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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
剣と勇者と英雄と
102/115

復活! 勇者の座は譲らない!

 私とカラドミラヌが相手をした四天王は、イグアスという名だった。



 邪龍を倒そうと意気込んだものの、私達が駆けつける前に巨大な黒トカゲは消えていた。誰かが見事な働きをしたらしい。

 私達はそこからもっとも近い邪悪な気配を目指し……イグアスと対戦していた新従者達と合流した。

 イグアスは、初老の、南の何処かの国の魔法使いに憑依していた。魔法使いのローブに魔法使いの杖。まるでカルヴェル様のような格好をした四天王は、恐ろしいほどに強かった。

 魔法攻撃が得手で、違う属性の魔法を同時に何種類も放つのだ。

 雷を、氷を、炎を、突風を、水流を、地割れを、と、イグアスは周囲に常に魔法攻撃をしかける。

 麻痺、眠り、沈黙、遅延等の補助魔法もかけてくる。

 新従者の魔法使いや魔法戦士が、敵に精神攻撃を仕掛けたり、魔法の効力を下げようと敵を結界の内に封じたりした。

 だが、敵の魔力は無限なのか、攻撃力は衰えなかった。

 しばらく対戦していると、カルヴェル様が四天王を倒すなと心話でおっしゃった。四天王を全て倒すと、『勇者の剣』が消滅する危険がある、と。

 生かさず殺さず地上にとどめおくのに、イグアスは実に適さない敵だった。が、事情がそうであれば仕方がない。

 私達はイグアスへの攻撃の手を緩めず、互いに互いを庇い合い、どうにか時間を稼ごうとした。

 魔法はできるだけ体術で避けた。が、逃げきれず、くらってしまう場合もあった。

 しかし、直撃をくらっても、ダメージは無かった。衣服の下の舅殿のおかげ……そして、キヨズミのくれた呪符のおかげだった。おそらく、鎧では防ぎきれぬ強い攻撃の時に、呪符が勝手に発動するのだろう。守護結界を張ってくれたり、身代わりが呪を代わって受けてくれたり。

 カラドミラヌと二人で、白粉神官に感謝した。

 呪符の数が心もとなくなった頃、カルヴェル様が呪にて四天王の動きを封じてくださった。

 問題(トラブル)があって、イグアスがその呪からいったん離れてしまった。が、今は、又、カルヴェル様がイグアスを魔法にて封じてくれている。イグアスを凍らせてしまったのだ。



