白蛇VS白蛇! 迫る時間切れ!
「遅いわよ、あんた」
肩で息をしながら、姉貴が毒づく。
「来るなら、もっと早くに来なさい」
ナラカは姉貴より少し離れた場所に居た。尊大に、見下すように俺らを見ている。奴からは煙のように、瘴気が漏れている。
「シン、姉貴に疲労回復魔法を」
それだけ言って口は、シンに譲った。
俺は『虹の小剣』をもって姉貴と一緒に斬りかかり、シンはナラカの動きに追従して体を移動魔法で運びつつ、先読みでナラカの出現予測箇所に魔法を放つ。
俺やシンの攻撃じゃ、大魔王を倒すどころか、傷一つ負わせられない。けど、動きを阻害する事はできる。奴が立つべきだった足場を崩したり、空間を歪めたり、重力波をうったり、奴ではなく奴の持っている魔法使いの杖に衝撃を与えたり……やりようはある。
後は疲労回復魔法での援助。姉貴は携帯している魔法道具で自分を癒しちゃいる。が、御神酒を飲んできたシン神様の回復魔法のが効果は上だ。シンのが優秀だ。
《買いかぶるな》
口では呪文を詠唱しているので、心話でシンが言う。
《トシユキの魔法ほど効果はない。私は癒しが得意なわけではない》
ンでも、姉貴の動きは俄然、良くなった。白蛇の癒しは凄い。
《うるさい。気持ち悪い》
一方的にシンが会話を打ち切る。照れたようだ。
疲れてる姉貴に代わって、俺が動きまわる。
シンと同化したおかげと、ガジャクティンの能力封印のおかげで、ナラカの動きが見える。
俺はタイミングをみはからい、『虹の小剣』に体重をのせ、ナラカの魔法使いの杖を思いっきり叩いた。ちょうど、片手で握り、姉貴の背を殴ろうとしていた時だったんで、叩き落すのは易かった。
魔法使いの杖が、ナラカの手を離れる。
すかさずシンが、浄化の力をこめた衝撃魔法を放つ。
魔法使いの杖は、粉々に砕け散った。
跡形も無く。
姉貴の攻撃を避けながら、ナラカは俺達を見ていた。意外そうに目を見開き、それから顔を歪め、微笑んだ。傲慢ないつもの笑みとは全然違う、弱気そうな、悲しそうな笑みだった。
似てると思い、ドキッとした。
世継ぎとして努力している時や、具合が悪くてベッドから起き上がれない時とか、あんな感じにガジュルシンは微笑む。見ていると胸が痛くなる笑みなんだ。
その表情はすぐに消え、ナラカはふてぶてしい、大魔王にふさわしい顔となった。
「何十年もつれそってきた杖でしたのに、よくも、まあ、あっさりと壊してくれましたね」
憎々しげに俺を睨んでから、ナラカは魔力を高めた。
「後悔させてあげますよ、私から武器を奪った事を」
まばゆい光を感じた時には、俺は死んでいた……ようだ。
体を再生したシンが、俺の体を砂地から立ち上がらせる。
が、すぐに、又、砂に沈む。
光ったなと思う瞬間には、俺は死んでしまうんだ。
何がどうなってるんだ?
すぐに死んじまうんで、状況がわからない。
姉貴は無事なのか?
ドドンと耳をつんざく音がした。
鼓膜が破れるんじゃないかってデカい音。
全身を打つ、冷たい水の刺激も感じる。
立ち上がろうとしたところで、俺は、又、潰れた。
が、今度は、瞬時に意識が戻った。
再生の痛みすら感じる間もなく、俺の意識は覚醒した。
凄まじく効果がある再生魔法をかけられたようだ。
「待ってたで、ミズハ」
俺のすぐそばに、大弓を手にした東国人が立っていた。
そいつにくっついている五匹の蛇が、異様に眼を輝かせている。男の背後には、サムライと神官の二人が佇んでいた。
* * * * * *
「来たわね、馬鹿夫」
私の近くに、姫巫女の亭主が現れる。
雨と雷と共にお供を従えてご登場とか、派手好きにもほどがあるわよ、あんた。
