08
四郎が帰っていった後、静まり返った家の中で、俺の心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。
この世界では、自分の命は自分で守らなければならない――はっきりとわかった。
部屋に入る。
視線の先――タンス。
この世界に転生して、初めて“自分の部屋”に足を踏み入れた日のことを、ふと思い出す。
部屋一面。
壁という壁に貼り付けられていたのは、無数の設計図だった。
見たこともない機構図。
理解できない数式。
《失われた伝説の軍事技術》と題された古い書物のページ。
そして――ウォーデンクリフの名が記された資料の数々。
どうやら、前の俺は相当ウォーデンクリフについて調べていたらしい。
……いや、それどころじゃない。
狂気じみた執念の痕跡。
そう呼ぶ方が、よほど正確だった。
その光景に、俺は言いようのない不気味さを覚えた。
ぱらり、と開いた最初のページに映ったのは――雫の刀の設計図。
どうやら「片腕」が核となっているらしい。
(片腕……つまり、雫の片腕は義手ってことか?)
考えただけで扱える気がしない。却下だ。
次に現れたのは、槍の設計図、背中が核となっていて。背中に埋めるガジェットらしい。……背中に埋めるとか怖すぎだろ。却下。
さらにめくると、「相手に過去のトラウマを強制的に思い出させるナイフ」。
注意事項には「多用すると使用者の精神にも悪影響」とあった。
……誰が使うんだよこんなの。却下。
過去の俺――記憶をなくす前の俺も、ウォーデンクリフもどうやら相当イカれていたらしい。
どれも強力だが、代償がデカすぎる。設計図だけ見れば「さすがNo.2だな」と思うが……実用性ゼロ。
「やってらんねー」
パッと上に投げ捨て、ベッドに寝転がる。
その時、空中にヒラヒラと二枚の紙が舞い降りた。
「……何だ?」と思い、拾い上げる。
ハンドガンの設計図だった。名前は…ジャッジメント・コード?
精密に描かれた内部構造。
それ以上に目を引いたのは、弾種の欄だ。
そこには、四種類の弾が記されていた。
・相殺弾
放射物や斬撃波を相殺する特殊弾。
・操弾
自分の記憶を送り込む、
あるいは相手を一度だけ操ることができる弾。
・時限弾
着弾した対象の動きを、遅らせる弾。
・???
弾の図だけが描かれ、
説明文は黒く塗りつぶされている。
(……読ませる気がない、か)
理由は分からない。
だが直感が告げていた。
少し迷ったが、俺は心の中で決めた。
「……これにするか」
もう一枚の設計図を見ると――それはスカウターだった。
普段は片耳にかけておき、起動すると片目に展開される仕組みらしい。
特徴欄には、さらっとこう書いてある。
「数秒先の未来が見える」
「……おお、地味に強いじゃん」
だが、その下の注意事項を見て、俺は思わず声を詰まらせた。
「※ただし未来は変えられません」
さらに小さく書いてある。
「※メンタルが強ければ未来は実質変えられる(かもしれない)」
ページを指で押さえながら、俺は頭を抱える。
だが、もう迷っている暇はなかった。
俺は設計図を机に置き、ハンドガンとスカウター――この二つを選んで、脳内イメージで作れるように訓練を始めた。
「うーん……まずは手順の確認だ」
装置の動き、弾丸の発射、スカウターの展開。頭の中で何度も反復する。
この一週間、限界まで作り続け、何度も気絶しては葵に心配される日々が続いた。
だが、その代償に――見なくても頭でイメージすれば具現化できるようになり、部屋でドローンを出して試し撃ちの練習までできるようになった。
「また天井に穴開けた!? 俺、射撃下手すぎだろ」
それでも、少しずつイメージ通りに弾が飛ぶようになってきた。
スカウターも便利だった。
片目に展開させるイメージを描き、数秒先の未来を覗く練習。
