03話
悠人は、ふとした感覚で目を覚ました。
視界に広がるのは、病室の天井。
(……そうだよな、流石に夢だよな……)
昨日の黒雷と灼炎の戦いが脳裏をかすめる。だが、あれはどう考えても現実味がなさすぎる。
きっと熱にうなされて見た悪夢だろう。
「……二度寝、二度寝」
寝返りを打ち、横向きで目を閉じかけたその瞬間――。
赤。
視界の端に、赤が揺れた。
(ん?……なんか急に部屋の気温上がった?)
目を薄く開けると、椅子に座り見覚えのある鮮やかな赤髪が見える。
それを辿っていけば、そこに座っていたのは――昨日、夢に出てきたあの美人。
灼紅のカレン。
いや、周りからは「灼高」と呼ばれていたはずだ。
(……よし、知らないふりだ……)
悠人は慌てて目を閉じた。寝息の演技も忘れない。
だが、その努力は一瞬で無駄に終わる。
「――おい! 今、起きただろ!」
耳元で鋭い声が響く。
「……いや、やだ。起きたくない」
悠人の布団は、容赦なくカレンに攫われた。
「お、おい! この世界の女の子みんな力強すぎだろ!」
内心で悲鳴を上げつつ、思わず口をついて出たのは――。
「……殺される……」
言った瞬間、自分でも「ヤバい!」と思った。
しかし背後から軽快な声が飛んでくる。
「はいはい、カレンさん。あんまりいじめないでくださいよ」
軽く手を叩く音と共に現れたのは、白髪と銀髪が混ざったような髪をした男。
メガネを掛けたその男は、にやりと笑いながら悠人の肩を馴れ馴れしく組む。
「僕の名前は四郎って言います。――悠人くん? 会いたかったよ」
唐突すぎる言葉に悠人は目を瞬かせる。
その真意を測ろうとした瞬間、四郎はまた調子を戻した。
「実はね悠人くん、君が電撃で気絶した後……カレンさん、ずーっとベッドの隣に座って待ってたんですよ。日を越す頃には――なんと一緒に寝てたんですけどね、ひひっ」
「……な、なんだよ灼高。意外と可愛いとこあるじゃん」
悠人がからかうように笑うと、四郎も同調して肩を組み、二人でニヤニヤと顔を見合わせる。
――次の瞬間。
脳天に「ゴンッ!」と重い衝撃が走った。
「いっっってぇええええ!!」
悠人は床に崩れ落ち、頭を押さえて転げ回る。
見るとカレンの拳はまだ握られたまま。怒りと恥ずかしさを必死に抑えた顔で、低い声を落とす。
「本題に入るぞ。」
一瞬で場の空気が張り詰めた。
先ほどまで軽口を叩いていた四郎ですら、笑みを引っ込め、姿勢を正す。
カレンの赤い瞳が、悠人を鋭く射抜いた。
「悠人。お前は……“あの場所”で何をした?」
――“あの場所”。
聞き覚えのない言葉なのに、胸の奥に重くのしかかるものがあった。
悠人はごくりと唾を飲み込み、思わず口を開く。
こういう時は素直に言うしかないよな。
「あはは。実は僕――前の記憶がなくて……」
カレンの赤い瞳が一瞬見開かれ、すぐに怒気を帯びる。
「……ふざけるな!」
案の定、反応は決まっていた。
怒声に悠人は肩をすくめるが、四郎だけは違った。
今までの軽い調子とは打って変わって、静かに語り出す。
「悠人くん。記憶がないらしいから少し説明します」
四郎は一度、言葉を選ぶように小さく間を置く。
「この世界には、こんな逸話があります」
低く、昔話を語るような声が、静かな病室に響いた。
「遠い昔――
別の世界から来た、最初の“異端者”。
一人の天才発明家が、この世界へ迷い込んだとされています。
名は、ウォーデンクリフ(Wardenclyffe)」
その名を聞いた瞬間、悠人は無意識に背筋を伸ばしていた。
「彼は、この世界の技術を目にし、心から感動したそうです。
そして、こう言った――
“この技術を持ち帰れば、自分の世界は変えられる”と」
四郎は、そこで一度言葉を切る。
「彼はこの世界の技術を学び、その“礼”として――
一つの装置を作り上げました」
悠人の喉が、無意識に鳴った。
「それが、この街の中心核に存在する――コアです」
息を呑む悠人をよそに、四郎は淡々と語り続ける。
「そこから放出される莫大なエネルギーによって、街全体、そしてあらゆる機械が稼働しています。
その後、彼はコアを利用し、元の世界へ帰還した――そう、伝記には記されています」
