第38話 降りる理由は、人それぞれ
彼女の名前は、エナ。
年は二十前後。
装備は軽く、
動きは慎重。
強くはないが、
弱くもない。
――評価表で言えば、
ちょうど“使いやすい”位置だ。
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「私も、降りたい」
そう言った後、
エナは少し黙った。
自分でも、
言葉の重さを
測っているようだった。
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「理由を、
聞いてもいいか」
ロイが、
静かに言う。
「はい」
エナは、
一度深呼吸をした。
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「……私、
前の班で
人を死なせました」
酒場の喧騒が、
一瞬遠のいた。
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「判断が、
遅れました」
「昇格に必要な
実績が足りなくて」
「無理な依頼を
受けた」
淡々とした語り。
感情を削ぎ落とした、
報告のような声。
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「助けを呼べば、
よかった」
「撤退すれば、
よかった」
「でも」
エナは、
拳を握る。
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「“次に繋がる”って
言われた」
「失敗しても、
評価は残るって」
「……残らなかったのは、
あの人だけ」
ロイは、
何も言わなかった。
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「それから」
エナは、
続ける。
「評価が怖くなった」
「上がるのも、
下がるのも」
「全部、
誰かの命と
繋がってる気がして」
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「私は」
エナは、
顔を上げる。
「英雄に
なりたくない」
「誰かを
背負いたくない」
「……でも」
声が、
少し震えた。
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「生きて、
帰りたい」
それだけだった。
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ロイは、
ゆっくりうなずく。
「十分だ」
「え?」
「降りる理由として」
エナは、
目を瞬いた。
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「俺は」
ロイが言う。
「嫌われるのが
嫌だった」
「評価を拒否すれば、
必ず嫌われる」
「それでも、
死ぬよりは
ましだと思った」
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「理由は、
違っていい」
ロイは、
はっきり言った。
「同じである
必要はない」
「選択が
同じなだけでいい」
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一方。
俺とミレイアは、
酒場の外で
その話を聞いていた。
直接ではない。
壁越しに、
声が漏れてきただけだ。
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「……理由、
全然違うわね」
ミレイアが言う。
「はい」
「でも、
同じ場所に
辿り着いてる」
「それが、
重要です」
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「あなたは?」
彼女が聞く。
「どうして、
降りたの?」
俺は、
少し考えた。
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「壊れたからです」
「……え?」
「一度、
評価の中で
完全に壊れました」
「だから、
戻らない」
それだけだった。
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エナは、
ロイの班に入った。
正式な手続きは、
最小限。
昇格も、
称号も、
目標もない。
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「これから、
どうするんですか」
エナが聞く。
「今まで通りだ」
ロイは、
短く答える。
「生きて帰る」
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その夜。
港町の片隅で、
二つの灯りが
並んで揺れていた。
一つは、
評価の中で
燃え尽きかけた灯り。
もう一つは、
一度消えて、
また点いた灯り。
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理由は違う。
だが、
降りた場所は
同じだった。
評価から降りる。
それは、
一つの思想ではない。
**無数の事情が、
同じ場所で
静かに重なる現象**だった。
世界は、
まだ
それを
理解していない。
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