 私達と共に戦った新従者達は、ナラカを倒す戦いに向かって行った。

 だが、私は別の道を進んだ。ラーニャの光を目指して。



 僧侶ナラカが砂漠にいる者全員に送って来た映像で、ラーニャの敗北は見た。

『勇者の剣』の剣身は砕け、姫勇者は砂漠へと倒れていった。

 けれども、私の心は感じていた。

 ラーニャはまだ死んでいない、と。

 ならば、助けるだけだ。

 友として。 



「戦場に向かっているのではない。一緒に来なくていい」

 と、カラドミラヌに言ったのだが、

「一度、命を預けた仲間とは、戦いが終わるまで共にいる」

 と、北方の戦士は答えた。私が『心の友の友の娘』だからか、単に女だからかはわからんが、護衛役を務める気のようだ。

 瘴気の消えぬ砂漠を、南を目指し、二人で走る。

――前方に、妙な気配を感じた。

 視界のきかぬ黒い煙の向こうに、誰かが潜んでいる。

 敵意はない。が、その気配は、人のモノではなかった。

 私は『極光の剣』を抜き、カラドミラヌは『狂戦士の牙』を構えた。

「お待ちを、北方の方々」

 黒い煙の中から、男の声がした。シベルア語だった。

「戦う気はござりませぬ。使いを頼まれてはいただけまいか?」

「使い?」

「カルヴェル様に渡していただきたき物が……御身様がいらした今、御身様でも、女勇者様にでも構いませぬ……届けてくださらぬか?」

「『御身様』とは誰だ?」

「ナーダ国王陛下」

 横のカラドミラヌが、ぴくっと反応する。

「おまえは魔族だろ?」

 私は、姿の見えぬ敵に尋ねた。

「何を届けろというのだ?」

「今はいらぬもの。だが、間もなく必要となるものにござる。届けてくだされ」

「誰にとって必要なものなのだ?」

「それを手にした者にとって……」

「その言葉を信じろ、と?」

「怪しき物とお思いならばお捨てになればいい。だが、それで未来は閉ざされましょう」

 フッと気配が消える。

 歩み寄った私達は、砂地の上に小袋を見つけた。中身は黒い癖毛の髪が数本と、ほんの少し血のついたハンカチ……それだけだった。



 守護結界の中に、私達は入った。

 そこに居るのは、重傷の者と治療にあたる神官、そして、インディラ教大僧正候補と、女勇者セレス、意識を失い砂の上に倒れているラーニャ。後は、ナーダ国王だった。ガジャクティンの父親は、息子に代わってナラカの能力封印の呪を唱えていた。

《アジンエンデと……『狂戦士の牙』を背負われているそちらの方は、もしや、カラドミラヌですか?》

 ナーダ国王からの心話が聞こえた。ナラカ封呪中だが、少し余裕があるようだ。心話を使えるのだから。

「おぉぉぉぉ!」

 カラドミラヌが寄声をあげる。

『友』よ! と、叫び走り出しそうな男を、左手でつかんで止めた。

「再会の喜びは、全てが終わってから、だ」

 と、私が小声でつぶやくと、バンキグ人はハッ!として、それから「おぉ」と答えた。目をうるうるとうるませながら。

「挨拶は心で思い浮かべればいい。相手が心話で感じ取ってくれる」

 私はラーニャのもとへ向かい、カラドミラヌはナーダ国王のもとへと走った。さきほど魔族から受け取った小袋を見せに行ったようだ。

 仰向けに倒れているラーニャに、大僧正候補が癒しの魔法をかけ、異国の女神が清めの魔法をかけていた。

 ラーニャの母は、前と同じで白銀に輝いていた。ラーニャのそばに座り、目を閉ざし、ラーニャの左胸に右の掌をあてていた。

 ラーニャの体の中に、母親の白銀の光が微かに届いている。

 けれども、浅い。

 心の奥深くで眠るラーニャのもとに、ラーニャの母は辿り着けずにいる。



 時が来たのだと、わかった。



『極光の剣』に宿した神を解放する時が、来たのだ。

 神の御力を、私は一度だけ使える。

『刃』とするか『守護』とするか『癒し』とするか……



 私は神に奇跡を祈った。



 私の願いは、ただ一つ……

 この地上の救い手、姫勇者ラーニャの覚醒だった。

 


* * * * * *



 ラーニャの心は真っ暗だった。

 切り立った高い崖の上から、何も見えない底を見ているようだった。足元に何があるのかも見当がつかない。逆巻く波があるのか、岩礁があるのか、樹海があるのか、何も感じ取れない。そんな感じ。

 でも、進まなければラーニャに出会えない。

 私は、ラーニャの心の奥へと下って行った。

 微かに感じ取れるのは、不安と孤独……

 死への恐れ……

 そして、愛……

 少し前の感情だ。

 感情の記憶とでも言えばいいだろうか。

 今のラーニャの思いではない。

 少しでもラーニャを感じ取ろうと、私は必死になって、かわいい娘を探した。

 わがままで、怒りっぽくって、暴力的で……

 純粋で、涙もろくて、恥ずかしがり屋で……

 正義を愛し、家族を愛した、愛しい娘……

 あなたを失いたくない……

 お師匠様からお借りした魔法道具で、私は共感能力を高めている。

 けれども、ラーニャが見つけられない。私の能力が微力すぎるせいかもしれない。

 闇の中を行き先も知らず、歩くだけだった。

……突然、背中が押された。

 凄い勢いで、私は闇の中を進む。

 止まれない。

 誰かが私の背を押している。

 押されたまま、私は深みへと落下してゆく。

 墜落しているようだ。

《ラーニャを頼みます》

 誰かの声がした。

 背中を押している人の声だ。

 聞き覚えのある声。

 誰だか思い出しかけた時には、私は光の中に居た。



「あにうえ」

 金の髪、青い瞳の、華奢な少年が私に抱きついてくる。

 まだ幼い、笑顔が似合う、とても綺麗な子。

 木漏れ日の中で、私は少年を抱きしめていた。

「お会いしとうございました、あにうえ。今日はいっぱい遊んでくださるのでしょ? 大丈夫です、今週は一度も、熱が出ていません。お馬に乗せてください、あにうえと東の丘へ行きたい。今、すごいのですよ、タンポポのワタゲでまっしろなんですって」