一応、声はかけたけど、多分、私の声はあっちに聞こえていない。周囲がうるさすぎて。
集中豪雨。んでもって、落雷だらけ。あっちこっちに、雷が落ちている。
轟音と衝撃と飛び散る砂と熱。
『勇者の剣』の守護がなきゃ、まともに立っていられない。けど、攻撃の手を緩めるわけにもいかない。剣に空中浮遊を願い、ナラカへと迫る。私の剣を、ナラカは短距離の移動魔法で避ける。
雷は二種類だ。
一つはナラカが放っているもの。落雷と同時に、砂上に、かなりどでっかい円形の窪地を作る。これの直撃を私は何度もくらっている。剣に守られているから、無傷ですんでいる。だが、アーメットは駄目だった。剣に弟の守護も頼んだんだけど何故だか効果がなく、アーメットは雷に打たれ放題で生き返っては死んでいた。死と再生を司る白蛇神が中に居なかったら……と、思うとゾッとする。
もう一方はタカアキ側が放ってるもの。落雷時の砂地のえぐれ方がナラカのものに比べ浅い。だが、同時に二つ三つ、離れた箇所に落ちたりする。
実力の勝る母に、数で勝負の子供達。白蛇の親子対決なのだ。
タカアキが右手で扇を懐から取り出し、ナラカへと投げつける。
扇はナラカへと達する前に、雷に飲まれて消え失せた。
その後じきに、雷の応酬戦は一段落ついた。
タカアキもナラカも、雷を放つのを止めた。
雷が消えると、ザーザーと降りしきる雨の音がやたらデカく感じる。
雨には瘴気をおさえる力があるようで、さっきまで体から漏れ広がっていたナラカの気は完全に辺りから消えていた。
《ミズハ、中やわ》
私の内にタカアキの思念が、すべりこんでくる。本人は右手で印を結び、呪文を詠唱していた。
《喉》
斬りかかりつつ、私はナラカを見た。『勇者の剣』に助力を願って見ても、大魔王の喉は別に何ともない。私にはわかんないけど、三大魔法使い様には白蛇神が何処にいるのかわかるようだ。
《せっかく居場所がわかったのに……大魔王の内側では、浄化できへんわ》
思念は無念そうだ。
《そもじに頼むしかないわ。大魔王ごとミズハを斬って。手伝ったるさかい》
ぐぅぅんと……
急に体が軽くなった。
ガジャクティンの封印魔法のおかげで、大魔王の速度はどんどん遅くなっていった。それでも、まだ、私と同等かそれ以上に速かったのに……
ナラカの動きが止まって見える……
私はナラカへと『勇者の剣』を振り下ろした。
剣は、ナラカを両断した。
しかし……
魔法のきらめきを残し、ナラカの姿は消え失せる。
『幻影』だ。
こんな初歩的な目くらまし魔法にひっかかるなんて!
《姫勇者はん、後ろ》
背中に衝撃。
攻撃をくらった……?
剣の守護の力が働かなかった……?
痛い事は痛いが、白銀の鎧のおかげでさほどのダメージとなっていない。
私は剣を構え、振り返った。が、そこにナラカはいない。
移動魔法だ。
「『スオウ』」
タカアキの声。
私の死角の空が揺れる。
私が喰らうはずだった魔法を、守護結界を張ったものが防いでくれたのだ。
「『キヨズミ』、『ハガネ』」
タカアキの体から二匹の白蛇が離れ、宙へと襲い掛かる。弟も立ち上がり、蛇達のもとへと走り、『虹の小剣』で宙を斬る。
そこにナラカがいるの……?
見えない。
目に映らないし、ナラカの存在が感じ取れない。
どういう事……?
「『トシユキ』」
タカアキの上でとぐろを巻いていた蛇が、突然、ジャンプして私の首へと巻きついてくる。
白蛇が熱を帯びた瞬間、目に痛みを感じた。
ボロボロと涙がこぼれる。
ぬぐおうとして驚いた。視界が黒くなっている。
私は黒い涙を流している?
