第33話 増えていく空白
世界は、
ゆっくりと困り始めていた。
壊れてはいない。
崩れてもいない。
ただ――
思った通りに動かなくなった。
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王都。
官庁の一室で、
報告書が積まれている。
「……理解できません」
若い官僚が言った。
「この地域、
税収は減っていません」
「犯罪率も、
横ばいです」
「ですが――」
上司が、
続きを促す。
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「指標が、
揃わないのです」
官僚は、
紙をめくる。
「昇進を
拒否する役人」
「評価を
辞退する冒険者」
「代表を
置かない集落」
どれも、
違法ではない。
だが――
扱いづらい。
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「問題は?」
上司が聞く。
「……責任の所在が
曖昧です」
「成果も、
失敗も、
個人に帰属しない」
それは、
制度にとって
致命的だった。
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「つまり?」
「評価できません」
官僚は、
はっきり言った。
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一方。
商会では、
別の問題が起きていた。
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「この取引、
黒字です」
「だが、
担当者が
評価を拒否している」
「……意味が分からない」
利益はある。
だが、
“成功者”がいない。
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「功績が
計上できなければ、
昇給も
配置も決められない」
「なら、
切ればいい」
「切る理由が
ありません」
沈黙。
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宗教も、
同じだった。
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「信仰が、
薄れたわけではない」
「だが、
序列が
意味を持たない」
「祈るが、
従わない」
教義に、
亀裂が入る。
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「……空白が
増えている」
誰かが、
そう言った。
評価できない。
管理できない。
だが、
壊れもしない。
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それは、
敵ではない。
だが――
支配もできない。
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一方。
俺は、
山道を歩いていた。
小さな村で、
一夜を明かす。
名も聞かず、
事情も聞かれない。
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「……楽ね」
ミレイアが、
ぽつりと言う。
「はい」
「ここ、
誰が偉いの?」
「誰でもありません」
「責任者は?」
「いません」
彼女は、
少し考え――
笑った。
「なるほど」
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朝。
村人たちは、
淡々と動く。
誰も、
指示しない。
誰も、
命令しない。
だが、
滞りもない。
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「……増えてるわね」
ミレイアが言う。
「はい」
「こういう場所」
俺は、
空を見る。
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視界の端に、
淡い文字が浮かぶ。
《観測》
《非評価領域:拡大》
《世界影響度:低〜中》
(……まだ、
問題にはならない)
だが、
確実に
増えている。
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世界は、
評価で回っている。
評価できない空白は、
歯車に
直接噛み合わない。
だが――
歯車が
空回りし始める。
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「ねえ、レオン」
ミレイアが言う。
「これ、
放っておくと
どうなると思う?」
「二つに分かれます」
「世界が?」
「はい」
「評価で動く場所と、
評価を
必要としない場所に」
彼女は、
静かに息を吐いた。
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「それ、
戦争にならない?」
「なりません」
「どうして?」
「戦う理由が
ありません」
「……でも」
「不安には、
なります」
それが、
最大の問題だった。
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世界は、
敵を想定できる。
反逆も、
侵略も、
理解できる。
だが――
理解できない安定は、
対処法がない。
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増えていく空白。
それは、
革命ではない。
反乱でもない。
ただ、
評価から
一歩降りただけだ。
それだけで、
世界は
考え込む羽目になった。
そして――
考え込む世界ほど、
不器用なものはなかった。
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