13
試合開始を告げるアナウンスの、少し前。
悠人は雫と美咲と並び、ドーム内部の通路を歩いていた。
胸の奥が、ざわついている。
緊張しているはずなのに、周囲は妙に静かだった。
――いや、違う。
静かすぎる。
そんな違和感を覚えた、その瞬間。
正面から、三人組が歩いてくる。
先頭に立つのは、体格が一回り――いや、二回りは違う大男。
通路の照明の下でも隠しきれない圧が、皮膚を押すように迫ってきた。
背後に控える二人もまた、只者ではない。
無駄のない装備、油断のない視線。
立ち姿だけで、実力者だと分かる。
「十文字さん、今回そんなガチガチの装備で行って大丈夫なんですか?」
軽口を叩いたのは、背後に立つ一人――
プラチナブロンドの髪を揺らした、西園澪だ
「安心しろ、西園寺」
十文字は前を向いたまま、低く言う。
「今回で俺は、最後のバトルステージだ。
今年の参加者には、骨のある奴がいる。だから――本気で行く」
「はぁ……俺、毎年毎年サポート役でだるいんすけど」
男にしては珍しい長い黒髪を無造作に垂らし、鋭い眼光していた九条恒一だ。
「うるさいぞ、九条。
お前は戦闘が得意じゃないだろ。……それとも前に出るか?」
「はいはい。影で大人しく索敵してますよ」
九条は肩をすくめ、軽くそう返した。
(……強い)
悠人がそう直感した、そのとき。
相手もこちらに気づいたらしい。
すれ違いざま、十文字が足を止める。
低く、腹の底に響く声。
「悠人。
今回の戦いは――お互いに、私情が絡みそうだな」
突然名を呼ばれ、悠人は一瞬だけ言葉を失う。
だが、すぐに肩の力を抜き、静かに答えた。
「……悪いですけど、俺は前の記憶がなくて。
過去の話は、分かりません」
隣で、西園寺がわずかに眉を動かす。
十文字が特定の相手に関心を向けている――
それを察し、微かな嫉妬が滲んだのを、悠人は感じ取った。
悠人は改めて、十文字をまっすぐに見る。
「だからこそ、余計なことは抜きで。
――いい戦いにしましょう」
声は落ち着いていた。
しかし、その直後。
隣に立つ雫から、はっきりとした殺気が溢れ出す。
抑えきれず、肌を刺すほどに濃密な気配。
通路の空気が、一瞬で凍りついた。
悠人は思わず息を詰める。
(……雫?)
十文字も、それを感じ取ったのだろう。
目を細め、雫へと視線を向ける。
その横で、九条が思わず呟いた。
「……うわ。すげえ殺気」
次の瞬間。
その張り詰めた空気を断ち切るように、美咲が明るい声を上げた。
「はいはい、悠人、雫ちゃん! 行くよー!
私たちも準備あるんだから!」
そう言って、二人の背中を軽く押す。
悠人たちは、そのまま十文字のチームの横を通り過ぎた。
――そのとき。
背後から、再び十文字の声が響く。
「……ロングの黒髪」
雫が、わずかに足を止める。
「お前。
どこかで、俺と会ったことはあるか?」
通路の空気が、再び張り詰めた。
雫は、ゆっくりと振り返る。
表情に感情はない。
けれど、瞳の奥だけが、冷たく光っていた。
「ええ」
短く、静かな肯定。
そして、淡々と――
まるで、事実を告げるかのように続ける。
「……地獄じゃないかしら」
一瞬、時間が止まったかのようだった。
十文字は何も言わず、雫を見たまま数秒だけ沈黙する。
やがて、短く息を吐いた。
「……そうか」
それだけ言って、踵を返す。
西園寺と九条も、それ以上何も口にせず、後に続いた。
♦︎
ドーム内の観客席がざわめく中、実況席から力強い声が叩きつけられた。
「レディース・アンド・ジェントルメン!
――準備はいいかぁッ!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、地鳴りのような歓声が爆発する。
「うおおおおおっ!!」
空気が震え、会場全体が一気に熱を帯びた。
実況者は満足そうに頷き、腕を大きく振り上げる。
「さあ!
今年もやってきた――年に一度の《バトルステージ》!
これより、ルール説明を開始する!!」
天井の巨大スクリーンが起動し、光の粒子が収束していく。
「参加者は各クラスから選ばれた代表者三名!
総勢三十名が、同一フィールドに投入される!」
立体映像として浮かび上がったのは、広大な戦場の全景だった。
「勝利条件はシンプル!
フィールド中央に存在する《勝利のトロフィー》を獲得したチームが優勝だ!!」
映像が切り替わり、地形が次々と変化する。
《崩壊都市エリア》
《森林エリア》
《水没エリア》
《廃工場ゾーン》
そして――
すべての視線を引き寄せるように、中央にはトロフィーを抱く古代遺跡がそびえ立っていた。
「今回のステージは、四種類の地形フィールドを採用!」
観客席がざわつく。
「武器の持ち込みは自由!
