第55話 真似できない選択
降りる、という言葉は
思ったより
軽かった。
考えるだけなら、
誰でもできる。
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だが――
ユリウスは
すぐに
気づいてしまった。
考えるのと、
できるのは
まったく別だ。
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「……この判断で
進めます」
部下に指示を出す。
声は、
揺れていない。
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だが、
頭の片隅に
別の思考が
居座っている。
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――もし、
自分が
いなかったら。
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その想像は、
すぐに
現実に変わる。
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「ユリウスさん」
部下が、
書類を抱えて
近づいてくる。
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「この件、
判断を
お願いできますか」
頼られている。
当然のように。
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「……いい」
即答。
断る選択肢は、
浮かばない。
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別の部下。
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「すみません、
少し
相談を……」
困っている。
時間は、
ないはずだ。
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「聞こう」
そう言っている
自分がいる。
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昼休み。
携帯端末に
家族からの
連絡。
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《今月も、
助かっています》
短い文面。
だが、
重い。
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「……俺が
降りたら」
口に出さず、
考える。
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収入は
どうなる。
信用は
どうなる。
部下は
どうなる。
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「……無理だ」
結論は、
早い。
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降りるという選択は、
自分一人で
完結しない。
だから、
できない。
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午後。
会議。
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「ユリウスが
いるから
安心だ」
誰かが言う。
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褒め言葉。
信頼。
そして――
鎖。
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「……責任は
私が」
また言っている。
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夜。
自室。
椅子に
深く腰掛ける。
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「……真似できないな」
噂の人たちを
思い出す。
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名前も、
評価も、
捨てた人。
だが、
壊れていない人。
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「……羨ましい、
のか?」
自問する。
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答えは、
曖昧だ。
羨ましい。
だが、
怖い。
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降りた先で
守れなくなるものが
多すぎる。
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「……俺は」
小さく、
呟く。
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「俺は、
評価で
人を
守ってきた」
それは、
誇りでもあった。
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評価を捨てることは、
そのやり方を
否定することになる。
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「……それは、
できない」
少なくとも、
今は。
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ユリウス・フェルナーは、
この夜、
はっきりと
理解した。
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降りるという選択は、
正しいかどうかでは
ない。
**できるかどうか**
だ。
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そして、
自分には
まだ
できない。
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その事実は、
残酷だった。
だが同時に、
奇妙な
安心も
与えていた。
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――選ばなくていい。
まだ、
決めなくていい。
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だが。
選べないという状態もまた、
一つの
限界なのだと。
ユリウスは、
まだ
そこまでは
理解していなかった。
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