第7話 評価される気はない
ミレイアは、帳簿を見つめたまま固まっていた。
「……ねえ、レオン」
「はい」
「これ、見て」
差し出された帳簿を覗き込む。
下級ギルドの依頼成功率と、トラブル発生件数。
「……減ってますね」
「減ってるどころじゃないわよ」
ミレイアは頭を抱えた。
「ここ一週間で、事故ゼロ。
苦情ゼロ。
遅延ゼロ」
「良いことでは?」
「良すぎるの!」
机を軽く叩く。
「今まで、何かしら問題起きてたのよ!?
依頼人が怒鳴り込んでくるとか、
冒険者がケガするとか!」
「……そうだったんですね」
「今さら驚くな!」
理不尽なツッコミだった。
原因は、分かっている。
倉庫が整理された。
依頼の割り振りが適正になった。
装備の状態が把握できるようになった。
全部、地味なことだ。
地味すぎて、
「誰かがやっている」と認識されない。
「レオン」
ミレイアが、真面目な声になる。
「あんた、ここに来てから、
何か“特別なこと”した?」
「いいえ」
「……本当に?」
「いつも通りのことを」
それが一番、信じてもらえない答えだった。
その日の昼。
「ちょっといい?」
ギルド長のボルドが声をかけてきた。
無愛想で、結果主義の男だ。
「はい」
「最近、下級依頼が妙に安定している」
「そうですね」
「理由は?」
俺は一瞬考えた。
「……無理な割り振りが減ったからかと」
「誰が決めた?」
「倉庫と依頼内容を照らして、
可能な範囲で配置しただけです」
ボルドは腕を組み、数秒黙った。
「それを、前任はやっていなかった」
「そうみたいですね」
「つまり――」
ギルド長は、短く言った。
「やっていなかったことを、やっただけか」
「はい」
ボルドは、ふう、と息を吐く。
「……それが一番、面倒なんだ」
褒めているのか、呆れているのか分からない。
「正式な冒険者登録、どうする?」
ボルドが聞く。
「下級でも構わないなら、
推薦は出せる」
ミレイアが、横で目を見開いた。
「え?」
下級ギルドで推薦が出るのは珍しい。
「……少し考えます」
俺は答えた。
正直、今はまだ早い。
(評価、というものが、どれだけ歪むか……
もう少し見てからでもいい)
一方、その頃。
勇者パーティは、ギルドで軽い騒ぎになっていた。
「なんで、薬が足りないんだ!」
アルディオが苛立った声を上げる。
「発注ミスですか?」
職員が慌てる。
「数は、前回と同じはずで……」
「同じじゃ足りない!」
ガルドが怒鳴る。
「今回、やけに消耗が激しかったんだぞ!」
「魔力回復が……間に合わなくて……」
セシリアは顔色が悪い。
リリアが帳簿を見る。
「……無駄撃ち、増えてる」
「は?」
「前より、魔法使用回数が増えてるのよ。
連携がズレてる」
「そんなわけないだろ」
ガルドが否定する。
「俺たち、今まで通りだ」
――今まで通り。
それが、問題だった。
「なあ……」
アルディオが、ぽつりと言った。
「前、こんなこと、あったか?」
一瞬、全員が黙る。
「……いや」
セシリアが首を振る。
「レオンがいた頃は、
こんな消耗、なかった気が……」
言ってから、はっとする。
リリアが視線を逸らす。
「偶然でしょ」
「そうだな」
アルディオは、すぐに結論づけた。
「あいつがいなくても、
俺たちはやっていける」
誰も、反論しなかった。
ただ――
その言葉には、前ほどの自信がなかった。
夜。
詰所で、ミレイアが俺に言った。
「ねえ、レオン」
「はい」
「ギルド長、あんたのこと、
“厄介だけど有能”って言ってた」
「……厄介、ですか」
「褒め言葉よ」
彼女は笑う。
「下手に前に出ない。
でも、いなくなると困る」
「それは……」
聞き覚えがあった。
勇者パーティでも、
同じ評価をされていたはずだ。
「ねえ」
ミレイアは、少し真面目な声になる。
「あんた、また切られると思う?」
俺は少し考えた。
「切ろうとする人は、いるでしょうね」
「じゃあ――」
「でも」
俺は続ける。
「今回は、切った側が困ると思います」
ミレイアは、一瞬驚いてから、口角を上げた。
「……それ、ざまぁ?」
「いいえ」
首を振る。
「事実です」
その夜、
ギルドの掲示板に新しい依頼が貼り出された。
――「補給管理補佐:急募」
誰の名前も書いていない。
だが、それが誰向けかは、
分かる人には分かっていた。
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