契約を結んだ事は、大魔王にバレていたようだ。
何でそんな事を僕に伝えるのか? と、思うと、
《たんなる気まぐれです》
との答え。
《あなたの『傷』が気になったので……失ったものを嘆かずに、ありのままを受け入れ、今を享受なさい。人生が豊かになるかどうかは、あなたの心次第です》
フッと思念が途絶える。
ラーニャと向かい合ったので、戦闘に集中しようと、僕との会話を打ち切ったのだ。
僕は大魔王となった大伯父を見つめた。
その体から広がる瘴気は、攻撃的で黒く醜い。
しかし、さっきの思念は親しげで、まるで……年少者をやさしく導く、インディラ僧か、身内のようで……
僕は頭を横に振った。
僧侶ナラカは敵だ。
姫勇者ラーニャを殺そうとし、『勇者の剣』様を破壊した、罪深い男。
世界が滅びても構わないと思って、自分の欲望を果たそうとしている身下げた奴。
兄様の声を奪った、非道な大魔王だ。
ほんの少し情を示されたからって、だまされるものか。
戦闘は、すぐに始まった。
僧侶ナラカの体から漏れている瘴気が、数多くの刃となり、ラーニャ達を襲ったのだ。
ラーニャのすぐ前に出たのは、アジンエンデだ。
『極光の剣』をもって、ラーニャに近づく瘴気の刃を切り裂く。近くに居たアーメットもラーニャの盾となるべく『虹の小剣』を使う。
セレス様はその場に立ち止まり、矢で左右から回り込もうとする瘴気を祓う。セレス様の武器は『エルフの弓』、そして背にあるのは『エルフの矢筒』だ。カルヴェル様所有の、二点セットの聖なる武器だ。『エルフの矢筒』から無限に矢がわくので、長期戦に向いている。装備条件は『心の美しさ』。
『勇者の剣』をもって迫るラーニャを、ナラカが移動魔法で避ける。
次元扉が次々に開き、小物魔族も召喚される。召還される数が半端ないので、黒い絨毯のようだ。
だが、小物は小物。
姫勇者や従者達の敵ではない。
武器を所持した従者達がラーニャに加勢すべく走り、魔法使いや神官達が魔法を唱える。ナラカを足止めしようと、皆、必死だった。が、大魔王の動きは鈍らない。
僕は、シャンカラ様への命令を続行した。
別次元からナラカの精神に攻撃をさせ、相手の集中力を削いでいるのだ。
たとえるのなら、難解な法律専門用語を必死に暗記している学生の耳元で大声でがなりたて続ける……と、いったところか。
精神攻撃は、開幕からずっと、カルヴェル様もなさっている。
ナラカは常に僕等に対し障壁を張り続けねばならないのだ。現実世界から見えない戦いだけれども、かなり邪魔はできていると思う。
シャンカラ様の眷族も使っている。ナラカの移動魔法を阻害しようと、風の精霊に出現箇所の空間を歪めさせたりしてみた。けど、残念なことに効果はなかった。脆弱な風では小石一つの邪魔ともならぬようだった。
『雷神の槍』で、瘴気やら低級魔族を祓いつつ、僕は眷族の力を別の形で試してみた。
純粋な興味からだった。
視覚を思うまま操れれば、危機をいちはやく察知できる。ラーニャの助けとなれるかもしれないし……そんな自分への言い訳もあった。
数体の風の精霊に、勝負の映像を運ぶ事を命じてみた。だが、一箇所にとどまれぬ風は、流れゆく景色を僕の頭に送ってくるだけだ。実体ではなく霊力や熱量で現実を捉えているのでわかりづらい上に、その映像が物凄いスピードで流れて行くんだ。何がなんだかさっぱり、だ。映像中継に適さない存在に命令を与えてしまったようだ。
戦闘中に、独学で新たな技を身につけるのは難しい。姫勇者が伝説をつくりだす一場面をしっかり見たいのだけれど、無理っぽいな。
* * * * * *
クソ坊主は、今世の勇者の攻撃を避けながら、高速に呪文を唱えている。
何か大技を仕掛ける気なのだ。
嫌な感じがした。
「シャオロン、ついて来い!」
昔馴染みに声をかけてから、俺は走った。
遠慮はやめだ。
他の従者達がどうなろうが、もう知らん。俺の剣がどんなものかは、充分に示した。俺から離れられる時間は与えてやったんだ。
今も俺の側にいる奴ぁ、避けられる自信を持ってとどまったのだ。ならば、余波をくらう方が悪い。マヌケの面倒までみてやる気はない。
『怒りの剣』を前方へと振るう。
一直線に走った剣圧が、光となって周囲の魔を浄化し、砂地をえぐって溝を掘ってゆく。
俺の道をふさげる奴ぁ、いない。
魔だろうが人間だろうが、ふっとばしてやる。
俺の後を、シャオロンとインディラの第三王子が追いかけて来る。
第三王子は顔も体も親父にそっくりで、武器まで『雷神の槍』なのだ。笑える。
斜め前方に、もと女勇者様がいた。昔まとっていたものとよく似た白銀の鎧を着て、弓を射ている。愛娘に近づく小物やら瘴気を散らしている。
だが、出すぎだ。
自分の周囲に無頓着すぎる。
セレスの周囲、腰ぐらいまでが黒い靄に覆われていた。魔が群がっているのだ。
魔法道具で障壁を張り雑魚どもの攻撃をしのいでいるようだが、道具は道具。限界がくれば、いずれは壊れる。
おまえはラグヴェイの血筋なんだぞ、『勇者の剣』に連なるものだ。魔が放っておくものか。おまえも理想的な憑依体なんだ。魔が欲しがる体だ。
「下がれ、馬鹿女」
怒鳴ったのだが、俺の方をチラっと見てセレスはにっこりと笑い……それから何事もなかったかのように弓を使い始めた。
クソ馬鹿女が!
