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「お兄ちゃーん、朝だよ!」
葵の声が布団の外から響く。
「ん……もう少し……」
「だめ! 今日は学園祭なんでしょ? 寝坊したら遅刻するよ!」
強引に布団を剥がされ、悠人は観念したように立ち上がった。
支度を整えていると、葵がにっこり笑って言う。
「お兄ちゃんは午後の部のイベントに出るんでしょ? 私、応援に行くからね!」
「来なくていいって言っても、どうせ来るんだろ」
少し照れくさくなりながらも、悠人は鞄を背負い学校へ向かった。
校門に到着すると、そこは派手な看板やドローンの広告で彩られ、学園祭の熱気が溢れていた。
校舎に入ると、廊下には屋台の準備や飾り付けで慌ただしく走り回る生徒たちの姿があった。
「学園祭か」
悠人は、思わず過去の記憶を思い出してしまう。
高校の文化祭――。
人前で歌うことになったが、声が裏返って大失敗。会場は爆笑に包まれ、しばらくは「裏返り王子」と呼ばれていた。
あのときの気まずさが蘇り、思わず顔をしかめる。
「……はぁ、また何かやらかしたらどうしよう」
そう呟いた瞬間、目の前を慌てた生徒が走り抜けた。
「うわっ!?」
反射的に身を引いたその直後、別方向から硬い衝撃が走り、悠人は背中から床に倒れた。
「痛ってぇ……」
視界に入ったのは、見上げるほど大きな体。
昨日、美咲の資料で見た――十文字だ。
「悪い、大丈夫か、少年」
十文字が手を差し伸べる。悠人はその手を取って、
「す、すいません、ぶつかってしまって……」
と、すぐその場を離れようとした。
しかし十文字は背後から低く言った。
「君がなんであの場所に居たかはわからないが、俺はずっとマークしてるからな」
そしてそのまま姿を消す。教室には静寂が戻り、悠人は胸を押さえて深いため息をついた。
「……やっぱり、俺はトラブルに好かれてるんだな」
そんな独り言に、横を通りかかった雫が小さく吹き出した。
「なにそれ、自覚あるんだ」
「……いや、笑いごとじゃなくてさ」
「じゃあ今日もきっと何か起きるわね。楽しみにしてる」
雫が涼しい顔でそう言い残し、廊下を歩き去っていく。
悠人は思わず天を仰いだ。
「……勘弁してくれ」
♦︎
外では学園祭の各代表が、バトルステージの設営に追われていた。
「そこ! 装飾班はあと十五分で仕上げ! 搬入が遅い!」
「学園祭の準備はスピードが命だぞ!」
その怒号に、各学年の委員長やイベント代表たちの間にざわめきが広がる。
「なにあれ、テンションおかしくない?」
「てか、急に別人みたいでキモいんだけど」
鈴木の無理なスピード指示のせいで、搬入物を抱えていた男子が足をもつらせ、地面に倒れ込んだ。
「おい、倒れてるぞ。これじゃ間に合わないよ」
鈴木は苛立ちを隠さず、そう言い放つ。
その瞬間、背後から大声が飛んだ。
「お前さ、急に調子乗ってね? うざいんだけど!」
設営周辺が一気にざわつく。
「自分は何もしないで、指示だけとかキモいんだけど」
「てか、急なキャラ変、普通にやばいでしょ」
次第に、周囲は鈴木の言葉を無視し始めた。
「こんなやつの指示、聞かなくていいって」
「俺らのペースでやろうぜ」
人の流れは、まるで鈴木がそこにいないかのように動き出す。
その場に取り残されたのは、ただ一人――鈴木だけだった。
「……俺は、ただみんなに喜んでもらいたくて動いてるだけなのに」
「なんで、こんなに責められるんだ……」
俯いたまま、鈴木は低い声で呟く。
「喜んでもらうためにやってるのに……」
「……邪魔をするやつは――」
そのとき、肩にそっと手が触れた。
「鈴木くん、大丈夫?」
たまたま通りかかった美咲だった。
その温かい声に、鈴木の胸の重さがふっと緩む。
「今日は学園祭だよ。せっかくなんだから、楽しもう?」
その一言に、鈴木ははっと我に返り、顔を上げる。
そして何も言わず、踵を返して校舎の中へと戻っていった。
♦︎
︎ 午後の部――バトルステージ開始を告げるアナウンスが響いてきた。
午後のバトルステージは、学校に隣接するドーム型会場で行われる。
各クラスから代表者が三人ずつ選出され、総勢三十人の生徒が参加する大規模イベントだ。
(この人数で、本気の勝負になるんだな)
ドームの入り口には、すでに各クラスの代表者たちが集まっていた。
三人一組のチームごとに固まり、制服の上から装備を身につけている者もいれば、最初から戦闘服のような格好の者もいた。
♦︎
鈴木は、まだ会場準備の整わないドームの入り口で少し立ち止まった。だが、その様子を見ていた周りの幹部たちの一人が小さく舌打ちをする。
「チッ……ほんとに使えねーな」
別の幹部も腕を組み、ため息交じりに言った。
「鈴木、早くしろよ。時間が押してるんだぞ」
委員長は少し気まずそうに肩をすくめ、周囲の視線を受けながらも、ようやく歩みを早める。
(僕はみんなが喜ぶためにこんなに頑張ってるのに……)
鈴木の心には苛立ちと焦燥が混じり、負の感情が高まっていた。




