第9話 誰のせいでもない、わけがない
勇者パーティの控室は、重苦しかった。
包帯の匂いと薬草の香りが混じり、
空気が妙に湿っている。
「……次の依頼、どうする?」
アルディオが切り出す。
「南部坑道は再挑戦になる。
今度こそ、準備を万全に――」
「準備って、何を?」
リリアが遮った。
その声は、いつもより冷たい。
「敵の数を把握できてなかった。
索敵不足よ」
「それは、ギルドの調査ミスだろ」
ガルドが即座に反論する。
「俺たちは聞いた情報通り動いただけだ」
「でも、前は」
リリアは言葉を切る。
「“聞いた情報”を、そのまま信じてなかった」
空気が、ぴしりと張り詰めた。
セシリアが、困ったように口を開く。
「……みんな、疲れてるんだと思います。
今回は不運だっただけで――」
「不運?」
リリアが視線を向ける。
「じゃあ聞くけど、
回復が足りなくなったのも不運?」
「……それは」
「魔力配分が崩れたのも?」
「……」
セシリアは、答えられなかった。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
ガルドが苛立ちを隠さず言う。
「はっきり言うわ」
リリアは、はっきり言った。
「今のパーティ、
誰も全体を見てない」
その言葉は、致命的だった。
「……勇者がいるだろ」
ガルドが言う。
「アルディオが指示してる」
リリアは、ゆっくり首を振った。
「戦闘中の指示だけじゃ足りない。
準備、撤退、補給、連携……」
言いながら、
彼女は“空席”を見ていた。
そこに、誰がいたか。
全員、分かっている。
「……それ、レオンの役目だったって言いたいの?」
アルディオが、低い声で言った。
「そうよ」
即答だった。
「でも、だからって――」
「だからって、何?」
リリアは一歩踏み出す。
「“見えない仕事”を軽視した結果が、
これよ」
沈黙。
セシリアが、ぽつりと言った。
「……私、最近、回復がきついです」
全員が、彼女を見る。
「前は、
“ここで回復切ります”って、
言われてた気がする」
セシリアの声は、震えていた。
「今は……
自分で判断してるけど、
間に合ってない」
最初に折れたのは、彼女だった。
「私、
誰かに支えてもらってたんだって……
今さら、気づきました」
アルディオは、何も言えなかった。
その頃。
下級ギルドでは、別の空気が流れていた。
「これ、確認して」
ミレイアが、掲示板を指す。
《補給管理補佐:レオン・グレイ(仮)》
《試用期間》
「……仮、って何ですか」
「正式登録前だから」
「勝手に名前が……」
「ギルド長の独断よ」
ミレイアは肩をすくめる。
「“いなくなると困る人間”は、
逃がさない主義らしい」
俺は、紙を見つめる。
文字が、微かに歪んで見えた。
《評価上昇:局所的》
《注意:反動発生率 上昇》
(……やっぱり、評価は危険だな)
夜。
詰所で、ミレイアが言った。
「ねえ、レオン」
「はい」
「元いたとこ、
そのうち来ると思う」
「……何しに?」
「戻ってこい、って」
俺は、少し考えた。
「来ない方がいいですね」
「なんで?」
「来たら、
“助けて”って意味になる」
ミレイアは、静かに頷いた。
「それ、ざまぁ?」
「いいえ」
俺は答える。
「選択の結果です」
同じ夜。
勇者パーティの部屋では、
セシリアが泣いていた。
「……私、怖いです」
「大丈夫だ」
アルディオは言う。
「次は、俺が全部見る」
だが、その言葉には、
確信がなかった。
リリアは、窓の外を見ている。
(……遅い)
彼女は思っていた。
気づくのが、遅すぎる。
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