英雄登場! 新米勇者を支える為に!
『勇者の剣』が砕け、ラーニャが倒れる姿が見えた。
心話によるイメージ映像だ。
ナラカがこの砂漠に居る者、全員に送りつけたのだろう。
それが現実である事は、探知の魔法を使える者ならばわかる……
僕の側の砂地に、ラーニャと剣身のなくなった『勇者の剣』が現れた。シャンカラ様が運んできたのだ。
ラーニャには傷はなさそうだが、意識がなかった。
彼女と共に出現した、シャンカラ様の眷属――豊かなる河の女神がラーニャを癒し始める。サントーシュ様も、ラーニャの元へ駆けつけた。
勇者の敗北は、誰もに嫌というほどに伝わった。
だが、すぐに信じられない事が起こる。
ラーニャと共に現れた、『勇者の剣』が移動魔法で消えたのだ。
兄様が、アーメットが剣を手にしたと、教えてくれた。
インディラ忍者の手に剣が渡り、忍者が竜巻の中に入って行くさまを、探知の魔法で多くの者が見ただろう。
この世に希望は残っている。
何処からともなく現れた『勇者の剣』を持てる者は、最後の希望だ。皆、新たな勇者にすがる思いだろう。
それなのに……
その最後の希望を、僕が打ち砕こうとしている……
僕は馬鹿だ。
得た力をきちんと把握しないまま、使ってしまった。
僕の心を乱すまいと、誰も僕にマズくなった事態を教えないし、責めない。
が、何がどうなっているのか僕は知っている。術師である僕には使役神の動きは、伝わってくる。
いたらぬ命令で僕が強大な神を動かしてしまったせいで……とりかえしのつかない事態になりそうなのだ。
けれども、今、命令を取り消せない。
『命令無効』の指示が、正しく発動しない。
命令は上書きできる。だが、血族だからこそできる神聖魔法を詠唱し続けねばいけない今、新たな命令を口にする暇などない。
未熟な召喚主である僕は、心の中のイメージだけでは神を動かせない。言葉か呪文字を使用しなければ、命令できないのだ。
新従者が加わるなんて夢にも思っていなかったから、僕はシャンカラ様に戦闘を命じていた。前回シルクドの砂漠でラーニャ達が戦った経験からだ。
ナラカは強かった、圧倒的なほどに。普通の人間の五倍くらいの速さで動いていた。
戦力差は歴然だった。
僕の神聖魔法が正しくかかれば、ナラカの能力は封印され、バケモノじみた速さもなくなるだろう。けれども、術がかかるまで、かなりな時が必要なわけで……
みんなが実力向上してきたのは、わかっていた。でも、正直、こころもとなく思えたんだ。破壊の象徴みたいなシャンカラ様が参戦すれば、みんな、多少は楽になるんじゃないか? そう思ったんだ。
しかし、タカアキ様は難色を示した。ナラカの能力封印中に命令変更ができない以上、状況が限定できる単純な命令しか与えない方がいいと。『異次元通路の破壊』、『中下位魔族を対象とした戦闘』、『眷属による怪我人の治癒』など、大勢に影響の出ない、さほど大きくない力だけを使うよう命じるべきだとおっしゃった。
だけど、僕はナラカ戦の為にシャンカラ様と契約したんだ。
ただ、それだけの為に、味覚も嗅覚も捧げた。
ナラカ戦に使わずにいつ使うんだ? って反発があった。
シャンカラ様の凄まじい破壊力は、味方の援護となるはずだ。
むろん、行動に制限は加える。暴風雨神が御力のまま暴れたら、暴風や強風それに竜巻が吹き荒れ、大雨や落雷が味方まで襲ってしまう。魔族を滅ぼすついでに味方も殺しかねない方なんだって、僕自身よくわかっていた。
戦闘は味方がいない場所でのみ、対象は魔族と魔に連なるものだけ、影響を与えかねない距離に味方が接近した場合は対象物の破壊が完了していなくても戦闘を終了する……そんな形で使役すれば何の問題もない、と僕は思った。
思ってしまった……
僕が考えを改めないので、タカアキ様は仕方なさそうに、条件づけを細かくしろとおっしゃった。『この場合にはこうしろ』のような命令を細かに与えとけと。それから、守護神が暴走した場合の備えも必要だ、ナラカ封印の途中でも命令無効・帰還ができるようにしとけとも。
それを踏まえて命令したつもりだった。だが、術師が『言葉』に曖昧なイメージしか抱いていないと、使役神に自由な解釈を許し、行動の自由を許してしまう。僕の命令は不充分すぎたんだ……
僕が魔法道具を発動させた後、シャンカラ様は体を幾つにも分断し、あっちこっちで魔と戦った。