悠人は黙って耳を傾けていた。
四郎の眼鏡に病室の灯りが反射し、冷たく光る。
「――そして、ごく稀にですが。
この世界には、彼と同じように“別の世界から来た”人間が現れます。
こちらでは、それを異端者と呼びます」
異端者。
その言葉が、悠人の胸に、妙な引っかかりを残した。
「ウォーデンクリフが生み出した数々の軍事ガジェットは、“悪用される未来”を恐れ、すべて破壊されたと記録されています」
「……ですが」
四郎の声が、わずかに低くなる。
「なぜか、その失われたはずの技術は復元され、
体内に装備している者たちが存在する異端者で構成された、組織――サイバーヴァンプ」
重たい沈黙。
「この世界では“世界の中心であるコアを破壊すれば、
体内に埋め込まれた機械に電撃が走り、前の世界へ戻れる”と言う逸話があります。」
四郎は続ける
「以前サイバーヴァンプは――コアを破壊するため、襲撃を仕掛けてきました」
静かな口調が、かえって恐怖を煽る。
「奴らは“血”を燃料とする存在。
戦闘は苛烈を極め、戦況は完全に不利。
我々は、コアの目前まで侵入を許してしまった」
四郎は一度言葉を切り、悠人をまっすぐに見据える。
「――その時です」
病室の空気が、張り詰める。
「戦場全体を飲み込むほどの、巨大な閃光が走った。
視界を焼き尽くす光が――すべてを包み込みました」
そして。
「光が消えた後、そこに倒れていたのは――
悠人くんと、サイバーヴァンプのボス・カイロだったのです」
戦況はあまりにも苛烈で、
サイバーヴァンプも長時間の戦闘は不可能だった。
仲間たちは戦略的に撤退し、
ただ一人――カイロだけを、その場に残して。
カイロは目覚めることなく牢に幽閉され、悠人も検査を受けたが、体内のガジェットは見つからなかった。
悠人は病室で保護観察のような状態に置かれることになった。
カレンが眉をひそめ、声を上げた。
「おい四郎、こいつ、嘘ついてる可能性はないのか?」
四郎は淡々と答える。
「いやー、これは明らかに記憶喪失ですね」
悠人はその言葉に、少し気持ちを整理した。
――そうか、俺以外にもこの世界に入り込んでいる奴がいるのか。でも、“異端者”と呼ばれるくらいじゃ、前の世界から来たなんて言えないな。
悠人は肩をすくめ、口を開いた。
「いやー、とりあえず昨日は殺されるかと思いましたよ……」
カレンは眉を上げ、淡々と言った。
「我々はただ話を聞きに来ただけだ。殺されると思って勝手に逃げたのは貴様だろう」
――ああ、そうだった。俺の苦い記憶のせいで、勝手に逃げたのは俺自身だった。
カレンは続ける。
「ただ、貴様がどういうトリックで、あそこのセキュリティロックを外し逃げたのかは知らないけどな」
悠人は言葉を飲み込み、心の中で思った。
――この能力は、俺だけのものなのか。
面倒ごとには巻き込まれたくない――そう思い、敢えてその能力については口をつぐんだ。
カレンがゆっくりと声を上げる。
「と言っても、貴様の容疑が晴れたわけではない。容疑が晴れるまでは、今日からGPS付きの腕輪をはめてもらう」
悠人は思わず後ずさり、目を丸くした。
「マジかよ……」
カレンは無表情のまま続ける。
「もし不審な行動をしたり、壊して取り外そうとした場合――爆発する」
その言葉に悠人は体を硬直させる。
「……え、マジで?」
すると背後から軽い笑い声が聞こえた。
「災難だね、悠人くん」
振り返ると、四郎が肩をすくめて笑っている。
「これはね、僕が開発したんだよ」と言いながら、悠人の腕にGPS腕輪を取り付けた。
横で見ていた悠人が小声で心配そうに尋ねる。
「誤作動とか起こさないよね……?」
四郎は軽く笑い、肩をすくめた。
「多分、大丈夫だと思うよ」
「多分って……なんだよ」と心の中で突っ込みつつも、ここから退院できそうなのはそれしかなさそうだと悟り、悠人は渋々承諾した。
受付を済ませ、外に出ると、目の前に小さな影が見えた。
「お兄ちゃん!」
泣きながら抱きついてくる、短髪で元気な可愛い女の子。どうやら俺の妹らしい。悠人の胸にその体温と安心感がじんわり伝わる。
――転生して、初めて心の底から嬉しいと思った瞬間だ。




