第29話 追う者と、逃げる者
追跡は、静かに始まった。
号令もなく、
宣戦布告もない。
ただ、
人が配置され、
道が塞がれ、
選択肢が減っていく。
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「……来てるわね」
ミレイアが、
丘の上で小さく言った。
「はい」
俺も、
同じ気配を感じていた。
辺境の空気が、
わずかに“整えられて”いる。
人為的だ。
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追っているのは、
軍ではない。
だが、
素人でもない。
王国と連邦が共同で組織した、
小規模の実働部隊。
目的は一つ。
捕まえないこと。
だが、逃がさないこと。
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「露骨じゃないわね」
「はい」
「でも、
完全に包囲してる」
街道の先。
森の入り口。
川沿いの渡し。
全てに、
“偶然を装った人間”がいる。
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「戦う?」
ミレイアが聞く。
「しません」
即答だった。
「勝てるでしょ」
「勝ってはいけません」
「……なるほど」
彼女は、
すぐ理解した。
勝てば、
理由が生まれる。
理由は、
正当化に使われる。
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「じゃあ、
どうするの?」
「すり抜けます」
俺は、
来た道を振り返る。
「人の目が、
一番薄いところから」
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追う側も、
迷っていた。
「……本当に、
彼一人なのか?」
「護衛はいない」
「武装も、
最低限だ」
報告が、
錯綜する。
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「なのに、
捕まえられない」
部隊長が、
低く呟いた。
「なぜだ?」
部下は、
答えられなかった。
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理由は、
簡単だった。
俺たちは、
最短距離を通らない。
安全な道も、
効率的な道も、
選ばない。
“選ばれない道”を、
淡々と歩く。
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「……ねえ」
ミレイアが、
小声で言う。
「普通、
逃げるなら
急ぐでしょ」
「はい」
「でも、
あんた、
ゆっくりよね」
「急ぐと、
判断を委ねることになります」
「誰に?」
「追う側に」
彼女は、
息を吐いた。
「ほんと、
嫌な逃げ方」
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追跡部隊は、
焦り始める。
「進路が読めない」
「目標が、
“逃げている”
ように見えない」
それが、
一番の問題だった。
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夕方。
俺たちは、
小さな集落に立ち寄った。
名前も、
地図にもない場所。
だが、
人はいる。
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「泊めてほしい」
俺は、
普通に言った。
集落の老人は、
俺たちを見て、
少し考え――
頷いた。
「いいよ」
理由は、
聞かれなかった。
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追う側は、
足を止める。
「……ここは?」
「ただの集落です」
「問題は?」
「ありません」
それが、
一番困る答えだった。
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夜。
焚き火のそばで、
ミレイアが言う。
「ねえ、レオン」
「はい」
「これ、
いつ終わると思う?」
「追う理由が、
なくなった時です」
「それって?」
「“危険”だと
証明できなくなった時」
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視界の端に、
淡い表示が浮かぶ。
《追跡強度:低下》
《目的不明化:進行中》
(……もう少しだ)
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追う者たちは、
迷い始めていた。
捕まえても、
説明ができない。
放置しても、
問題が起きない。
――では、
なぜ追っている?
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翌朝。
集落は、
いつも通りだった。
俺たちは、
普通に朝食をとり、
普通に礼を言い、
普通に立ち去る。
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追跡部隊は、
それを遠くから見ていた。
「……ただの、
旅人だな」
誰かが、
そう言った。
その一言で、
全てが崩れた。
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追う理由が、
消えた。
敵でも、
象徴でも、
反逆者でもない。
ただ、
捕まえる意味がない。
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「……撤収だ」
部隊長が、
苦々しく言った。
「記録は?」
「異常なし」
「……それが、
一番の異常だな」
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丘の向こうで、
気配が消える。
ミレイアが、
小さく笑った。
「ざまぁ、
って言っていい?」
「いいえ」
「え?」
「これは、
世界の都合が
追いつかなかっただけです」
彼女は、
肩をすくめた。
「ほんと、
救いがないわね」
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俺たちは、
また歩き出す。
追う者はいない。
逃げる必要もない。
ただ――
定義できなかったものが、
世界の外へ滑り落ちただけだ。
それが、
追う者と、
逃げる者の
結末だった。
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