20
瓦礫の隙間から、火花が散る。
倒壊した高層ビルの残骸が折り重なり、空は煤で濁っていた。遠くで金属同士が擦れ合う、不快な駆動音が響く。
九条は舌打ちし、周囲を見渡す。
「十文字さんのチームと、悠人のチーム以外の参加者は全員、この“崩壊破壊都市エリア”に放り込まれたらしい」
「え……?」
美咲が息を呑む。
「そんな……じゃあ、ここに倒れてる人たちも……」
「ほぼ間違いない」
九条は背中に手を回し、ガジェットケースを開いた。
「ちょっと待ってろ」
次の瞬間――
展開音と共に、無数の小型ドローンが射出される。
銀色の球体が空中で一瞬静止し、
パキッという乾いた音と共に、さらに細かく分裂した。
十数、二十、三十――
蜂の群れのように散開し、崩壊都市の上空を埋め尽くす。
空中投影されたホログラムに、赤い点が次々と灯る。
九条は目を細め、即座に解析する。
「……数えた、戦闘ロボ、ざっと三十体」
美咲の喉が、ひくりと鳴った。
「さ、三十……?」
「しかも、配置がいやらしい、瓦礫の陰、ビルの内部、地下――完全に殲滅用の布陣だ」
九条は吐き捨てるように続けた。
「このルートを正面突破するのは――自殺行為だな」
だが。美咲は、倒れている参加者たちから目を逸らさなかった。
「……それでも、助けなきゃ、いけない人がいる」
「絶対言うと思ったぜ」九条は肩をすくめ、九条は歯を食いしばりながら端末を操作していた。
「やっぱりな」
背中のガジェットから放たれたドローンが、赤い光を帯びて分裂する。
それぞれが戦闘ロボ数体の背部ポートに張り付き、コードを流し込んだ。――ピッ。
数台のロボが、動きを止める。
次の瞬間。
それらは一斉に向きを変え、倒れている参加者たちの前へと展開した。
「よし……こいつらは元々、バトルステージ用のロボだ」九条は息を吐きながら言う。
「戦闘AIに書き換えられてたが、根っこは変わってねぇ管理プロトコルを逆利用して、護衛モードに上書きした」美咲は目を見開いた。
「じゃあ……!」
「ただし――」
九条の声が、低くなる。ドローンの映像に映る数値、残存ロボ――22体。
「こんな数、一斉に来られたら……」
その言葉を遮るように。
――ゴォォンッ!!
瓦礫を踏み砕き、残りのロボたちが美咲、九条に気づき一斉に動き出した。「来たわ!……何分あれば、全部コントロールできる?」
美咲の問いに、九条は一瞬だけ視線を上げすぐに端末へ戻した。
「最短で……10分だ!それだけ耐えてくれりゃ、残りも全部“俺の管理下”にできる」
一瞬の沈黙。
美咲は、迷わなかった。
「……わかった、任せて」
そう言って、彼女は一歩前へ出る。
瓦礫だらけの地面に足を踏みしめ、
静かに、弓を構えた。
狙いは―空。
弓にセットされた矢が、淡い光を帯びていく。
一本ではない。
二本、三本――
いや、空間そのものが弦に引き寄せられていく。
「支援用多目的矢――システムコード《リンク・レイン》」
美咲が、静かに名を呼ぶ。
――パァンッ!
放たれた矢は、空中で分裂した。
無数の光粒となり、破壊都市の上空に散開する。
次の瞬間。
――ザァァァッ!!
