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01話

発明家の伝記には、


奇妙な一文だけが残されている。




「私は発明しているのではない。


すでに存在するものを、受け取っているだけだ」


そして、伝記の最後に――


まるで注釈のように、こう記されている。




――「彼は、雷の向こう側を見た」




それが何を意味するのか。


誰にも、分からない。




俺は、ページをめくりながら小さく息を吐いた。


手にしているのは『世界を書き換えた発明家』と題された古い本だ。




「……やっぱ、天才の考えてることは分かんねーわ」




力なく呟き、本を放り投げる。




「俺も天才だったらな」




自嘲気味な声が、部屋に落ちた。




俺は昔から、器用貧乏だ。




何をやらせても「そこそこ」できる。


けれど、決して一番にはなれない。




勉強も。


部活も。


友達付き合いも。




全部、「まあまあ」。




だから、クラスの中心になることもなければ、


教師に特別に目をかけられることもない。




――俺より、ずっと輝いている奴が、


いつもすぐそばにいるせいで。




優秀な人間と比べられるたび、


胸の奥が、きしむ。




どれだけ努力しても、


どうしても届かない壁が、確かにそこにある。




俺は、知っている。




生まれた瞬間、天才か凡人かは決まっている。天才は選ばれ、凡人は努力を強いられるのだ。







そんな俺にも、一応、特技と呼べるものはあった。




リサイクルショップのバイトで身についた、


壊れたものを拾い、直す癖だ。




捨てられたゲーム機を分解し、


基板をいじり、半田ごてを握る。




煙の匂いで部屋が工場みたいになって、


母さんに怒られるのも、いつものことだった。




バイト代を貯めて買った安物の3Dプリンタ。


独学でCADを触り、適当にパーツを設計する。




最初は寸法が合わず、何度も失敗した。


それでも繰り返すうちに、


少しずつ「思った形」が現れるようになる。




その瞬間だけは――


誰とも比べられない。




俺だけの世界だった。




大したものじゃない。


誇れるほどの才能でもない。




それでも、


何かを「生み出している」感覚だけは、


確かに、そこにあった。




今日の作業も終え、ベッドに横たわる。




「あーあ……人生、うまくいかねえな」




天井を見つめながら、心の中で呟いた。




――いっそのこと、どこかの異世界でやり直せたらいいのに。





突然、身体が痺れた。




 目を覚ましたはずなのに、動かない。


 辺りは真っ暗な空間だった。




(金縛りか……?)




 頭ではそう理解している。


 けれど――それだけで片付けていい重さじゃなかった。




 何かが、俺の上に。


 ――馬乗りになっている。




 視線を必死に動かす。




 そこにいたのは、人の形をした“影”だった。




 顔が、ない。


 目も口もないはずなのに、


 確かに俺を見下ろしている気配だけがある。




 次の瞬間、冷たい感触が首に絡みついた。




「――っ!?」




 両手だ。




 影でできた腕が、俺の喉を容赦なく締め上げる。




 空気が、入ってこない。


 喉が潰され、視界がじわじわと白く滲む。




(ああ――)