未来を見ても、自分の体が間に合わずに空振り。
「くそ……未来を見ても、反射神経が追いつかねえ……!」
汗だくになりながら何度も発砲する――が、ドローンは壁にぶつかっていく。
その音に、廊下から葵の声が響いた。
「お兄ちゃん、うるさーい!」
「ごめん!」と即答する俺。
弾の軌道とスカウターの表示が、少しずつ頭の中でリンクしていく。
ほんの少しだが、手応えを感じ始めていた。
︎同じ頃――
別の場所では、新たに力を授かる者がいた。
◆
トレーニング室に、乾いた打撃音が響く。
颯太は向かい合う相手と、両手を合わせていた。
「随分と成長したな。……スピードが、前とは違うぞ」
そう言って笑ったのは、サイバー部隊の先輩――十文字剛だった。
「さすがです、十文字さん……!」
颯太は肩で息をしながら、素直に頭を下げる。
「全然、手が出ませんでした」
「はは、まだまだこれからだ」
十文字は軽く拳を鳴らし、ふと思い出したように言った。
「そういえば、今年も俺は学園祭のバトルステージに出るぞ」
「お前はどうする? 出ないのか?」
颯太は少し考え、首を振る。
「僕は……出ません」
「今は、まだその段階じゃないです」
「そうか」
十文字はそれ以上何も言わず、ただ頷いた。
颯太は一礼し、トレーニング室を後にする。
◆
向かった先は、サイバー部隊の研究室だった。
白い照明に満ちた空間に足を踏み入れた瞬間、自然と背筋が伸びる。
「四郎さん……話って、何ですか?」
緊張で、声がわずかに震えた。
研究台の前に立っていた四郎は、穏やかに微笑み、頷く。
「颯太くん」
「僕の作った最新のパワースーツ……君に託してもいいかな」
「……え?」
思わず、目を見開く。
「本当ですか……?」
四郎は肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「うん。一般人には、体への負荷が大きすぎてね」
「今のところ……適任は、君しかいないんだ」
そう言って、四郎は机の上に置かれていた小さなケースを開いた。
中に収められていたのは――
黒銀に輝く、一本の腕時計。
まるで、生き物の心臓のように、静かに脈打っている。
「これが……?」
戸惑いながら、颯太は見つめる。
「ただの時計じゃない」
四郎は静かに説明を続けた。
「『パワースーツキー』だ」
「装着してトリガーを押せば、内蔵されたナノマシンが展開する」
「全身を瞬時にスーツで覆う仕組みだ」
「普段は普通の腕時計として使えるし、緊急時は即座に変身できる」
颯太はごくりと喉を鳴らし、腕に装着した。
そして――恐る恐る、トリガーを押す。
――カシャンッ。
黒銀の時計から、奔流のようにナノマシンが溢れ出す。
一瞬で全身を包み込み、金属繊維が音もなく収縮し、体にぴたりと密着した。
「な……なんだ……」
「勝手に……フィットして……!」
重さは、ほとんど感じない。
それどころか、体の芯から力が湧き上がってくる感覚。
「動いてみな」
四郎に促され、颯太は拳を振る。
――ゴッ。
空気を叩いただけのはずの一撃で、後方の計測器が大きく揺れた。
「うわっ……!」
驚いて踏み込みすぎた颯太は、そのまま跳ねるように天井近くまで舞い上がる。
「おっと」
四郎が楽しそうに笑う。
「慣れないと、そうなるよ」
颯太は何とか着地し、胸の奥が熱く高鳴るのを感じた。
恐怖もある。
不安もある。
だが――それ以上に。
力を得たという実感が、全身を震わせていた。
「……ということは」
颯太は、意を決したように口を開く。
「僕……現場に、出られるんですか?」
期待と不安が入り混じった声。
四郎は、静かに、だが力強く頷いた。
「おめでとう」
「頼りにしてるよ」
颯太は深く息を吸い込み、拳を強く握りしめる。
胸の奥で――
熱い決意が、確かに芽生えていた。




