第88話 国家評価局
国家評価局――NEA。
その名前は、
誰でも知っている。
だが。
中に入ったことのある人間は、
そう多くない。
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中央庁舎の奥。
幾つもの警備を抜け、
リーネは案内係の後を歩く。
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「こちらが
戦略補正局のフロアです」
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扉が開く。
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そこは、
想像していた場所とは
少し違っていた。
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静かだ。
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机が並び、
官僚たちが
資料と画面に向かっている。
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だが。
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空気が重い。
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ここで決まる数値が、
国家を動かす。
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「リーネ・アルヴェインさんですね」
背後から声がした。
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振り向くと、
一人の女性が立っていた。
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「戦略補正局次長、
エレナ・カストールです」
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落ち着いた声。
年齢は四十代半ばほど。
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「ようこそ、NEAへ」
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軽く会釈する。
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「あなたの報告書は
読ませてもらいました」
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「余白設計」
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その言葉に、
フロアの空気が
わずかに揺れた気がした。
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「興味深い考え方です」
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「ですが」
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一拍置く。
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「ここでは
必ずしも歓迎される
思想ではありません」
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リーネは
静かにうなずく。
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「理解しています」
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「そうですか」
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エレナは
少しだけ微笑んだ。
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「それでも呼ばれた理由は、
分かりますか?」
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リーネは
少し考える。
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「制度改定」
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「それだけではありません」
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エレナは
机の上の資料を
一冊取り上げる。
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タイトル。
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**国家貢献指数(NCI)
第一次改定案**
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「この制度は、
今や国家の骨格です」
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「都市予算」
「研究投資」
「軍事配備」
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「すべて、
NCIで決まる」
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ページをめくる。
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「ですが」
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「最近、
問題が出始めています」
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「どんな?」
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エレナは
資料の一部を指す。
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「指数は上がっている」
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「だが」
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「挑戦が減っている」
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数字のグラフ。
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効率は上昇。
成功率も上昇。
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だが。
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新規案件が
減っている。
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「皆、
失敗を避ける」
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「NCIが下がるから」
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リーネは
静かに言う。
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「評価制度の
副作用ですね」
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「ええ」
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エレナは
うなずく。
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「そして」
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「この問題を
どうするか」
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フロアの奥。
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ガラス張りの
会議室。
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そこに、
一人の男が立っている。
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レオン・ヴァルディア。
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議会の有力政治家。
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短期成果主義の旗手。
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「彼は
こう主張しています」
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エレナの声は
少しだけ
低くなる。
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「評価を
さらに強化すべきだ」
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「余白を削り、
効率を上げる」
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リーネは
ガラス越しに
レオンを見る。
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彼は
こちらを見ていた。
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まるで
最初から
気づいていたかのように。
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軽く、
笑う。
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「……なるほど」
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リーネは
小さく息を吐く。
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「余白は
非効率だと」
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「ええ」
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エレナは
静かに言う。
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「そして彼は」
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「あなたの考えを
試すつもりです」
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扉が開く。
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「お待たせしました」
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レオンの声。
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「余白の設計者」
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その言葉には
皮肉も、
興味も
混じっていた。
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「国家は今、
選択の前にあります」
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「効率か」
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「余白か」
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リーネは
椅子に座る。
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逃げることは
できる。
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だが。
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ここまで
来たのだ。
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「選択では
ありません」
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静かに言う。
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「設計です」
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レオンの
目が細くなる。
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「面白い」
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「では」
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「国家の制度を
設計してもらいましょう」
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こうして。
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評価は、
国家の問題になった。
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