異次元と通じる扉の破壊、小物魔族の瞬殺……
その凄まじい力をふるい、人がいない場所の敵を倒し、勇者一行の助けとなっていた。
しかし……
カルヴェル様が大技にて封じた四天王を二体とも、シャンカラ様は解放してしまった。
『僕の仲間』の誰とも戦闘していない魔族だった為、『魔を倒せ』の命令通りにシャンカラ様は戦闘をしかけ、カルヴェル様が築いた封印を破壊してしまったんだ。
勇者と大魔王との戦闘に加勢するはずだった味方は、やむをえず戻り、シャンカラ様を遠ざける為、四天王との戦いを再開している。
大魔王戦が終わっていない今、四天王は殺さずに、今世にとどめおかなきゃいけない。
だが、使役神は与えられた命令しか実行しない。『魔を倒せ』の命令がある以上、戦わずにはおられない。現状を鑑みて行動を変えるなんて、できないんだ。
僕の失敗は、まだある。
『ラーニャの守護』のさせ方も間違えた。
姫勇者ラーニャが倒れた時には、彼女の体と剣を確保して戦闘が行われていない場所まで退避させよ、眷属に治癒にあたらせよ、彼女が戦闘に復帰できる状態となるまで敵を足止めせよ……この命令は何事にも優先する……
そんな形で命令を与えてしまったんだ。
今、アーメットが『勇者の剣』をもって、ナラカと戦っている。
けれども、彼を助けられる味方はほとんど居ない。
竜巻と化したシャンカラ様がナラカを攻撃し続けているせいだ。『大魔王をラーニャのもとへ行かせない為に足止め』をしようとして。
せっかく駆けつけてくれた従者達も、暴風の塊のようなシャンカラ様がナラカを包み込んでいるせいで、まともに戦えない。
彼等が共に戦ってくれれば、アーメットが楽になるのに……
更に、まぬけな事に、命令が解除できない。
僕の前後左右に配置した独鈷。
四本とも、それぞれ違う命令に対応させてあった。右前は召喚維持、左前は魔に連なるものへの攻撃、右背後はラーニャへの守護、左背後は緊急時の術師への守護。
砂の上に立っているそれらを倒せば、それぞれに与えた命令が無効になるよう術をかけた……兄様に触れながら、蹴倒せる位置にそれらは配置しておいた。
だが、独鈷を倒しても、状況は変わらなかった。
シャンカラ様はあいかわらずナラカを攻撃しているし、四天王のそばに存在している。
命令は解除した。だが、『既に発動してしまった命令』をどうするか僕が指示しておかなかったから、シャンカラ様は攻撃対象が消滅するまで『既に発動してしまった命令』通りに行動している。
もう時間がないのに……
僕のせいで、このままでは負ける……
《落ち着け、ガジャクティン》
僕の心の乱れに気づいた兄様が、僕を慰め、励まそうとする。
《自分の役目に集中しろ》
僕は左の掌のお守りを握り締め、すぐそばの砂の上に横たわる愛しい女性を見つめた。白銀の鎧をまとう美しい姫勇者……彼女は深い眠りに落ちている。
シャンカラ様の眷属と、サントーシュ様が高位の回復魔法で癒しているけれども……
『勇者の剣』の剣身が砕けた衝撃で、ラーニャの魂は激しく揺さぶられてしまった。
ラーニャの魂は、現実から分断されてしまったんだ。
このままでは、ラーニャは目覚めない。ゆるやかに死んでゆくだけだ。
間もなく時間がくる。
僕は……
ラーニャの助けとなりたかった。
勇者の従者として働きたかった。
仲間を守りたかった。
兄様の声を奪ったナラカを倒したかった。
このまま何もなせぬまま、負けたくなんかない。
《ガジャクティン!》
僕の思考を読んだ、兄様が怒る。
でも、術は止めない。
何があろうとも。
それが今の僕にできる唯一の事だから。
術が維持できなくなる時まで……僕が死ぬか、カルヴェル様が与えてくださった魔法道具が壊れるまで、決して止めない。
兄様だってわかってるはずだ、ここで術を止めたら、全て終わりなんだ。
兄様だって負けたくないはずだ。
兄様の思念が乱れる。
駄目だと、兄様が言う。
大丈夫。
アーメットが、絶対、ナラカを倒す。
その時まで、ちょっと頑張ればいいだけのことだ。
それだけの事だ……
僕は自分のことで夢中になっていたから、気づかなかった。
移動魔法の波動に。
だから、声をかけられた時、本当にびっくりしたんだ。
「もう少し、呪文の詠唱を続けなさい」
背後からの声。
僕と兄様が驚き、体を硬直させる。
僕によく似たこの声は……
僧侶ナラカ?
