第31話 残らなかった名前
噂は、
思ったより早く消えた。
王都でも、
辺境でも。
人は、
新しい話題を
常に求めている。
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「……あんたの名前、
もう出てこないわよ」
ミレイアが、
酒場の隅で言った。
「はい」
俺は、
特に驚かなかった。
「早いわね」
「必要が
なくなりましたから」
彼女は、
グラスを揺らす。
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「王国は?」
「失敗を
処理しました」
「商会は?」
「別の利益を
探しています」
「宗教は?」
「沈黙しています」
どれも、
想定通りだった。
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「……それで?」
ミレイアが、
俺を見る。
「満足?」
その質問には、
少しだけ
考える時間が必要だった。
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「満足では
ありません」
「でも、
後悔もしていません」
正直な答えだった。
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街道を歩く。
名もない町。
名もない宿。
誰も、
俺を見ない。
それが、
楽だった。
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「英雄になれたのに」
ミレイアが、
ぽつりと言う。
「王国を救った。
戦争を止めた。
辺境も守った」
「全部、
書けるわよ」
「はい」
「でも、
書かれない」
彼女は、
少し笑った。
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「悔しくない?」
「いいえ」
「即答ね」
「名前が残ると、
責任も残ります」
「……ああ」
彼女は、
納得した顔をした。
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宿の壁には、
冒険者の落書きがある。
英雄譚。
武勇伝。
勝利の数。
どれも、
眩しい。
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「ねえ、レオン」
「はい」
「誰にも
評価されないって、
怖くない?」
「怖いですよ」
彼女は、
少し驚いた。
「でも」
俺は、
続ける。
「評価される方が、
もっと怖い」
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評価されれば、
次が求められる。
成功すれば、
再現が求められる。
再現できなければ、
失敗になる。
それを、
俺は知っている。
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夜。
窓の外で、
雨が降り始める。
誰も、
俺の名前を呼ばない。
それでいい。
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視界の端に、
淡い文字が浮かぶ。
《記録:未登録》
《歴史:非掲載》
《評価:消失》
(……完璧だ)
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「これから、
どうする?」
ミレイアが聞く。
「決めていません」
「珍しいわね」
「目的が
なくなりましたから」
「……それって」
「生きる、
ってことです」
彼女は、
一瞬黙り――
小さく笑った。
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名前が、
残らなかった。
英雄にも、
反逆者にも
ならなかった。
ただ、
通り過ぎただけだ。
だが――
壊れない選択だけは、
確かに
この世界に残っている。
誰も、
それを
俺のものだとは
知らないまま。
それで、
十分だった。
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