第3話 いなくても回っている(つもり)
冒険者ギルド近くの酒場は、夜になると勇者パーティ専用席のようになる。
今日も例外ではなかった。
「いやー、飲むと実感するな」
アルディオがジョッキを置き、満足そうに息を吐く。
「俺たち、相当強くなったよな?」
「そりゃそうだろ!」
ガルドが豪快に笑う。
「灰角熊を正面から叩き潰せるんだぞ? 昔なら考えられなかった」
「連携も安定してるし」
リリアが指を鳴らす。
「私の魔法も、前よりずっと通りがいい。
無駄撃ちが減ったから、魔力配分も楽になったわ」
「回復も余裕がありますし……」
セシリアが小さく頷く。
誰もが、自分たちの成長を疑っていない。
酒場の空気も、それを後押ししていた。
「……でさ」
ガルドが、少し声を落とした。
「昼の話だけどよ。レオンのこと」
一瞬、空気が止まる。
「またその話?」
リリアが肩をすくめる。
「でも、避けて通れないでしょ」
アルディオは黙ってジョッキを見つめていたが、やがて口を開いた。
「正直に言うぞ。
俺には、あいつが何をしてるのか分からない」
誰も反論しなかった。
「いや、雑用とか、細かい気配りとかはしてる。
それは分かる。でも――」
アルディオは言葉を選ぶ。
「それって、冒険者として“必須”か?」
「うーん……」
セシリアが困ったように視線を落とす。
「確かに、助かってはいますけど……
いないと即困るかと言われると……」
「困らない、とは言わないわ」
リリアが補足する。
「ただ、成果が見えないのよね。
数字にもならないし、功績にもならない」
「そうそう!」
ガルドが勢いよく頷く。
「俺たちが強くなったのは事実だろ?
最近の依頼、全部成功してるし」
「それは勇者様の判断が的確だからです」
セシリアがアルディオを見る。
「私たち、ちゃんと噛み合ってますし」
アルディオは、少し誇らしげに胸を張った。
「だよな」
――誰も、「失敗しなかった理由」を検証しない。
「それにさ」
ガルドが続ける。
「正直、あいついると、空気重くね?」
「……それは、分かるかも」
セシリアが小さく苦笑する。
「静かですし、何考えてるか分からなくて」
「文句も言わないし、反論もしない」
リリアが言う。
「逆に言えば、向上心がないとも取れるわ」
「そうだ!」
ガルドが机を叩く。
「成長してる感じがしねぇんだよな。
ずっと同じ位置にいる」
アルディオは、その言葉を聞いて、ゆっくりと頷いた。
「……俺も、同じことを考えてた」
場の空気が、決まる。
「レオンは悪いやつじゃない」
アルディオが前置きする。
「だが、この先、もっと高難度の依頼を受けるなら――
役割が曖昧なやつを抱え続けるのはリスクだ」
「合理的、ですね」
リリアが言った。
「パーティは成果主義ですし」
「ええ……」
セシリアも、はっきり否定はしない。
「本人も、特に不満はなさそうでしたし」
ガルドが笑う。
「そうそう。文句言わないなら問題ないだろ」
その言葉で、全員が安心したような顔をした。
――本人が何も言わない=納得している。
そう解釈することで、罪悪感は消える。
「じゃあ、決まりだな」
アルディオが言う。
「明日、正式に話をする。
レオンには、パーティを抜けてもらう」
ジョッキが打ち合わされる。
「これで、もっと身軽になるな!」
「次は、勇者パーティ五人目を探します?」
「いえ、当面はこの四人で十分でしょう」
笑い声が酒場に広がる。
誰も気づかない。
今日の飲み代を、いつも誰がまとめて支払っていたのか。
誰が修理屋と交渉していたのか。
誰が補給の計算をしていたのか。
それらはすべて、
「問題なく回っていた」という結果に溶けて、消えている。
「明日から、もっと楽になるな」
ガルドの一言で、その夜の会話は終わった。
――確かに、楽になるだろう。
ただしそれは、
壊れる準備が整ったという意味でしかなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




