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「四郎さん、緊急の呼び出しって……何なんですか?」
颯太は、不安を隠しきれない声で尋ねた。
「ああ、颯太くん。今日はせっかくの学園祭だというのに、すまないね」
四郎は苦笑しつつも、すぐに表情を引き締め、声のトーンを落とす。
「実はね。少し前に、君の学校の生徒が巻き込まれた事件があっただろう?」
颯太の喉が、無意識に鳴った。
「あの事件の被害者が、ようやくある程度まで回復してね」
四郎は一拍置き、颯太をまっすぐに見据える。
「意識も戻った。簡単な会話ならできる状態だ」
嫌な予感が、背中をゆっくりと這い上がってくる。
「それで――君に、少し話をしてもらいたいんだ」
「……俺が、ですか?」
「うん。事件当日のことだ。同じ学校の生徒として、何か気づくことがあるかもしれない」
穏やかな口調とは裏腹に、その言葉は重かった。
四郎は最後に、申し訳なさそうに視線を伏せ、低く付け加える。
「学園祭の最中で本当に悪い。ただ……今回の件は、サイバーヴァンプとは違う」
一瞬の沈黙。
「もっと、厄介な勢力が絡んでいる気がしてね。どうにも、嫌な予感がするんだ」
颯太は短く息を吸い、小さく頷いた。
「……わかりました」
♦︎
「失礼します」
そう告げて、颯太は取り調べ室へと足を踏み入れた。
白い壁に囲まれた簡素な部屋。
机を挟んで向かい合う被害者の姿を見た瞬間、胸の奥がわずかに詰まる。
――やつれている。
以前に見たときより、明らかに頬はこけ、目の下には濃い影が落ちていた。
身体の傷よりも、精神のほうが深く削られている。
一目で、そう分かってしまうほどに。
颯太は静かに椅子に腰を下ろし、背筋を伸ばした。
「改めまして……」
一度、言葉を選ぶように間を置いてから、穏やかな声で名乗る。
「僕は、サイバー部隊に所属しています。
あなたと同じ学校に通う、二回生の颯太と申します」
相手の表情を気遣いながら、ゆっくりと視線を合わせる。
「今回の事件について、ぜひ協力していただきたくて、ここに来ました」
押し付けにならないよう、声を落とす。
「無理に思い出す必要はありません。
ゆっくりで構いませんので……覚えている範囲で、話してもらえれば大丈夫です」
その言葉に、部屋の空気がわずかに緩んだ――ような気がした。
(……頼む。少しでも、手がかりを)
颯太は心の中でそう願いながら、相手の言葉を待つ。
「……奴は、化け物だ」
被害者は俯いたまま、低くそう言った。
感情がこもっているわけではない。
むしろ逆だ。
表情を一切変えず、まるで事実を記録するかのように、淡々と続ける。
「武装した兵士たちとは、格が違う。
あれは……人じゃない」
言葉が、部屋の空気を重く沈ませる。
「武器を持っている、という次元じゃなかった。
――あいつ自身が、兵器だった」
その瞬間、颯太は思わず息を呑んだ。
(兵士より上……“存在そのものが兵器”)
背筋を、冷たいものが貫く。
それでも、颯太は動揺を表に出さず、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました」
声は、できる限り平静を保っていた。
「当時の記憶で、思い出せる範囲で構いません」
相手の様子を気遣い、静かに続ける。
「無理はしなくていいです。
……説明できますか?」
被害者は、しばらく沈黙したまま、膝の上で拳を強く握り締めた。
そして――重く、引きずるように。再び、口を開いた。
「……俺は、学級委員の鈴木ってやつを絡んで、金を巻き上げるつもりだった」
被害者は俯いたまま、ぽつりと打ち明けた。
(……鈴木君?)
