カクヨムからのアニメ化と学園物は相性がいいと思う
最近、ライトノベル原作アニメを見ていて、ふと思うことがある。
カクヨムからアニメ化を目指すのであれば、もう一度「学園」という舞台を真剣に考えてみてもいいのではないだろうか。
もちろん、これは「異世界ファンタジーはもう駄目だ」とか、「これからは学園ラブコメを書けばアニメ化できる」という話ではない。かつての『涼宮ハルヒの憂鬱』や『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の時代とは、ラノベを取り巻く環境そのものが大きく変わっているからだ。
昔のラノベは学園ものが強かったが、今のカクヨムでは、まだまだファンタジーのほうが強い。
それでも、近年のアニメを見ていると、学園を舞台にした作品には、まだまだアニメとの相性の良さが残っていると思う。しかも、いわゆる「なろう系」を好まない層にも受け入れられやすいのではないかと思う。
そのことを強く感じさせた作品の一つが、『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』、そして『負けヒロインが多すぎる!』だ。
特に『負けヒロインが多すぎる!』は興味深い。
2024年夏アニメでは、『マケイン』や『ロシデレ』といった学園ラブコメが大きな注目を集めた。少なくとも、この時期に学園ラブコメというジャンルが古い存在として完全に過去のものになっていたわけではないことは確かだろう。
しかも『マケイン』の場合、昔ながらの「主人公を複数の美少女が取り合う」というだけの作品ではない。恋に敗れた少女たちを中心に据え、「負けヒロイン」という存在そのものを物語の魅力に変えている。
ここが、昔と今の違いなのではないだろうか。
学園ラブコメそのものが古くなったわけではない。ただし、昔と同じものを作ればいいわけでもない。
では、『ロシデレ』はなぜこれほど受けたのだろうか。
もちろん、魅力的なキャラクターやストーリー、アニメの作画や声優の演技など、いろいろな要素があるだろう。
ただ、個人的に大きいと思うのは、「この作品は何が面白いのか」を一言で説明しやすかったことだ。
隣の銀髪美少女が、主人公に聞こえないと思ってロシア語でデレている。しかし主人公はロシア語が分かっているので、その意味を全部理解している。
これだけでも、かなり強い。
「完璧美少女が実は主人公のことを大好きなのに、本人はそれが伝わっていないと思っている。その秘密を主人公だけが知っている」という構造は、ラブコメとして非常に分かりやすい。
そこに「ロシア語」という分かりやすい特徴が加わることで、作品そのものを説明するためのフックにもなっている。
しかも、アーリャが普段はクールで優秀な少女なのに、政近の前では照れたり嫉妬したり、思ったように振る舞えなくなったりするギャップもある。さらに有希をはじめとする周囲のキャラクターにも強い個性があり、「アーリャが可愛い」だけで終わらず、キャラクター同士のやり取りそのものを楽しめるようになっている。
そして、こうした魅力はアニメとも相性がいい。
小説では文章で説明していた「ロシア語でデレる」という仕掛けを、アニメでは声優の演技や表情、間、作画などを使って一気に見せることができる。
つまり、『ロシデレ』は単純に「学園ラブコメだったからヒットした」のではなく、昔からある学園ラブコメの基本的な面白さに、現代の読者にも一言で伝えられる強いフックを加えた作品だったのではないかと思う。
そう考えると、これからカクヨムでアニメ化を狙う場合にも、参考になる部分はあるのではないだろうか。
「学園ものだから駄目」「ラブコメだから古い」のではなく、学園ラブコメという土台に、今の読者が「それは何なの?」と興味を持つような新しい特徴を一つ、あるいはいくつか組み合わせる。
それなら、昔の学園ラブコメをそのまま復活させる必要はない。
『ハルヒ』や『俺妹』が大きな存在感を持っていた時代には、その時代なりのネット文化やオタク文化があり、その中で学園ラブコメが受け入れられていた。
現在は、動画配信やSNS、ショート動画、聖地巡礼、キャラクター人気など、作品を取り巻く環境そのものが大きく変わっている。