舌打ちを漏らし、俺はセレスには余波が当たらぬよう、セレスよりやや右に向け、『怒りの剣』を前方に振るい、走った。
何故、おまえは、そうも無謀なんだ。インディラ国第一夫人という立場がわかっているのか? 俺はナーダに雇われたのだ。雇い主の妻が危険にあって無視できるか。
怒鳴り散らしたい気分のままに放った俺の気は、凄まじいものになっていた。そこらにいた魔を徹底的浄化し、かなり遠くまで砂に深い溝をつくっていった。
だが、ほぼ同時くらいに……
セレスの左手にいた敵が、消滅する。一掃されたのだ。素早い体術と共に現れた男によって。
刀身から聖なる水を降らす武器を振るう、東国忍者姿の男。敵を片付けると、そいつはセレスの背後へと回り、セレスと背中を合わせた。
「遅刻よ、ジライ」
「遅くなりまして、申し訳ございませぬ」
「私、囮なんだから。しっかり守ってちょうだい」
「承知」
『ムラクモ』を嬉々として構える男を見て、馬鹿馬鹿しくなった。
「ケッ」
肩を揺すり、進むべき方向を変える。俺の獲物は大魔王だ。
「この場に留まって、ラーニャ様の為に少しでも魔をひきつけるおつもりなんですね」
シャオロンがポツリとつぶやく。知ったことか。護衛ならば充分足りてるだろう。自分の男が居るんだからな。
「セレスの護衛がしたきゃ、あっちに行け、シャオロン」
「やめておきます」
シャオロンが朗らかに笑う。
「今は、アジャンさんとご一緒したい気分なので」
「好きにしろ」
俺は馬鹿女を視界の端からも追い出し、大魔王を目指した。
* * * * * *
アジャンさんの攻撃力が増している。
十九年も経ったのに……
終わらないものは、終わらないのだ。
アジャンさんが『怒りの剣』を振るう。持ち主の気性に合わせて威力が変わる聖なる武器は、恐ろしいまでの破壊力を示していた。
大魔王ナラカを狙うアジャンさんの剣は、周囲をまったく顧みていない。
アジャンさんの闘気がナラカを包み込む寸前、ラーニャ様やアーメット達が急いで跳び退った。アジャンさんの気には物理的な攻撃力もある。気で岩も砕いてしまうだろう。幸いラーニャ様達は無傷なようだったけれど。
「アジャンさん、無茶苦茶すぎます!」
と、言うと、それぐらいの方がちょうどいいのさと笑われた。
「技量に差があるんで、動きを読まれまくっている。あいつらの剣術じゃ、敵を追い込めない。敵の攻撃速度が落ちたぐらいじゃ、まだまだ溝は埋まらない。混戦にもちこんだ方がマシだ」
しかし……
「アジャンさんの攻撃じゃ、ダメージとなりません」
『勇者の剣』以外の武器の攻撃では、大魔王に傷一つ負わせる事はできない。アジャンさんの攻撃に意味などない。それどころか、凄まじい攻撃の余波を警戒し、ラーニャ様がナラカに接近できなくなるだけではないだろうか?
「だが、あいつ、よけたぜ」
アジャンさんが、何もない空間へと剣を振るう。そこに出現しかけていたナラカが、再び移動魔法を使う。
「な? かすり傷にすらならなくとも、痛いことは痛いのさ……俺のは強烈だからな」
痛みはあるのか?
