22
「ずいぶん歩いたわね。
どうやら――私たちが一番乗りかしら」
中央エリア遺跡。
崩れた石柱と古代の遺構が折り重なり、通ってきた道には――無数の破壊された戦闘ロボが転がっている。
胸部を貫かれ、関節は粉砕され、もはや原形を留めない機体ばかりだった。
「……派手にやったな」
十文字は低く呟き、肩越しに雫を見た。
「学生でこの腕前……驚いたな」
真面目な声で告げられた言葉に、雫は軽く振り返る。
「興味ないわ」
「即答か」
「あなた、距離が近いし声が大きい。任務に向かない」
「……そこまで言うか」
そんな軽口を交わしながら進んだ先、ピラミッド型の巨大建造物が姿を現した。
――その瞬間、空気が変わる。
――殺気。
十文字と雫は同時に足を止めた。
遺跡の階段。
最上段に――足を組み、肘を膝に乗せて座る男。
背後には、破壊されたロボの山。
まるで観客席に腰掛けているかのように、気楽な表情を浮かべる。
「やあ」
軽い調子の声。
「中央遺跡の階段、座り心地いいね」
十文字の目が鋭く細まる。
「……ジョイ」
名を呼ばれ、男は口角を上げた。
「覚えててくれたか。光栄だな、陛下の番犬さん」
雫は無言で一歩前に出る。
(――こいつ……)
強い。
十文字やカレンとは、質の違う脅威。
殺気の“量”ではない。密度が違う。
十文字は静かに問いかける。
「目的はなんだ」
ジョイは立ち上がり、階段を一段ずつ降りてくる。
「僕はね――悠人くんを殺したい」
雫の胸がわずかにざわつく。
(悠人が……目的?)
「だがその前に」
ジョイは楽しげに続けた。
「ぜひ、陛下直属のボディーガードとも手合わせしたかった。本当に“陛下を守る資格”があるのか、確かめたくてさ」
さらに一段、降りる。
「もちろん――雫。いや、ここでは“黒……」
その瞬間、雫の姿が視界から消えた。
電流を帯びた木刀が閃き、ジョイの首元へ振り下ろされる――ガキンッ!
薙刀がそれを受け止め、火花が散る。
「お前……何者だ」
雫が低く問う。
ジョイはははは、と笑い、蹴りを放つ。
雫は瞬時に後退し、十文字の元へ戻った。
「おい」
十文字が低く言う。
「むやみに突っ込むな。あいつは……何をしてくるかわからない」
赤い警告灯が遺跡を照らす中、三人の影が静かに睨み合う。
――中央エリアは、完全に“次の局面”へ踏み込んでいた。
♦︎
遺跡の階段を降りきったジョイが、軽く肩を回す。
「さて……どっちから来る?」
余裕そのものの声。
十文字は一歩前に出る。
「雫。挟むぞ」
次の瞬間――地面が砕けた。
十文字が踏み込み、人間離れした初速でジョイの懐へ。
同時に、雫が横から滑り込む。
電流を帯びた木刀が弧を描き、左右から完璧な挟撃。
――だが。
「甘い」
ジョイは笑った。
ほんの一歩後ろへ下がっただけで、十文字の拳と雫の斬撃は空を切る。
次の瞬間、ジョイの膝が跳ね上がる。
「ッ――!」
雫が即座に後退。
十文字が腕で受け止めるも、衝撃で数歩下がる。
「……重いな」
「でしょ?」
ジョイは楽しそうに指を鳴らす。
「君、いい身体してる。けど――」
視界から、ジョイの姿が一瞬で消えた。
「後ろ!」
雫の声。
十文字は即座に身を伏せる。
刹那、首元を薙ぐような風が走る――
遅れて。
ズン……ッ。
轟音と共に、背後の石柱が真っ二つに割れ、崩れ落ちた。
雫は喉を鳴らし、小さく呟く。
「……ねえ。あいつ、本当に人間?」
十文字は視線を逸らさず、低く答える。
「少なくとも――俺が今まで戦ってきた中じゃ、初めてのタイプだ」
冷気が肌を刺す。
空気は凍り、殺気だけが濃くなる。
二人は同時に戦闘体制へ。
「雫」
十文字が短く言う。
「俺に、ついて来い。タイミング、合わせろ」
「……了解」
次の瞬間――十文字が正面から踏み込む。
地面を砕き、距離を詰め――
「――オラァッ!!」
ガントレットを纏った拳がジョイの顔面を叩き込む――ガキィン!!