 少年がちょっと不思議そうな顔をする。

「どうして? あにうえは、あにうえでしょ? どうして、あにうえをお名前で呼ばなくてはいけないのですか? 呼び捨てに? 身分がちがう……? そうおっしゃられても……わかりません……」

 少年が私の背に、両手を回し、ぎゅっと抱きつく。

「でも……今はいいでしょ、あにうえ。二人っきりだもの。ボクとあにうえしかいません。あにうえってお呼びしてもいいでしょ?」

 少年が嬉しそうに顔を輝かせて、微笑む。とてもとても可愛らしく。

「はい。他の人がいる所では決して呼びません。だから、あにうえ……あにうえも前みたいに呼んでください。『様づけ』で呼ばれると、大好きなあにうえが遠くへ行ってしまわれたみたいで悲しいのです」



『ラグヴェイ』



 と、私は少年の名前を口にしていた。



 私は……

 私が同化している人間を、知っていた。

 その者の魂に触れた事があるからだ。

 二年近く私に寄り添ってくれた、純粋なヒト。正義漢が強くって、怒りっぽくって、好き嫌いが激しくって、わがままで……けれども、情に厚く、仲間を大切にするヒトだった。

 本当に、ラーニャとそっくりだ。

 だから、ラーニャはこの魂と共鳴し、共感したのだろう。



「ラーニャ、あなたはここに居るのね?」



 私の存在に気づいたのだろう、ラーニャは同化していた魂から離れ、私を見つめた。

「お母様……? どうして?」

「迎えに来たのよ」

「迎えに……?」

 私は頷いた。

「あなたは、まだ大魔王を倒していない。戻りましょう、ラーニャ。勇者の使命を果たすのよ」

 私は過去の再現を見つめる。

 野原を駆ける少年を、体の主は心配そうに追いかける。病弱な少年の体を気づかって。

「『勇者の剣』の為にも、勝たなくてはいけないわ」



 ラーニャが振り返って、少年を見つめる。『あにうえ』に抱きかかえられ、少年は大はしゃぎだった。

「お母様は勇者と魔界の王の古代からの因縁の話、聞いた?」

「ええ。聞いたわ、ジライから」

「知ってるのね……」

 ラーニャが少し眉をしかめる。不機嫌そうに。

「外じゃ、絶対、言えない事があるの。聞いてくれる?」

 睨むように私を見つめる娘。自分が今、心の中に沈んでいるという自覚を持っているようだ。

「聞くわ、それで、あなたがすっきりするのなら」

「じゃ、言う」



「エウロペ神って馬鹿だと思う」



 あら……



「古代から、そうなのよ。エウロペ神って魔界の王との対戦で、神官戦士を改造して強くしてるの」

「改造?」

「神の祝福って形で、怪力無双にしちゃうとか、刃を受けない体にしてあげるとか、狼人間に変身させちゃうとか……神官戦士そのものを武器にしちゃうとか……」

「え?」

「神様が神官戦士を武器にしちゃうの。でもって、身内にその武器を振るわせて魔界の王の神官と戦わせるのよ」



「『勇者の剣』は人間だったのよ……神官戦士はラグヴェイ様じゃなく、その母親違いの兄の方……愛する者を守る為、自ら剣になることを望んだ馬鹿なお調子者よ……」



 ラーニャが悲しそうに笑う。



「武器にされるのは、本当は弟の方だったの……それを無理矢理、代わったのよ……」

「そう……やっぱり、優しいヒトだったのね……」



「そして、ずっとラグヴェイ様とその子孫達を見守ってきたのよ……彼等が魔に負けないように……」

「愛情深いヒトだったのね……」



「『勇者の剣』は、報われるべきだわ……満足できるまで戦わせてあげるべきだと思う」

「その通りね」

「もう一つ内緒の事……あるんだけど」

「いいわ、おっしゃい」

「神官戦士は、ラグヴェイ様ではなく『勇者の剣』の方だった……それは、つまり、神官戦士がずっと今世に留まっているってこと。『勇者の剣』が今世に存在する限り、対抗相手の魔界の王は自分の神官戦士を所有できてしまう。エウロペ神と魔界の王との戦いが永遠に続いてしまう……ナラカの言う通り、代理戦争はず〜と続いてしまうのよ」