 ◆




 ――がばっ。




 俺はベッドから飛び起きた。




 シャツは汗でびっしょりで、心臓がやけにうるさい。


 荒い呼吸を繰り返しながら、天井を見上げる。




「な、なんだ、夢か……」




 喉に手を当てる。


 当然、そこには何の痕もなかった。




 胸を撫で下ろしつつ、俺はベッドを降りる。




 いつも通りの朝。


 いつも通りの支度。




 眠い目をこすりながら、リビングへ向かった。




 母さんは朝のニュースを流したまま、


 何気ない調子で言う。




「すごいわねえ。同い年の子がロボットを開発して、テレビに出てるのよ」




 俺は食パンをかじりながら、ちらっと画面を見る。




 そこには白衣を着た、


 『天才高校生発明家』とテロップの入った少年が映っていた。




 堂々とプレゼンをし、


 周囲から拍手を浴びている。




 母さんは、悪気なく続ける。




「あなたも、こういう風に好きなことを伸ばせたらいいのにね」




――ぐさり、と胸に刺さる。




いや、母さんに悪気なんてない。


分かっている。分かっているからこそ、余計に刺さる。




自分に嫌気がさしながらも、




「……行ってきます」




とだけ言って、悠人は家を出た。







いつも通り駅に着くと、


 ホームで待ち合わせていた由依が、こちらに気づいて手を振ってくれた。




 この女の子――由依は、


 黒髪のストレートがよく似合う。




 クラスでも、学年でも「可愛い」と評判の存在で、


 男子たちの間で噂になるランキングには、


 必ずと言っていいほど彼女の名前が挙がっていた。




 正直、


 俺なんかが隣に並んで歩いているのが、


 不思議に見えるくらいだ。




 というか――


「どうしてあんなのと一緒にいるんだ」


 なんて陰で言われていても、おかしくない。




「おはよ。今日も眠そうだね」




 由依はそう言って、くすっと笑う。




「まあな。昨日、ちょっと遅くまで作業してたから」




 適当に答えると、


 彼女は特に深く突っ込むこともなく、歩き出した。




 由依は、俺の趣味を知っている。


それを馬鹿にされたことは、一度もなかった。




 むしろ――


「そういうの、すごいと思う」


 なんて言われたことさえある。




 ……たった一言。


 それだけなのに、胸の奥がむず痒くなる。




 まったく、男っていうのは単純だ。


 こんな何気ない言葉ひとつで、


 もしかして――なんて、


 勝手に勘違いしてしまうんだから。







人々が階段を降りてくる流れの中で、妙に目立つサラリーマンがいた。




髪は乱れ、ネクタイはだらしなく緩み、


虚ろな目で宙を見つめながら、ぶつぶつと何かを呟いている。




「……来るな……」




次の瞬間、ふらりと前によろめき、悠人の肩にぶつかった。




(……なんだよ)




舌打ちしかけて、言葉を飲み込む。




俺はインキャだ。


知らない相手に文句を言えるほど、心は強くない。




(ブラック企業勤めか。お疲れ様です、社畜の先輩)




心の中だけで敬礼して、その場をやり過ごした。







電車に乗り込んだ瞬間、嫌な予感が背中を撫でた。




――さっきのサラリーマンが、同じ車両にいる。




虚ろな目。


意味を成さない独り言。




「……近寄るな……」




背筋が、ぞくりと冷えた。




発車から数分後。


男が、唐突に立ち上がる。




ポケットから取り出されたのは――包丁。




「やめろ!」




誰かの叫びと同時に、車内は悲鳴に包まれた。


乗客たちは一斉に隣の車両へと雪崩れ込む。




逃げ遅れたのか、車両の隅で小さな子供が泣いていた。




(……まずいだろ、これ)




そう思った瞬間、


由依が、動いた。




人の流れに逆らい、子供の元へ駆け寄る。




「大丈夫。一緒に行こう」




その瞬間――


男の視線が、俺たちを捉えた。




首元に装着された、光る装置。


チカチカと走る、電撃のような光。




(……何だ、あれ)




男は低く呟く。




「適合者……100%……」




汗と光をかき分けるように視線を凝らし、


俺はサラリーマンの目が、由依へ向いたのを捉えた。




「見つけた」




次の瞬間、


首輪から電撃が走る。




「あああっ!」




悲鳴とともに、男が由依へ襲いかかった。




「由依、逃げろ!」




叫ぶと同時に、俺はタックルした。




衝撃。


男の身体が吹き飛び、床を転がる。




首輪が痺れるように光り、男は痙攣して動かなくなった。




(……気絶したか?)




一瞬、安堵する。




「由依、怪我ないか――」




そう声をかけた瞬間、


由依が叫んだ。




「悠人、後ろ――!」




振り返った、その瞬間。




男は、立っていた。




背中に、衝撃が走る。




――ドスッ。




男の首元が、閃光とともに弾けた。




「……完了しました」




男は、崩れ落ちた。




「悠人!!」




由依の声が、遠くなる。




視界が、暗転した。




(……俺の人生、マジでうまくいかないな……)







暗闇。




音も、光もない。




(……ああ、俺は死んだのか)




そう思った瞬間、


胸を貫く衝撃。




痛みでも、快感でもない。


ただ「電撃」としか言いようのない刺激が、全身を駆け抜けた。




――ふと、昨日読んだ本を思い出す。




『彼は、雷の向こう側を見た』




(……これが、雷の向こう側の世界なのか)




次いで、記憶にない光景がフラッシュバックする。




金属の匂い。


冷たい感触。


人工的な光。




誰かが、俺の上に馬乗りになっている。


今朝体験した金縛りと、まったく同じ感覚。




手が、首を絞める。


抵抗しているのに、力が入らない。




「うわあああっ……!」




叫びたいのに、声は出ない。




焦燥と恐怖だけが、頭の中を渦巻く。




目を開けると、白い天井だった。




病室。


点滴の音。


規則正しい心拍。




カーテンを開く。




そこに広がっていたのは――


ネオンに染まる、見知らぬ都市。




空を飛ぶ車両。


ホログラム広告。


光の海。




ネオンがビカビカと瞬き、


地上にはサイバー装飾をまとった人々が行き交っている。




(……は?)




手足は、確かに自分のものだ。




胸に残る、あの電撃の感覚。




(……俺、死んだよな)




だとしたら――




(……ここ、どこだよ)




悠人はベッドに腰掛け、小さく息を吐いた。




――どうやら、俺の「二度目の人生」が始まったらしい。




最初から首絞め電撃とか、卑怯すぎだろ。

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