第6話 何もしてないのに、うまくいく
朝は、思ったより普通に来た。
ギルド裏の詰所は、相変わらず薄暗くて狭い。
床は硬いが、野宿よりは百倍ましだ。
「起きてる?」
ミレイアが扉をノックしながら声をかけてくる。
「はい」
「じゃ、仕事。
まずは倉庫の整理」
「……雑用ですね」
「下級ギルドの基本よ。
嫌なら、出てってもいい」
「やります」
嫌じゃない。
むしろ慣れている。
倉庫は、想像以上にひどかった。
壊れかけの装備。
数の合わない物資。
誰のものか分からない箱が山積みになっている。
「これ、どうにかならない?」
ミレイアが腕を組む。
「必要な時に必要な物が出てこないの。
前任が適当でさ」
「……前任は、結果だけ見てた人ですね」
「何それ」
俺は答えず、倉庫を見渡した。
その瞬間、視界の端が微かに揺れる。
《分類エラー:多数》
《補正可能:低リスク》
……また出た。
(倉庫に、世界のバグ?)
意味が分からないが、
とりあえず“見えた通り”に動くことにした。
「まず、壊れてる装備と修理可能な装備を分けます」
「うん」
「次に、消耗品を使用期限順に並べ替えます」
「……普通じゃない?」
「普通です」
普通だ。
ただ、誰もやってなかっただけで。
俺は黙々と手を動かす。
箱を開け、状態を見て、置き直す。
すると、不思議なことが起き始めた。
「あれ?」
ミレイアが声を上げる。
「これ……数、合ってる」
「はい」
「今まで、必ずどこか足りなかったのに」
「重複して登録されていただけです」
「……それ、普通に問題じゃない?」
問題だ。
だが、今までは「たまたま困らなかった」。
それだけだ。
昼前。
倉庫は、見違えるほどすっきりしていた。
「……なんか、すごくない?」
ミレイアがぽつりと言う。
「私、今まで三年ここにいるけど、
こんなに分かりやすくなったの初めて」
「そうですか」
「そうよ」
彼女は俺を見る。
「ねえ、レオン。
前、どこにいたの?」
「勇者パーティです」
「……あー」
納得した顔だった。
「やっぱり」
「?」
「雑用が異様にできる人って、
だいたい“上”に使い潰されてるのよ」
身も蓋もない。
その日の午後、最初の“偶然”が起きた。
「ミレイア!」
別の職員が駆け込んでくる。
「急ぎの依頼!
下水道で魔物が出たって!」
「人手が足りないわ」
「報酬は少ないけど、緊急だ」
ミレイアが俺を見る。
「……行ける?」
「戦闘は、最低限なら」
「十分」
即決だった。
下水道は、じめじめして臭かった。
出てきたのは、小型のスライム数体。
脅威ではないが、放置すると増える。
「じゃ、前は任せた」
ミレイアが言う。
「俺は後方支援を」
言った瞬間、また“見えた”。
《配置:最適》
《失敗率:低》
《介入不要》
(……つまり、見てるだけでいい?)
言われた通り、俺は動かない。
ミレイアが剣を振るい、
冒険者二人が魔物を倒す。
拍子抜けするほど、あっさり終わった。
「……え?」
冒険者の一人が首をかしげる。
「なんか、楽じゃなかった?」
「いつも、もう少し手間取るよな?」
ミレイアも眉をひそめる。
「配置が良かった……?」
俺は肩をすくめた。
「たまたまです」
たまたま。
便利な言葉だ。
依頼は成功。
小額だが、報酬も出た。
「今日の飯代くらいにはなるわね」
ミレイアが笑う。
「ありがとうございます」
「礼はいい」
彼女は言う。
「ただ――」
少しだけ、声を落とす。
「今日、変だった。
悪い意味じゃなくて」
「……そうですか」
「うん」
ミレイアは真っ直ぐ俺を見る。
「あんたが来てから、
“問題が起きてない”」
その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。
(それは……)
勇者パーティでも、
よくあった感覚だ。
その頃。
街の反対側では、
別の“問題”が起き始めていた。
「……あ?」
アルディオが、ギルドで眉をひそめる。
「なんで、補給が足りない?」
「え、いつも通り頼んだはずだが……」
ガルドが首をかしげる。
「回復薬、こんなに減る?」
セシリアが不安そうに言う。
リリアは腕を組んだ。
「……誰か、管理してた?」
一瞬、沈黙。
誰も答えられなかった。
その夜。
詰所の簡易ベッドに横になりながら、
俺は天井を見つめていた。
(なるほど)
敗者補正は、力じゃない。
戦闘能力でもない。
「ズレを認識できる視点」だ。
直すかどうかは、俺次第。
動くかどうかも、俺次第。
「……厄介だな」
小さく呟く。
だが、口元はわずかに緩んでいた。
世界は、相変わらず理不尽だ。
でも――
理不尽の構造が見えるなら、話は別だ。
この日、
誰にも気づかれないまま、
最初の歯車は、確かに噛み合った。
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