「でも、あなた、『勇者の剣』に戦ってもらいたいのよね?」

「ええ」

「破壊しようなんて思わないでしょ?」

「当たり前よ」

 ラーニャは強い口調で言った。

「殺すわけない、仲間なんだから」



「なら、迷う事ないわ。思いっきりやりなさい、あなたが正義と思う事を。後の事は勝ってから考えればいい。まずは勝つ。全てはそれからよ」



 ラーニャが微笑み、私に抱きついてくる。

「ありがとう、お母様」

 私は愛しい娘を抱きしめた。私が助言を与える前から、ラーニャの心は決まっていたろう。私はこの子の不安をほんの少し払っただけだ。



 私の背に光り輝く糸がついている。

『勇者の剣』の記憶世界から離れた後は、この糸を辿ってゆけば現実に戻れそうだ。

 しばらく光の糸を見つめ、誰がつけてくれたものか気づいた。

 ラーニャの身を案じる優しい心……糸から伝わる思いに共感できたのだ。

「ありがとう、アジンエンデ……」

 私は北方の女戦士に、感謝の気持ちを抱いた。

 


* * * * * *



 僧侶ナラカは真剣に戦っている……ように見える。

 うすら笑いは、消えていた。美しく冷酷な大魔王にふさわしい顔で、大技を使って、俺や駆けつけた従者達の相手をしている。

 ガジャクティンからナーダ父さんに、能力封印魔法は受け継がれた。時が経てば経つほど、ナラカは弱くなる。人間であった頃の自分の力を失ってゆき、大魔王の能力も落ちる。

 遊びは止めて、本気で勇者と『勇者の剣』を潰しにきて当然だ……状況的には。



 ナラカの体からは、絶えず濃い瘴気が漏れている。

 四方に向けて流れてゆくそれは、それ自体が意志があるかのように動き、周囲の者を飲み込もうとする。礫のように細かくなって周囲に飛び散る事もあった、エーネの得意技によく似ている。

 無詠唱の即時発動魔法を連続して放ち、次元通路も瞬時に開き小物魔族を召喚し続け、自分の盾とする。



 従者達が居なかったら、俺はナラカに近づく事すらできないだろう。



 聖なる武器を持った戦士達が瘴気を断ち、小物魔族を斬り捨ててゆく。異次元通路を斬ってくれる者も居た。

 後方の魔法使い&神官達――ガジュルシンやタカアキ達が、援護や浄化をしてくれる。戦士達に補助魔法や治癒魔法をかけ、敵が危険な技を使った時は味方全体に守護結界を張り、瘴気を祓い、次元通路を閉じ、ナラカの集中力を削ぐべく攻撃魔法やら精神魔法を使う。



 俺は何度も何度も、ナラカに斬りかかっている。

 だが、一度も、かすりやしない。

 見切られまくり。

 目のいい僧侶は俺の攻撃を楽々とかわし、短距離の移動魔法で逃げてゆく。



「このド下手くそ!」

 俺の背中に、罵声が飛び続けている……

「もともとの『勇者の剣』の形を思い出せ! 剣身の長さと幅をイメージしろ。刃が無くとも、そこに剣はあるんだ。歩幅をもっと開け、腰を落せ。腕だけで剣を振り回すな!」

 俺の両手剣の扱いがなっていないと、もと両手剣の名手はお怒りなんだ。シンが彼の言葉を拾ってくれるので、どれほど離れていても名人の声がはっきりと聞こえる。

 英雄アジャンは強い。聖なる武器を持った一流の戦士の中でも、群をぬいた強さだ。

『言うだけの事はある』と、シンが注目してるんで、その戦いっぷりは『白蛇の眼』でたっぷりと俺も見ている。

 赤毛の男が右手を振るうだけで、その周囲の敵が根こそぎ祓われ消えてゆく。剣圧だけで浄化してしまうのだ。そして衝撃波は魔族ばかりか、現実にも破壊をもたらす。剣を振り下ろしただけで、砂が舞い上がり、足元が陥没する。