振り返った僕らは、すぐ側に佇む大きな人に気づく。
右手で印を結び、呪文の詠唱を始めたその人は穏やかな笑みを浮かべていた。
《呪文を続けて。血族だからこそできる封印魔法は私が引き継ぎます。よく頑張りましたね、ガジャクティン、ガジュルシン。あなた方を誇りに思います》
大きな手が僕の右肩に置かれる。
僕は震える声で呪文を続けた。
僕の呪文に、僕とそっくりな声が唱和する。
ありえない……
何故、ここに居るんだ……?
胸が熱くなった。
一国の王が自国を放り出して、戦場に来ていいわけないのに……
父様……
* * * * * *
「卑怯者」
対戦中のナラカが、突然、そう言って快活な声で笑い出した。
「新たな従者希望ですって? ふざけてます。まったく、もう……だから、私はあなたが大好きなんですよ、カルヴェル」
俺ではなく、大魔術師様と会話してるみたいだ。
俺のこと嘗めすぎじゃないか、こいつ?
そりゃあ、さっきから全然、ダメージを与えられないけど。
のらりくらりと攻撃をかわされちゃってるけど。
速度落ちてるのに、まだ俺+シンより速いんだもん、こいつ。一応、勇者と『勇者の剣』なんだが、俺達。
《ナラカ封呪の術師が変わった》
シンがそう告げると同時に、凄まじい風の塊が周囲から消える。ガジャクティンの守護神が、この場から消えたんだ。
封呪の術師がガジャクティン以外の奴になった?
ガジュルシンは声が出ないのに?
《見た方が早いな。私の眼が捕えているモノを見せよう》
シンは遠方のものでも、遠眼鏡で見たようにはっきりと見る事ができる。俺の眼そのもので見てるんじゃないから、戦闘中で俺の顔が何処を向いていようが関係ない、好きな所を注目して見られるんだ。
シンの見せた映像に、唖然とする。
ガジャクティンの右肩に手をかけ佇んでいる大柄な人は、体型から顔まで何もかもがガジャクティンによく似ていた。口髭と目尻や口元の皺を除けば、そっくりだ。
「ナーダ父さん……?」
白のターバンに、身にまとっているのは、鍛錬用の稽古着。武闘僧の僧衣を模したそのデザインは、特注品だ。息子のガジャクティンにも貸しているが、その服をまとえる人間はこの世にたった一人なんだ。
何で、ここに……?
それに、父さんの他にも、意外な人が……
えぇぇぇ?
* * * * * *
カルヴェル様の分身の移動魔法で、ナーダ様達が颯爽と現れた。
『勇者の剣』が折れ、姫勇者ラーニャ様が倒れ、大魔王の能力封呪の魔法も尽きようとしている絶望的な状況にあったというのに……
ゆるぎない光が、ナーダ様達から広がっているように見えた。
「俺の獲物、残ってるだろうな?」
そう言ってニヤリと笑ったのは、赤毛赤髭の戦士。肩当と胸当てだけの軽量な鎧。歴戦の戦士らしい逞しい体。左腕は肘から先がないけれども、全身から凄まじい闘気が発散されており、見る者を威圧する。
その背に両手剣はなく、腰に佩いてるのは片手剣だけれども……そこに居るのは、伝説となっている英雄だった。
「クソ国王の護衛なんぞしてたから、すっかり出遅れちまったぜ」
「下品ね。何でもかんでも『クソ』をつける癖、いい加減、直したら? いい年齢なんだし」
金の美しい巻き毛をたなびかせ、少し不愉快そうに、けれども、とても美しく微笑む女性。その美貌も白銀の鎧をまとう姿も、ラーニャ様によく似ている。だが、あの鎧はよく似た形につくられた魔法防具だ。昔まとっておられた神聖防具は、ラーニャ様に譲ってしまわれたのだから。
その背が負うのは『エルフの矢筒』で、左手に持つのは『エルフの弓』だけれども……この世で最も美しく強く尊い聖なる方に間違いない。
「十三代目勇者の従者にふさわしい、品格を身につけてもらいたいものだわ」
十三代目勇者セレス様。
赤毛の戦士アジャンさん。
もと大僧正候補だった、現インディラ国王のナーダ様。
カルヴェル様の分身の移動魔法で現れたのは、十三代目勇者一行だった。
周囲から歓声があがる。
怪我人達も、治癒にあたっていた神官達も、サントーシュ様も、笑顔をもって一行を迎えた。
三人をご存じの方が名を称えて呼び、その姿を初めて見る者達はあの方々が先代勇者一行かと目を輝かせる。
重苦しかった雰囲気が、一気に消し飛んだ。
ナーダ様が、ガジャクティン様から血族だからこそできる能力封印の魔法を受け継ぐ。
ナーダ様の深い信仰心が、揺ぎ無い力となって僧侶ナラカを封呪する。
思わず、笑ってしまった。
これは、一体、誰の作戦なのだろう?