《そないつまらん呪いをもらって……》
タカアキの思念が私を責める。
《剣、どうかしたんか?》
わからないと、心の中で正直に私は答えた。さっきから守護の力がうまく働かない、求めても助力がもらえない。呪いもいつかけられたのだか、さっぱりわからない。
呼びかけてみたけど、応えもない。何かひどく焦っているようなイメージだけが伝わってくる。
タカアキが、ふらっとバランスを崩す。サムライが慌ててその体を支え、背後の神官が回復魔法を唱える。回復用の蛇を私に貸しちゃったんで、まともに立てなくなったようだ。
《うちの子、しばらく貸したる。はよう、あのクサレ僧侶、斬ってや》
「『マサタカ』、『スオウ』」
私の首に巻きついていた蛇がタカアキの頭の上に跳び戻り、代わりに他の蛇が私へと飛び乗ってくる。
《そもじを防御させつつ、攻撃もさせる。『マサタカ』は物理、『スオウ』は魔法が得意や》
霊体の蛇が見えるって事は、『勇者の剣』の助力がまったく働かなくなったという事ではない。だけど、無限の守護の力は止まってしまっている。
私は蛇をのっけたまま、アーメットの方を振り返った。
見える。
アーメットが体術で、僧侶ナラカと対戦している。猿みたいだ。
『キヨズミ』と『ハガネ』って二匹の蛇も、霊力と衝撃波でナラカに挑んでいた。
さっきと同じだ。ナラカの動きは遅く見える。
いや、アーメットも遅い。
私の肉体の敏捷性が飛躍的に上がっているから、他が遅く見えるんだ。
タカアキの術だろう。
この機を逃すまい。
私が近づくと、ナラカは移動魔法で逃げた。
が、私にくっついた蛇達が、素早く一斉に同じ向きを向く。
蛇達には出現先がわかるのだ。
蛇の動きに合わせ、ナラカを追う。
移動魔法で逃げるあいつを、私とアーメット、四匹の蛇達で追いつめて行く。
雨に濡れ、砂を蹴り、私は大魔王を追う。『勇者の剣』と共に。
「『トシユキ』!」
タカアキの声。
雨の中に、光を感じた。
まばゆく輝く光は、私とアーメットの間を行き過ぎ、ナラカの喉に当たった。
タカアキの矢だ。回復の為に残していた白蛇神を、矢に宿らせている。
大魔王を倒せるのは、『勇者の剣』だけだ。他の魔法もあらゆる武器も、大魔王にはダメージとならない。
けれども……
矢が当たった瞬間、ナラカの内から何かが呼応した。
矢を離すまいと、何かが矢じりを抱き締める。
姫巫女……だろう。
光の矢を受け、ナラカの体が硬直する。
ナラカは、浄化をとどめおこうとする、自分の内のものに縛られたのだ。
わずかな時間の呪縛だろうけど、それで充分!
私はナラカへと『勇者の剣』を振り上げた。
ナラカは振り下ろされてくる刃を……
とても悲しそうに見つめた……
そして……
パリィィンと乾いた音が響き……
何もかもが砕けていった……
* * * * * *
「残念です……」
俺の頭の中が、真っ白となる。
何が起きたんだ……?
問うたところで、シンも答えない。答えられない。茫然と姫勇者を見つめている。
姉貴がナラカを斬った! と、見えた瞬間だった……
『勇者の剣』の剣身が砕け散ったのは……
『勇者の剣』は柄を残し、粉々に砕けてゆき……
その衝撃に、はじかれた姉貴は、剣を手放し、仰向けに砂地に倒れていった……
姉貴は動かない。
両目を閉ざし、ぐったりと砂の上に倒れている。
そんな姉貴を……無傷の大魔王が見下ろしている
「できれば、最後の時まで剣を砕きたくなかったんですが……あなた方、予想以上に頑張るのですもの。もう、こうするしかありませんでした」
ナラカは、静かに姉貴へと歩み寄ってゆく……
「お気づきではありませんでしたね? 闇の聖書がほぼ失われてしまったので、剣はもう瀕死の状態だったんですよ。形を保とうと必死に頑張っていましたが、ほんのちょっとヒビを押しただけで、この有様です」
ナラカの手が、姉貴へと伸びてゆく……
「それでも、衰えた能力を懸命に隠し、あなたを守っていたんですよ。愛するあなたを、ね……」
嘘だろ……?
地上最強の武器が壊れた……?
大魔王を葬る手立てを失った……?
俺達は……負けたのか?
あの性格の悪い、凶暴な姉貴が……負けた?
敗れて、死んだのか……?
「姉様!」
まだ、だ!
そんなはずはない!
ナラカなんかに姉貴を触らせるものか!
俺は姉貴に駆け寄ろうとした。しかし、
「戻れ『シン』! 『キヨズミ』! 『ハガネ』! 『マサタカ』! 『スオウ』!」
シンに体を奪われた。
と、思った時には弾き飛ばされていた。
何か巨大なものが猛スピードで落下してきたのだけは、わかった。
そこから生まれる暴風に、弾かれたんだ。
風に飛ばされ、俺の体は砂地を三度もバウンドし、転がった。
砂まみれの、シンが立ちあがる。防御結界を張ったんだ。でなきゃ、押し寄せてくる風に煽られ、更に後方に飛ばされるだろう。
ごうごうと音をたてて吹き荒れているのは、全てを切り裂く風。
巨大な竜巻がナラカの居た場所に、渦巻いていた。
「あの風は……?」
シンの思念が戸惑っている。苛烈な暴風には、まばゆいばかりの霊力が満ちていた。いつの間にか雨もやんでいる。周囲に満ちるのは、あの竜巻の力だけだ。
《第三王子はんの神様や》
ガジャクティンの?
あの暴風が?
タカアキの思念は、怒っていた。
《あの阿呆……あれほど言うたのに、守護神にいい加減な命令をしおってからに……『キヨズミ』と『ハガネ』、散ってまったやないか……》
「逝ったのか……」
シンの独り言に、ギョッとする。
逝った?
白蛇が?