――ただし、殺傷目的は禁止だ!」
その言葉に、どこか皮肉めいた笑いが混じる。
「戦闘不能の判定は、以下の条件によって行われる!」
スクリーンに文字が浮かび上がった。
・生命反応の低下
・意識喪失
・運営による強制退場判定
「――だが、どうやってそれを判断するのか?」
実況者が、わざと間を置く。
「安心しろ!」
照明が落ち、参加者たちの腕元が一斉に光った。
銀色のブレスレット。
「それが、これだ――
《生命制御ブレスレット》!」
映像が拡大される。
「心拍、脳波、ダメージ量を常時測定!
危険域に達した瞬間、バリアシールドが展開――その時点で失格だ!」
一拍置いて、実況者が言い切る。
「つまり――
このステージで、命が失われることはない!」
歓声とざわめきが入り混じる。
安堵する者。
そして、疑いの目を向ける者。
実況者は高らかに宣言した。
「戦闘不能=自動保護!
ここは安全な競技場だ!
――安心して、全力で戦え!!」
その言葉を合図に、照明が一気に落ちる。
「以上でルール説明は終了!
続いて――選手入場だぁッ!!」
ドームは、再び歓声に包まれた。
各クラスの代表が、選手入場口から次々と姿を現す。
その瞬間――
観客席の熱量が、一段階跳ね上がった。
「十文字かませー!」
「十文字さん、がんばってー!」
「西園寺かわいい!」
「西園寺さん、サインくださーい!」
ドームを揺らすほどの歓声が、波のように押し寄せる。
そのほとんどが――
十文字と西園寺に向けられたものだった。
二人だけ、まるで最初から“別格”だと決められているかのように。
観客の視線も、期待も、自然とそこへ集まっている。
そんな声の洪水の中で。
「お兄ちゃーん、がんばれー!」
ひときわ小さく、けれど確かに届いた声。
――葵だ。
悠人は思わず目を見開いた。
(……あいつ、本当に来てたのか)
その横で、雫がちらりと悠人を見る。
「……いつ見ても、可愛い妹さんね」
どこか穏やかな声だった。「ああ、まあな」
短く答えてから、悠人は改めて会場を見渡す。
それから、どこか他人事のように呟いた。
「それより……すごい人気だな、十文字って」
悠人が素直な感想を漏らすと、美咲が肩をすくめる。
「そりゃそうよ。陛下直営のボディーガードだもの」
「……え?」
悠人は、思わず足を止めた。
「この世界にも……陛下とか、いるのか?」
その反応に、美咲は吹き出した。
「あははっ。あなた、本当に何も覚えてないのね」
少し呆れたように、でも優しく続ける。
「国を統治してるんだから、陛下くらいいるに決まってるでしょ」
「……そっか」
悠人は曖昧に頷き、喉の奥で小さく唸った。
――やっぱり、自分はこの世界の“常識”が、どこか欠けている。
ふと、思い出したように雫の方を見る。
「そういえばさ……」
少し声を落として続けた。
「サイバーヴァンプのメンバーで、フードを深く被ってて、水色っぽい髪の――蒼空って子、いるか?」
その瞬間。
雫が、ぴたりと足を止めた。
表情が一瞬で歪む。
まるで「げぇっ」とでも言い出しそうな顔だ。
「……な、なんで急にそんなこと聞くの?」
視線を露骨に逸らす雫に、悠人は先日のゲームセンターで起きた出来事を、簡単に説明した。
話を聞き終えた雫は、小さく息を吐く。
「蒼空もね……結成当初は、元の世界に戻るって、死に物狂いだったのよ」
雫は、どこか遠くを見るような目で続ける。
「あの子だけじゃない。最初はみんな、同じだった」
一拍置き、声が少しだけ落ちた。
「でも――あの襲撃事件以降……燃え尽きちゃった感じでね」
肩をすくめるその仕草は、諦めにも似ている。
「前にも言ったでしょ。今はもう……メンバーもバラバラ」
その言葉から、悠人は察した。
サイバーヴァンプは、ただの寄せ集めじゃない。
それぞれが“元の世界へ戻る理由”を抱えて戦っていた――
だからこそ、壊れたときの亀裂も深かったのだ。
そして、雫がぽつりと零す。
「……せめて、カイロさえいればね」
その名前を口にした瞬間、
雫の声に、はっきりとした重みが宿った。
たった一言。
それだけで分かる。
“カイロ”という存在が、
彼らにとって、どれほど大きな支柱だったのか。
︎♦︎
ドーム会場の最上段。
観客席よりもさらに高い位置で、ジョイは足を投げ出すように腰掛けていた。
「うわー、選手が出てきた」
指で輪を作り、双眼鏡の真似をして覗き込む。
「あー、いたいた。あれが悠人くんか。で、隣にいる黒髪の女の子が……神楽、っと」
軽薄な声が、ふっと止まる。
「……ん?」
空気の揺らぎ。
ジョイは目を細めた。
「なんだ、あのオーラ。精神力、強すぎる。」
楽しげだった笑みが、ゆっくり歪む。
「あれじゃ僕の能力、効かないなぁ。――十文字、って名前?」
指を顎に当て、思案する素振りを見せる。
「陛下の直属、か。なるほどね」
次の瞬間、口元が不気味に吊り上がった。
「こいつは後々厄介だなこの際だし、始末の対象に入れようその方が色々と……都合がいい」
ジョイは立ち上がり、観客席に向けて両手を大きく広げた。
まるで、舞台の幕を上げるかのように。
「――Game Start」