だからこそ、今カクヨムでアニメ化を狙うのであれば、「昔の学園ラブコメに戻る」のではなく、「現在の読者とアニメ視聴者に合わせた学園ものを作る」という発想があってもいいのではないかと思う。
そして、ここから考えてみると、学園ラブコメと自分が書いている逆行転生というジャンルは、実はそれほど遠いものではないのではないかと思えてくる。
どちらも、学校という身近な舞台を使って、人間関係や恋愛、進路、友情といった「青春」を描くことができるからだ。
違うのは、主人公がどのような視点でその青春を見るかということだ。
普通の学園ラブコメなら、高校生が高校生として日々を過ごす。しかし逆行転生なら、人生を経験した大人が、もう一度高校生としてその時間をやり直すことができる。
これは、学園ラブコメを別の角度から描く方法としても面白いのではないだろうか。
例えば、失敗した大人、あるいは中年が学生時代に戻って、人生をやり直す物語である。
これは個人的には、かなり面白いと思っている。
一度社会に出て、仕事にも人間関係にも失敗し、家族や友人との関係にも後悔を抱えている。そんな人物が、ある日突然、十代の自分に戻ってしまう。
もちろん、未来を知っているという強みはある。しかし、そこで描けるのは「未来の知識を使って金儲けをする」という話だけではない。
学生時代には気づかなかった親の苦労に気づくかもしれないし、当時は些細なことだと思っていた友人との喧嘩を、今度は違う形で乗り越えられるかもしれない。進路についても、社会に出てから初めて分かったことを踏まえて、別の選択をすることができる。
そして、もちろん恋愛もある。
「あのとき、もっと素直になっていればよかった」と後悔していた相手と、もう一度出会う。そして今度は、以前の自分とは違う言葉をかけられるかもしれない。
そう考えると、逆行転生は単なる「人生やり直しもの」ではなく、学園ラブコメに大人の視点を持ち込むための仕組みにもなり得る。
高校生同士の恋愛を描きながら、その主人公だけは一度人生を経験している。だからこそ、本人たちが気づいていない感情や、人間関係の大切さに気づいているかもしれない。
普通の学園ラブコメなら、「あの子と付き合えるか」「この関係がどうなるか」が中心になる。ところが逆行転生なら、「前の人生ではできなかったことを、今度はどうするのか」というもう一つの軸を加えることができる。
恋愛だけではない。
家族、友人、進路、仕事、人間関係など、一度大人になったからこそ分かることを、もう一度学生という立場から見直すことができる。
「未来を知っているから成功する」のではなく、「未来を知っているからこそ、過去の自分が見落としていたものに気づく」。
そんな逆行転生なら、単純な「未来知識で無双する」作品とは違った面白さを出せるのではないかと思う。
もちろん、逆行転生には作品によっては少し「なろうっぽい」匂いが強くなってしまうという欠点もあるように思う。
ただ、「なろうっぽい」こと自体が悪いわけではない。それによって読者に作品の魅力を分かりやすく伝えられるという長所もある。
問題は、逆行転生という設定を何のために使うのかということなのだろう。
未来を知っていることを成功のための便利な能力として使うだけではなく、「一度失敗した大人が、学生時代をもう一度生きる」という設定そのものを物語の中心に据えれば、学園ものとしても新しい見せ方ができるはずだ。
そう考えると、学園ラブコメと逆行転生は、対立するジャンルではない。
むしろ、「学園」という舞台をもう一度掘り下げるための別々のアプローチなのではないだろうか。
ただ、ここで一つ気になることもある。
カクヨムの中で人気がある作品と、実際にアニメ化したときに多くのアニメ視聴者に受ける作品は、きちんと分けて考える必要があるのではないだろうか。
投稿サイトのランキングや読者人気は、もちろん重要な指標ではある。しかし、それだけでアニメとしての成功まで判断できるわけではない。
アニメになることで、声優の演技や作画によって魅力が増す作品もあれば、逆に文章だからこそ面白かった作品もある。原作読者には非常に人気があっても、アニメとして初めて作品に触れる人には、別の魅力が必要になる場合もあるだろう。