颯太は内心で、思わず呟く。
よりにもよって、学級委員。
その名前が、場違いなほど生々しく胸に引っかかった。
「鈴木を囲んで……空から、奴が降ってきた」
被害者の声が、わずかに震える。
「金髪だった。派手な色で……服には、大きく《喜》って字が書いてあって……」
言葉を重ねるごとに、口調が荒くなっていく。
呼吸も次第に浅く、速くなり、明らかに動揺が高まっているのが分かった。
(……まずいな)
颯太は、相手の様子を観察しながら思う。
(これ以上、深掘りするのは危険かもしれない)
一度、話題を切り替えるべきだ。
そう判断し、颯太は声の調子を柔らかくした。
「ありがとうございます。十分です」
被害者に安心させるよう、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「当時、何が起きたかの詳しい説明は……今はまだ、大丈夫です」
一拍置いて、続ける。
「その代わりに……会話だけで構いません。
何か、印象に残っている言葉はありませんか?」
被害者は、しばらく天井を見つめるようにして黙り込んだ。
そして――
「ああ……」
突然、何かを思い出したように、声を上げる。
「確か……鈴木と、あの金髪が名前はジョイだ……ジョイと話してた」
颯太の背筋が、ぴんと伸びる。
「学園祭の……バトルステージの話だ」
「バトルステージ……?」
「……そうだ。そこで……名前が出てた」
被害者は、口の中で転がすように、ゆっくりと言った。
「……ゆう……た? 悠人、だったか」
その瞬間、颯太の中で、血の気が一気に引いた。
(――なんで、その名前が出る)
喉が、ひくりと鳴る。
「……どうして、その話を今まで言わなかったんですか」
思わず、声が強くなってしまう。
被害者は、びくりと肩を震わせ、怯えたように首を振った。
「ち、違う……違うんだ」
震える手で、自分の胸元を押さえる。
「今……今、思い出しただけで……」
絞り出すような声で、続けた。
「……奴はな。手を当てるだけで……人の記憶を、覗ける」
その言葉に、部屋の空気が凍りつく。
「……だから……」
被害者は、申し訳なさそうに視線を落とす。
「俺の中にあった記憶を……後から、引きずり出されたのかもしれない」
颯太は、はっとして我に返った。
(……まずい。完全に取り乱してる)
深く息を吸い、頭を下げる。
「……申し訳ありません」
声を低く、誠実に。
「こちらこそ、取り乱してしまいました」
ゆっくりと顔を上げ、もう一度、被害者を見る。
「今日はここまでにしましょう。
……十分すぎるほど、話してもらいました」
被害者は、力なく頷いた。
そして颯太は、胸の奥に重く沈む確信を抱いたまま、立ち上がる。
(――悠人が、狙われているかもしれない)
その考えが、胸の奥で重く沈む。
(頼む……)
無意識のうちに、拳を握り締めていた。
(どうか間に合ってくれ)
♦︎
ドーム内に、再び実況の声が鳴り響いた。
「――バトルステージに参加する選手は、生命制御ブレスレット装着し各自定位置に配置してください!」
床のラインが淡く発光し、選手たちを囲むように光の円が浮かび上がる。
「どうやら、転送先はランダムリスポーンみたいね」
美咲が周囲を見回しながら言った。
悠人は眉をひそめる。
「ってことは……運が悪ければ、開始直後に他のチームと鉢合わせか?」
「そのときはそのときよ」
雫は肩をすくめ、どこか楽しげに言う。
「あなたの豪運に任せるしかないわね」
「おい」
悠人は即座に突っ込んだ。
「俺が“巻き込まれ体質”なのは、お前も知ってるだろ」
そのやり取りをかき消すように、実況席から張り裂けんばかりの声が響く。
「お前らァ!
――準備はいいかぁぁッ!!」
観客席から、地鳴りのような歓声が巻き起こる。
「うおおおおおっ!!」
「それじゃあ――」
一拍置いて。
「バトルステージ、開幕だァァァ!!」
♦︎
次の瞬間。
視界が、砕けた。
無数の光の粒子が流れ込み、世界そのものが分解されていく感覚。
足元の感触が消え、重力すら曖昧になる。
(……本当に)
悠人の意識が、遠のく。
(パラレルワールドに、送り込まれてるみたいだ)
光が収束し――
新たな戦場が、静かに姿を現した。