 この男の近くで戦うと危険なので、前衛は皆、巻き込まれないよう、赤毛の戦士から距離をとっていた。

 男の右隣にシャオロン様がいるのは、他の人間じゃ赤毛の戦士の奇抜な動きについていけないからなんじゃないかと思う。長年の付き合いと、格闘家の感性と、勘で、シャオロン様は攻撃の余波を綺麗によける。

 ガジャクティンはその隣。『雷神の槍』を振るいながら、守護神に対して何か指示を与えていた。けど、暴風雨神はこの場にはいない。『守護神に、大魔王の精神世界に揺さぶりをかけさせているのだ。器と大魔王の不和を煽っていると理解しておけばいい』 と、シンが説明してくれる。

 俺の為に、後から後から、従者達が駆けつけて来る。

 目の端で捕えた。イムラン様とペリシャ戦士達も来た。

 従者の数は増え、ナラカの能力も低下してきている。

 俺たちは、どんどん優位になっている。

「後ろだ!」

 赤毛の戦士の指示通りに動くが、剣を薙いだ時には敵の姿はもうない。

 シンも、ガジュルシンも、他の魔法使いも、俺の敏捷性をあげる魔法をかけてくれている。だが、速度の差が埋まった気がしない。

 こちらが素早くなると、ナラカも自らに魔法をかけて速度をあげてしまう……



 能力が衰えても、あいつにはまだ余力がたっぷりあるんだ。



 俺を殺せるだろうに、戦う振りだけして逃げ回っている。

 姉貴の時と一緒じゃないか。

 時間を稼いでいるんだ。



 今度は何を企んでいる……?



 嫌な予感がする。

 早いところ、こいつを葬りたい。



 だが……

 このままじゃ、無理だ。

 数か月の付け焼き刃じゃ、やっぱ通じない。俺の両手剣の腕前じゃ、ナラカを斬れない。俺が勝つより、ナラカの企みがかなう方が早いだろう。

《では、どうする?》

 シンの問いに、俺は心の中で答えた。やりやすいようにやるのさ、と。

『勇者の剣』を構え、ナラカへと突進する。俺の目の前やら横から押し寄せてくる敵を、味方が片付けてくれる。

 ナラカへと達する前に、体をくるっと半回転させ、倒れこむように右手を前に突き出した。

 両手剣の柄を右手のみで握って。

 ナラカが大きく動いて避ける。砂の上をゴロゴロと転がってから、今度は剣を左手のみに持ちかえ突き出した。それも、ナラカに避けられたものの……

 さっきよりは、ずっといい。

 両手剣を片手で操るのは、アジンエンデ流だ。

『勇者の剣』の重量は、剣身が無くなったからって軽くなってはいない。並の両手剣の重さだ。ちゃんと支え持てるわけじゃない。ただ握っているだけだ。強い衝撃を与えられりゃ、簡単に剣を手から落としちまうだろう。

 こんな構えじゃ、『勇者の剣』に剣身があったところで、斬りつけるのも押し斬るのも不可能。刺すぐらいしかできない。

 だが、両手から右へ左へと片手に剣を持ち替えれば、相手は俺との間合いを読みづらくなる。蹴りやら、仕掛け玉も牽制に使う。重たい武器を握りながら、可能な限り速く動く。

「マシになったじゃねえか」と笑う赤毛の戦士の声が、聞こえた。

 両手剣の正当剣術なんか知るもんか。

 勝てりゃいいんだ。

 俺は忍者だ。

 忍者には忍者の戦い方がある。



 それでも、目のいいナラカは、剣を持ち替える俺の動きに慣れてくる。

 俺を嘲るかのように、短距離の移動魔法で攻撃を避けやがる。余裕をもって俺の攻撃を避けるようになる。

 頭の右側に剣を構え、存在しない切先をナラカの顔に向け、走る。深く踏み込み、左手のみに持ち替えた剣を前に突き出す。

 俺の奇襲攻撃など予想済みだと言わんばかりに、ナラカが移動魔法を使う。

 シンの眼が空間を見る。

 俺よりやや前方に、魔力のゆらぎを感じた。



 迷わず俺は柄を離し、体重をのせたそれを前へと投げつけ走った。

 移動魔法で出現したナラカは驚いたろう。

 勇者が『勇者の剣』を投げつけてきたんだから。

 投げるのは得意なんだよ。ガキの頃から、嫌ってほど、クナイ投げさせられたからな。剣だって岩だって正確に投げられるよ。

 ナラカが急ぎ、次の瞬間移動をする。

 それで逃げると思った。

 だが、とっさに逃げたんでナラカはさほど遠くへ跳べないはずだ。さっき使った術をほんの少しアレンジしただけの指示変更しか出来なかったはず。

 俺は忍者の体術で剣に追いつき、剣を振り上げ、何もない空へと振り下ろす。

 前方やや右!