大魔王相手に、いかなる武器も魔法も通用しない。ダメージを与える事ができるのは『勇者の剣』のみなのだ。十三代目大魔王も十四代目大魔王も、勇者の攻撃以外、平然とその身に受けていたが。
「ぐだぐだ悩んでいる暇があったら、おまえも竜巻を使え」
アジャンさんが剣を振るう。
「相手の調子を崩すんだ。ガキどもに任せてたら、百年経とうがナラカは討てん」
「竜巻を放つのでしたら、撃つタイミングを教えてください」
と、ガジャクティン様。
「風の精霊を使って、威力を高めます」
だとさ、と、アジャンさんが笑う。
「ちと離れろ。できるだけ違う角度から攻撃するんだ」
確かに……
悩んでいても仕方が無い。
迷いは刃を衰えさせる。
真龍の御力は通じると信じるべきだろう。
オレ達の攻撃を避ける事で、大魔王に隙ができ、その隙をついてラーニャ様がナラカを倒すのだ……
そう信じよう。
オレは右手の『龍の爪』に力を願った。大魔王を倒すその時まで……共に戦い続けて欲しいと。
邪悪を憎む思いが、爪から伝わる。
まだ、オレは戦える。
「ついて来てください」
「はい!」
ガジャクティン様と共に、ナラカを目で追いつつ南へと走る。
オレの竜巻も一直線上に飛ぶだけだ。アジャンさんの不得手な左方向……そちらに回り込んで爪を振るうべきだろう。
* * * * * *
全てを粉砕する闘気が、ラーニャとナラカの間を引き裂く。
何が起きたのか? と、思って見れば、そこには……
赤毛赤髭の大男が立っていた。片当てと胸当てだけの鎧をつけた、逞しい肉体の戦士……
ドクンと心臓が鳴った。
男の左腕は肘から先が無かった。その程度の損傷では、この男の牙は消えない。全身が、熱く燃えるマグマのような熱に満ちている。
この男が……
ケルティの救世主アジスタスフニル。
私の父なのか……?
父との初めての出会いではあったが……
感情に浸っている間はなかった。
赤毛の戦士がニ撃目を放ってくる。あの男の剣から生まれる浄化の力が、魔や瘴気ばかりか、空を裂き、砂地を削ってゆく。進路上にあるのものは、衝撃で全て砕けるのだ。大岩すら穴が開くだろう。
ラーニャや私達すら巻き込む気だ、あの男……
信じられない!
何を考えているんだ!
ラーニャの弟の内の白蛇が防御結界を張ってくれるとはいえ、一歩、間違えばラーニャの身を千々に砕いていたぞ!
あんなぶっそうな攻撃が飛んで来ては、大魔王に近づくのすら容易ではなくなる。
ふつふつと怒りがわきあがってきた。
本当に身勝手だ。
周囲に気を配っていない。
あの男は優秀なシャーマン戦士だが、長としての責務を負わず、全てを捨てた。国もアジも子を産ませた女も生まれた子供も全て……。勝手で気まぐれな、男の風上にも置けない奴だ。
妻も子も妾も妾腹の子も、皆、抱え守る……抱えたものを愛し、捨てぬのが男。
誠実さのカケラもないあの男は、ケルティの男ではない。
「アジンエンデ」
ラーニャの弟だ。身軽な体を生かし、あっちこっち動き回る忍者は、今は私の側に居る。
「シンが言っている。ナラカが赤毛の戦士の攻撃を避けていると」
え?
「大魔王と憑依体との融合率が低下してる為に存在基盤を揺るがす衝撃を避けているだとか、やたら難しい説明してくれたけど……ようするに、能力封印のおかげで、ものすごい霊力の攻撃なら痛みとして感じるらしい。浄化もできないし、傷も負わせられない。けど、痛みを与えれば集中力は解ける。邪魔はできる。可能なら攻撃してみてくれ、俺もやってみる」
わかったと答える前に、忍者は跳躍していた。
ラーニャの攻撃に加え、赤毛赤髭の男の衝撃波、シャオロンの竜巻、そして、アーメットの『虹の小剣』がナラカを襲う。
息が合っていない為、互いに互いの攻撃をぶつけ合って威力を殺し合ってしまってもいる。
だが、さまざまな角度からの攻撃に、ナラカの対応が遅れがちとなった。
私は、直接攻撃しかできないし、アーメットのように速く動けない。味方からの攻撃を避けてナラカに一撃を加える事は無理そうだ。舅殿の鎧も大魔王級の力には、さほど効果がない。呪符は後三枚しかない。無駄な攻撃は避け、効果的な一撃を狙いたい。
僧侶ナラカを、目で追う。
その口元は、何か呪文を詠唱している。
ラーニャと戦い、親父殿達の滅茶苦茶な攻撃を避け、魔法使い達から魔法攻撃もされ、大魔王は表情を硬くしていた。
懸命に呪文を紡いでいる……そんな感じだった。
あの男は、嫌になるほど濃い瘴気に覆われている。けれども、闇ばかりではない。内には光もある。複雑な内面は混沌そのものだ。
ナラカが移動魔法で渡った先は、私のほぼ前だ。
今なら斬れる。
『極光の剣』を大魔王へと振り下ろした。
私の刃を左肩に受け、大魔王が少し顔を歪める。
けれども、その口は……
悪魔的な笑みに歪んでいた。
女性のような唇は閉じられている……もはや呪文を唱えてはいなかった。
大魔王の背後で、ラーニャが剣をふりかざす。
「待て」
と、叫んだつもりだった。
やめろとも言ったと思う。
しかし、勢いののったラーニャの刃は止まらなかった。