光の雨が、降り注いだ。
ロボの動きを“止める”のではない。
破壊でもない。
光に触れたロボたちの動きが、わずかに、だが確実に鈍る。
「……っ!」
九条の端末に、変化が走る。
「嘘だろ、処理負荷が下がってる……!?」
美咲は息を整えながら言った。
「攻撃力低下、反応速度、約30%ダウンそれと――」
彼女は、倒れている参加者たちに視線を向ける。
「味方識別タグ、強制上書きこの光に触れてる間、ロボは“人を敵と認識しない”」
九条は、思わず笑った。
「……マジかよ、支援特化ってレベルじゃねぇぞ」
だが、猶予は短い。
光の雨をかいくぐり、
数体のロボが、それでも前へ出てくる。
光の雨をかいくぐり、
数体のロボが、それでも前へ出てくる。
「来るぞ、美咲!」
「うん」
美咲は、弓を引き直した。
「この任務――絶対、遂行してみせるぜ」
九条は歯を食いしばり、端末へ視線を落とす。
指が走る。
――いや、叩き込まれると言った方が正しい。
常人では到底追えない速度で、コードが画面を流れていった。
管理プロトコルの階層は三重。
さらに、外部干渉を想定した疑似自己修復コード。
普通なら――
一体制御するだけでも、数分はかかる。
「…今なら、行ける」
九条が低く言った。
上空では、リンク・レインの光がまだ降り続いている。
ロボたちの演算処理は鈍り、通信同期は乱れたままだ。
――美咲が作った、唯一の突破口。
だが。
「来るぞ、第二波!」
光をものともせず、強引に突っ込んでくる影。
装甲が一段階厚い。
指揮系統用の――上位ユニット。
「チッ……厄介なのが混じってやがる」
九条は歯を食いしばる。
その声を背に、美咲は深く息を吸った。
再び一本の矢に、全神経を集中させる。
弦が――軋む。
空気が、張りつめる。
収束する光。
矢の先端が、白く、鋭く輝いた。
一瞬の静寂。
「システムコード――《リンク・スパイク》!」
――ヒュンッ!!
放たれた矢は、一直線に空間を裂き、
上位ロボの胸部へと突き刺さる。
爆発は、ない。
だが――
――ピシィッ。
装甲表面に、無数の光の亀裂が走った。
次の瞬間。
ロボの全身から光が噴き出し、
動きが、完全に停止する。
九条の端末に、
《管理権限:取得》の表示が灯った。
「……今の一発で、制御回線が丸見えだ」
思わず、声が弾む。
「美咲……お前、本当に学生かよ!」
だが――安心する暇はない。
残存ロボが、なおも突撃してくる。
美咲は歯を食いしばり、次々と矢を放った。
一体、また一体。
撃ち抜かれ、止まり、沈黙していく。
最後の一体。
それは、美咲の死角から一気に距離を詰めてきた。
刃が、振り上げられる。
速い。
近い。
「――っ!」
まずい。
間に合わない。
その瞬間。
九条の指が、最後のキーを叩いた。
――カチリ。
振り下ろされるはずだった刃が、
美咲の眼前で、ぴたりと止まる。
「……ま、間に合ったぜ」
九条は、大きく息を吐いた。
ロボはそのまま、力を失って崩れ落ちる。
静寂。
次の瞬間。
「やった……!」
美咲は振り返り、
勢いのまま九条に抱きついた。
「九条くん、やったよ!」
一瞬、驚いた九条は、
すぐに苦笑する。
「……ああ。ギリギリだったけどな」
九条の言葉に、美咲はほっと息を吐き、勢いのまま彼に抱きついた。
「九条くん、やったよ……!」
その温もりに、九条は一瞬だけ思考が緩む。
(……待て)
背中に、嫌な感覚が走った。
視界の端。
瓦礫の陰で――沈黙したはずのロボが、かすかに動く。
(まさか……)
九条の血の気が、一気に引く。
(この個体だけ……コードが、違う)
理解した瞬間には、もう遅かった。
ロボは跳ねるように距離を詰め、
振り上げた刃が、美咲と九条の背へ――
(終わりだ……完全に、俺のやらかしだ)
刹那。
――――ドォォンッ!!!
衝撃音。
空気が、爆ぜた。
次の瞬間、ロボの巨体が横殴りの衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫を巻き込みながら数十メートル先へと転がっていく。
粉塵が舞い、視界が白く染まる。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
やがて――
煙が、ゆっくりと晴れた。
そこに立っていたのは。
黒と銀の装甲に身を包んだ、一人の男。
全身を覆う最新のパワースーツ。
地面に深く沈み込んだ足元が、今の一撃の重さを物語っている。
颯太だった。
肩から立ち上る蒸気。
握り締められた拳には、まだ衝撃の余韻が残っている。
「……間に合った、か」
そう呟き、颯太は振り返った。
「美咲。九条さん」
低く、だが確かな声。
「――怪我は、ないですか?」
美咲は、しばらく言葉を失い、
やがて目を見開いた。
「……颯太?」
九条は、呆然としたまま笑う。
「……助かった。最高のタイミングだ」
颯太は前を向いたまま、低く言った。
「ここからは、僕も参加者だ」




