第35話 評価から降りた人たち
港町の朝は、騒がしい。
荷車の音。
潮の匂い。
怒鳴り声と笑い声。
それが普通で、
それが街の呼吸だった。
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「ねえ」
ミレイアが言う。
「この町、好き?」
「嫌いではありません」
「好きって言わないのね」
「評価が必要ですか?」
「……やめて。朝から刺さる」
彼女は肩をすくめ、屋台の串焼きを買った。
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最近、噂の種類が変わった。
“壊れない辺境”の話ではない。
もっと、近い。
もっと、日常の中の話。
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「聞いた?」
屋台の主人が、客に言う。
「ギルドのほう、また揉めてるって」
「昇格がどうこう?」
「違う違う。今度はな」
主人は、声を落とす。
「“評価を受けない”ってやつが増えた」
ミレイアが、ちらりと俺を見る。
俺は何も言わなかった。
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冒険者ギルド支部は、相変わらず混んでいた。
掲示板の前。
受付。
酒場の入口。
誰もが自分の順番と、点数と、格付けを気にしている。
――そのはずだった。
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「次、Cランク昇格の面談だ」
受付が呼ぶ。
呼ばれた男が、立ち上がった。
背は低い。
装備は古いが手入れは完璧。
目立たない。
だが、周囲の視線は妙に集まっていた。
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「……行かない」
男は言った。
「え?」
受付が固まる。
「行かないって、あなた。順番は――」
「順番は要らない」
男は淡々と言った。
「俺は、依頼を受けて、帰ってきて、寝たいだけだ」
ざわり、と空気が揺れる。
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「昇格すれば報酬も――」
「要らない」
「名誉も――」
「要らない」
「安全な依頼を回してもらえる」
「安全は、自分で選ぶ」
男の声は荒くない。
だが、一切譲らない。
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「……なぜだ」
後ろから別の冒険者が言う。
「Cになれば楽になるのに」
男は、少しだけ考えた。
「楽になると、背負わされる」
その一言で、何人かが黙った。
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受付が、困った顔で言う。
「それでは、規則上――」
「規則は破らない」
男はポケットから紙を出した。
「昇格辞退の申請書だ」
受付の手が止まる。
「……そんな書類、ない」
「作れ」
男は、静かに言った。
「作れないなら、ここで全員に言う」
「俺は今後、昇格審査を受けない。評価もいらない」
「それでも依頼は受ける。成果は渡す」
「それで困るのは、誰だ?」
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ミレイアが、小声で言った。
「……正面突破ね」
「はい」
「あなたみたいに、すり抜けない」
「彼は、別の降り方を選んでいます」
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支部長が出てきた。
派手なローブ。
目は鋭い。
「何の騒ぎだ」
受付が説明する。
支部長は男を見る。
「お前か。……名前は?」
「ロイ」
短い。
「理由は?」
「評価が邪魔だからだ」
支部長の眉が動く。
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「評価は必要だ」
「管理のためだ」
「秩序のためだ」
支部長は、正しい言葉を並べる。
ロイは、うなずいた。
「分かる」
「分かるが」
彼は、淡々と続けた。
「評価があると、“無理をする”やつが増える」
「無理をするやつが増えると、事故が増える」
「事故が増えると、補償と揉め事が増える」
「揉め事が増えると、支部が疲弊する」
支部長が黙った。
図星だった。
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「俺の班は、事故がない」
ロイは言った。
「成功率も高い」
「だが評価は低いままでいい」
「俺は、事故を増やす側にはならない」
支部長が、喉を鳴らす。
「……お前は、何が欲しい」
「欲しくない」
「欲しくない、だと?」
「欲しいのは、ただ一つだ」
ロイは、指を一本立てた。
「余白だ」
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その瞬間、俺の視界の端が揺れた。
《観測》
《同調個体:確定》
《形式:申請による評価拒否》
《起点:不明》
(……増えている)
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支部長は、長い沈黙の後に言った。
「……分かった。申請書を作る」
周囲がざわめく。
「代わりに条件がある」
「なんだ」
「評価を拒否するなら、責任も拒否しろ」
ロイは、即答した。
「それでいい」
「依頼の選択権も自分で持て」
「持つ」
「なら、好きにしろ」
支部長は、言い切った。
それは、敗北ではない。
支部長もまた、疲れていたのだ。
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ギルドを出る。
外の光が眩しい。
「ねえ、レオン」
ミレイアが言う。
「今の、見た?」
「はい」
「あなたがいなくても、始まるのね」
「はい」
「……怖い?」
「いいえ」
「え?」
「正しい選択肢が、増えるのは良いことです」
彼女は、串焼きをかじりながら笑った。
「あなた、ほんと変」
「よく言われます」
「それ、今作ってない?」
「作っていません」
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その夜。
宿の窓から港を見下ろすと、灯りが揺れていた。
英雄の灯りではない。
革命の火でもない。
ただ、生活の灯り。
世界は変わらないまま、
変わり始めている。
名もなき誰かが、評価から降りる。
それだけで。
――壊れない場所が、また一つ増えた。
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