 そう読んで、袈裟懸けに斬った! 

……はずだったが……

 何故か、俺は前方やや左を斬っていた。



『勇者の剣』の目には見えない刃が、ナラカの右手を斬り落とした。



 あれ……?



 ナラカの右腕が肩から外れ、浄化の光に包まれ消えていった。

 浄化されたのは右腕だけだ。斬られると、思った瞬間、自ら腕を体から切り離したのだろう。ナラカの本体は無傷だった。

 俺の体が連続攻撃をしかける。

 右へ左へと素早く動き、ナラカを休ませまいと、剣を振るう。

 きちんと両手剣の間合いで攻めてる。

 ナラカの動きが悪くなった。体術ではもう避けない。移動魔法で距離をとっている。血の一滴も流れていないし、肩の断面は硬質的に乾いていて肉の生々しさは無い。だが、やはりダメージはあるのだろう。

 その上、俺の動きが飛躍的に良くなったわけで……

 くそぉ……シン、何時の間に、こんな剣さばきを……

《私ではない》

 何を馬鹿な事を言うと、シンの心は呆れていた。

《剣術など知るものか》

 でも、体が勝手に動いてるんだが……

《外部から操られているのだ、おまえは》

 え?

《私がおまえの体を憑依体にする前から、かけられていた技があったろう? 実の父親が術師だったな?》



 て……



 傀儡の術か!



 そいや、この太刀筋は間違いなく……親父の剣……



 そうだよ、傀儡の術、かけられっぱなしだったんだ。シンが悪さしたら体を奪ってくれって、タカアキが親父に言ったんで……

 白蛇の眼で見ても、この近辺に親父は居ない。

 どっか遠くから傀儡の術で 俺の行動を盗み見ていて、ここぞって時に体の支配を奪ったわけか……

 ちきしょう……ジャポネ刀の達人は両手剣も俺より遥かにうまいじゃないか……



 俄然動きが良くなった俺に、周囲から厚い援護が飛ぶ。



 このまま親父がナラカを追い詰めて倒しちまうんだろうか? と、思った時、俺の手から『勇者の剣』が消えた。

 親父は急ぎ後方へ飛び退り、ナラカと距離をとる。すばやく『虹の小剣』を抜いて。



「代役ごくろう!」

 ガジュルシン達魔法使いのそばに、偉そうに顎をしゃくった黒髪の女が居た。赤毛の女戦士ともと女勇者をお供のように従えている。

 白銀の鎧をまとったそいつは、右手を高々とあげ、剣身のない剣の柄を握り締め、ニッと笑った。

 いかにも性格が悪そうだ。笑い方がかわいげないんだよ。気が強い、乱暴者だってすぐにわかる。



「姫勇者、ふっかぁ〜つぅ!」



 大声で、何、言ってるんだよ、恥ずかしいなあ……

 けど、良かった……

 いつも通りの姉貴だ……

 元気そうじゃないか……



 思わず、頬がゆるんじまった。体の支配が俺に戻っている。親父は出て行ったみたいだ。 

 ラーニャの旅もあと六話。次の話は『意地と意地のぶつかり合い! 絶対、負けない!』の予定です。 


 明日からはムーンライトノベルズで「ジライ十八番」、それから「二人の十八番」をアップします。


 その後は、「女勇者セレス」の番外編の彼女と彼氏の予定だったのですが、いまいち話が面白くならないので没としました。アイデア段階ではイケると思ったのですが、むぅ。

 しばらく間をおいてから「姫勇者ラーニャ」の六話連日更新→「女勇者セレス」のY様の告白話になると思います(現在『姫勇者ラーニャ』の次の章のニ話目の下書きまで進んでいます)。


 更新、少し先となってしまいます。が、どうぞよろしくお願いします。  

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