薙刀が寸分違わずその一撃を受け止める。
だが、それが合図だった。
刹那――十文字の頭上を、影が飛び越えた。
「――っ!」
雫だ。
軽やかに宙を舞い、ジョイの死角――背後へ。
木刀が電流を帯びて振り下ろされる。
――バチィィィッ!!
電撃がジョイの身体を貫き、ほんの一瞬、隙が生まれた。
「今だ!」
十文字が吼え、踏み込み、腰を捻り、全体重を拳に乗せる。
「――ブッ飛べ!!」
ドォォンッ!!
衝撃波が弾け、ジョイの身体が凄まじい勢いで吹き飛ぶ。
石段を削り、瓦礫を巻き込み、遺跡の奥へと転がっていく。
静寂。
二人は荒い息のまま、視線を外さない。
♦︎
白煙がゆっくり晴れる。
瓦礫の向こう――砕けた石段の中心に、一つの光。
エメラルドグリーン。
氷のように澄み、温度を感じさせない――眼。
ジョイだ。
服は裂け、焦げ、無残。
だが――胸元の**「喜」**のマークだけは鮮やかに残っている。
「……はは」
ジョイが静かに笑う。
「みんな、ずるいよね」
一歩、踏み出す。
砕けた石を踏みしめ、薙刀を軽く肩に担ぐ。
「炎だの、電流だの……そんな派手なの、普通は反則でしょ?」
空気が、冷えた。
否――冷え続ける。
雫と十文字は反射的に身構える。
呼吸のたび、肺の奥が痛むほどに温度が奪われていく。
「それならさ……僕も、使っていいよね?」
薙刀を地面に向け――カン。
乾いた金属音。
瞬間、遺跡の床を這うように白い霜が広がる。
「……ッ!」
雫の足元が、一瞬で凍りつく。
十文字が低く唸る。
「……来るぞ。さっきとは、別物だ」
ジョイはゆっくり薙刀を構え直す。
エメラルドグリーンの瞳が細く、妖しく光った。
「じゃあ――」
歪んだ口角。
「《システムコード・氷刃雨》」
空気が軋む。
次の瞬間、上空に無数の氷刃が生まれ――一斉に降り注ぐ。
「雫! 俺の下に入れ!」
十文字が叫ぶ。
同時に、低く唸る機械音。
「《戦闘コード――β9 》」
ガントレットが咆哮し、装甲が展開。
全身を覆う重厚な戦闘鎧へと変貌する。
氷の刃は雨のように叩きつけられる――ガガガガガッ!!
すべて鎧に吸収。貫通なし。
だが衝撃は、確実に身体を揺さぶる。
石床はひび割れ、粉塵が舞う。
ジョイが目を細める。
「すごいなあ。この攻撃を耐えるとは、正直思ってなかったよ」
薙刀を振るい、一歩踏み出す。
「――でも、まだ終わってない」
氷の気配が一気に濃くなる。
「《システムコード・断水》」
斬撃は音もなく振るわれ、無防備な十文字へ――
「――させない!」
すぐさま雫が間に入る
木刀が氷の薙刀と交錯――キィンッ!!
