18
十文字の拳が振り下ろされる――
その、直前。
ふっと、空気が緩んだ。
「……チッ」
十文字が舌打ちを一つする。
拳を包んでいた光が霧散し、構えが解かれた。
「どうやら……状況が変わったらしい」
悠人も、その異変を肌で感じ取っていた。
これ以上続けても、意味がない――本能がそう告げている。
互いに、一歩ずつ距離を取る。
戦闘は――
一時的に、停止した。
悠人はすぐさま踵を返し、駆け出した。
「雫! 美咲!」
倒木を飛び越え、二人のもとへ辿り着く。
まず、雫。
太い木の根元に背を預けるように倒れているが、呼吸は安定していた。
「……ん……」
微かに、瞼が揺れる。
「よし……」
次に、美咲。
地面に仰向けになっているが、外傷は見当たらない。
生命制御ブレスレットは完全に沈黙しているはずなのに――
致命傷だけは、奇跡的に避けられていた。
「……悠人……?」
かすれた声が、返ってくる。
二人とも、ゆっくりと意識を取り戻しつつあった。
悠人は、胸の奥で息を吐く。
(……間に合った)
だが、安心している暇はない。
悠人は膝をつき、二人の視線をしっかりと捉えた。
「いいか、よく聞け」
声を落とし、短く、だが確実に言葉を叩き込む。
「これは、ただの試合じゃない」
「生命制御ブレスレットは、全部無効化されてる」
「リスポーンも操作されてる。十文字が、俺たちの近くに落とされたのは――偶然じゃない」
雫の表情が、わずかに引き締まる。
「……何者かが、裏で動いてる?」
「ああ」
悠人は短く頷いた。
その瞬間だった。
――ピッ、ピッ、ピッ。
三人の手首で、同時に電子音が鳴り響く。
「えっ……な、何これ!?」
美咲が思わず声を上げる。
ブレスレットの表面が淡く発光し、空中にホログラム映像が展開された。
簡易プロジェクターのようなそれに映し出されたのは――
狂気を孕んだ笑顔。
『はーい、マイクチェック、マイクチェック』
軽薄な声が、森の奥まで響き渡る。
『聞こえてるかな? プレイヤーのみんな』
悠人は、歯を噛みしめた。
(……こいつが、黒幕か)
映像の中のジョイは、両手を大げさに広げ、舞台役者のように一礼する。
『今回のゲームマスターを務めさせてもらうのは、この僕――ジョイ!』
『いやぁ、最高だよ。君たちの戦い、感情、その全部がさ』
くすくすと、心底楽しそうに笑った。
『さてさて、それじゃあもっと盛り上げるためにここからは、追加ルールの発表だ』
空気が、目に見えて冷えた。
『まず一つ目』
ジョイが、指を一本立てる。
『このステージ全体にはね、目に見えないドーム型センサーを張り巡らせてあるんだ』
悠人の背筋を、冷たいものが走る。
『もしこのゲームを棄権して、外に出ようとした場合身につけているブレスレットは――大爆発するよ』
「……っ!?」
美咲が、反射的に自分の手首を押さえた。
そして――
ジョイは、二本目の指を立てる。
『二つ目』
笑みが、さらに深く歪む。
『このゲームにはね――僕と、委員長の鈴木君も参加することにした』
「なぜ、鈴木が、」と十文字言う
『もちろん、ゲームの勝利条件は変わらない最後に1チームだけが残るか――』
ジョイの視線が、意味ありげに細められる。
『ステージ中央にあるトロフィーを、最初に手にしたチームの勝ち』
『最後に――』
ブレスレットの映像の中で、ジョイが指を立てた。
『僕のチームを除いて、現在戦闘可能なプレイヤーは――6名』
にやり、と口角が吊り上がる。
『だからこのゲームは、仕切り直しだ再リスポーンそして――二人一組で再配置してもらうことにしたよ』
「……ふざけるな」
十文字が吐き捨てるように言った。
苛立ちを隠そうともせず、映像越しのジョイを睨みつける。
だがジョイは、それすら楽しむかのように――
舌なめずりをするような仕草を見せた。
『さあ……ここからが本番だ』
声が、ひどく甘くなる。
『君たちが――どんな顔で、どんなふうに壊れていくのか』
愉悦に満ちた笑み。
『楽しみにしてるよ』
――ブツン。
映像は唐突に途切れた。
森に残ったのは、風に揺れる葉擦れの音と、
重く沈んだ沈黙だけだった。
「……クソ」
十文字が、低く唸る。
「西園寺はうまく逃げ切れたのか…」
その声には、苛立ちだけでなく、
確かな焦りと仲間を案じる色が滲んでいた。
悠人は一歩前に出て、全員を見渡す。
「とにかく、今は迷ってる時間はない」
落ち着いた声で、はっきりと言い切る。
「リスポーンしても、俺たちがやることは一つです協力して、中央のトロフィーを目指す」
拳を軽く握りしめる。
「それしか、今できることはありません」
雫が、短く頷いた。
「……そうね」
美咲も、少しだけ不安を残した表情で――
それでも、強く頷く。
「わかった」
途端にブレスレット
その瞬間だった。
――ピィィィン。
四人の手首のブレスレットが、同時に赤く発光する。
「……っ!」
嫌な予感が、背骨を駆け上がる。
「リスポーンだ――!」
誰かが叫ぶ間もなく、赤い光が霧のように広がり、四人の身体を包み込んだ。
視界が、染まる。
輪郭が滲み、足元の感覚が失われていく。
(くそ……!)
悠人は歯を食いしばった。
(俺のペアは……誰なんだ)
赤い光は、上からゆっくりと――
まるで分解されるように、頭部から足先へと降りていく。
世界が、途切れる。
――次の瞬間。
光が引き、視界が戻る。
地面の感触。湿った空気。
聞き覚えのある、遠くの金属音。ここは
廃工場ゾーンか
そして――
すぐ隣にも、同じ赤い残光があった。
「……?」
悠人は反射的に、そちらへ視線を向ける。
そこにいたのは――
地面に座り込み、横腹を押さえている
「……っ」
その顔を見て、悠人の息が止まる。
「西園寺……!」
横腹から、赤黒い血が滲んでいる。
指の隙間から、確かに――出血していた。
(ジョイにやられたのか!)
悠人は考えるより先に、駆け出していた。
「しっかりしろ!」
彼女のもとへ膝をつき、周囲を警戒しながら声をかける。
赤いリスポーン光は、すでに完全に消えている。
――どうやら。
この再配置でのペアは、悠人と西園寺。




