17
一度見たもの。脳内に刻み込まれたデータやイメージを、そのまま現実へと具現化する力。
そして――
《オーバーフロー・アサルト》に仕込まれた隠しコード。
369。
脳内で構築したデータを、そのまま武器へと出力するための、
俺だけが知り俺だけが使える――裏の起動。
その力によって生み出された無数の“悠人”が、
円を描くように十文字を取り囲んでいた。
三十六の視線。
三十六の銃口。
逃げ場は、ない。
「……はは」
十文字が、低く笑う。
「これはあっぱれだ」
視線を巡らせながら、楽しげに続けた。
「まさか――《蒼槍の流星》のホログラム分身まで再現できるとはな」
その言葉に、悠人の胸がわずかに跳ねる。
(蒼槍の流星……蒼空のことか、)
十文字の視線が、鋭く悠人を射抜いた。
「やっぱりお前、何か知ってるだろ?」
空気が、張り詰める。
「貴様がその気なら――
俺も本気で行かせてもらう」
十文字は、はっきりと宣言した。
「――戦闘コード・β 9」
次の瞬間。
ガントレットが唸りを上げ、装甲が展開する。
金属が伸び、絡み合い、
十文字の腕から肩、胴体へと這い回る。
まるで意思を持つかのように。
やがてそれは――
彼の全身を覆う、重厚な戦闘鎧と化した。
雷光が鎧の継ぎ目を走り、
周囲の空気が、びりびりと震える。鎧越しの声が、低く響いた。
「さあ、悠人――かかってこい」
次の瞬間。
――ピッ。
十文字の耳元で、無線が割り込む。
『……十文字さん? 聞こえますか』
軽いノイズ混じりの声。
だが、その調子は明らかにいつもと違っていた。
『ま、マジでやべーっす……!』
九条だ。
焦燥が隠しきれていない。
早口で、息が荒い。
『応答お願いします! 十文字さん!』
十文字は一瞬だけ、眉をひそめた。
「……何だ、九条」
低く、苛立ちを含んだ声で応じる。
『今、運営ログを裏から見てたんですけど……』
『生命制御ブレスレット、完全に死んでます!』
その言葉に――
悠人の背筋が、凍りついた。
九条の声は続く。
『十文字さんだけ、ピンポイントで――
悠人のチーム付近に落とされてます』
そこで一度、九条は息を呑んだ。
だが、次の瞬間には堰を切ったように言葉が溢れ出す。
『それだけじゃありません!』
声が、明確に震えている。
『このバトルステージ専用のロボ……』
『何者かにリミッターを外されてます!』
悠人の喉が、無意識に鳴った。
『完全に戦闘用に書き換えられてます。
もう“この学祭で使うようなレベル”じゃない……』
九条は続ける。
『ドローンで周囲を偵察しました』
『他の参加者――ほとんどが戦闘不能です』
その言葉が、重く戦場に沈んだ。
葉擦れの音。
遠くで、何かが崩れるような低い衝撃。
――ここが、もはや「競技場」ではないことを、誰もが悟る。
十文字の拳が、わずかに軋んだ。
「……ほう」
短いが、その声音には明確な怒気が滲んでいる。
九条は、さらに声を落とした。
『そして……最後に』
一瞬、通信が乱れる。
『いま、この“黒幕”と思われる人物が――』
『西園寺と、交戦中です』
悠人の目が、見開かれた。
(西園寺……!?)
『西園寺さんから……』
『このことを、十文字さんに一刻も早く伝えろって……』
九条は、必死に言葉を繋ぐ。
『さっきまで電波が遮断されてて……』
『やっと、ここまで来て繋がりました!』
♦︎
巨大スクリーンいっぱいに映し出されるのは――
悠人と十文字の激突。
火花と雷光が交錯し、森が抉れ、地面が砕ける。
その一挙手一投足に、実況席は悲鳴にも似た歓声を上げていた。
『す、すごい! これはすごい!』
『まさに怪物同士の激突だぁぁッ!!』
煽るような実況に呼応し、観客席が揺れる。
立ち上がる者。
拳を突き上げる者。
興奮に顔を歪め、叫ぶ者。
――誰一人として、これが“仕組まれた地獄”だとは気づかない。
その様子を、ドーム上層から見下ろしながら――
ジョイは、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「……最高だ」
囁くような声。
「ほら、見てごらん」
「みんな、こんなにも喜んでいる」
スクリーンの向こうで命を削る二人を、
まるで芸術品でも眺めるかのように、うっとりと見つめる。
「人の感情って、本当に美しい、恐怖も、怒りも、興奮も……だが喜びが一番の最高のスパイスだ」
そして、ふっと肩を竦める。
「だからこそ――彼らを殺し合わせるなんて、勿体なさすぎる」
口元の笑みが、歪んだ。
「いっそ……僕の手で、殺してあげたいくらいだ」
その言葉に、隣に控えていた鈴木が、わずかに身を固くする。
「……第二フェーズは、いつ実行しますか?」
鈴木が淡々とした問いた。
「作戦変更」
そして、楽しげに言い放つ。
「――今だ」
次の瞬間。
ジョイは一歩前へ出ると、
ドーム最上部の縁に立ち――
まるで舞台に立つ役者のように、
両腕を大きく広げた。
「さあ……幕を上げようか」
ジョイは、両腕を広げたまま宣言する。
「システムコード:《ラスト・カーテン》」
その瞬間。
ドーム天井部から、無数の微細な光粒子が降り注いだ。
雪のように、羽毛のように、静かで美しい――だが、致命的な光。
観客たちは気づかない。
いや、気づくという思考そのものが、すでに奪われていた。
光が肌に触れた瞬間――
歓声は一瞬だけ大きくなり、次いで、奇妙な静寂へと変わる。
瞳は開いたまま。
表情は笑顔のまま。
だが、その奥にあったはずの“何か”が、ごっそりと抜け落ちた。
「……ほら」
ジョイは、満足そうに呟く。
「観戦中の記憶は、すべて消去、恐怖も、違和感も、疑問も――何も残らない」
観客席をゆっくりと見渡しながら、続ける。
「残るのは、ただ一つ理由のない高揚中身のない興奮」
口角が、さらに吊り上がった。
「――感情だけを与えられた、人形の完成だ」
鈴木は、喉を小さく鳴らした。
言葉は出ない。
いや――出せなかった。
止められる段階は、とっくに過ぎている。
それを、誰よりも自分自身が理解していた。
そんな鈴木の背に、ジョイは囁くように言葉を落とす。
「……君も、生まれ変わりたいんだろう?」
ゆっくりと、振り返る。
「優秀な人間が、憎いだろ?」
その一言が、鈴木の胸の奥を正確に抉った。
ジョイは続ける。
「努力もせずに称賛される奴ら、最初から“選ばれている”人間たち」
口元に、柔らかな笑み。
「今回の学園祭――君が、主人公なんだよ」
その瞬間。
鈴木の瞳が、大きく揺れた。
「……っ」
握りしめた拳が、わずかに震える。
そして――
堰を切ったように、吐き出した。
「……そうだ」
声は、低く、歪んでいた。
「全部……奴らが悪い、俺を馬鹿にして、見下してきた才能がないって、笑ってきた――」
鈴木の呼吸が荒くなる。
「……あいつらが、悪いんだ」
ジョイは、満足そうに頷いた。
「うんとても、いい顔だ」
ドームの外では、
意味を失った歓声が、今も鳴り続けている。
そして――学園祭は、完全に“別の顔”を見せ始めていた