二度、三度。白い霜が木刀を走る。
次の一撃――ピシッ。
木刀が真っ二つに割れた瞬間、ジョイの蹴りが雫を襲う。
「――っ!!」
雫の身体が宙を舞い、遺跡の床へ叩きつけられた。
ジョイは薙刀を軽く肩に担ぎ、にやりと笑った。
「防ぐほど、壊れる――それが、“断水”だよ」
床に転がる雫。息が詰まる。
(このままじゃ、全滅する……でもこの力を使えば、私の正体が……)
冷たい風が肌を刺し、判断を鈍らせていた。
♦︎
「小僧、どうやら本当に死にたいらしいな」
十文字はガントレット両拳を叩きつけ――《戦闘コードζ(ゼータ)》起動。
「警告します。このコードは肉体への影響が極めて大きい――即時停止を――」
冷静なアナウンスも、今の十文字に止まる理由はない。
衝撃、熱、電流、氷刃――全てを吸収し圧縮。限界を超えて解放する。
目が鋭く光る。
《戦闘コードζ》――出力100%、肉体の限界を踏み潰す強制解放。
低く静かに告げる。
「覚悟しろ」
――次の瞬間。
あり得ない速度で拳が空間を裂く。
ドンッという衝撃音すら置き去りにする連打。
残像だけが叩きつけられる。
笑う暇も、もうない。
ジョイは必死に薙刀で受け止め切り返すも、拳は止まらない。
圧そのものが身体を削る。
「――戦闘コード、《破天撃》」
両手を握り拳が重なり合い、一つの塊になる。
床が沈み、空気が爆ぜ――ドォンッ!!
ジョイは薙刀で受け止めるも腕が悲鳴を上げる。
金属と肉体の境界が軋み、亀裂が走る。
十文字は吐き捨てた。
「やはりな……お前、サイバーヴァンプだったか」
一歩、前へ。
「――スクラップにしてやる」
怒涛の猛攻。拳、肘、体当たり。
《戦闘コードζ》の力を限界まで叩き込む。
ジョイも満身創痍。
体から紫電のようなノイズが走る。
だが勝負はいつも一瞬にして決着がつく
十文字の鎧が斬られる。
「……ッ!?」
速すぎた。
ジョイは静かに笑う。
「いやー危なかった。十文字くん、君と戦えて良かった。」
――ズン。
鈍い感触。
十文字の左肩に、薙刀が突き立てられていた。
傷口から白霜が広がり――左肩部完全破壊。
装甲も肉も氷砕と共に吹き飛んだ。
十文字は膝をつき、荒い息を吐く。
「……私を置いて、逃げなさい!」
雫が叫ぶ。
しかし十文字は歯を食いしばり、顔を上げる。
「バカ野郎……
これでも俺は、サイバー部隊だ。
人の命を――守る側なんだよ」
――その言葉が引き金。
――フラッシュバック。
『おねちゃん、たすけてー!』
幼い声。泣き叫ぶ妹の声。
視界が揺れ、重なる。
十文字の背中、倒れ伏す仲間。血と火花。
ジョイが一歩一歩近づき
薙刀が振り下ろされる。
(――あとは、任せたぞ)
――西園寺。
――九条。
――ドンッ!!
空を裂く轟音。
雷鳴。
遺跡全体が揺れる。
「……なっ」
十文字の目が見開かれる。
――薙刀は止まっていた。
受け止めていたのは、一振りの日本刀。
――キィンッ!!
金属音が炸裂し、火花と衝撃波が空間を裂く。
ジョイの体が後方へ弾き飛ばされる。
「……やっと」
不気味に嗤う。
「本性を、表したか」
立ち上がる影――雫。
瞳は赤く染まり、雷光を宿す。
刀身に黒い稲妻。
空気が重く沈む。
ジョイと十文字が同時に呟く。
「……黒雷の神楽」
雫は日本刀の切っ先をジョイへ向け、低く凛と告げた。
「――システムコード・ブラックアウト」
次の瞬間――黒雷が世界を支配した。