タカアキは二人のお伴と一緒に、同じ場所に居た。防御結界を張っているのだろうが、もう自力では立てないようで、砂の上に座り込んでいた。その体に蛇は、たしかに三匹しか居ない。
何が、どうなっているんだ……?
俺は周囲を見渡した。が、何処にも姉貴が居ない。ナラカも居ない。
《姫勇者はんは第三王子はんの所》
え?
《んでもって、クサレ僧侶は、あの中や》
タカアキの視線の先は、大竜巻だった。
タカアキが説明する。
ナラカの能力封呪役のガジャクティンは、術中は、能力封印でに手一杯なんで、守護神に命令している暇がない。
なので、能力封印開始前に、命令をふきこんだ魔法道具を発動させた。
守護神への命令は二つ。
一つは、魔に通じるものの滅殺。ただし、仲間を傷つける恐れがある場所では禁止。命令に従い、シャンカラって神様は人間のいない上空とかで魔族と戦い、異次元通路をぶっ壊していたらしい。
《第三王子はんの守護神は暴風雨神。強大なお力を持っとるくせに、周囲を全然、気にせん大雑把なお方なんや。せやから、『仲間の側では御力を行使せん事』を徹底させてって頼んどいたのに……あの阿呆王子、仲間=人間と解釈しおったんやろ。うちのかわいい子供が、ナラカの巻き添えになってまった》
二つ目は、姫勇者ラーニャの守護。姫勇者ラーニャが倒れた時には、彼女と剣を安全な場所へと運び、眷族に治癒にあたらせる事。姉貴は今、安全な場所――ガジャクティンのすぐ側まで送られたという事だ。
姉貴は無事なのか……? 少しだけ安堵したが……
《時間ないのにな……》
タカアキの思念が、俺を現実にひきもどす。
そうだ……
ナラカの能力封印って、あと何分、可能なんだ?
《第三王子が術を始めてから、後、四分五十秒で一時間だ》と、答えたのはシンだった。
《今は第三王子はんの守護神がナラカを内に封じとるけど、ナラカが本来の力を取り戻したら無理やろな》と、タカアキ。
時は迫っている……
だが、姉貴は闘えない。
剣の剣身が砕けたんだ。剣と共感していた姉貴は……全身がバラバラとなるような痛みを感じたろう。
人間が耐え切れる衝撃じゃない。
もう二度と目覚めないかもしれない……
俺はぎりっと唇を噛み締め、高々と右手をあげ、掌を開いた。
「来い!」
俺に共感能力なんてない。
両手剣の腕前もヘボだ。
だが、魔への怒りはある。
闘志は漲っている。
動けるのならば……
まだ共に戦えるのなら……
勇者ラグヴェイの末裔の元へ来い、『勇者の剣』!
そして、俺の手に……
勇者の証が現れる……
姉貴のもとから、自らの意志で、俺のところへ来てくれたんだ。
柄を握りしめた。
片手で持つには握りが太い。
俺は軽くて細い武器ばっか使ってきた。クナイとか小剣のが扱いやすい。
けど、お互い贅沢は言えない。
血筋だけのへっぽこ勇者だが、我慢してくれ『勇者の剣』。
大魔王を倒すまでは。
「守ってくれ、シン」
俺は『勇者の剣』を握りしめ、竜巻へと向かった。
《気でも触れたのか、そんな剣身のない武器で戦えるか》
シンの文句に、笑みで応えた。
剣身はあるよ。
よく見ろよ、鍔の先に残っている。ひび割れたギザギザの、小剣よりも小さな剣身があるじゃないか。
《そんなモノでは何も斬れん。何かにぶつかれば砕けるだけだ》
俺はおかしくなって笑った。
岩をも楽々と砕く剣なんて、現実にあるものか。
剣は刃だけで戦ってきたんじゃない。そんなの、おまえのが良くわかるはずだ、霊体なんだから。
俺はガジャクティンの神様が生み出した竜巻に、突入した。
何の抵抗もない。
シンが防御結界で守ってくれているんだ。
剣は、今、小さくなって能力のほとんどを失っている。
だから、協力してくれ、シン。
剣にはたった一つの仕事だけを頼む。
大魔王を今世から消す……
地上最強の武器としてだけ働いてもらう。
『無限の守護』はおまえに任せた。
俺を守ってくれ。
大魔王を倒すまでは……
「考えてもみろよ、ナラカを倒せば、俺、十五代目勇者だぜ」
俺はニヤリと笑った。
「おまえ、十五代目勇者を鱗で支配する神様になるんだ。この地上最強の戦士が、おまえの下僕なんだ。痛快だろ? な、協力してくれよ」
シンの思念が呆れている。
理解できない、気持ちが悪い、きさまが勇者になどなれるものかと俺を嘲る。けれども……
《あとニ分十五秒だ。急げ》
頷き、俺は走る。
竜巻の中の大魔王を目指して。