カルヴェル様は、ニコニコ笑いながら、謀を巡らすのがお上手だ。
ジライさんは虚をつく戦いが得意だった。
ナーダ様も正面から堂々と戦う事を好まれながらも、必要ならば策を弄し敵を罠にはめていた。
アジャンさんも敵を見極め、敵の意表をつく攻撃をしろと言っていた。
セレス様という事はなさそうだ。でも、作戦を知って『皆が行くなら、私が行かなきゃ駄目よね。勇者ぬきの十三代目勇者一行なんてありえないわ』と、自ら戦場にいらっしゃったような気がする。
ナーダ様が、国王の責務を放棄するはずはない。
きっと何ヶ月も前から、今日の日の準備をなさっていたのだろう。国をあけている間のこと、自分の死後のことを、信用のおける者に託せるように。
血族だからこそできる神聖魔法をガジュルシン様が僧侶ナラカに使うつもりだと……そう知った時から、ナーダ様は準備を始められたのではないかと思う。
伯父の暴走を見過ごす事を潔しとせずに。
ガジャクティン様が僧侶ナラカを封じていられる時間は、一時間。
刻限を過ぎる直前に、或いは、不慮の事態でガジャクティン様が倒れた場合、封印魔法役を引き受ける気でいらしたのだろう、ナーダ様は。
それを味方にも明かさない事で、敵を欺く。
一時間という正確な時間は知らないにしても、ガジャクティン様が長時間、封印魔法を使用できないだろう事は、大魔法使い級の者ならば簡単にわかる事だ。ナラカは時がくれば、自分に能力が戻ると思っていたろう。それを想定した上で、この一時間の行動をとったはずだ。
だが、能力封印の魔法は解けない。それどころか、ナラカの能力はこれからもどんどん狭まってゆくのだ。
状況は一変した。
時間が経てば経つほど、こちらが有利となるのだ。
いずれ、両手剣が苦手なアーメットでも、ナラカを倒せるだろう。
「私はラーニャを起こします。どうかみなさん、新たな勇者に力を貸してやってください。みなさんの正義が、ナラカをくじくでしょう」
そうおっしゃって、セレス様が微笑む。大輪の薔薇のような艶やかな笑みだ。
そのお美しく気高き姿に見とれる人々の間を歩き、セレス様はラーニャ様のもとへ向かった。
ラーニャ様を治療しているサントーシュ様にお辞儀をし、セレス様は砂の上に座って、ラーニャ様の胸元へと手を当てた。
セレス様には癒しの力はない。
だが、セレス様は共感能力だ。
ラーニャ様の魂と共感し、覚醒に導くおつもりなのだろう。
ガジャクティン様が守護神に与えていた命令を解除し、カルヴェル様が四天王ニ体の封印をかけている中、アジャンさんが声を張り上げる。
「本物の英雄になりたい奴はついて来い」
アジャンさんの呼びかけが、空気を震わせる。その絶対的な存在感が、戦士達の士気を鼓舞する。
「怖い奴ぁ、無理する事ない。ここに縮こまってろ。誰もいなきゃ、手柄は俺が一人占めだ」
「英雄アジャン様」
オレの周囲から声があがる。
「お教えください、今、大魔王と戦っている勇者様はどなたなのでしょうか?」
『勇者の剣』は、初代勇者ラグヴェイ様の血をひく者しか振るえない。ラーニャ様の他には、病に伏しているグスタフ様しか、勇者の血筋の者は居ない。他に誰もいないから、インディラ国の王女のラーニャ様が今世の勇者として大魔王討伐の旅に旅立たれたのだ。それが今世では常識となっている。
「インディラ国の第二王子アーメット殿下、女勇者セレスの長男だ」
周囲からざわめきが生まれる。セレス様が男子を産んでいた事を知らない方もいるだろうし、事情を知っている者はインディラ王家の第二王子は病死したと思っている。
六年前に第二王子様は病没されたのでは? の声に、アジャンさんがゲラゲラと笑う。
「芝居に決まってるだろ? そこの遠謀深慮なインディラ国王の立てたシナリオだ」
アジャンさんが、ナーダ様を指さす。
いったい、どう説明する気なのだろう?
