第54話 降りるという噂
それは、
正式な報告ではなかった。
会議資料にも、
評価表にも
載らない。
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「……最近、
妙に静かだと思わないか」
昼休み。
同僚が、
何気なく言った。
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「何が?」
「現場だよ」
「事故も、
クレームも、
数字上は減ってる」
ユリウスは、
箸を止める。
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「……対策が
効いているんだろう」
「そうか?」
同僚は、
首をかしげる。
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「対策に
しては、
記録が薄い」
「功績者も、
いない」
ユリウスは、
黙る。
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「……噂だがな」
同僚は、
声を落とす。
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「評価から
降りた連中が
いるらしい」
その言葉は、
妙に軽かった。
だが――
耳に残った。
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「降りた?」
「正式には、
そうは呼ばれてない」
「評価を
拒否したとか」
「制度の外で
動いてるとか」
ユリウスは、
眉をひそめる。
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「……無責任だな」
思わず、
口に出た。
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「そうか?」
同僚は、
即座には
うなずかなかった。
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「壊れてないらしい」
その一言が、
刺さる。
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「評価も、
昇進も、
捨てて」
「でも、
倒れてもいない」
「……妙だろ」
ユリウスは、
視線を落とす。
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午後。
資料を
確認していても、
集中できない。
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「……評価から
降りる」
頭の中で、
言葉を
反芻する。
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不可能だ。
少なくとも、
自分には。
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家族の顔が
浮かぶ。
部下の顔が
浮かぶ。
今、自分が
抜けたら
誰が
その責任を
負うのか。
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「……無理だ」
小さく、
呟いた。
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だが。
無理だと
思った瞬間。
胸の奥に、
わずかな
安堵が
生まれた。
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――選ばなくて
いい。
そう
思えたからだ。
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帰路。
街道沿いの
小さな茶屋。
いつもは
素通りする場所。
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「……少し、
休むか」
自分でも
意外だった。
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茶屋の中は、
静かだった。
客は、
二人だけ。
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「……あの人、
名前も
名乗らなかったな」
「でも、
助かったよ」
小声の会話。
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ユリウスは、
耳を澄ます。
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「夜、
何も
起きなかった」
「見回りは、
確かに
あった」
「でも、
誰だか
分からない」
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評価も、
称賛も、
ない話。
だが――
確かな
結果だけが
ある。
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「……降りた人、
か」
ユリウスは、
茶を飲む。
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不思議と、
胸が
少しだけ
軽くなった。
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その理由を、
彼は
まだ
言語化できない。
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評価から
降りるという噂。
それは、
憧れでも、
希望でもない。
ただ――
「別の生き方が
存在する」という
事実だった。
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そして事実は、
否定よりも
強い。
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ユリウス・フェルナーは、
その日、
初めて
考えてしまった。
**もしも。**
もしも、
評価が
すべてでは
なかったら。
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その問いは、
まだ
答えを
求めていない。
だが――
確実に、
心に
根を下ろし始めていた。
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