だから、本来なら「カクヨムで人気があるからアニメ化する」というだけではなく、「この作品をアニメにしたら、原作を知らない人にも何が伝わるのか」という視点も必要になるはずだ。
それに加えて、ラブコメは、ラノベ原作アニメでよくあるダイジェスト化が比較的起こりにくいという点でも、映像化との相性が良いのではないかと思う。
そして、これは作品を拾い上げる側が本当に理解できているのだろうか、と少し気になるところでもある。
以前にあるジャンルが大ヒットした。しかし、その後はカクヨムの中で以前ほど人気がない。
そうなると、「このジャンルはもう売れないのではないか」と考えてしまう。そんな思い込みを、なかなか捨てられない人も多いのではないかと思う。
しかし、以前にヒットしたジャンルが現在は人気が落ち着いているからといって、アニメにしたときにも同じように受けないとは限らない。
逆に、現在カクヨムで非常に人気がある作品だからといって、それがそのままアニメでも同じように受けるとは限らない。
結局のところ、「現在サイト内でどれだけ人気があるのか」と「映像作品になったときにどれだけ魅力を発揮できるのか」は、別の尺度で考える必要があるのではないだろうか。
もちろん、そんな判断が簡単にできるわけではない。どの作品がアニメで伸びるのかを正確に予測するのは難しいし、実際にアニメ化してみなければ分からない部分も多い。
それでも、「昔流行ったからもう古い」「今ランキングにいないから駄目」と単純に考えるのではなく、その作品が持っているフックやキャラクター、映像化したときの見せ場まで考えて拾い上げることは重要なのではないかと思う。
そして、ここで思い出すのが、自分自身も書いている逆行転生というジャンルである。
個人的には、逆行転生にももっと日が当たってほしいと思っている。
過去に戻り、未来の知識を使って人生をやり直す。この設定自体には、非常に分かりやすい面白さがある。
ただ、そこに「失敗した大人が学生に戻る」という視点を加えれば、学園ラブコメとも自然につながっていく。
学園ラブコメが「青春を生きる物語」だとすれば、逆行転生は「青春をもう一度やり直す物語」にできる。
そう考えると、むしろこれからの学園ものには、こうした少しひねった設定を取り入れる余地がまだまだあるのではないだろうか。
もちろん、これは学園ラブコメだけが正解だという話ではない。
異世界ファンタジーにも、逆行転生にも、それぞれ違った可能性がある。むしろ重要なのは、ジャンルそのものよりも、そのジャンルを使って何を描くのかということなのだろう。
異世界ファンタジーだから駄目、学園ラブコメだから古い、逆行転生だからなろうっぽい――と決めつけてしまうのは、少しもったいない。
それぞれのジャンルを、今の読者やアニメ視聴者に合わせてどう料理するのか。そして、「この作品は何が面白いのか」を一言で伝えられる強いフックをどう作るのか。そこに、これからのカクヨム発作品の可能性があるのではないだろうか。
だからこそ、最近の『ロシデレ』や『マケイン』を見ていると、私は「学園ラブコメというジャンルは、まだ終わっていないのではないか」と感じる。
そして同時に、「逆行転生にも、もう少し日が当たってくれないかな」とも思っている。
結局のところ、カクヨムから次のアニメ化作品が生まれるとしたら、それは昔流行したジャンルそのものではなく、昔からあるジャンルを現在の感覚で作り直した作品なのかもしれない。
なろう発のファンタジーだって最初はそうだったはずだ。
『ハルヒ』や『俺妹』の時代とは、もう環境が違う。だからこそ、今の時代だからこそ作れる「新しい学園ラブコメ」や、「大人が学生に戻って人生をやり直す逆行転生」があってもいい。
学園ラブコメと逆行転生は、一見すると別のジャンルに見える。しかし、「もう一度青春を見つめ直す」というところでは、意外と近い場所にある。
そして、そこに今までとは違うフックを加えることができれば、昔流行したジャンルでも、今の時代にもう一度面白い作品として生まれ変わることができるのではないだろうか。
そんなことを、最近のアニメを見ながら考えている。