戸籍上はナーダ様とセレス様の間に生まれた王子だが、アーメットの実の父はジライさんだ。その事はインディラ国でも知る人は少ない。ジライさんの部下の忍者ぐらいしか知らないだろう。
ラジャラ王朝の血を一滴もひいていない息子に王位が転がりこまないよう、セレス様とジライさんはアーメットが十才になると死亡工作をして、以後、忍者としての道を進ませてきたのだ。
「当時、アーメット殿下は大魔王教団に執拗に命を狙われていた。勇者グスタフを除けば、今世で『勇者の剣』を振るえる男子はアーメット殿下だけ。『勇者の剣』の振るい手を絶やさぬ為、そして、第二王子のすこやかな成長を願って、ナーダ国王は死んだ事にして息子を王宮から逃したのさ。教団は見事に騙され、王子は無事、十六まで成長できた。成人し自分を守れる技量を身につけたら王宮に復帰させる……国王はそう考えていた」
おぉと、周囲から声があがる。策にて敵を欺いたのか、さすがナーダ国王と。
「預け先がインディラ忍者の里ってのが俺にはいただけないがな。大魔王が復活したんで、忍者ジライの部下を装い、アーメット殿下も勇者の旅に同行していたのさ。いざという時、姉に代わって大魔王を討てるように、な」
又も、おぉと歓声があがる。さすがナーダ国王のご子息と。
「勇者病を勇者グスタフにかけた馬鹿どもも、ナーダ国王の策にはまり、気づかなかったのさ。真の勇者となれる者がもう一人いるとはな。おかげでアーメット殿下は呪われずにすんだのさ」
おぉぉぉ! と、周囲の声が更に大きくなる。
オレの視線に気づき、アジャンさんが肉食獣のような顔で笑う。セレス様もナーダ様も平然となさっているから、『勇者の剣』をアーメットが振るう姿を誰かに見られた場合、この説明でいく事は決まっていたのだろう。
アーメットは、世に知られる形で王子として復帰したという事だ。
アジャンさんが、俺へと右手をさしのべる。
「シャオロン、来い。十三代目勇者一行の復活だ」
その誘いにオレは笑みで応え、立ち上がった。遠泳でもしたかのように、体が重い。戦闘となっても、今のオレでは無様な戦いしかできないだろう。
だが、オレが『十三代目勇者一行』の数に入るという事が重要なのだ。皆の闘志を奮い立たせる為に。
「勢ぞろいじゃないのが、残念です。ジライさんがいません」
「ケッ! くそくらえだ。あんな奴ぁ、はなっから、数に入っちゃいねえ」
「ひどい」
オレは笑った。アジャンさんの毒舌も、ジライさんへの反感も、あいかわらずだ。本当に、昔に帰ったようだ。
「まあ、もと女勇者様も国王陛下も、ここに留守番だ。戦える奴だけ、新勇者を支えに行きゃあいい」
「ご一緒させてください」
守護神への指示が終わったのだろうガジャクティン様、それにガジュルシン様がアジャンさんの元へと走り寄って来る。ガジャクティン様の手には、『雷神の槍』があった。ガジュルシン様が弟王子の為に物質転送魔法で呼び寄せたのだろう。
「兄様も一緒です」
「来たきゃ来い、坊主ども。親父の代わりに、働け」
「はい!」
ガジャクティン様は、少し頬を染めていた。そういえばアジャンさんに憧れていたのだったと、思い出す。
俺も私も、と、怪我で倒れていた戦士達が立ちあがり、癒しを担当していた者の中からも同行希望者が現れる。
「ジジイ、頼む」
アジャンさんの求めに、カルヴェル様の分身が頷く。
大魔術師様に送られ、オレ達は戦場へと向かった。




