第52話 一つの失点
それは、
誰の目にも
「事故」に近い出来事だった。
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「……数値が、
合いません」
部下の声は、
慎重だった。
慎重すぎるほどに。
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「どこが?」
ユリウスは、
すぐに椅子を引いた。
覗き込む。
書類。
報告。
計算式。
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「……ここだな」
「はい」
「入力は?」
「確認しました。
合っています」
沈黙。
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「……先方の提出が、
一日遅れています」
「向こうの
都合か」
「はい」
ユリウスは、
小さく息を吐いた。
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「修正案は?」
「二通りです」
「早い方で」
「ですが、
責任の所在が……」
「私が持つ」
即答だった。
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会議は、
滞りなく終わった。
誰も、
責められなかった。
誰も、
声を荒げなかった。
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それでも。
空気は、
少しだけ
変わっていた。
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「……上から、
連絡が来ています」
別の部下が、
言いづらそうに
告げる。
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「確認が
入りました」
「内容は?」
「“なぜ事前に
察知できなかったか”と」
ユリウスは、
瞬きする。
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「……察知?」
不可能だ。
だが、
それは
口にしない。
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「分かった。
私が説明する」
部下は、
ほっとした顔をする。
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その表情を見て、
ユリウスは
胸の奥が
少しだけ
痛んだ。
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――当然だ。
自分が
やるべきことだ。
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説明は、
論理的だった。
責任の所在も、
明確だった。
誰も、
無能ではない。
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「……理解は
しました」
上官は、
そう言った。
だが――
声は、
以前より
冷たかった。
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「今後は、
より慎重に」
「……承知しました」
それだけ。
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評価は、
下がらなかった。
減点も、
なかった。
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だが。
加点も、
なかった。
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戻る途中、
廊下で
同僚とすれ違う。
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「……大変だったな」
「まあな」
「でも、
ああいうの、
最近多いな」
「……そうか?」
ユリウスは、
笑った。
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その夜。
自室で、
一人になる。
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「……失点、
か」
声に出して
確かめる。
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評価表を、
開く。
数字は、
まだ
自分の味方だ。
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「……まだ、
大丈夫だ」
昨日と
同じ言葉。
だが――
重さが違った。
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壊れてはいない。
だが、
少しだけ
削れた。
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その削れは、
誰にも
見えない。
記録にも
残らない。
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だからこそ。
誰も、
止めない。
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ユリウス・フェルナーは、
今日も
壊れていなかった。
だが――
「完璧」では、
なくなった。
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その違いを、
世界は
まだ
評価しない。
だが、
確実に
覚え始めていた。
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